356 迫る準決勝
―――ここは、第15コート。
中川は準決勝までの僅かな時間を使って、滝本東の応援に来ていた。
なぜなら、相手は愛豊島だからである。
「それで、今は3-0で負けているのね・・」
中川は、崖っぷちに追い込まれたことを言った。
「そやねん」
大河が答えた。
「大河くんも試合に出たのね・・」
大河はタオルで汗を拭いていた。
「うん」
中川はなんと声をかけていいのか、困惑していた。
「愛豊島は別格や」
「・・・」
「きみらは、勝ってるんやろ?」
「うん・・」
「あはは、なんやねんその顔」
大河は中川の情けない表情を見て笑った。
するとそこへ、愛豊島ベンチに日置が現れた。
手塚は椅子から立ち上がって深々と頭を下げており、選手らも手塚に倣っていた。
「え・・日置監督やん」
大河はその様子を見て驚いていた。
そして中川を見た。
「知り合いなん?」
「愛豊島ってね・・」
「うん」
「その・・実はうちの監督の母校なの・・」
「へぇー!そうやったんや」
「で・・向こうの監督は教え子なの・・」
「そうなんや」
「でも私は、滝本東に勝ってほしいわ」
「ありがとう」
大河はニッコリと微笑んだ。
そこで日置が滝本東ベンチに目を向けると、中川がいるのを確認した。
ああ・・そうか・・
大河くんがいるんだもんね・・
そして日置はニッコリと笑って、中川に手を振った。
おいおい・・先生よ・・
なにを呑気に手なんか振ってやがんでぇ・・
こちとら、崖っぷちに追い込まれてるってのによ!
「おらあ~~!川藤!試合はこっからだ!ナイフが刺さっても倒れなけりゃ命は続くんでぇ!」
中川は思わずそう叫んだ。
川藤とは、滝本東のキャプテンでありエースだ。
監督の小川は振り向いて、またこの子か、と少々呆れていた。
けれども大河もチームメイトも、全く驚きもしなかった。
中川の声に振り向いた川藤は、「やっぱり来てたんか」と言った。
「挽回っすよ!」
「1本!」
「行けるっすよ!」
チームメイトらも檄を飛ばしていた。
「大河くん」
中川が呼んだ。
「なに」
「相手の男子、名前はなんて言うのかしら」
「大友やで」
「そうなのね」
そして中川は口に手を当てた。
「おい!愛豊島野郎の大友!リードしてると思っていい気になんなよ!」
言われた大友は唖然としていた。
なんなんだ、きみは、と。
それは手塚も選手らも同じだった。
中川にガンを飛ばされた者も、改めて驚いていた。
「監督、あの子、なんなんですかね」
手塚は呆れつつも、日置にそう訊いた。
「あの子はうちの選手だよ」
「え・・」
「中川っていうの。あんなだけど、気を悪くしないでね」
「ええええ~~~選手!」
手塚は思った。
礼儀を尊ぶ日置のことだ。
さそがし手を焼いているだろうと。
「うん」
「な・・なんか・・すごく個性的ですね」
「この試合も勝ちそうだし、手塚」
「はいっ」
「優勝しかないよ」
「はいっ!無論そのつもりです!」
「じゃ、きみたちも頑張るんだよ」
日置は彼らにそう言った。
「はい!ありがとうございます!」
彼らは深々と頭を下げていた。
そして日置はこの場を後にした。
その後、中川の応援もむなしく滝本東は4-0で愛豊島に完敗した。
「大河くん・・」
中川は気の毒そうに声をかけた。
「なに」
「こんなことでめげないでね・・」
「うん。平気やで」
大河はニッコリと笑った。
「それより、きみやん」
「え・・」
「もうすぐ準決ちゃうん」
「えぇ・・そうなのだけれど・・」
「ほなはよ、チームに戻った方がええで」
「うん・・」
「僕、応援してるし」
大河くん・・
チームは完敗したのに・・なんて優しいの・・
よーし、こうなったら・・大河くんの分まで頑張るわっ!
「私、頑張るわ!」
「うん、頑張ってな」
「じゃ私、チームへ戻るわね」
「うん」
すると他の者も「中川さん、頑張りや」や「きみらやったら優勝できるで」と励ました。
「誰に言ってやがんでぇ!あたぼうさね!」
中川は右手を高く挙げて足早にこの場を去った。
「それにしても中川さんて、大河と話す時と、全然ちゃうな」
チームメイトの一人がそう言って笑った。
「大河にベタボレやからな」
別の者がそう言った。
「なに言うてんねん」
大河は迷惑そうに答えた。
「よし、お前ら」
監督の小川が彼らに向けて口を開いた。
「この後の準決と決勝、観客席で観るからな」
「うーす!」
そして滝本東一行はロビーに向かって歩いて行った。
―――一方で日置らの元へ戻った中川は。
「おかえり」
日置はニッコリと笑って迎えた。
「ふんっ。なにが愛豊島でぇ」
中川は不満げだった。
「あんた、もうすぐ準決やのに、ウロウロしたらあかんやろ」
阿部がたしなめた。
「滝本東、残念やったな」
重富が言った。
「まあ、仕方ねぇやな。勝負は勝負でぇ」
「きみの言う通り。勝負は厳しいの」
「ふんっ」
「さあ、その厳しさに挑む時だよ」
日置は試合開始時間が迫っていることを言った。
「はいっ!」
「おうよ!」
そして桐花チームは第7コートへ向かった。
―――浅草西ベンチでは。
既にコートの後ろで待っている浅草西の彼女らは、前原を囲んで立っていた。
「さて、今日の大一番が来たよ」
「はいっ」
「きみたちも観た通り、桐花は強豪チームだ」
「はいっ」
「特に森上さんだね」
「はいっ」
「彼女の実力は高校生でトップといっても過言じゃない。そこでなんたけどね、森上さんを外して2点は捨てるからね」
前原は、自校のエースとではなく、あえて下位の者と当てさせ、4-2で勝つことを言った。
「先生、ダブルスも捨てるってことですか」
渋沢が訊いた。
「そうだよ」
「そんな・・ダブルスも勝てないと思ってるんですか」
「うん」
前原はあっさりとそう言った。
「だから、しぶちゃんをシングルで二回出す。そしてダブルスは、くろちゃん、たくちゃん、きみたちだよ」
黒崎は三番手、田久保は四番手である。
「そうなると、西井ちゃんはシングル1回だけですか」
西井は渋沢と組んでいる二番手だ。
「そうなるね」
「そんな・・シングルだけなんて、もったいないですよ」
「しぶちゃんとにしちゃんで3点取る。あと1点をくろちゃん、たくちゃん、ほうちやん、きみたちのシングルで取る」
ほうちゃんとは、五番手の芳賀のことだ。
「これで行くしかない」
断言する前原に、彼女らも納得するしかなかった。
「僕は負けるつもりは毛頭ない。よって、危ない橋を渡ることはあえてしない」
前原はドライな性格である。
つまり、相手のエースである森上に勝ってこそ云々というような「根性論」よりも、確実に勝つ方を選択したというわけだ。
「いいね、必ず勝つ。これしかないよ」
「はいっ」
ほどなくして両校はコートに整列し、いよいよ準決勝が始まろうとしていた。




