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サーよし!2  作者: たらふく
362/413

362 鉛のようなボール




―――観客席では。



「このままやと、浅草西、返り討ち食らうぞ」


上田はニヤニヤと笑っていた。


「返り討ちって?」


柴田は阿部と森上の「不調」を見て、ここから何をどうするんだと訊きたかった。

さっき2本取ったのも、たまたまじゃないのか、と。


「森上のドライブや」

「でも、阿部さんと森上さん、調子悪いですよね」

「さっきまではな」

「え?」

「なにがどうなったんかわからんが、阿部は立ち直ったで」

「そうなんですか?」

「まあ、こっからおもろなるぞ」


その実、上田は卓球人としての血が騒いでいた。

それは森上を始めとする桐花の実力もさることながら、この緊張感の中での駆け引きだ。

どちらが相手の裏をかくのか、それによって次善策をどう講じるのか。

ここは監督の腕の見せ所だ、と。



―――コートでは。



「1本!」


黒崎はサーブを出す構えに入った。


「1本!」


森上も負けじと声を挙げた。

後ろで構える阿部の眼光は鋭かったが、これは挑発から解放され、迷いが消えた眼差しだった。

そう、中川風に言えば、自分の仕事をやってやるぞ、と。


黒崎はネット際にバックサーブの下回転を出した。

森上は台からはみ出す形で、バックストレートに叩いて入れた。

そう、田久保にショーさせて阿部に打たせるためだ。

田久保は森上の思惑通りショートで対処し、フォアストレートの厳しいコースへ送った。

阿部はすぐさま移動し、フォアクロスを逃げるようなミート打ちで返した。


なによ、またこのパターンなの!


黒崎もすぐに足を動かし、少し下がってドライブで返した。

けれども前陣型の黒崎のドライブなど、森上の威力と比べるまでもないが、コースが良かった。

バックストレートのラインぎりぎりに入ったボールに、森上は信じられない速さで回り込んだ。


えっ・・


田久保は一瞬迷った。

そう、前原からカウンターで返せと言われていたが、森上の威圧感に思わず気持ちが引いてしまったのだ。


図体が大きいから・・

そう・・それだけよ・・


ピッタリ台についたままの田久保は迷いを振り払い、カウンターで返すと決めた。

一方、森上は右腕を大きく振り下し、そのまま全身の力を振り絞ってボールを擦り上げた。


ビュッ!


思わず音が聴こえそうなボールは、フォアストレートに叩きつけられた。

ボールの威力に愕然としつつも、田久保は懸命にラケットを出し当てて返そうとした。

けれどもボールは前に飛ばず、なんと男子側のフロアまで飛んで行ったのである。


「おおおおおお~~~~!」


館内から驚嘆の声が挙がった。

なんだ、あのボールは、と。

信じられないぞ。と。


「サーよし!」


阿部と森上は渾身のガッツポーズをした。


「ナイスボール!」


日置はパンッと一拍手した。


「ひゃっは~~~~!森上よ~~~!なんてぇボールでぇ~~~!フーテン野郎を骨折させようってのかい!」

「よっしゃあ~~~~!もう1本やで!」

「きゃ~~~!すごい~~~~!」


彼女らが声を挙げる中、黒崎と田久保は呆然としていた。

あんなボール、見たことないぞ、と。

いや、試合は観ていたが、まさかここまでだとは。


「たくちゃん、どんまい」


黒崎は何とかそう口にした。


「鉛みたいだった・・」


田久保はラケットを見ながら呟いた。


「うん・・そうだよね」

「私さ・・ラケットも飛びそうになったんだよ・・」

「えっ」

「当たった瞬間・・指の位置がずれたの・・」

「う・・そ・・」


そこで黒崎は、今さらながら森上をまじまじと見ていた。

すると森上は阿部を見てニコニコと笑っているではないか。


怪物・・

まさに・・怪物だわ・・


「ほらほら、くろちゃん、たくちゃん」


前原が二人を呼んだ。

黒崎と田久保はそのまま視線を前原に移した。


「わかってたことだよね」


前原はニッコリと笑った。

そう、戦前、前原はダブルスは勝てないと言っていた。

だから気にすることはないと。

二人は頼りなく頷いた。


「はい、ボール」


前原は男子が拾ってくれたボールを黒崎に投げた。


「たくちゃん。カウンターは無理。それでも食らいついて止めること」

「はい」

「よし、頑張れ」


前原は励ますように、パンと軽く手を叩いた。

そして前原は思った。


それにしても森上さんだよ・・

威力はもうわかっていたけどさ・・

フォアストレートを狙った意図は・・なんだったんだろう・・

あの時点では・・バッククロスへ入れた方が・・確実なはずだ・・


そう、田久保はミドルより少しフォア側に立っていたのだ。


それをわざわざフォアへ入れた・・

え・・

嘘だろ・・

わざとたくちゃんに・・返球させようとしたのか・・?

