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サーよし!2  作者: たらふく
352/413

352 トーマス




―――「あ~それにしても、桐花ってほんと強いのねぇ」



亜希子は次の試合までの時間を利用して、ロビーでお茶を飲んでいた。


「さてっと、少し外に出て体を解そうかな」


亜希子は缶をごみ箱に捨てて、つっかけを履いて外に出た。


「ああ~~気持ちいいな」


亜希子は大きく背伸びをして、真っ青な空を見上げた。

するとそこへ、ジャージ姿の大きな白人男性が現れた。


あら・・こんなところに外人さん・・

珍しいわね・・

それにしても・・ハンサムだわね・・


「ヘイ!ユー」


男性は亜希子に声をかけてきた。


「えっ」


亜希子は後ずさりしながら「ノーノー、イングリッシュ、ノーよ」と言った。


「大丈夫。僕、日本語話せるね」

「えっ」

「あなた、ここで何してる?」

「何って、息抜きよ」

「僕、香川へ来たの初めてね」

「私も初めてよ」

「あなた、高校生?」

「えっ!」


そもそも白人男性の目には、日本人女性は若く映ることもしばしばだ。

亜希子の見た目は、実年齢よりも若く見えるので男性が勘違いしたのも無理もないことだった。


「こっ・・高校生だなんて。やだわ~~~!」


亜希子は男性の肩をバーンと叩いた。


「痛っ」

「あらら・・ごめんなさい。そう見えるかもしれないけど、私は高校生ではないの。ふふっ」

「おお、じゃ、大学生?」

「あっ・・いえっ、あっ、そ・・そうなの。大学生よっ!」

「僕はトーマス・ハンソンです。トーマスと呼んでください」


トーマスはそう言って右手を出した。


「私は中川亜希子よ。あきこ」

「おー、亜希子さん。よろしく」

「はい、よろしく」


そして二人は握手を交わした。


「亜希子」

「なに?」

「僕とデートしてください」

「えっ!」


トーマス・・それはいけないわ・・

いくらなんでも・・たった今会ったばかりじゃないの・・

私は大学生ではなくて・・

夫も子供もいる身なのよ・・


「あの・・トーマス」

「はい」

「そもそも・・あなた、ここへは何の用で来たの?」

「ああ、僕、監督ね」

「監督・・」

「はい」

「この試合の?」


亜希子は振り向いて体育館を指した。


「そーです」

「じ・・じゃ、デートなんてしてる暇などないはずよ」

「僕のチーム、強いです。だから時間あります」

「いやっ、そのっ・・デートって、どこへ行くつもりなのよ」

「どこって、散歩するだけね」

「散歩・・」

「亜希子」

「え?」

「勘違いしないでくださーい。僕には婚約者がいまーす」

「いやっ、えっ、私、勘違いなんてしてないわ。バカにしないでよ」

「あはは。それで僕と散歩してくれますか」

「あのね、私はね、夫も子供もいるの。年だって四十三なの!」

「ええーーっ。四十三!とても若く見えまーす」

「あなた、どこの国の人?」

「北欧です」

「それってどこなのよ」

「スゥエーデンでーす」

「そのスゥエーデンの人が、なんで監督なんてやってるのよ」

「僕、日本大好きね。だから来ました」


その実、トーマスは母国でもトップクラスの実力者であり、なんと世界選手権にも出場経験があった。

成績は揮わなかったものの、いわば日置よりもレベルは数段も上である。

そんなトーマスは、世界で対戦した優しくて礼儀正しい日本人が好きになり、ある時、伝手を介して留学生を募った。

当時、まだ中学生だった、藤波、白坂、相馬、時雨、景浦もその中にいた。

彼女らは、約三年間の留学生活を経て帰国することになったが、その際、トーマスは監督として来日したというわけだ。

そう、高校日本一を制覇するために。


そもそも増江高校は、弱小チームではなかったが、インターハイへ出場できるレベルには達していなかった。

そこへ彼女ら五人とトーマスが加わり、それまで在籍していた部員の全員が辞めた。

補欠として出場している五人は一年生で、卓球経験者ということもあり、この春からトーマスの指導を受けた。

従って、全国でも通用するレベルにまでなっていたのだ。


トーマスは根っからの明るい性格で、誰にでも気軽に声をかける癖がある。

そして知らないことや、興味を持ったことには彼女らにしつこく訊く癖もある。

藤波ら五人が「うるさい」とこぼした意味は、そういうことだったのだ。

無論、監督としてはとても尊敬している。


「まあ、いいわ。でもデートはお断りよっ」

「おお~悲しいでーす」

「私の娘も試合に出てるの。だから応援しないといけないのよ」

「おお~!どこですか」

「大阪の桐花学園よっ」

「桐花学園・・初めて聞きまーす」

「トーマスは、どこなのよ」

「神奈川の増江高校でーす」

「えっ・・増江・・」


確か・・電話してたあの子・・増江だったわ・・

それに・・このトーマスよ・・

外人ってだけで・・なんだかとても強そうよ・・

これは・・愛子に報告しないとだわ・・


「じゃ、トーマス。私はこれで」

「亜希子」

「なによ」

「桐花学園、頑張ってくださーい」

「ええ、もちろんよ。トーマスも頑張ってね」


そして亜希子は慌てて体育館へ戻った。

トーマスは亜希子を見送ったあと、「ああ~いい天気だ~」といって、背伸びをした―――



その後、三回戦も圧倒的な力で桐花は勝ち上がった。

そして第3シードである、三河第一高校との対戦を待っていた。


「愛子~~!」


