345 坊主の呪い?
そしていよいよ対戦の時が来た。
両チームはコートに整列して、日置と相手の監督は審判にオーダーを提出した。
その際、なぜか善光寺の女子らは、阿部を見ていた。
な・・なんで・・私を見てるん・・
阿部は寒気がして、審判に目を向けた。
「ただ今より、善光寺高校対桐花学園の試合を行います。トップ、中辻、池谷対阿部、森上」
阿部は小さくなって手を挙げ、森上は堂々と手を挙げた。
そして中辻と池谷は、手を挙げながら阿部を見ていた。
「二番、奥野対重富」
双方は手を挙げて一礼した。
「三番、山根対中川」
「おうよ!」
中川がそう言って手を挙げると、監督も彼女らも驚いていた。
変なのがいるぞ、と。
もし、この言葉を口にしていたら「おめーらには言われたくねぇぜ」と、中川は突っ込んでいただろう。
「四番、岩谷対森上」
双方は手を挙げて一礼した。
「五番、中辻対郡司」
「はいっ!」
和子は思わず声を出して手を挙げた。
「六番、奥野対阿部」
双方は手を挙げて一礼した。
「ラスト、池谷対重富。お願いします!」
審判がそう言うと、双方は「お願いします!」と一礼してそれぞれベンチに下がった―――
「よーし、チビ助、森上よ。マルコメ野郎をぶっ倒してやんな!」
「あのさ・・」
阿部が小声で呟いた。
「なんでぇ」
「なんか・・向こうの子ら、私ばっかり見とったんやけど・・」
「っんなもん、気にするこたぁねぇぜ」
「せやかて・・気持ち悪いし・・」
「阿部さん」
日置が呼んだ。
「はい・・」
「そんなの偶然。中川さんの言うように、気にすることはないよ」
「そう・・ですか・・」
「そやで、阿部さん。もう写真のことは解決したやろ」
重富が言った。
「先輩、ファイトですよ!」
「うん・・わかってる・・」
阿部はどうにも納得がいかなかった。
坊主という偶然に加え、なぜみんなが自分を見ていたのか、と。
やっぱり、なにか関係があるんじゃないのか、と。
「千賀ちゃぁん」
森上が呼んだ。
「なに・・」
「ここへは何しに来たぁん」
「え・・」
「勝つため、優勝するためやろぉ」
「うん・・」
「あんだけ練習したんはぁ、なんのためなぁん」
「・・・」
「必殺サーブ編み出したんはぁ、なんのためなぁん」
「・・・」
「千賀ちゃんが、そんなんやったらぁ、勝たれへんよぉ」
森上はいつになく口数が多かった。
それもそのはず、ここへ来たのは優勝するためだ。
そのために三神に勝ったのであり、近畿大会も優勝したのだ。
それを、大事な一回戦を前にして、なにをいらんこと考えているんだ、と。
「阿部さん、森上さん」
呼ばれて二人は日置の前に立った。
「さあ、大事なダブルスだよ」
「はい・・」
「はいぃ!」
阿部の元気のない返事を聞いて、日置は「森上さん」と呼んだ。
「きみが阿部さんをリードするんだよ」
「はいぃ!」
「出だしは様子を見ながら、落ち着いてやること」
「はいぃ!」
「大丈夫。きみたちなら勝てる。いいね?」
日置は阿部に目を向けた。
「はい・・」
「ほら、しっかり!」
日置は阿部の肩に両手を置いた。
「徹底的に叩きのめしておいで」
そして二人の肩をポンと叩いた。
「阿部さん~~~!森上さん~~~!しっかりね~~~~!」
コートに近い観客席では、亜希子が口に手を当てて叫んでいた。
その近くでは節江とトミ、上田と柴田も見守っていた。
―――一方、善光寺ベンチでは。
「それにしても、びっくりしたね・・」
「あんなそっくりな子、いるんだね」
「まるで双子だもんね」
「そうそう。戻って来たのかと思ったよ」
「まるちゃん、元気にしてるのかな・・」
彼女らは、口々にそう言いながら袈裟を脱いでいた。
無論、試合はポロシャツと短パンで行う。
その実、彼女らが阿部を見ていたのは、かつてのチームメイトだった女子にそっくりだったからである。
そもそも仏教校の善光寺高校は、練習以外に修行も行う。
まるちゃんこと丸山は、修業が辛くて転校したというわけだ。
ちなみに善光寺高校は、初出場だった。
「ほら、お前ら」
監督の仲本が呼んだ。
すると中辻と池谷は、仲本の前に立った。
「森上は大きい選手だ。だからおそらくドライブ型で、阿部は前陣型だろう」
「はいっ」
「まずは様子を見ること。具体的な作戦はそれからだ」
「はいっ」
「よし。頑張れ」
そして二人はゆっくりとコートに向かった。
やがてコートに着いた両チームは、3本練習を始めた。
中辻はペンの裏、池谷はペンの一枚だった。
それにしても似てる・・
中辻と池谷は、練習の合間にも時々阿部を見ていた。
一方で阿部は、また見られることを不気味に感じていた。
なんなん・・
私の背中に・・坊主がいてるんやろか・・
ほんま・・嫌や・・
