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サーよし!2  作者: たらふく
355/413

355 皆藤の想い




その後、阿部と森上は2セット目も連取し、桐花は1-0と好スタートを切った―――



「よーーし、おめーら、ご苦労だった!」


ベンチに下がった二人の肩を、中川はパンパンと叩いた。


「ナイスやったで!」


重富もそう言った。


「先輩~~!もうすご過ぎます~~!」


和子は、全国の舞台で第3シードをなぎ倒したことに興奮していた。


「さて、中川さん、重富さん、森上さん」


三人は呼ばれて日置の前に立った。


「まず、中川さん」

「おうよ!」

「橋本さんは、シェイクの攻撃。向井さんと同じタイプだよ」

「おうよ!」

「でも、力は向井さんの方がずっと上だよ」

「かあ~~エースがその始末かよ」

「でも相手を向井さんだと思って臨むこと」

「わかってらあな!」

「ズボールで攪乱してやりなさい」

「合点承知の助ってんでぇ!」

「で、重富さん」


日置は重富に目を向けた。


「はいっ」

「大垣さんは、ペンドラだよ」

「はいっ」

「言うまでもないけど、パワーは森上さんの足元にも及ばない」

「はいっ」

「コースを狙って動かすこと。それと必殺サーブも使ってね」

「はいっ」

「で、森上さん」


日置は森上に目を向けた。


「はいぃ」

「体力はどう?」

「まだまだ大丈夫ですぅ」

「うん。それならいい。荒井さんのことは、もうわかってるよね」

「はいぃ」

「よし。きみたち、徹底的に叩きのめしておいで」


日置は三人の肩をポンと叩いた。


「中川さん、とみちゃん、恵美ちゃん、しっかりな!」

「先輩~~ファイトです~~!」


そして日置は中川、阿部は重富、和子は森上のコートの後ろに立った。


「愛子~~~!ズボールよ、ズボーーールっ!」


亜希子は観客席の最前列に移動し、口に手を当てて叫んでいた。


ったくよ・・うるせぇな・・


中川は振り向きもしなかった。

すると日置が代わりに振り向き、観客席を見上げて軽く一礼していた。


「先生~~~!しっかりねーー!」


日置はニッコリと微笑んだ。

そしてそれぞれのコートでは、3本練習が始まっていた。


「よーう、暇つぶし野郎」


中川は橋本を呼んだ。


暇つぶし野郎・・?

一体、なんのこと・・


橋本は黙ったまま、中川に目を向けた。


「おめー、エースだかなんだかしんねぇが、いい気になんなよ」


中川はまたラケットをクルクルと回していた。


なに・・この子・・

脅かしてるつもり・・?


