348 板と裏
―――「阿部さんと森上さん、すごいわ~~~!」
観客席で亜希子が興奮していた。
その隣りには節江とトミが座っていた。
節江は、亜希子が阿部らの試合を観て「すごいわ~~行け行け~~」と叫んでいたところ声をかけたのだ。
そして同じチームに娘がいると確認したというわけだ。
亜希子は下船に間に合わず、いわば仕方なく付いてきたことを話すと、節江もトミも爆笑していた。
なるほど、それでつっかけか、と。
「わしやこ、ようわかりぁせんが、こげな全国大会なんじゃもののぉ、みんな強かろうにのぉ」
「トミさん!今はね、阿部さんと森上さんが大差で勝ったのよ!」
「そうか、そうか」
「おかさんよ、次は重富さんいう子じゃけにの」
「ほおほお」
「郡司さんっ」
亜希子は節江を呼んだ。
「はい」
「一緒に叫びましょう!」
「え・・」
「重富さん~~~頑張れ~~って、叫ぶのよ!」
「えぇ・・」
節江は引いていた。
「ほらほら。私がせーのって言うから、そのあとね!」
「あはは」
思わずトミは笑っていた。
「いや・・私はええですけに・・」
「あら~そんなこと言わないで~」
「いえいえ・・どうぞお一人で・・」
「そうなの~、仕方がないわね。じゃ、私は叫ぶわね」
そして亜希子は手に口を当てて、叫ぼうとした時だった。
「重富さん~~!頑張れ~~~!」
なんと亜希子に合わせてトミが叫んだのである。
「あはは、トミさん、ナイスよ~~!」
「案外、気持ちのええもんじゃが」
「でしょ~~」
トミの横で節江は唖然としていた。
「おかさん・・」
「わーも叫びゃあええんじゃが」
「いやいや・・私やこ・・」
声に気付いた重富は、観客席を見上げてニコッと笑っていた。
―――コートでは。
3本練習も終わり、いよいよ試合が始まろうとしていた。
「お願いします!」
互いに一礼し、サーブを選択した重富は「1本!」と大きな声を発した。
よし・・
カットマンやから、必殺サーブはあまり意味がない・・
ここは・・まずロングサーブで下げて・・
重富はバックコースから、フォアの上回転のロングサーブをバッククロスへ出した。
それと同時にラケットを反転させ、板に持ち替えた。
奥野はなんなくカットで返した。
重富は前後に揺さぶるべく、フォア前にチョコンとストップをかけた。
慌てて前に走り寄った奥野はツッツキで返したものの、ボールは高く上がった。
そう、板の対応が上手くいかなかったのだ。
重富はコースを狙って打ちに出た。
すると奥野は慌てて後ろへ下がって構えた。
奥野の動きを見た重富は、寸でのところでストップをかけた。
唖然としたまま奥野は、台上でツーバウンドするボールを見ていた。
「サーよし!」
重富は力強くガッツポーズをした。
「よーーし、ナイスボール!」
日置は手を叩いていた。
「とみちゃん、ナイス~~~!」
「もう1本やでぇ~~!」
「ナイスストップです~~!」
「よっしゃーーー!重富、マルコメ奥野は板が苦手だとよ!遠慮なく、ガンガンぶちかましてやんな!」
うん・・中川さんの言う通りやな・・
マルコメ奥野は・・板が嫌みたいやな・・
重富も、今しがたの奥野の返球で見抜いていた。
ほならここは・・
板でサーブを出そか・・
そして重富はサーブを出す構えに入った。
けれども面は裏だ。
重富はさっきと同じサーブを、ボールがあたる寸前にラケットを反転させて板で出した。
裏で出すと思っていた奥野は、同じようにカットで返したが、ボールはまた高く上がった。
ダメだ・・
今度こそ打たれる・・
こう思った奥野は、また慌てて後ろへ下がった。
すると重富はラケットを反転させ、裏でスマッシュを打ち込んだ。
パシーン!
ええっ!
嘘でしょ!
