357 桐花vs浅草西
―――「オーダーを出してください」
主審が両監督に促した。
そして日置と前原は、それぞれ提出した。
「日置監督、お久しぶりですね」
前原はニコッと笑ってそう言った。
「そうだね」
日置も笑って返した。
「二年ぶりですね」
「うん」
「今回も勝たせてもらいますよ」
「いや、それは――」
日置がそこまで言うと、「よーう、監督さんよ」と中川が口を開いた。
「中川さん!」
阿部がすぐさま制した。
「今回も、たぁ、聞き捨てならねぇな」
中川は阿部を無視してそう言った。
前原は驚きつつも中川を見た。
「おめーら浅草西は、ここでお終めぇさね」
「あはは。きみって面白いよね」
「なにが面白れぇのかしんねぇが、私らは全力でおめーらを叩き潰すから、覚悟しな」
「うん。望むところだよ」
前原は余裕の笑みを見せた。
そこで審判が「あの・・」と遠慮気味に口を開いた。
「オーダーを読みあげますので・・」
すると日置と前原は、一歩下がって元の位置に戻った。
「ただいまより、浅草西高校対桐花学園の準決勝戦を始めます。トップ、黒崎、田久保対阿部、森上」
四人は手を挙げて一礼したが、ここで不思議に思ったのが日置である。
向こうのエースは渋沢さん・・
そして二番手が西井さんのはずだ・・
ここまでダブルスはこの二人が出てた・・
そうか・・
前原くん・・オーダーを外してきたね・・
ということは・・
渋沢さんがシングル二回か・・
これで二点を取る算段なんだね・・
うちを舐めてもらっちゃ困るんだけど・・
日置は思った。
前原のオーダーは逃げの「それ」だと。
いや、前原の考えもわかる。
勝てない相手、つまり、森上にエースを当てるのではなく、他の者で点を取るということだ。
おそらく浅草西の誰と対戦しても、森上が勝つであろう。
けれどもうちには、阿部、重富、中川といった、三神にも負けない三人がいるんだぞ、と。
舐めるなよ、と。
「二番、渋沢対中川」
渋沢は黙ったまま手を挙げたが、中川は「おうよ!」と大きな声を出していた。
「三番、西井対阿部」
二人は手を挙げて一礼した。
「四番、黒崎対重富」
日置も前原も、この対戦が勝負の行方を左右すると直感していた。
「五番、芳賀対森上」
さらに前原は、このオーダーはバッチリだと心の中でガッツポーズをしていた。
「六番、渋沢対郡司」
二人は手を挙げて一礼した。
「ラスト、田久保対中川」
田久保は手を挙げて一礼したが、中川は「ラストまで回るかってんだ!4-0でうちの勝ちさね」と言っていた。
そして双方はそれぞれベンチに下がった。
―――桐花ベンチでは。
「さて、試合前にきみたちに言っておかなきゃならないことがある」
日置は彼女らに向けてそう言った。
いつもと様子の違う日置を、彼女らは、どうしたんだと目を向けた。
「なんでぇ」
「このオーダーは、向こうにとってバッチリだと思う」
「どういう意味だ」
中川も他の者も、日置の言葉の意味を理解できかねていた。
「森上さん以外のきみたちは、舐められてるってことだよ」
「え・・」
「なっ・・舐められてるって、なんだよ、それ!」
「森上さんには勝てないけど、きみたちになら勝てると思ってるんだよ」
「なっ、なんだとおおおおお!」
「先生、これってそういうオーダーなんですか」
阿部が訊いた。
「そうだよ」
日置があっさりそう言うと、阿部と重富は顔を見合わせて複雑な表情を浮かべていた。
「こんな舐めた真似、きみたち、黙って済ませるつもりはないよね」
「たりめーさね!なーにが浅草西でぇ!コテンパに叩き潰してくれるわ!」
「ほんまや!」
「なんか、腹立つな」
阿部も重富もプライドが傷ついていた。
そう、舐めるなよ、と。
うちは森上だけじゃないんだぞ、と。
「おのれ~~!監督野郎!」
「前原監督だよ」
「ぬぬっ、前原の野郎、へらへら笑いやがって、目に物を言わせてやる!」