「こちとら一歩も引く気はねぇから、覚悟しな!」

「下品だね・・」


橋本は呆れていた。


「試合は命のやり取りさね・・」

「・・・」

「あの・・」


主審が中川を呼んだ。


「なんでぇ」

「そんな恐ろしいこと言わないでください」

「かっ。例えさね、例え」


と、このように中川は相変わらずだったが、重富と森上は淡々と試合を始めていた。

重富の対戦相手である大垣は、日置の言った通り、ドライブを打つも森上のパワーとは比較にならないほど女子高生の「それ」だった。

加えて板の対処に不慣れなことも幸いし、プッシュや厳しいコースに対する返球はチャンスボールとなり、重富は悉くスマッシュを決めていた。


「とみちゃん~~!ナイスボール!」


重富が点を取るごとに阿部は声援を送り続けた。

そして森上は、既にダブルスで対戦した荒井など敵ではなかった。

ドライブを打つと見せかけてからのストップ、その逆もまた然りで、荒井はその戦法に翻弄され続けた。


監督の高木は思った。

うちは曲がりなりにも第3シードだぞ、と。

聞くところによると、桐花は二年前にベスト8に入っているにせよ、昨年は出場すらしていなかった。

それが今年はどうだ。

桐花はまるで常連校じゃないか、と。

戦前、エースの橋本に期待したものの、中川の変なカットにラケットは空を切るばかりだ。

そして重富は板と裏を使い分け、大垣のドライブをいとも簡単に返している。

森上は言うに及ばず、超高校級だ。

ダブルスに出た阿部も、台にピッタリと着いてフットワークを駆使した速攻も見事だ。

なんなんだ、と。


いや・・桐花は三神に勝って代表になったんだ・・

このくらいの実力は当然だがね・・

それにしても・・強すぎる・・


高木は腕組みをしながら、もはや成す術がないことを悟っていた。



―――観客席では。



上田と柴田は、桐花の試合に釘付けになっていた。


「桐花って、ほんと強いですね」


柴田はコートに目を向けたままそう言った。


「そやな」


上田もコートを見ていた。


みんなそれぞれに個性があって・・レベルも高い・・

せやけど、「ほんもの」は森上や・・

わしは、長いこと卓球の世界に身を置いとったが・・

こんな選手・・見たことないぞ・・

あの三神ですら・・ここまでの子は、いてへんかった・・

この子は・・卓球史に名を残すぞ・・


「上田くん」


後方から皆藤が呼んだ。


「あ、皆藤さん」


上田は振り向いて答えた。

そして皆藤は階段を下りて「ここ、いいですかね」と訊いた。


「どうぞ」


上田は椅子に置いてあるバックを自分の足元に移動させ、皆藤は「どうも」と言いながら着席した。


「さっきは、ご挨拶だけでしたからね」


皆藤はニッコリと微笑んだ。


「そうですね」

「どうですか、桐花は」

「いやもう・・唖然とするばかりですよ」

「そうでしょう」

「素人の子らを、よくぞここまで、と感心しっぱなしですよ」

「きみが日置くんを立ち直らせてくれたのですね」

「え・・ああ、立ち直らせたやなんて、そんなええもんとちゃいます」


上田は苦笑した。


「日置くん、言ってましたよ」

「え・・」

「上田さんのおかげだ、と」

「日置くん、大袈裟なんですわ」


上田はまた苦笑した。


「わしは家に泊めて、うまいもん食わせて酒を呑んだだけですわ」

「きみ、今は漫画同好会の顧問をやっているとか」

「そうなんです」

「私~、卓球の漫画を描いてるんです~」


柴田は少し照れながら口を開いた。


「おお、そうでしたか」


皆藤は優しく微笑んだ。


「それで、先生に監修してもらってるんです~」

「なるほど。それなら間違いがないですね」

「お前な、さっきも言うたけど、この人、三神の監督さんやで」

「はい~、だからすごく緊張してます~」

「うちのことも知ってるんですね」

「はい~、そりゃもう~三神の強さは先生から何度も聞きました~」

「そうでしたか」


皆藤は嬉しそうに微笑んだ。


「上田くん」

「はい」

「きみ、高校卓球界に戻って来ませんか」

「え・・」

「こう言ってはなんですが、きみは漫画同好会の顧問に収まるにはもったいないです」

「・・・」

「大阪は、うちと桐花だけです」

「・・・」

「きみが戻って来れば、またレベルが上がります」

「それ・・山戸辺へ戻れと言うてはるんですか・・」

「そうです」


皆藤は間髪入れずに答えた。


「そんな・・わしはもう辞めたんです・・」

「それがどうだと言うのですか」

