350 謎めいた増江高校
―――そして第四試合。
「さて、森上さん」
森上は日置の前に立っていた。
「はいぃ」
「岩谷さんのタイプは、打てばわかる」
「はいぃ」
「中肉中背だから、おそらく中陣型だと思う」
「はいぃ」
「遠慮することはない。出だしからガンガン行こう」
「はいぃ」
「よし。徹底的に叩きのめしておいで」
日置は森上の肩をポンと叩いた。
「恵美ちゃん、しっかりな」
「あんたで決めるよ」
「先輩、ファイトです!」
「よーーし、森上よ。ダブルスはいわば不発だったよな。このシングルで全国の野郎どもに、おめーの力を見せつけてやんな!」
中川は森上の肩をバーンと叩いた。
「わかったぁ」
森上はニッコリと笑ってコートに向かった。
「よーし。森上が勝つのは確実だ。問題は第3シードだよな」
中川は腕を組み、森上の後姿を見ながら日置に訊いた。
「そこへ行くまでは、あと二回勝たないとダメだよ」
「けっ。っんな雑魚どもなんざ眼中にねぇぜ」
「あんた、気の緩みはあかんで」
阿部が言った。
「おめーな、この私にそんなもんあると思うか?」
「だってあんた、さっきラケット落としたやん」
「だからあれは、自らにズボールを課すという、私の厳しい一面だっつってんだろ」
日置は思っていた。
善光寺のオーダーは失敗だと。
なぜなら、シングルに二回出ているのは奥野だ。
それにダブルスに出た中辻と池谷は、シングルは二人とも後半に出ており、本来ならどちらかを前半に一人置くのが常道だ。
つまり岩谷は五番手であり、その五番手を四番に出すということは、練られたオーダーではないな、と。
桐花でいうところの和子と同じであり、善光寺は初めから4-0で勝つ気などなかったのだ、と。
日置が考えた通り、試合が始まっても森上の前で岩谷は何もすることが出来ないでいた。
必殺サーブは言うに及ばず、森上が軽く打ったドライブでさえ後逸する始末だ。
「かあ~~マルコメ野郎、全くダメじゃねぇかよ」
中川が不満を漏らす横では、和子がアップをしていた。
「マルコメ岩谷なら、おめーでも勝ててたぜ」
中川の言葉に日置もそうだと思った。
そして日置は、節江とトミのことを想った。
せっかく・・お母さんとおばあさんが来られてる・・
郡司さんの試合を観せてあげたいけど・・
そのためには前半に出さないといけない・・
でも・・それはできない・・
どんな相手だろうが・・万全のオーダーを組むしかない・・
日置の考えは、あくまで4-0で勝つことだ。
そのためには和子を後半に出さなければならない。
勝ち上がって行くと、4-0で勝つとこは難しくなるので和子に順番が回って来ることもある。
その意味では、和子の試合を観せてあげられるのだが、こちらが1ポイント、或いは2ポイント落とすということは、阿部ら四人の誰かが負けることを意味する。
すなわち相手チームは、かなりの強者であると同時に、和子は「戦力」にならないというわけだ。
つまり、和子の「活躍」を観ることが出来ないのである。
そして日置は、和子に目を向けた。
和子は素振りをしながら、「先輩!ナイスボールです!」と声を挙げていた。
―――コートでは。
試合はどんどん進み、カウントは19-3と森上が大きくリードしていた。
つ・・強い・・
強すぎる・・
岩谷はなにも出来ないまま、ボールを手にしていた。
短く出しても・・叩かれるし・・
長く出しても・・ドライブで返されるし・・
出すサーブがない・・
「1本!」
森上は前傾姿勢を保ちながら、大きな声を発した。
「い・・1本・・」
岩谷は小さな声を発した。
もはや善光寺ベンチも成す術がないとばかりに、呆然とするばかりだ。
「やっぱり・・大阪って強いよね・・」
「ラリーが続かないんじゃ・・どうしようもないよね・・」
「森上さんもそうだけど・・まるちゃん似の阿部さんもそうだし・・」
