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サーよし!2  作者: たらふく
351/413

351 謎めいた増江高校 その2




観客席に到着した日置は、「きみたち」といって、阿部ら五人に集まるよう手招きした。

彼女らは食べかけの巻き寿司を椅子に置き、階段を上がって日置の前に行った。


「先生よ、なんでぇ」


中川は巻き寿司を手にしていた。


「これ、めちゃくちゃうめぇぜ」

「そうなんだ」

「先生も食えよ」

「うん、あとでね」

「で、先生、どうかしたんですか」


阿部が訊いた。


「きみたちも増江の一回戦を観たから知ってると思うけどね」

「はい」

「先生よ、今さらどすえ野郎のことなんざ、興味もありゃしねぇぜ」

「増江ね、真城に勝ったんだよ」

「え・・」


彼女らは唖然としていた。

真城は第1シードだろう、と。

なぜ、そこに増江ごときが勝てるんだ、と。


「おいおい、先生よ。それ勘違いじゃねぇのかよ」

「僕もそう思ったんだけど、本部の人に確かめたら本当なんだって」

「するってぇと、真城が大したことなかったんじゃねぇのか」

「そうは思えないんだよね」

「なんでだよ」

「曲がりなりにも第1シードだよ。それに増江のあの子たちのレベルからすると、とてもじゃないけど勝てるはずがないよ」

「接戦やったんとちゃいますか。たとえばラストまでもつれたとか」


重富が訊いた。


「いや、それが4-0なの」

「え・・」


彼女らは思わず顔を見合わせていた。


「だから、増江の三回戦、みんなで観るからね」

「っんなよ、恐れることはねぇって」


中川は既に試合を観て、実力を確かめたことを言った。


「恐れているわけじゃないけど、念には念をだよ」

「かあ~~仕方ねぇやな」


「日置くん、きみたち」


そこへ皆藤がやって来た。


「あ、皆藤さん。おはようございます」


日置は丁寧に頭を下げた。


「よーう、じいさんよ」

「おはようございます!」

「はい、おはよう」


皆藤はニッコリと笑った。


「いま、到着されたんですか」


日置が訊いた。


「はい。早朝の高速船で」

「そうですか」

「で、桐花はどうですか」

「はい。一回戦は問題なく勝ちました」

「そうですか」


皆藤は、当然だとばかりに微笑んだ。


「あの、皆藤さん」

「はい」

「増江高校ってご存知ですか」

「増江・・はて、初耳ですが」

「そうですか・・」

「その増江がどうかしましたか」

「第1シードの真城に4-0で勝ったんです」

「えっ」


皆藤は愕然としていた。

真城といえば、昨年の決勝で対戦し、実力のほどは嫌というほど知っている。

結果は4-0で勝利したものの、どの試合も点数は競った。

当時、二年だった田丸と城之内も試合に出ており、三年生にも引けを取らない実力者だった。

その子たちは今年エースと二番手としてチームの中心選手として出ているはずだ。

他の選手も、いわば同等のレベルであることは間違いない。

それが、なぜなんだ、と。


「きみ、真城戦を観ていたのですか」

「いえ、試合中でしたし、一回戦で実力を確かめましたので、観ていません」

「ということは、さほどではなかった、ということですね」

「はい」

「じいさんよ」


中川が呼んだ。


「なんですか」

「どすえ野郎なんざ、三神の足元にも及ばねぇチームだったぜ」

「どすえ・・」

「ああ、すみません。増江のことです」


日置がすぐにフォローした。


「あはは。きみは相変わらず面白いですね」

「なにがおもしれぇのかわからねぇが、とにかくどすえ野郎なんざ、話になんねぇって」

「それにしても、変ですね・・」

「なにがだよ」

「真城は間違いなく、強豪チームです。エースの田丸くん、二番手の城之内くんは、並の選手ではありませんよ」

「・・・」

「4-0ということは、田丸くんも城之内くんも負けたということですね」

「そうなりますね・・」

「日置くん」

「はい」

「一回戦は、不調だったのかもしれません」

「はい」

「いずれにせよ、心して臨まなければなりませんよ」

「はい」

「きみたちも、いいですね」


皆藤は彼女らに向けてそう言った。


「はいっ」

「っんなよ、気にするこたぁねぇって」

「中川くん」

「なんでぇ」

「ここはインターハイ。どんな強者でも初戦は不調も十分あり得るのですよ」

「わかってらぁな」

「真城に勝ったのは、まぐれではありません」

「そうかよ」

「じゃ、応援していますから、きみたち、頑張りなさい」

「はいっ、ありがとうございます!」


阿部ら四人は深々と頭を下げていた。

けれども中川は、たかがどすえ野郎ごとき、なにをそんなに恐れる必要があるのかと不満を抱いていた。


「まあいいやね。相手がどこであろうが、桐花が優勝すると決まってんだ!じいさんよ、ゆっくりと高みの見物、ぶっこいてな」

「はい、ぶっこかせてもらいますよ」


そして皆藤はこの場を後にした。

すると日置は、何かを思い出したように「あっ」と言って皆藤を追いかけた。


「皆藤さん!」

「なんですか?」


皆藤は立ち止まって振り向いた。


「上田さんが来ておられます」

「上田さん?」


皆藤は、まさかあの上田とは思いもしなかった。


「山戸辺で監督なさってた、あの上田さんです」

「え・・ええっ!本当ですか!」

「はい」

「え・・いや、きみ・・確か上田くんとは、そりが合わなかったのでは」


皆藤は、日置と上田の過去の関係を知っているので、思わずそう訊いた。


「以前はそうでしたが、僕、上田さんに大変お世話になったんです」

「え・・」


