346 まるちゃんの事情
阿部の身長は150cm。
体も細く、いわゆる「細こんまい」体形だ。
目はわりと大きくて、小さなだんご鼻におちょぼ口。
つまり、全体的の作りが全て小さいのだ。
その阿部と、全くといって過言ではないほどそっくりな女子が彼女らの前に現れたのだから、和子が愕然とするのも無理はない。
そう、彼女はまるちゃんこと、丸山だった。
「おいおい・・マジかよ・・」
さすがの中川も唖然としたままだ。
「あの子が登校して来ても、阿部さんやと思うで・・」
重富も唖然としていた。
「千賀ちゃん、そのものやぁん・・」
森上もそう言った。
「阿部さん・・姉妹いた・・?」
日置も思わずそう口にした。
その阿部といえば、まるで鏡でも見るかのような錯覚に陥っていた。
そして言葉を発することが出来ないでいた。
「あ・・いた」
丸山は、善光寺ベンチを見てそう言った。
「うわっ・・声もそっくりじゃねぇか」
「ほんまや・・」
「骨格が似てると声も似るんだよ」
日置が答えた。
「っていうか・・あの女子、誰なんでぇ・・」
丸山は善光寺ベンチへ向かって歩いた。
「あっ・・」
「ああああああ~~~!」
善光寺の彼女らは、丸山が現れたことで驚愕していた。
そして思わず桐花ベンチを見て確認していた。
そう、一瞬、阿部だと思ったのだ。
けれども服装は全く違うことで、丸山だとわかった。
「まるちゃん!」
「どうしたの!」
「丸山じゃないか!」
監督の仲本も驚いていた。
「先生、みんな、久しぶり」
「わざわざ来たの?」
中辻が訊いた。
「うん。初出場って聞いて、来たの」
「え・・一人?」
「髪も伸びて・・」
「まるちゃん・・元気そうでよかった・・」
「一回戦なんだよね?」
丸山が訊いた。
「うん。今始まったばかり」
「それよりさ、まるちゃん。向こうの子見て・・」
奥野は阿部のことを言った。
「なに・・?」
「まるちゃんにそっくりな子が出てるのよ・・」
そして丸山は桐花ベンチを見たが、阿部は背を向けており、顔は確認できなかった。
「阿部って子だよ。もう、まるちゃんそのものなんだよ」
「そうなんだ・・」
「丸山・・」
仲本が呼んだ。
「はい」
「その後・・体は大丈夫なのか」
「はい。もうすっかり回復しました」
その実、丸山は修行中に山中を歩いていた際、足を滑らせて崖の下に転落して右足を骨折した。
それまでの修行も辛かったこともあり、この事故がきっかけで、転校したのだった。
「そうか。よかったな」
「まるちゃん、一人で来たの?」
池谷が訊いた。
「うん」
「よく一人で来たね・・」
「ほら、香川には少林寺があるでしょ」
「ああ・・そうだね」
「そこを見学したいなあ~って思ってね」
「そうなんだ」
「応援するから、頑張ってね」
「うん、頑張る!」
そして丸山は、椅子に座って見守ることにした。
―――桐花ベンチでは。
「あの子が誰なのかはわからないけど、みんな、試合に集中しよう」
日置は彼女らに向けてそう言った。
「そうだぜ!世の中にゃあ~似てるやつが三人いるって言われてんだ。あやつがその一人ってことさね」
「あっ!わかったで!」
重富が叫んだ。
「なんでぇ」
「あの子らが、阿部さんばかり見てたんは、そういうことやったんやで!」
「ああっ、重富の言う通りさね!」
「そらそやなあ~。見間違うほど似てるからぁ、びっくりしたんやと思うでぇ」
「僕もそう思うよ」
日置は阿部に言った。
「そ・・そうなんでしょうか・・」
「そうだって!チビ助、考えてみろよ」
「え・・」
「もしだぜ?マルコメベンチにゼンジーそっくりなやつがいたとしたら、そりゃ見るだろ」
「なんで竹林さんなんよ」
重富が突っ込んだ。
「おめー、細けぇことはいいんでぇ。な?見るだろ?」
中川は阿部に言った。
「うん・・まあ・・」
「そういうこった!だからよ、坊主の呪いなんかじゃねぇんだ!」
「でもなあ・・私を見る目が・・そっくりやからって感じやなかったんよなぁ・・」