「うん・・それだよね」
「重富さんも中川さんも・・レベルが違い過ぎるよね・・」
そして岩谷はバック前に下回転のサーブを出した。
森上はそれを、長いツッツキでバックに返した。
そう、ドライブを打つためだ。
岩谷も森上の意図を読んでいたが、長く返すしかなかった。
けれどもこのレシーブは、バックの厳しいコースに入った。
森上は無理をせずに、今度はツッツキをフォアストレートに入れた。
岩谷は打つべきか打たざるべきか迷った。
本来なら「チャンスボール」として、ミート打ちで返すべきところだが、そうなると森上は容赦ないカウンターで返すだろう。
でも・・
ここは打つしかない・・
こう思った岩谷は、バックストレートに強打した。
森上は待ってましたと言わんばかりに、すぐさま回り込んで抜群のカウンターをバッククロスへ打ち抜いた。
ボールは岩谷が動く前に後ろへ転がっていた。
「サーよし!」
森上は力強くガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスボール!」
日置は拍手をしていた。
「ナイスボール!」
「よっしゃ~~~!ラスト1本やで!」
「よーーし、森上よ!とっとと片付けちまいな!」
「先輩~~!すごい~~~!」
彼女らもやんやの声援を送った。
―――観客席では。
「ふーん、そうなんだ」
浅草西の監督、前原がポツリと呟いた。
「なんですか?」
渋沢が訊いた。
「あの森上さんって子がエースだね」
「そうですね」
「相手が弱すぎるからラリーにならないけど、あの回り込みだよ」
「え・・」
「あの動き」
「はい・・」
「あんなに大きな体で、よく俊敏に動けるよね」
「確かに・・」
「おそらくだけど、ドライブもあんなもんじゃないよ」
「そうですか・・」
「日置監督・・どこであんな選手を見つけたんだ・・」
「先生!」
そこへ、チームの二番手である西井が、慌てて前原の席に来た。
「にしちゃん、どうしたの?」
「真城・・負けました・・」
「えっ!」
まさかと思った前原と渋沢は、第1コートに目を向けた。
すると真城も増江も、すでにコートを去ったあとだった。
「負けたって・・カウントは?」
前原は何対何だったのかを訊いた。
「4-0です・・」
「うそ・・」
「西井ちゃん。だって一回戦は・・」
渋沢は補欠メンバーのレベルを言った。
けれども渋沢も前原も補欠だとは知らないのだ。
「真城には、別の子たちが出てました・・」
「どういうこと?」
前原が訊いた。
「おそらく・・さっき出てた五人が・・レギュラーだと思います・・」
「それで、レベルはどのくらいなの?」
「そ・・それが・・とてつもなく・・強いんです・・」
「え・・」
「真城の田丸さんも・・城之内さんも・・コテンパにやられてました・・」
田丸と城之内は、エースと二番手だ。
前原は俄かに信じられなかった。
田丸さんと城之内さんって・・
昨年の決勝で・・負けはしたものの・・三神を苦しめていたよね・・
それがコテンパって・・どういうことだ・・
となると・・決勝は増江か・・
いや・・その前に桐花とあたる・・
まずは桐花を叩き潰さないとね・・
「しぶちゃん」
前原が呼んだ。
「はい」
「三回戦の増江、ちゃんと観ておくようにね」
前原はそう言って立ち上がった。
これは、全員で観ろという意味だ。
渋沢も前原の意を理解していた。
「はい」
「僕、ロビーに出てるから」
「わかりました」
その後、森上は2-0で圧勝し、桐花は二回戦にコマを進めた―――
「あの・・」
彼女らがコートを去ろうとすると、丸山が阿部に声をかけてきた。
「あ・・はい・・」
阿部も丸山も改めて互いを見て、なんとも複雑な心境になっていた。
本当に鏡を見るようだ、と。
「私、丸山です」