「したがって、僕も一歩も引くつもりはない。きみたち、徹底的に叩きのめすんだよ」
「はいっ!」
「おうよ!」
―――一方で、浅草西ベンチでは。
「よーし。オーダーはバッチリだね」
前原は彼女らを前にしてそう言った。
「そこでくろちゃん、たくちゃん」
前原は黒崎と田久保に目を向けた。
二人は黙ったまま前原を見た。
「ダブルスは無理して勝ちに行かなくてもいい」
「はい」
「でもね、タダでは転ばないよ」
前原の言葉に、二人は戸惑いの表情を見せた。
「おそらく森上さんはどんなボールでも対応できるし、動きも速い」
「はい」
「きみたちでは、森上さんのドライブを万全で返せる確率は低い」
「はい・・」
「そこで狙うは阿部さんだよ」
前原の眼光が鋭くなったと同時に、阿部を崩すための作戦を言い渡した。
二人は「はい、はい」と頷きながら、やがて視線は阿部に向けられた。
「いいね。これは阿部さんをシングルで叩き潰すための作戦。にしちゃんなら、必ず阿部さんに勝つ。そしてくろちゃん」
前原は黒崎に目を向けた。
「はい」
「きみと重富さんの対戦。ここが鍵だよ」
「はい」
「きみが勝てば、うちの勝利は確実となる。いいね」
「はいっ」
「よし。じゃ、頑張ってね」
前原がそう言うと、チームメイトは「出だし1本よ!」と大きな声で二人を後押しした。
―――一方、観客席では。
「ほーう。前原くん、そう来ましたか」
皆藤はほんの少しニンマリとしてそう言った。
「これ、ダブルスは捨てたってことですかね」
野間が訊いた。
「そうです」
皆藤は即答した。
「言うに及ばず、前原くんとて勝つためのオーダーを組んだつもりでしょうが、逃げはいけません」
「なるほど・・」
野間も、森上から逃げたんだと感じていた。
「前原くんは日置くんよりも若い。なにを消極的になっているんでしょう。真正面からぶつかるのが若さの特権じゃないですか」
「確かにそうですね」
「結局シングルも、森上くんは外されました」
「となると、中川さんとの対戦がどうなるかですね」
「これは意外と見ものですよ」
「私もそう思います」
同じカットマンの仙崎がそう言った。
なぜなら渋沢もカットマンだからである。
「促進は確実ですね」
須藤が言った。
渋沢と中川はカットマンだ。
となると促進ルールが採用されることは、100%間違いない。
その実、中川自身も促進で試合をするのは初めてである。
皆藤が言うように、果たして「あの」中川がどのように戦うのかは見ものであろう。
「先生」
向井が呼んだ。
「なんですか」
「やっぱり、増江はこの準決でも補欠を出して来ましたね」
そう、増江高校は補欠だけでオーダーを組んでいた。
「そのようですね」
「なんか・・舐めてますよね・・」
山科が言った。
「きみたちは、シングルとダブルスでレギュラーと対峙しますので、決勝戦は弱点を見つける絶好のチャンスです。団体を逃した分、シングルもダブルスも必ず取りなさい」
「はい」
出場メンバーは声を揃えて返事をした。
―――別の観客席では。
「なによ・・愛子ったら」
亜希子は中川から渡されたウォークマンを手にしていた。
中川は、うるさい亜希子を黙らせるため、「かあちゃんは、これでも聴いてな!」と言って、三島英太郎の曲『栄光を掴め』が録音されたテープとともにウォークマンを渡していた。
「この曲は知ってるのよ。もう何度も聴いたわ」
そう言いつつも亜希子はイヤホンを耳に入れ、再生ボタンを押した、つもりだった。
が、しかし亜希子が押したのは録音ボタンだったのだ。
「あら、聴こえないわね。まあいいわ。それにしてもあれよね~、三神のクラブ探しジジイはなかなかいい男よね。それに――」
亜希子は延々と独り言を呟いていた。
そしてこの「録音」が、またとんでもない事件を引き起こすこととなるが、まだ誰も知る由がなかったのである。




