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サーよし!2  作者: たらふく
361/413

361 挽回の兆し

                 



―――観客席では。



「先生、5点全部取られましたよ」


野間は心配していた。


「森上さんのあのプレーも、理解に苦しみます」


予選で森上にコテンパにやられた仙崎が言った。


「なにかあったんでしょうか・・」

「いつもの二人じゃないですね・・」

「監督もタイムかけませんね・・」


他の者も、大丈夫なのかと感想を漏らしていた。


「森上さん・・阿部さんの頭・・叩いてましたよね・・」


そう、関根には叩いていると見えたのだ。


「あはは、関根くん。なにを言ってるんですか」


皆藤は呆れて笑っていた。


「でも・・なんか叩いてるように見えたんですけど・・」

「確かに阿部くんは様子が変でしたが、おそらくですが、森上くんが立ち直らせましたよ」


そう、皆藤もようやく森上の意を汲み取っていたのだ。


「え・・まさか、先生」


野間は思わず皆藤を見た。


「はい、おそらくそうです」

「なんという余裕ですか・・」

「そうですね」

「これ、準決ですよ・・」

「野間先輩・・どういうことですか・・」


関根が訊いた。

他の者も野間の答えを待っていた。


「森上さんのあのプレーな、あれはわざとや」

「えっ」

「わざとって・・どういうことですか」


須藤が訊いた。


「阿部さん、なんかおかしかったやろ」

「はい、いつもの阿部さんではないですね」

「多分やけど、阿部さん、気持ちが前のめりになり過ぎてて、ミスをしたにもかかわらず、5球全部必殺サーブ出しとったやろ」

「はい」

「それって森上さんの意思を無視したんちゃうかな」

「ああ・・」

「そこで森上さんは、阿部さんを落ち着かせようと、わざとあんなプレーをしてコンビネーションが合ってないってこと、教えたんちゃうかな」

「なるほど・・ダブルスは息が合わないと勝てませんからね」

「ほなら、それだけ森上さんには余裕があるってことですか・・」


関根が訊いた。


「そやな」


野間はニッコリと笑った。


彼女らは思った。

なんという余裕なんだ、と。

これがシングルならまだわかる。

けれどもペアの阿部が、今は立ち直ったとはいえ、またいつどうなるかわからない。

しかも相手は第2シードの強豪校、浅草西なんだぞ、と。

まだ5点差とはいえ、もう5点差だ。

その5点は、いわばタダて与えたようなものだ。

易々と挽回できるはずがないことくらい、森上とてわかっているはずだ。

試合はそんなに甘くないぞ、相手も優勝を狙うチームなんだぞ、と。



―――コートでは。



「阿部さん、森上さんに頭下げてたよね」


ラケットを口にあてて黒崎がそう言った。


「頭、撫でてたしね」


田久保は森上のことを言った。


「阿部さん、ちょっと表情が変わったけど、気にすることないよ」

「森上さんも、気持ちが引いてる感じだよね」

「よし、ここは一気に押して行くよ」


そして黒崎はサーブを出す構えに入った。

レシーブは森上だ。


「1本!」


森上と黒崎は同時に声を挙げた。

黒崎はネット際に下回転の小さなサーブを出した。

しかもネットスレスレのいいサーブで、さすが浅草西である。

それを森上はストップをかけに行った。

けれども瞬時に田久保の動きを察知した森上は、寸でのところでバックストレートに叩いて入れた。

そう、田久保はフォアへ動こうとしていたのだ。

ボールは既に床に落ちて転がっていた。


「サーよし!」


やっと1点を取った二人は互いを見ながらガッツポーズをした。


「よーーし!ナイスレシーブ!」


日置は手を叩いていた。


「よっしゃあーーー!今のレシーブは21点の価値があるぜ!」


中川は右手を高く挙げた。


「それ、もう試合終わってるやん」


重富は突っ込まずにいられなかった。


「おめーうるせぇよ」

「阿部さん~~!森上さん~~~!もう1本やで~~~!」

「森上先輩~~~!ナイスです~~~!」



―――浅草西ベンチでは。



「森上さん、いいレシーブするよね」


前原は呑気にそんなことを言った。


「さっきまでの森上さんとは違いますね・・」


渋沢が答えた。


「あくまでもレシーブだよ」

「え・・」

「森上さんの「真意」がわかるのはラリーだよ」

「真意って・・」

「なぜ、あんなプレーをしたのか、の真意だよ」

「それに阿部さんの表情も変わりましたよね」

「単に励ましただけでしょ」


そう、前原はこの短時間で変われるとは思ってなかった。

いや、一旦は落ち着くこともある。

けれどもそれが続かないこともわかっていた。

なぜなら、監督である日置がタイムを取らずに続行させているからである。


日置監督・・

アドバイスもせずに、よく我慢できますね・・

リードしてるのはこっちなんですよ・・

しかもさっきの5点は・・桐花にとって最悪じゃないですか・・

阿部さん・・表情が変わったとはいえ・・

放っといていいんですか・・日置監督・・


そして前原は「次1本だよ~」と余裕の声を挙げたのだった。



―――コートでは。



「恵美ちゃん、もう1本な」


阿部は森上の斜め後ろで構えながら、背中をポンと叩いた。

森上は黙って頷いた。


よし・・ここは・・

千賀ちゃんに繋いだ方がええな・・


森上は阿部に決めさるのが得策だと思った。

なぜならまだラリーらしいラリーが続いてないからだ。


そして黒崎は下回転のロングサーブをミドルへ出した。

森上はすぐさま足を動かし、右腕を大きく振り下した。

そしてそのまま擦り上げでドライブを放った。

けれどもこれはスーパードライブではない。

たとえるなら、為所レベルだ。


なによ、こんなドライブ・・

舐めんじゃないわよ!