それは何のためだ・・

阿部さんに繋げるためとしか考えられない・・

でもさ・・おかしいんだよ・・

早く挽回するためには・・

確実な1点を取るためには・・

あそこは絶対にバッククロスなんだよ・・


前原はこのように考えていたが、その実、森上は日置から「カウンターを封じること」と言われていた。

そのためにはフォアへ送り、田久保に手を出させる必要があり、同時にカウンターなどさせないぞ、と知らしめるためだったのだ。

事実、今しがたの1球で、田久保は愕然とする始末で、まんまと罠にはまったというわけだ。



―――観客席では。



「ようやく森上くんらしいボールが出ましたね」


皆藤は「ご満悦」だった。


「これで5-3ですね。もう点差は無いといってもいいカウントですね」


野間も安心していた。


「でもあのドライブは、バックに打つべきだったと思いますが」


山科も前原と同じ考えだった。


「山科くん」


皆藤が呼んだ。


「はい」

「あえて田久保くんに打たせたのですよ」

「え・・」

「おそらくですが、前原くんはカウンターで返すように指示していたはずです」

「そうなんですか・・」

「その前のドライブは繋ぎだったでしょう」

「あっ・・」


山科も皆藤の意を汲み取った。


「カウンター封じってことですか」


向井が訊いた。


「そうです」


皆藤は即答した。


「まあ、まだ試合は始まったばかりですが、今のボールを見せられた浅草西は勝ち目がなくなりました」



―――別の観客席では。



「うわあ・・あのボール、男子みたいですね」


柴田も驚愕していた。


「やっぱりな」

「やっぱりって?」

「どや、柴田」

「はい?」

「見事に返り討ちや」

「ああ・・」


柴田はあまり意味がわからなかった。


「これやから卓球はおもろいわ」

「ああ・・まあ、おもしろいというか・・森上さんすごいなあって」

「これでようやくエンジンがかかったぞ」

「そうですか」

「まあ、浅草西には気の毒やが、このダブル、勝ち目はなくなったな」

「でもまだリードしてますよ?」

「あはは、あんなもんリードやあるかい」

「ええ~でも・・」

「まあええ。肝心なんは、次の中川や」

「中川さん、どうなんですかね」

「促進やろしな」

「ああ~13回までに決めないとあかんのですよね」

「これは見ものやで」



―――コートでは。



皆藤や上田が言った通り、田久保は森上のドライブに触れることすらできずに、とっくに5-5の同点となっていた。



「先、1本だよ!」


日置が檄を飛ばした。


「しっかしよ~、森上のドライブ、ここに来て威力が増してねぇか?」

「うーん、増してると言うより、集中力が半端ないって感じやな」

「なるほどさね」

「それより、あんたも私も舐められてんねんで」

「おうよ・・」


中川は妙に深刻ぶって答えた。


「なによ」

「このまま引き下がるつもりはねぇぜ・・」

「あんた、挑発に乗ったらあかんで」


重富は、当然のように中川を心配した。


「おい、重富よ」

「なによ」

「この私が易々と、そんなもんに乗るとでも思ってんのかよ」

「うん。思う。うん。思ってる」

「かぁ~これだからいけねぇやな」

「なにがよ」

「私が乗るっていやぁ、大阪環状線と地下鉄さね・・」

「は・・はあ?」

「おめーは地下鉄だけだから、私の勝ちだ」

「あんた、なにいうてんのよ」

「おめーさ、こんな時だからこそ冗談ぶっこいてだな、平常心を取り戻させてやろうっつう、私の心意気がわかんねぇのかよ」

「いや、おもんないねん」


日置は二人の会話を聞いて思った。

どうやらこの二人も壁は乗り越えだぞ、と。

そう、阿部が挑発に乗せられたことや、さらには自分たちも「舐められた」ことにプライドが傷つき、平常心を保てなくなる、という壁を。

次に試合が控えているものの、ここは冗談を言うくらいでちょうどいいんだ、と。


「私やこ、大阪へ出るまで、まず船に乗って電車を乗り継いでまた船じゃけに、私の勝ちです」


和子は冗談を続けた。


「かあ~郡司もこれだからいけねぇやな」

「どうしてですか?」

「船は被ってるから、1回のみとする。よって引き分けさね」

「あ、そういえば最後にバスにも乗りましたよ」

「なにっ!」

「あはは、だから私の勝ちですけに」

「かあ~~1本取られちまったぜ」


すると三人は「あははは」と声を挙げて笑った。

その横では日置もニコニコと笑っていた。



―――浅草西ベンチでは。



なに笑ってるんだ・・

日置監督も笑ってるし・・

これはなにかの作戦・・?

なにかのアピール・・?


まあいい・・

ダブルスを落とすことは、織り込み済みだ・・

本当の勝負は二番からだ・・

だけど・・

こんな時によく笑ってられるよね・・


前原は、作戦でも何でもないことを少し不気味に感じていた。

なぜなら、阿部を追い詰める策を打ったのは前原自身であり、相手もどんな奇策に出るかわからないからである。


日置監督のことだ・・

勝つためなら何でもするに違いないんだよ・・

だってさ・・

二年前のインターハイで、確か桐花の選手は・・いや・・違うぞ・・

日置監督は・・ピン球を目にはめ込んでいたと、後で聞いたことがある・・


そう、桐花はインターハイの一回戦で伊賀忍者高校と対戦した際、小島と対戦した百地は「忍術」として不快音を発していた。

けれども百地は笑い上戸で、笑うと不快音を出せなくなることを知った小島は「頼むから笑わせてくれ」と彼女らに頼んだ。

そこで考え出したのが、割れたピン球を目にはめて百地に見せる作戦に出たのだ。

その際、日置がそれを実行し、作戦は見事に功を奏したのだ。


そしてコートでは、徐々に点差が開き始め、黒崎と田久保は成す術を失いつつあったのである―――

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