「ったくよー!いつまでうじうじ言ってやがんでぇ。しっかりしろってんだ!」
「そやでぇ、千賀ちゃぁん、ダブルスは落とされへんよぉ」
「うん・・わかってるんやけど・・」
中川は阿部の煮え切らない態度に業を煮やした。
そしてなにを思ったか、善光寺ベンチへズカズカと歩いて行ったのだ。
「よーう、マルコメ集団よ。邪魔するぜ」
そう言われた彼女たちは、唖然として中川を見ていた。
「なんですか・・」
中辻が答えた。
「この、女子だがよ、こいつぁ~何もんでぇ」
中川は丸山のことを言った。
「何もんって・・元卓球部の子ですけど」
「ほーう、元ってことは今はちげーんだな」
「うん・・」
「でよ、おめーら、うちの阿部を見てやがったが、それはこの女子と阿部が激似だったからだよな」
「うん、それもそうだけど」
「なんでぇ」
「色々とあってね、まるちゃんは、転校したのよ」
「ほーう」
「私たちはそれが淋しかったし。そして阿部さんを見て、ほんとに驚いたのよ」
「そりゃそうさね」
「あのー」
そこで主審が声をかけてきた。
ちなみに審判は、地元の高校生が務めていた。
「タイムの時間、長すぎますよ」
「ああっ、こりゃ済まねぇ。すぐにおっ始めるからよ、堪えてくんな」
「すみません」
中辻も頭を下げていた。
「おめーら、邪魔したな」
中川はそう言って桐花ベンチに向かった。
「あの子、向こうの選手なの?」
丸山が訊いた。
「うん。なんか変な子でね」
「私にも・・あのくらいの気の強さがあったらな・・」
丸山は、途中で挫折したことを思った。
―――桐花ベンチでは。
「よーう、チビ助」
ベンチに戻った中川は、阿部を呼んだ。
「あんた・・なにしに行ったん・・」
「まるちゃんはよ、なんか色々とあってよ、転校したんだとよ」
「まるちゃんて、誰なん」
重富が訊いた。
「チビ助の兄弟分よ・・」
「ああ・・あの子、まるちゃんていうんや」
「んでよ、淋しいと思ってたところに、まるちゃんに激似のチビ助が現れたってわけさね」
「なるほど」
「だから、チビ助こと、ずっと見てたってわけさね」
「そうなんや・・」
阿部はポツリと呟いた。
「どうだ、チビ助。これで謎は解決したぜ。おめー、頑張れるよな」
「うん・・」
「ったくよー、まだ足りねぇってのかよ」
「ほ・・ほなら・・坊主の呪いとか・・全く関係ないんやな・・」
「たりめーさね」
「そうか・・そうなんやな」
「そうだって言ってんだろがよ」
「うん、わかった。頑張る」
阿部はやっと吹っ切れたようだ。
「おうよ!そうでねぇとな!」
「千賀ちゃぁん、ほなら、今から挽回するでぇ」
「うん!」
「よっしゃー、阿部さん、しっかりな!」
「先輩、ファイトですよ!」
日置はやれやれと胸をなでおろしていた。
「よし。阿部さん、しっかりね」
「はいっ」
「森上さん、しっかりね」
「はいぃ!」
「徹底的に叩きのめしておいで」
日置は二人の肩をポンと叩いて送り出した。
「はぁ~・・やれやれだぜ」
中川もホッとしていた。
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「ありがとうね」
「なに言ってやがんでぇ。っんなよ、居もしねぇ幽霊如きに負けてたまるかってんだ」
「そうだね」
「しっかしよー、チビ助、こうも怖がりだとはな」
「だね」
日置は苦笑した。
「おらぁ~~~!チビ助、森上!マルコメ野郎をぶっ倒してやんな!」
日置がなぜ、中川が善光寺ベンチへ行くのを止めなかったかというと、無茶はしないとわかっていたからである。
なぜなら、観客席には亜希子がいるのだ。
なぜか中川は亜希子の前では、立場が逆転している。
そう、亜希子が暴走し中川が止める、という図だ。
そんな亜希子の前では、おそらく中川は、よほどのことがない限り暴走はしないと踏んでいたのだ。
そして試合は再開され、阿部は「1本!」と大きな声を発していた―――