そこで日置は、昨年色々とあったことをかいつまんで説明した。

その際、上田の家に泊まって話を聞いてもらったことで、自分は救われたことも話した。


「きみ・・そんなことがあったのですか・・」


皆藤は、日置が落ち込んでいたことなど、全く知らなかった。


「はい」

「それにしても・・あの上田くんが・・」

「上田さん、今は漫画同好会の顧問をなさっておられます」

「ま・・漫画・・」


驚いている皆藤に「あこそにいらっしゃいますよ」といって、日置は歩いた。

ほどなくして上田と柴田が座る席へ行き「上田さん」と呼ぶと、振り向いた上田は皆藤を見てニッコリと微笑んだ―――



その後、二回戦も順当に勝ち進んだ彼女らは、増江の試合を観るため、第1コート近くの観客席に腰を下ろしていた。

けれども増江の選手は、再び補欠の者たちが出ていたのだ。

やがて試合が始まったが、試合内容は一回戦と同じように、上手くて強いことは強いが、なぜこの子たちが真城に勝てたんだと不信感は募るばかりだ。


「やっぱりそうじゃねぇか」


中川は呆れていた。


「ほんまやな・・」


阿部も同じように感じていた。


「真城て・・やっぱりなんかあったんとちゃうか・・」


重富が言った。


「オーダーミスとか?」


和子が言った。


「でもぉ、試合は何が起こるかわからんよぉ」


森上は漠然とだが、奥の手があるのでは、と思っていた。

日置も確かに妙だと感じていた。


まさか・・この子たちが真城に勝てるはずがない・・

たとえるなら・・島乃倉さんたちがいた頃の山戸辺より少し上くらいのレベルだ・・


島乃倉とは、小島らより一学年上で、当時、山戸辺のエースとして活躍していた選手だ。

桐花と山戸辺は因縁の関係にあり、小島が卓球をやると決意したのも、島乃倉を倒すためだった。


「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「こんな試合、観る必要があんのかよ」

「ああ・・まあね」

「相手も弱ぇ。この分じゃどすえ野郎が勝って終わりだぜ」



―――同じ頃、増江高校のレギュラーたちは。



第4シードである、宮城県代表の気仙沼南けせんぬまみなみ高校の試合を観ていた。


「所詮、第4シードだね」


主将の藤波が言った。


「弱いよねぇ・・」


白坂も、気仙沼南の実力に呆れていた。


「動きとタイミングが、ほんと遅いよね」


相馬が言った。


「この分じゃ、準決もあの子たちでいいんじゃないの」


時雨は補欠でも勝てると言いたかった。


「確かにそうだね。だって真城でさえあんなだったんだよ」


森上より大きい景浦が言った。


「っていうかさ、決勝もあの子たちでいいんじゃないの」


時雨は半笑いになっていた。


「ときちゃん、それはダメだよ」


藤波が否定した。


「冗談だよ、冗談」

「まあ、決勝は浅草西か桐花だね」

「それにしても桐花ってさ、変なのがいるよね」


相馬は中川のことを言った。


「下品だよねぇ」

「下品もそうだけど、なによあの変なカット」

「他の子も、変なサーブ出してたよ」

「あんなの目じゃないよ」

「まあそうなんだけどさ」

「浅草西だろうが桐花だろうが、4-0で撃沈だよ」


景浦は親指を下へ向けた。


「それにしても監督さ、ほんとなにやってんだうろね」


まだ姿を現さない監督に、藤波は振り向いてそう言った。


「決勝だけ来るんじゃないの」

「決勝も来ないかもよ」

「ええ~それはないよ。ないない」

「電話した方がいいんじゃないの」

「仕方ない。そうするか」


藤波は、半ば辟易として席を立った。


「ふじちゃん、私が行くよ」


景浦が言った。


「そうなの?」

「お茶も買いたいし」

「そうなんだ。じゃ頼んだよ」


そして藤波はまた席に座り、景浦は階段に向かって行った。

やがて景浦がロビーで電話をしていると、その後ろを亜希子が通りかかった。


あら・・この子・・すごく大きいわね・・

森上さんより・・大きいわ・・

へぇ・・増江高校っていうのね・・


亜希子は景浦の背中を見て校名を確認した。


それにしても、この暑いのに・・どうしてニット帽なんて被ってるのかしら・・


「それじゃ」


景浦はそう言って受話器を置いた。

そして自分を見ている亜希子に気が付いた。


「なんですか」

「いやっ・・あなた、とても大きいのね」

「はあ」

「身長、何センチなの?」

「180ですけど」

「ひゃ~~!180!バレーの選手にもなれるわね」

「はあ」

「あなた、どうしてそんな帽子被ってるの?暑くないの」

「別に」


そこで景浦は思い出した。

確かこの人は、開会式で叫んでいたおばさんだぞ、と。

そしてプッと笑った。


「なによ」

「おばさん、開会式で叫んでましたよね」

「そうなの!そうなのよっ」

「すごいですね」

「だってさ~、あの市長ったら、話が長いんだもの」

「確かに」

「でしょ?」

「ところでおばさんは、どこかの応援に来たんですか」

「そうなの、そうなのよ!」

「うわあ・・」


景浦は亜希子の積極ぶりに引いていた。


「それがさ~来る予定はなかったのよ」

「え?」

「間違って船に乗っちゃったの!」

「へぇ・・」

「でね、船長なんかもやって、それで来たの」

「ああ・・もう行きます」


景浦は話の意味がわからず、この場を離れたかった。


「あらら、そうなの~」

「じゃ」


そして景浦は、そそくさと階段に向かって歩いた。


「あなた~~頑張ってね~~~!」


何も知らない亜希子は、景浦の背中にそう言ったのである―――

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