353 準々決勝
―――「って、わけさね」
チームの元へ戻った中川は、亜希子の言い分を話し終えたところだった。
「監督はスゥエーデン人。それと森上さんより大きい女子がいるってことも本当なんだね?」
日置が訊いた。
「ああ。かあちゃんの話が事実ならな」
「せやけど・・なんでわざわざスゥエーデンなんや・・」
阿部は、遠い日本を選んだことを不思議に思った。
「卓球はヨーロッパも強いんだよ」
「え・・そうなんですか・・」
「中でもスゥエーデンは強いよ」
「そう・・ですか・・」
「でもそれやったら、なんで試合に出てないんですか」
重富は、景浦のことを言った。
「それは僕もわからない」
「あれじゃねぇのか」
「あれって?」
「補欠さね」
「補欠なあ・・」
阿部も重富も森上も和子も、補欠という言葉に納得がいかなかった。
その理由は中川と同じだった。
そう、試合に出ていた五人レベルでは、真城に勝てるはずがない、と。
ましてや4-0などあり得ない、と。
「増江のことはいいとして、まずは第3シードの三河第一を倒すことだよ」
日置の顔は、厳しい表情に一変した。
「はいっ」
「おうよ!」
そして各コートでは、それぞれ4入りをかけて試合が始まろうとしていた。
桐花が三河第一高校に勝つと、全国で初のベスト4に入ることになる。
無論、日置や彼女らの目標は優勝であり、ベスト4など通過点だ。
けれども相手はシード校だ。
これまでの対戦相手とは違うことを、日置の表情が物語っていた―――
第1コートでは、増江の補欠の選手が並んでいた。
「先生」
コートに近い観客席に座る野間が皆藤を呼んだ。
「なんですか」
「向こうを見てください」
野間は、通路を挟んで離れた席に座る、ある集団に視線を向けた。
皆藤は野間の視線を追った。
「あの五人・・増江ですよね」
野間は、コートにいる者らとジャージが同じことを言った。
「ふむ・・」
「先生、これって・・」
「なるほど、そういうことでしたか」
皆藤はすぐに増江の「策」を読み取った。
そして野間も同じように考えていた。
「それにしても、すごい自信ですよね」
「確かにそうですね」
「相手は、いうても中シードですよ。負けることとか考えてないんでしょうか」
「増江にすれば、たかが中シードなのでしょう」
「確実に勝ち上がることが、本来ですよね」
「それでもコートにいる子たちも、なかなかの実力です」
「はい」
「おそらくですが、準決もあの子たちが出るのではないですかね」
皆藤は補欠のことを言った。
「準決ですよ・・」
「第4シードの気仙沼なら、あの子たちでも勝てるでしょう」
「決勝は、どうなのでしょうね・・」
「桐花でも浅草西でも、あの子たちでは勝てません」
「そうですよね」
「決勝は、あそこに座る子たちが出るはずです」
皆藤と野間の会話を聞いていた三神の彼女らも、「不気味な」五人に目を向けていた―――
「えー、これより、男女準々決勝の試合を行いますが、ダブルスが終わればそれぞれ三台ずつ使用してください。準決勝も同様です。但し、決勝戦は一試合ずつ行います」
本部席から放送がかかった。
そして桐花対三河第一は、7、8、9コートを使用することになった。
日置ら一行は、7コートの後方で集合していた。
「さて、オーダーを言うね」
日置が言った。
「ダブルス、阿部さん、森上さん」
「はいっ」
「はいぃ」
「二番、中川さん」
「おうよ!」
「三番、重富さん」
「はいっ」
「四番、森上さん」
「はいぃ」
「五番、阿部さん」
「はいっ」
「六番、郡司さん」
「はいっ」
「ラスト、中川さん」
「おうよ!」
「よし。これで勝ちに行くよ」
そして双方はコートに整列した。
三河第一のオーダーはこうだ。
ダブルス、荒井紺野
二番、橋本
三番、大垣
四番、荒井
五番、松井
六番、紺野
ラスト、橋本
「向こうのエースは橋本さんだよ」
ベンチに下がったところで日置が言った。
日置は当然、三河の試合も観ていた。
「おおっ!これやぁ~いいやね!」
中川はエースと聞き、俄然やる気が漲っていた。
「中川さん、きみ、二度あたるね」
「かあ~~なに言ってんでぇ!っんなもんよ、4-0で勝つんでぇ。二度も相手してられっかよ!」
「うん、そうだね」
日置はニッコリと笑って「阿部さん、森上さん」と呼んだ。
そして二人は日置の前に立った。
「荒井さんと紺野さんはカットマンペアだよ」
「そうなんですね」
「ラバーは打てばわかる」
「はい」
「相手は何といってもシード校だ。かなりしつこく拾ってくるけど、カットマンの対処、わかってるよね」
「はいっ」
「はいぃ」
「よし。いつも通り平常心で、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は二人の肩をポンと叩いた。
「阿部さん、森上さん。まずは確実な1点な!」
「先輩!ファイトです!」
「よーーし、おめーら、暇つぶし野郎なんざ目じゃねぇ!叩き潰してやんな!」
