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サーよし!2  作者: たらふく
360/413

360 自分勝手

                 



―――「絶対、次1本な」



阿部は森上を見上げていた。


「わかってるよぉ」


森上がそう言えども、阿部は不信感を抱いていた。


ほんまに・・恵美ちゃん・・なにやってるんよ・・

これ、準決やで・・

私ら・・こんなところで負けるためにここへ来たんとちゃうで・・


阿部は自分を棚に上げてこんな風に思っていた。


千賀ちゃん・・

まだわかってないんやな・・

あんた・・相手の策に乗せられてるんやで・・

うん・・ここはもう少し我慢や・・


一方、森上はこんな風に思っていた。

そして阿部は不満を抱えたままサーブを出す構えに入った。


ここは・・絶対に必殺サーブで決める!


そう、阿部はまた中途半端なサーブを出したのだ。

それもそのはず、悪い意味で気持ちが昂り過ぎているため、どうしても手に余計な力が入ってしまうのだ。

レシーブの黒崎は、「またか」と思った。

舐めるのもいい加減にしろ、と。

長めに入ったサーブを黒崎は、ミート打ちではなくドライブをかけた。

この返球は森上にとって絶好のチャンスボールだ。

そう思ったのは阿部も例外ではない。

今度こそ、爆弾のようなカウンターで返すだろう、と。


ところがどうだ。

森上はフォアへ入ったボールを、また合わせて返したのだ。


なんなんよ!