裏も使うんだ・・
バックコースを逃げていくようなボールを、奥野は懸命に追いかけた。
そしてラケットにあてたものの、ボールは横にオーバーした。
「サーよし!」
重富は、また力強くガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスコース!」
よし・・
重富さん、それだよ・・
徹底してコースを狙うんだよ・・
日置はこう思っていた。
「ナイスボール!」
「とみちゃん~~!ナイスやでぇ~~!」
「っしゃあ~~~!まさか裏で打つとは思わなかったろうぜ!さあ~~もっと攪乱してやんな!」
「よーーし!ナイスコースです!」
―――善光寺ベンチでは。
「どんまい、どんまい!」
仲本は口に手をあてて叫んでいた。
「奥ちゃん!今から今から!」
「挽回するよ!」
「次、1本よ!」
「頑張るよ!」
彼女らも大声で檄を飛ばしていた。
「中川さんはカットマンか・・」
次に出る山根は、アップをしながら中川を見ていた。
「山根ちゃんの好きなタイプだよね」
岩谷が言った。
そう、山根はカットマンを得意としていた。
「うん」
山根はニッコリと笑った。
そして自分で必ず1点取れると確信めいた気持ちがあった。
それにしても・・美人だな・・
こんな風に思う山根であった。
―――コートでは。
重富は日置の指示通り、徹底してコースを狙っていた。
そのコースも右かと思えば左に、その逆も然りで、重富は奥野の動きを見ては裏をかく技で翻弄した。
その奥野といえば、ただでさえやりにくい板に加え、ラリー中に裏で打つ場合もあり、おまけにコースが厳しい。
ボールを追いかけるも、常に数センチ横を通り過ぎる有様だった。
そして試合は18-6と重富が大きくリードしていた。
よし・・ここで1本取るために、必殺サーブを出してみよか・・
こう考えた重富はサーブを出す構えに入った。
右手の指がラケットを回す仕草は、もはや体の一部かのように「無意識」に動いていた。
重富さん・・
反転技が、ほんと上手くなったよね・・
それだけじゃない・・
板と裏の扱いをマスターし・・
必殺サーブも身に着けた・・
きみ・・
卓球始めて・・まだ一年も経ってないんだよ・・
そこで日置はアップをする中川を見た。
重富さんだけじゃない・・
中川さんだって・・まだ一年経ってないんだよね・・
この子はズボールを編み出し・・
それを武器に予選も近畿大会も勝ち抜いた・・
「なに見てんでぇ」
視線に気が付いた中川がそう言った。
「なんでもないよ」
日置はニッコリと笑った。
それに・・この気の強さなんだよね・・
中川の本当の武器は・・メンタルの強さだ・・
「よっしゃあ~~~!チビ助直伝のガレージサーブ!あれやぁ~~取れねぇぜ!」
重富のサーブが決まったところだった。
「とみちゃん~~ナイスサーブ!」
「レシーブ、しっかりなあ~~!」
そして日置は阿部と森上を見た。
阿部さんも・・森上さんも・・
本当の意味で卓球に打ち込めるようになったのは・・
去年の二学期になってからなんだよね・・
みんな、まだたった一年なんだよ・・
この子たちは・・本当にすごい・・
「よーーし、重富さん、ラスト2本だよ!」
日置はコートに目を向けて、大声で叫んだ。
その後、重富は1セット目を21-6、2セット目を21-5で勝ち、桐花は2-0とリードした―――
「さて、中川さん」
中川は日置の前に立っていた。
「おうよ!」
「遠慮は無用だ。出だしからガンガン行こう」
「誰に言ってんでぇ!この中川さまのデビュー戦だぜ。マルコメ野郎を叩き潰してくれるわ!」
中川は亜希子のことでストレスが溜まっていたため、とても前のめりになっていた。
「あのね、ガンガン行くってことは、無茶をするって意味じゃないよ。わかってるね」
「わかってらぁな!」
「とにかく落ち着いてやること」
「かあ~~こちとら、落ち着き払ってる中川愛子と、もっぱらの噂よ」
「うん、わかった。じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は中川の肩をポンと叩いた。
「中川さん、しっかりな!」
「ファイトやでぇ~!」
「中川さん、頑張ってな!」
「先輩、ズボール、期待してます!」
彼女らも中川を励ました。
「おうよ!とっととマルコメ山根を料理して、森上にバトンタッチだ!」
そう言って中川は、意気揚々とコートに向かった。
―――観客席では。
「うーん、今の重富も、どえらい選手やな」
上田がそう言った。
「あのラケットは、特別なんですか?」
柴田が訊いた。
「特別というわけやないが、板の選手は珍しいんや」
「へぇー。卓球って、板のラケットも使えるんですか」
「そや」
上田は思った。
桐花に引き抜きはない。
素人であるあの子たちに、一体どんな魔法をかけたんだ、と。
思い返せば小島らの時代もそうだった。
一年生大会とはいえ、素人をたった半年で準優勝させ、二年後にはインターハイでベスト8に入るまでに成長させた。
目の前の子たちは、それ以上だと。
「日置くんは、素人を育てるプロやな」
「きゃ・・私も日置先生に教えてもらったら、上手くなれますかね」
「お前な・・あんだけ強くなるためには、どれほど苦しい練習せなあかんのか、わかってんのか」
「ああ~私も郡司さんみたいに追いかけたらよかったなあ~」
「アホか。お前、もう三年やないか」
「あはは、そうでした~」
「あっ、あの子、出てきたぞ」
上田は中川のことを言った。
「あはは、あの子、面白いですよね」
「山戸辺の選手も、気の強いんやら色々おったけど、中川は別の意味ですごいな」
上田は中川がどんな試合をするのか楽しみだったが、ズボールを見て度肝を抜かれることになるのである。