「私は阿部です・・」
「それにしても・・すごく似てますよね」
丸山は苦笑した。
「はい・・」
「でも阿部さんは、私と違ってすごく強いですね」
「丸山さんは、卓球は・・?」
「私は途中で挫折したの」
「そうなんですか・・」
「でも、阿部さんの試合を観て、なんだか自分が戦ってるみたいな気になったの」
「・・・」
「それが嬉しくてね」
「そうですか・・」
「おらおら、おめーら」
中川が二人を呼んだ。
阿部と丸山は、そのまま中川に目を向けた。
「おめーら、ほんとに瓜二つっつーか、入れ替わってもわからねぇぜ」
「うん、まあ」
「ほらほら、チビ助よ。これもなにかの縁だ。おーい、あんちゃんよ!」
そこで中川は日置と話す植木を呼んだ。
「なに?」
「ちょっくら、来てくんな!」
植木は何事かと、小走りで中川の元へ来た。
「なに?」
「おめー、この二人の写真を撮ってくんな」
「あ・・ああ」
植木も二人がそっくりなことに、最初から驚いていた。
「写真?」
阿部が訊いた。
「記念さね、記念。ほら、おめーら並びな」
そして二人は少し照れながらも並んだ。
「ほな、撮るで~~。はい、チーズ」
そして植木はシャッターを押した。
「これ、現像したら送ってあげるから、住所、教えてくれる?」
植木は丸山に訊いた。
「そうですか。ありがとうございます」
そして丸山は、植木が差し出したメモ帳に住所と名前を書いた。
「じゃ、阿部さん。次の試合も頑張ってね」
「はい、頑張ります」
「中川さんもね」
「たりめーよ!マルコメの分まで頑張って優勝すっからよ!」
「あはは」
丸山は嬉しそうに笑って、チームの元へ急いだ。
そして日置ら一行は、ロビーへ向かった。
「きみたち、次の試合まで時間があるから、観客席へ行って郡司さんのお母さんから頂いたお寿司を食べなさい」
ロビーに出たところで日置がそう言った。
「先生はどうするんですか」
阿部が訊いた。
「うん、僕もすぐに行くよ」
「わかりました」
そして彼女らは階段に向かった。
日置はその足で、ロビーに貼り出されてある組み合わせ表を見に行った。
「えっと・・」
日置はまず、第1シードに目をやった。
「え・・なにこれ・・」
真城対増江の箇所に赤いラインが引かれてあったが、勝ち上がったのは増江になっているではないか。
「これ・・間違いじゃないのか・・しかも4-0って・・」
日置は到底信じられなかった。
なぜなら一回戦の試合を観た限りでは、とても真城に勝てるはずもないからだ。
これ・・本部の人に報告した方がいいよね・・
日置は完全に間違いだと決めつけていた。
そこへ本部の者が現れ、また赤いラインを引こうとしていた。
「あの」
日置が声をかけた。
「はい?」
男性は手を止めて日置を見た。
「第1シードの真城と増江ですが、これ、間違えてますよ」
「え・・」
男性は指摘された箇所を見て、首を捻っていた。
「間違いって、どこのことですか?」
「勝者と敗者を間違えてますよ」
「これ・・ですか?」
男性は第1シードを指した。
「はい」
「勝者と敗者を間違えてるってことですか?」
「はい」
日置はニッコリと笑った。
「いえ、間違えてませんけど」
「え・・」
「勝ったのは増江ですよ」
「えっ・・」
日置は唖然とした。
嘘だろ、と。
まさか、あり得ない、と。
「4-0で圧勝ですよ。いやあ~まさに番狂わせとはこのことです」
「あっ・・あのっ」
「なんですか」
「増江って・・選手は何人ですか」
「えーっと、さっき見たのは五人でしたね」
やっぱりそうじゃないか・・
あの五人の子たちだ・・
あり得ない・・
だって・・相手は第1シードなんだぞ・・
それが・・4-0とか・・
日置は事実を聞いた今でも、まだ信じられずにいた。
なにがあったんだ、と。
まぐれで勝てる相手じゃないぞ、と―――