「あんた、また変なこと言うてんな」
「チビ助よ、愛知といやあ~暇つぶしと決まってんだろがよ」
「それ、ひつまぶしとちゃう?」
重富が言った。
「なっ!細けぇことはいいんでぇ。とにかく!暇なんてぶっこいてる余裕なんざねぇってことを、知らしめてやんな!」
中川は二人の肩をバーンと叩いて送り出した。
「ププ・・」
日置は中川の言い間違いに笑っていた。
「おい、先生よ」
「え・・?なに」
「おめー、なに笑ってんだよ」
「いやっ・・別に」
「暇つぶしだろうが、ひつまぶしだろうが、どうでもいいんでぇ!」
「あはは」
その言葉に重富も和子も笑っていた。
「なっ、おめーらまで笑ってやがる」
「あはは、ごめん」
「ったくよー、ややこしいったらありゃしねぇぜ。なにが暇つぶしだってんだ」
「あはは、先輩。だから、ひつまぶしですけに」
「うるせぇ!相手は暇つぶし野郎と、私が決めたんだ!」
中川がむくれる横で、日置と重富と和子は顔を見合わせて笑っていた。
―――三河第一ベンチでは。
「よし、お前ら」
監督の高木が呼んだ。
荒井と紺野は高木の前に立っていた。
「阿部は前陣、森上はペンドラ。二人ともフットワークが抜群にいい」
「はいっ」
「じゃけど、お前らはカットマンだ。やることはわかっとるな?」
「はいっ」
「まずは拾い続けること。それと森上のドライブは男子並みだ。ラケットコント―ロールを間違えないように」
「はいっ」
「よし、まずダブルスを取るぞ」
「はいっ」
「行って来い!」
そして荒井と紺野はチームメイトにも励まされ、ゆっくりとコートに向かった。
「橋本」
高木が呼んだ。
「はい」
橋本はラケットを持ったまま、高木の横に立った。
「ダブルスを取るのは、かなり難しい」
高木はコートに目を向けたままそう言った。
「そこでエースのお前が取り返す。わかっとるな?」
「はい」
「向こうの中川は、かなり変な子だが、気にすることはない」
オーダーを読み上げた時、中川は「おうよ!」と右手を高く上げていた。
「はい」
「うん、それだけ。頑張るんだぞ」
「はいっ」
―――コートでは。
3本練習も終わり、ジャンケンに勝った阿部はサーブを選択した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
「お願いします!」
双方は一礼して、阿部がボールを手にした。
「恵美ちゃん、最初から押して行くで」
阿部はコートに背を向けてそう言った。
「わかってるよぉ」
「ほなら、フォアラインぎりぎりへロングサーブ出すわな」
「よっしゃぁ」
そして阿部は向きを変えて、サーブを出す構えに入った。
「1本!」
阿部は気合の入った声を発した。
そして上回転のロングサーブを出した。
これも、さも下回転を出すと見せかけた、高等テクニックを駆使したサーブである。
レシーブの荒井は、少し体を詰まらせながらも、すぐさま足を右へ移動させてなんなくバックカットで返した。
荒井のフォアは裏、バックはイボ高だ。
けれども基本はそうであって、ラケットをクルクル回転させるので、どちらのラバーでも返球可能だ。
フォアの深いところへ返ってきたボールを、森上は右腕を大きく振り下し、そのまま擦り上げた。
まさに男性顔負けの威力抜群のドライブは、フォアの深いところを襲った。
ボールに追いついた紺野は、フォアカットで対処しようとしたが、ボールの勢いに押されて後逸した。
「サーよし!」
阿部と森上は顔を見合わせてガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスボール!」
日置は当然だといわんばかりに、パーンと一拍手した。
「よっしゃ~~~!ええぞ~~~!」
「ナイスボールです~~~!」
「よーーし、森上~~!もう一発食らわしてやんな!」
彼女らも、一旦は増江のことは忘れ、目の前の試合に勝つことだけを考えていた。
「森上さーーーん!すごいわ~~!」
観客席から亜希子も叫んでいた。
「ナイスボールですよ!」
「もう1本ですよ!」
三神の彼女らも声援を送っていた。
そこで日置は、チラリと第1コートに目を向けた。
4入りがかかった試合だというのに・・
やっぱり出てるのは・・あの子たちだ・・
どういうことだ・・
それに・・監督のトーマスは・・どこなんだ・・
そのトーマスといえば、観客席の通路をウロウロと歩いていた。
ふーん、なるほどね~・・
そして立ち止まり、鉄柵に両肘を置いた。
あれが桐花ね・・
森上さん・・
とてもパワフルね・・
しかも・・とてもビューティフル・・
タレ目でふにゃっとした顔は、トーマスの好みだった。
ペアの子は・・小学生ですかー・・
あんなに小さいのに・・チョコチョコと・・よく動きますねー・・
あはは・・ベイビーみたいでーす・・
と、このように、阿部と森上の実力を見ても、トーマスはなんら意に介することがなかったのである―――