なんとも消極的な阿部は、ラリー中にもミスが目立った。
そして、やたらと背中を気にしていた。
「チビ助!集中しろってんだ!」
「なんもいてへんで!」
「先輩~~!強気ですよ!」
中川らの檄など阿部には届いてなかった。
「なんか・・性格まで似てるよね・・」
ボールを拾いに行く際、中辻が阿部のことを言った。
「まるちゃん・・気か弱かったもんね」
「やっぱり双子じゃないの?」
「まさか。まるちゃんは一人っ子だよ」
「そうなんだけど・・生き別れとか・・」
そして二人は、また阿部を見ていた。
見られた阿部は、思わず下を向いた。
「ジャンケンしてください」
審判がそう促した。
そしていつもは阿部がジャンケンをするが、ここは森上が前に出た。
勝った森上は「サーブでお願いしますぅ」と言った。
中辻は、自分たちが立っているコートを選択した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
「お願いします!」
双方は一礼した。
「千賀ちゃぁん」
森上が呼んだ。
「なに・・」
「サーブ、千賀ちゃんからやでぇ」
「あ・・うん・・」
阿部は情けない表情でボールを受け取った。
「しっかりなぁ」
「うん・・わかってる・・」
そして阿部はサーブを出す構えに入り、台の下でサインを出した。
森上は黙って頷いた。
阿部は声すら出さずに、ボールを持つ左手は少し震えていた。
対する中辻と池谷は、まるちゃんのことは一旦横に置いて、レシーブに着いた中辻は阿部が緊張していると見た。
「1本!」
中辻は張りのある声を挙げながら、台の下で送るコースのサインを出していた。
池谷も黙って頷いた。
そして阿部はサーブを出したが、なんとネットに引っかかりミスをしてしまった。
「あ・・」
阿部は出だしからミスをしたことで、とても嫌な予感がしていた。
そう、坊主の呪いではないのかと。
「どんまいやでぇ」
森上が言った。
「うん・・ごめん・・」
阿部は下を向いていた。
「チビ助~~~!下を向くんじゃねぇ!」
「どんまい、どんまいやで!」
「先輩、次1本ですよ!」
日置は阿部の恐怖心が、ここまでだとはと唖然とした。
「阿部さん!どんまいだよ!」
そして中辻と池谷は、タダで貰った先取点に「ラッキー!」と声を挙げていた。
―――観客席では。
「うーん」
上田が唸った。
「どうしたんですか?」
柴田が訊いた。
「あの子、緊張してるんかなあ」
「一回戦ですし、そら緊張するんじゃないですかね」
「まあ、そうやとは思うけどな」
それでも上田は納得しかねていた。
なぜなら、三神に勝つということは、並大抵ではない。
この試合はたとえインターハイとはいえ、三神に3-1で勝った子があそこまで緊張するのか、と。
そして阿部はなんと、二球目のサーブもミスをしたのだ。
「やっぱりおかしいな」
「よっぽど緊張してるんですね・・」
「いや、二球連続でサーブミスはあり得へんぞ」
「そうなんですか?」
「体調でも悪いんかなあ」
一方で阿部は、連続ミスをしたことで、やっぱり坊主の呪いだと思い始めていた。
そしてこの後も、ミスをするのではないかとの恐怖心に襲われていた。
「阿部さん!どんまい。ここからだよ!」
日置は落ち着けと言わんばかりに、手を叩いて檄を飛ばした。
「先生よ」
中川が呼んだ。
「なに?」
「チビ助・・このままだと、自滅し兼ねねぇぞ」
「うん・・」
「ここはタイムを取った方がいいんじゃねぇか」
「確かに、そうだね」
そして日置は「タイム取って」と二人に言った。
阿部と森上はベンチに下がって日置の前に立った。
「阿部さん」
日置が呼んだが、阿部は下を向いたままだ。
「どうしたの」
「・・・」
「写真のことが気になってるの?」
「きっと・・」
「ん?」
「私・・呪われてるんやと思うんです・・」
「えっ」
「せやから・・サーブミスを・・」
「いやいや、そんなことあり得ないって」
「でも・・あの子ら・・私ばっかり見るし・・」
その点は日置も不可解だった。
なぜ阿部ばかりを見るのか、と。
「チビ助よ」
中川が呼んだ。
「なに・・」
「おめー、この試合負けると、一生後悔すんぞ」
「・・・」
「っんなよ、呪いなんざ、蹴散らしてやんな!つーか、っんなもん、ありゃしねぇって」
「そやで。私もそう思う」
重富もそう言った。
「うん・・」
「え・・」
そこで和子は、フロアを歩く誰かを見て愕然としていた。
「郡司。どうしたってんでぇ」
「嘘・・あれ・・誰なら・・」
和子はそう言ったあと、阿部をまじまじと見ていた。
「え・・なに・・」
阿部はまた不気味に感じた。
そして日置と彼女らは、和子の視線を追った。
すると阿部と瓜二つの女子が、こっちに向かって歩いてきたのだった。