「え・・」

「過去がどうあれ、大事なのは今。それと今後ですよ」

「・・・」

「きみ、小谷田の試合を観たのですか?」

「ああ・・少しだけ」

「それで、どうでしたか」

「わしが言えた義理やないですが・・話になりませんでした」

「きみが戻って来れば、小谷田も中井田もおちおちしてられません」

「・・・」

「きみの表情は以前と全く違います。そんなきみだからこそ、強敵になることは間違いないですし、うちも桐花も胡坐をかいているわけにはいきません」

「・・・」

「一考してみてください」


皆藤は上田の肩をポンと叩いて席を立った。


「きみ、漫画が認められるといいですね」


皆藤は柴田にそう言って、この場を後にした。


「先生・・」


柴田が呼んだ。


「なんや・・」

「大阪に・・戻るんですか・・」

「まさか」

「でも・・監督さん・・ああ言うてはりましたけど・・」

「わしはもう、引退したんや」

「でも・・」

「この世界・・そんな甘いもんやないで」

「どういう意味ですか」

「パッと戻ってやな、はい次の日から試合出ます、というわけにはいかんのや」

「え・・」

「選手を育てるいうんは、一朝一夕ではいかんということや」


皆藤は思っていた。

かつては大阪の2位として、インターハイの常連校だった山戸辺。

そこの監督を務めていた上田が、そう易々と卓球を諦められるはずがない、と。

その上田は、選手の指導を誤った結果、身を引いた。

けれども現在の上田はどうだ。

まるで人が変わったかのようではないか、と。

そんな上田なら、今度こそ本来の監督として山戸辺を率いるであろう、と。

そうなった場合、桐花と同様、三神の座を脅かすライバルとなるであろう、と。


上田くん・・

きみの居場所は、漫画同好会ではありませんよ・・

卓球に未練がないのなら・・今日、ここへは来ないはずです・・

もう一度・・一から始めなさい・・

そして共に大阪のレベルアップに邁進しましょう・・

それがきみのためであり・・日置くんや中澤くん、日下部くんのためです・・


「桐花はどうですか」


席に戻った皆藤は、野間に訊いた。


「圧倒的です」

「そうですか」


皆藤は当然だといわんばかりに、ニッコリと微笑んだ。


「問題は次の浅草西ですよね」

「まあ、手強いことは確かですが、あの子たちなら負けませんよ」



―――コートでは。



重富と森上の試合は共に2-0で勝ち、中川も2セット目を20-8でラストを迎えていた。


「さあ~~ラスト1本だよ!」


日置は大声を上げた。


「中川さん~~!1本やで!」

「ラケット落としなや!」

「中川さぁん~~!締まって行くよぉ~~!」

「先輩~~!ファイトです~~!」


彼女らもやんやの声援を送った。


「よーーし、暇つぶし橋本!気の毒だがこれが最後さね!」


中川はボールを手にしていた。

橋本は黙ったままレシーブの構えに入った。


ふっ・・ここは由紀サーブを出してやらあな・・


中川はボールをポーンと高く上げた。

そしてラケットを複雑に動かし、『由紀サーブ』を出した。

すっかり気落ちしている橋本は、回転を見破れずにレシーブは高く返った。


ふっ・・おいでなすったぜ・・


フォアでバウンドしたボールを、中川は渾身の力を込めて打ちに出た。

焦った橋本は反射的に後ろへ下がった。

その動きを見た中川は、寸でのところでチョコンとストップをかけた。


「ええええ~~打たんかい!」


阿部は思わずそう叫んだ。

そう、中川のストップは甘く返ってしまったのだ。

橋本は全速力で前に駆け寄り、その勢いのままスマッシュを打って来た。

中川はすぐさま後ろへ下がり、フォアカットで返す構えに入った。

そして中川は複雑にラケットを動かした。


ふっ・・曲がらねぇぜ・・


方や橋下は、また変化球かと焦った。

ボールは橋本の体をめがけて飛んだ。

空振りを恐れた橋本は、ボールより右へ移動した。

するとボールは橋本の体にあたり、ポトンと床へ落ちた。


嘘・・曲がらなかった・・


橋本は呆然としたまま中川を見ていた。


「よーーし!よーーし!」


日置は手を叩いていた。


「よっしゃあ~~~!」

「ナイスカット~~~!」

「やったぁ~~~!」

「きゃ~~~!先輩、すごいです~~~!」


彼女らも手を叩いて喜んでいた。

こうして桐花対三河第一は、4-0と桐花が圧勝したのである。

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