阿部はもはや、森上に怒りを覚えていた。

そう思いつつもラリーは続いているのだ。

阿部は返球に対応するべく、すぐさま台について構えた。

すると田久保も、バカにするなとばかりに絶好のチャンスボールをフォアクロスへ叩き込んだ。

ボールは阿部がラケットを出す前に後ろへ転がっていた。


「サーよし!」


これでとうとう5-0となってしまったのだ。



―――浅草西ベンチでは。



「よーし、よーし、いいよ~~」


前原は軽く拍手をしていた。


「ナイスボール!」

「このまま押して行くよ!」

「サーブ、しっかり!」


彼女たちも手を叩きながら声を挙げていた。


「先生」


渋沢が呼んだ。


「なに?」

「やっぱり、ダブルス勝てますよ」

「またそんなこと言って」


前原は呆れていた。


「え・・」

「しぶちゃん」

「はい」

「阿部さんは策に嵌ってるよね」

「はい」

「森上さんもそう思う?」

「うーん・・策に嵌ったというより、息が合ってないですよね」

「うん、そこは作戦通りだし、いいんだけど」

「はい」

「あの子がこんなプレーすると思う?」

「まあ・・コンビネーションが崩れたら、そうなる可能性も」

「甘いよ」

「え・・」

「だって森上さんの表情、全く変わってないよ」


森上は気の抜けたプレーをしつつも、そして5点リードを許した今でも平然としていた。


「あの子がこのまま終わるはずがないよ」

「だったら、どうしてあんなプレーを・・」

「そこが謎なんだよね」



―――コートでは。



「ちょっと、恵美ちゃん」


阿部は怒りを露わにしていた。


「なにぃ」

「一体、どしたんよ!」

「なにがぁ」

「なにがて、あのプレーはなんなん?」

「千賀ちゃぁん」

「なによ」

「千賀ちゃんかてぇ、自分の好きにやってるやぁん」

「え・・」

「だから私もそうしてるだけやでぇ」

「は・・はあ?」


阿部は森上の言い分に呆れた。

なにを言ってるんだ、と。

勝つ気があるのか、と。


「私なぁ、勝ちたいと思てるけどぉ、ペアの子がぁ冷静やなかったらぁ無意味やと思うんよぉ」

「な・・無意味て・・なによ」

「先生ぇ言うてはったやぁん。挑発に乗ったらダメてぇ」

「・・・」

「今の千賀ちゃんはぁ、向こうの作戦にまんまと嵌ってるんよぉ」

「そっ・・そんなん、乗ってないし!」

「ほならぁ、なんでサーブのサイン出さへんかったぁん」

「そ・・それは・・」

「なんで1本て、声を出さへんかったぁん」


阿部はそう指摘されて、バツの悪い思いがした。


「そっ・・そやけど、恵美ちゃんかて、動く気もないやん。あれはなんなんよ」

「ダブルスてなぁ、互いに自分勝手なことやったら、こうなるんやなぁ」


そう、森上はまさにそのことを阿部に知ってほしかったのだ。

相手の術中に嵌り自分を見失って、挙句にはペアの者を責める。

冷静さを欠いた阿部は、自分を棚に上げたまま森上に頼った。

そんなチグハグなペアが、インターハイ準決という大舞台で勝てようはずもないのだ、と。


そしてこうも思った。

ダブルスはどちらかが秀でるのではない、と。

互いの力を合わせて、互いの良さを引き出し支え合っていくものだ、と。


日置の推測とは、まさにこれだった。

その実、森上はこのことを阿部に教えようと、あえて「気のない」プレーをしたに違いない、と。

だから日置は「森上に任せる」と言ったのだ。

ここで自分があれこれアドバイスをしても、おそらく阿部の耳には届かないであろう、と。

それならば、言葉よりも森上が「実践」して見せることで、阿部はその意味を知るに違いない、と。


自分勝手・・


阿部はこの言葉を胸で反芻していた。


私は・・自分勝手やったんか・・?

そんなことない・・

でも・・

確かに・・サーブを勝手に出したし、ミスもしだけど・・

でもそれは・・浅草西を倒すためやん・・

それは恵美ちゃんかて・・同じやん・・

え・・

いや・・ちゃう・・


そこで阿部は気が付いた。


もし・・

このまま恵美ちゃんが・・

今みたいなプレーを続けたとしたら・・

いくら私が頑張っても・・勝てるはずもない・・

そやとしたら・・


そうや・・恵美ちゃんは下回転を出せと言うとった・・

私は・・黒崎をギャフンといわせることだけを考えて・・

自分勝手にサーブを出した・・ほんで挙句はミスをした・・

その後やん・・

恵美ちゃんが変わったんは・・

えっ・・まさか・・嘘やん・・


「恵美ちゃん」


阿部は森上を見上げた。


「なにぃ」

「恵美ちゃん・・もしかして・・わざと・・」

「なにがぁ」

「いや・・さっきのプレー・・」


そこで森上はニッコリと笑った。


やっぱりそうなんや・・わざとやったんや・・

そうか・・

私に教えるためにそうしたんや・・

ダブルスは息が合わんと勝てへんてこと・・

教えようとしてくれたんや・・


「恵美ちゃん、ごめん!」


阿部はそう言って頭を下げた。


「千賀ちゃぁん」

「なに・・」

「試合はまだ始まったばかりやでぇ」


そこで阿部は顔を上げた。


「5点なんかぁ、すぐに取り返せるでぇ」

「う・・うんっ!そやな」

「よーし、ほならぁ、全力で挽回するでぇ」


森上はそう言って阿部の頭をクシャクシャと撫でた。


恵美ちゃん・・ごめんな・・

私・・冷静やなかった・・

酷いこと・・言うてしもて・・ごめんな・・


「よーーし、試合はこっからやな!」


そして二人はコートに着いた。



―――桐花ベンチでは。



「あいつら・・なにやってんでぇ・・」


中川は二人の様子に呆れていた。


「でも、阿部さんの表情、変わったで」


重富が言った。


「おい、先生よ」


中川は日置を見た。


「なに?」

「放っといていいのかよ」

「うん、いいよ」


日置はニッコリと笑った。


「でもよ、まだ1点も取ってねぇんだぜ」

「これから、これから」

「これからって・・」

「さあ、きみたち、応援しないとダメだよ」

「言われねぇでもわかってらぁな!」


そして中川は口に手をあてた。


「こらあーーーー!チビ助、森上!挽回しねぇとタダじゃ置かねぇからな!」

「そうそう!試合はこっから!すぐに逆転するで~~~!」

「先輩~~~!ここからですよ~~~!」


森上さん・・きみはすごいよ・・

これ、全国の準決なんだよ・・

それでもきみは・・リスクを冒してでも阿部さんを窮地から救った・・

きみは感情を表に出さない子だけど・・

いつも阿部さんのことを・・チームのことを考えてるんだよね・・


「さあーー!ここからだよ!1本!」


そして日置も大きな声を挙げたのだった。

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