亜希子は試合が終わったと同時にフロアへ足を踏み入れ、中川の元へ駆け寄った。


「うわあ・・降りてくんなよ」


中川はウンザリしていた。


「あのさ、話があるの。ハアハア・・」

「こっちにはねぇよ」


中川はそっぽを向いた。


「違うの、聞いてほしいの。ハアハア・・」

「そんな息を上げてよ、上で座ってろっつっただろうがよ」


二人のやり取りに、日置も阿部らもどうしたものかと困惑していた。


「あのね、愛子」

「だから!上へ行けっつってんだろ!」

「お母さん、どうされたんですか」


たまらず日置が口を挟んだ。


「先生よ、いいって。どうせくだらねぇ話しに決まってんだ」

「いや・・でも・・」

「いいって、いいって」

「先生」


亜希子が呼んだ。


「はい」

「かあちゃん!しつけーよ!」

「トーマスなの・・」


亜希子は中川を無視して日置にそう言った。


「トーマス・・?」

「ええ・・トーマスなの」

「先生よ、もういいから。聞くこたぁねぇぜ」

「愛子!トーマスって言ってんのよ」

「なにがトーマスだよ!わけのわからねぇこと、ほざいてんじゃねぇよ。ったくよー、世話がかかるったらありゃしねぇぜ」


中川はそう言いながら、亜希子を引っ張ってロビーに向かった。


「愛子、聞いて」

「ああ~~!うるせぇ」

「違うの、トーマスなのよ」

「黙れよ」

「それにあの子よ・・」


中川は無視して歩いた。


「森上さんより大きい・・あの子よ・・」

「・・・」

「そして・・トーマス・・」

「おい、かあちゃんよ」


二人はロビーに出たところで立ち止まった。


「なによ」

「いま、なんつったよ」

「トーマスよ」

「ちげーって。森上より大きい子、つったよな」

「そうよ」

「それ、女子か?」

「そうよ」

「かあちゃん、どこで見たんだよ」

「その子、電話してたのよ」

「電話・・あれか?」


中川は公衆電話を指した。


「そうよ」

「その女、どこにいんだよ」

「どこって、知らないわ」

「おめー、夢でも見たんじゃねぇのか」

「見てないわよっ」

「それ、男子じゃねぇのか」

「違う。女子だった。胸もあったもん」

「そうか・・」


母ちゃんの話が本当だとしたら・・

それって・・どすえ野郎じゃねぇのか・・

でもよ・・どすえ野郎に森上よりでけぇ女はいなかった・・

これ・・なんだってんでぇ・・

待てよ・・

そもそも・・どすえ野郎ごときが真城に勝ったっつーのがおかしな話だ・・

じいさんも・・まぐれで真城には勝てねぇっつってたしな・・

でもよ・・それなら、なぜ試合に出てねぇんだ・・

おかしいじゃねぇかよ・・


「私さ、その子と話したのよ」

「えっ!マジかよ!」

「おばさん、開会式で叫んでましたねって言われちゃったわ」

「・・・」

「でさ、身長はどれくらいなのって訊いたのよ」

「・・・」

「そしたらさ、180だって!180よっ」

「180・・」

「まあ~~とても大きい子だったわ」

「その女、どこの学校か知ってんのかよ」

「うん」

「どこだ」

「増江よっ」

「えっ!」


やっぱりだ・・

どすえ野郎には・・森上よりでけぇ女が実在してたんだ・・

でもよ・・なぜ試合に出てねぇんだ・・

あっ!

そうか、そうか・・

補欠だってことさね!

補欠なら・・近畿大会に出向いて偵察という役目もするってもんよ・・

んでよ・・ホラ吹いて・・という寸法さね・・

でもよ・・やっぱ・・変なんだよな・・

試合に出てた五人レベルでは・・真城には勝てねぇはずだ・・

ああ~~わけわかんねぇって!


「で、かあちゃんよ」

「なによ」

「トーマスってのは、なんでぇ」

「ああっ、それよ、それっ!」

「なんでぇ」

「聞いてくれる?」

「だから、なんだってんだ!」

「トーマスったらね、私のこと高校生なんて言うのよ~~、やだわ~~~」

「は・・はあ?」

「それでさ、僕とデートしてくださーい、なんちゃってね」


亜希子は嬉々として話していた。


「おい、おめー、なに言ってんだよ!」

「でも私は言ってやったのよ」

「・・・」

「私は夫も子供もある身よ・・ってね・・」

「・・・」

「そしたらさ、トーマスったら、悲しいでーすって。あははは」

「呆れてものも言えねぇやな!おめー、なんの話してんだよ!」

「だからトーマスよ」

「だーかーらー!そのトーマスってのは、なにもんでぇ!どこにいるんだよ!」

「どこって・・散歩してるんじゃないかな」

「もういい」


中川は、ほとほと呆れ果て、フロアへ向かった。


「愛子!」


亜希子が引き止めたが、中川は無視して歩いた。


「愛子!トーマスは増江の監督よっ!」


そこで中川は立ち止まった。

そして亜希子の元へ戻った。


「監督って、ほんとかよ」

「うん。ほんとよ」

「トーマスがそう言ってたのか」

「そうなの。日本が好きで来ました~ってね」

「そいつ、どこから来たんでぇ」

「スゥエーデンって言ってたわ」

「スゥエーデン・・」

「なんだかよくわからないけど、とてもハンサムで気さくな人だったわ」

「その話、嘘じゃねぇだろうな」

「なんで嘘なんかつくのよ。全部ほんとよ」

「そうか。わかった」

「監督がトーマスでしょ。それに大きいあの子でしょ。増江ってとても強いんじゃないかしら」

「かあちゃんは、席へ行ってな」


そう言って中川はフロアへ入って行った。

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