バックストレートに入ったボールを、田久保は絶妙のショートで返した。


千賀ちゃん・・動け!


バッククロスに入ったボールに、阿部はすぐさま回り込み、抜群のミート打ちでフォアストレートへ叩き込んだ。


なによ、この程度なの!


待ってましたと言わんばかりの黒崎は、それをカウンターで打ち返した。

すると森上は、そのボールを倍の力のカウンターでフォアクロスへ叩き込んだ。

ボールは田久保が手を出す前に、後ろへ転がっていた。


「サーよし!」


二人は顔を見合わせてガッツポーズをした。


「恵美ちゃん、ナイスボール!」

「千賀ちゃんも、ナイスやでぇ」


千賀ちゃん・・やっと笑ってる・・

うん・・いつもの千賀ちゃんや・・


「よーーし!ナイスボール!」


日置も、もう安心していた。


「っしゃあ~~~~~!見たかーーーフーテン野郎!これがうちの自慢のダブルスってんだ!」

「フーテン野郎て、なんなん」

「おめーには、わかんねぇだろうよ」

「うーん、フーテン野郎・・」


その実、中川が考えたのは、浅草といえば寅さんだ。

寅さんといえばフーテンの寅次郎。

よって、フーテン野郎と「命名」したのだ。


「ふふふ・・これやぁ難しいってもんよ」

「まあええ。後で考える。ええぞ~~~阿部さん~~森上さん~~さあさあ~~もう1本やで~~~!」

「きゃ~~~ナイスです~~~!」



―――浅草西ベンチでは。



「フーテン野郎・・」


渋沢がポツリと呟いた。


「しぶちゃん、そんなこといいから」

「ああ・・すみません」

「森上さんのさっきのドライブさ、繋ぎだったよね」

「はい」

「なぜ、決めに行かなかったのかな」

「うーん・・まだ本調子ではない・・」

「まさか。あのカウンター見たでしょ」

「ああ・・はい」

「で、阿部さんもいいミート打ちだったよね」

「はい」

「でもさ・・まだ本気で打ってないんだよね・・」

「森上さんですか?」

「うん、ドライブね」

「ああ・・」

「ふーん、なるほど、そうか」


前原は何かに気が付いた。


「くろちゃん、たくちゃん、タイム取って」


前原が呼ぶと、二人は頷いてタイムを取ったあとベンチに下がった。

そして前原の前に立った。


「この後も森上さんはドライブを打って来るだろうけど、おそらく繋ぎだよ」

「そうなんですか」

「阿部さんを完全に復活させるため、繋いでくる」

「ああ、なるほど。阿部さんに打たせるんですね」

「そう。だから森上さんのドライブを、たくちゃん、カウンターで返すこと」

「はい」

「バックに入っても同じ。回り込んで叩いてやればいい」

「はい」

「よし。リードしてるのはこっちだ。ここで追い詰めて阿部さんを再び奈落の底へ落とすんだよ」

「はいっ」


そして二人はコートに向かった。



―――桐花ベンチでは。



「阿部さん、どう?大丈夫?」


阿部と森上は日置の前で立っていた。


「あの、すみません。私・・アホみたいに挑発に乗ってしもて・・」

「うん」

「せやけど、恵美ちゃんが教えてくれたんです」

「うん、そうだね」

「え・・先生、わかってはったんですか」

「うん」


日置は優しく微笑んだ。


「おいおい、チビ助。わかってたって、なんでぇ」

「私さ、黒崎さんと田久保さんにさんざん挑発されてな。まんまと罠にはまってしもたんや」

「なっ!おめーそうだったのかよ」

「あっ、だからサーブミスをしたんか」


重富が言った。


「うん、それもそうやし、必殺サーブ、全くあかんかってな」

「おうよ、簡単に返されてたよな」

「冷静やなかったことを、恵美ちゃんが身をもって教えてくれたんや」

「するってぇと、森上がチンタラやってたのは、そういうことだったのかよ!」


中川は森上を見上げた。


「別にぃ」


森上はニコニコと笑っていた。


「おめー、こちとらヒヤヒヤしたってもんさね!先に言っとけってんだ」

「あれか・・柔よく剛を制す、みたいなことか・・」


重富がポツリと呟いた。


「全くちゃうやろ」


阿部が突っ込んだ。


「阿部さん、森上さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「はいぃ」

「次のラリーだけどね、おそらく田久保さんはきみのドライブをカウンターで返してくるよ」

「そうなんですねぇ」

「きみはそれを封じること」

「わかりましたぁ」

「阿部さんはいつ返って来てもいいように、台についてね」

「はいっ」

「よし、ここからだ。徹底的に叩きのめしておいで」


日置は二人の肩をポンと叩いた。


「よーーーし!おめーら、フーテン野郎に泡吹かせてやんな!」

「フーテン野郎て、なんなん」

「あはは、フーテン野郎てぇ」

「っんなこたぁいい。答えは試合の後だ!」


中川は二人の背中をバーンと叩いた。

そして阿部と森上は台に向かって進んだ。

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