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サーよし!2  作者: たらふく
342/413

342 試合前の空気




ほどなくして体育館へ到着した一行は、中へ入ろうとした。

入り口横には「昭和○○年度、全国高等学校卓球選手権大会」と、縦長の看板が置かれてあった。

看板を見た彼女らは「おおおお~~」と、思わず声を挙げた。


「なんか、いよいよって感じやな」


阿部が言った。


「ほんまや。やっと実感が湧いてきたというか」


重富が答えた。


「そやなぁ~来たって感じやなぁ」


森上も感慨深げだ。


「ふふふ・・」


中川は不気味に笑った。


「なによ」


阿部が訊いた。


「帰りにゃあ~ここへ、優勝、桐花学園と書き足してやるぜ」

「あんたやったら、ほんまにしそうやからな」

「あの、先生」


和子が呼んだ。


「なに?」

「私、ここで母を待ちますので、後で行きます」

「そうなんだ。来られたら報せてね」

「はい、わかりました」


そして日置らは、先に進んだ。


「まあ~~大きい体育館ね!」


亜希子は物珍しそうに、上を見上げていた。


「いいか。かあちゃんは観客席だからな」

「ええ~~一人ぽっちなの?」

「ガキじゃあるめぇし、わがまま言うんじゃねぇよ」

「なんだ~つまんないの」

「きみたち、練習時間はたっぷりとあるから、あまり力を入れ過ぎないようにね」


時間はまだ八時前だった。

そして日置と彼女らは、入口で靴を履き替えていた。


「私はなにを履けばいいのかしら」

「ったく・・」


中川はそう言って、スリッパを靴箱から取り、それを亜希子の足元に置いた。


「愛子~ありがとうね」

「ほら、あっちに階段があんだろ」


中川は観客席に通じる階段を指した。


「はいはい、わかったわ。試合になったら報せてよ。みんな~頑張ってね!」


亜希子はそう言って階段に向かった。


「じゃ、僕は本部席でトーナメント表を貰うから、きみたち、練習しなさい」

「はいっ」

「おうよ!」


そして一行はフロアへ足を踏み入れ、日置は本部席へ行き、彼女らは台に向かった。

まだ八時前とはいえ、台のほとんどが大勢の選手で埋まっていた。


「あっ、一番奥が空いてんぞ!」


中川がそう言うと、台を取られまいと四人は一目散に走った。

コートに到着すると、彼女らはラケットを出して台の上に置いた。

彼女らの横では、とある男子らが練習していた。

そう、近畿大会で選手宣誓したチームである。

そして中川を見つけた男子は「あ・・」と言った。


「おおっ、おめー、あん時の」

「一週間ぶりやな」

「そだな」

「今日も、やるん?」


男子は半笑いになりながら、選手宣誓のことを訊いた。


「やるって、なにをでぇ」

「宣誓」

「おめーがやれよ」

「えっ」

「男なら、そんくれぇやってみろよ」

「こら、中川さん!」


阿部が叱った。


「練習するで!」


阿部は男子に軽く会釈をして、中川を引っ張って行った。



―――一方、日置は。



表を受け取ったあと、ロビーに出てベンチに座った。


さて・・どこかな・・

ナムナム・・


日置は祈るような気持ちで表を捲った。


えっと・・

桐花・・桐花・・


日置は第1シードブロックから、丁寧に探した。


あ・・増江高校って・・

真城高校とすぐにあたるんだ・・


栃木県代表の真城高校は、第1シードであり、昨年度の準優勝校だ。

そう、神奈川県代表の増江高校は一回戦を勝つと、真城とあたる位置にいた。

日置はこの時点で、増江が気の毒だな、と思っていた。


えーっと・・桐花・・桐花・・

あっ、あったぞ・・

よかった・・第3シードだ・・


そう、桐花は第3シードブロックに入っていた。


ということは・・準決で浅草西とか・・


浅草西は第2シードである。


よし・・二年前の雪辱を晴らして・・

決勝で・・真城との対戦だ・・


そう、日置は増江のことなど、なんら気にかけていなかったのである。



―――体育館入り口では。



「あっ、来た!お母さん~~ばあちゃ~~ん」


和子は節江とトミを見つけて、急いで駆け寄って行った。


「おお、和子~」


トミは元気そうな和子を見て、嬉しそうに笑っていた。


「ばあちゃん~~!久しぶりじゃな」

「そうよの。和子、頑張りよるんじゃのぉ」

「うん、すごく頑張っとるんじゃけに」

「和子、先生は?」


節江が訊いた。


「うん、もう中に入って、先輩は練習しとるんよ」

「ほな、あんたも行かんとあかまがや」


※「あかまがや」とは、「ダメじゃないの」という意味です。


「ああ、先生が、お母さんとばあちゃんが来たら、報せて言いよったけに、付いてきて」

「うん、わかった」


そして節江はトミの歩調に合わせて、ゆっくりと進んだ。

やがてロビーに足を踏み入れた和子は、すぐに日置を見つけて駆け寄った。


「先生」


日置は顔を上げた。


「あ、郡司さん。お母さん、来られたの?」

「はい!」


そして節江とトミは、ゆっくりと日置の元へ来た。


「ああ、おばあさん。どうもご無沙汰しております」

「あらあら、先生、お久しぶりです」


トミは曲がった腰をさらに曲げて、深々と頭を下げた。


「どうぞ、お掛けになってください」


日置はトミに手を貸して、ベンチに座らせた。


「はいはい、どうも」

「その節は、色々とお世話になり、ありがとうございました」


日置は深々と頭を下げた。


「なんちゃ、なんちゃ。こちらこそ、和子が世話になって、ありがとうございます」

「先生」


節江が呼んだ。


「はい」

「これ、しょうもないもんじゃけど、皆さんで召し上がってください」


節江はそう言って、小さな紙袋を渡した。


「これは?」

「それの、多度津のうどん屋の名物での、巻き寿司じゃ」


トミが答えた。


「あっ、あそこの?」


和子もその店は知っていた。


「ほうじゃ」

「わあ~先生、ここの巻き寿司、すごく美味しいんですよ!」

「そうなんだね。どうもありがとうございます。遠慮なく頂ます」

「まあ~それにしても、大きい体育館じゃのぉ」


トミは珍しそうに辺りを見ていた。


「ほな私、二人を観客席まで連れて行きますけに」

「いや、僕がお連れするから、きみは練習しなさい」

「そうですか。すみません」


和子は一礼してフロアへ向かった。


「先生」


トミが呼んだ。


「はい」

「和子がの、電話してきては、日置先生はほんまにええ先生じゃ言うての」

「そうですか・・」

「桐花に入ってよかった、言うての。ほなけに私は、安心しとります」

「そうですか。僕も嬉しいです」

「まあまあ、それにしてものぉ・・」


トミはまた辺りを見回していた。


「おかさんよ」


節江がトミを呼んだ。


「なんなら」

「先生、お忙しいんじゃけに、はよ二階へ上がらんと」

「ああ、そうよの」


トミはそう言って立ち上がった。


「ゆっくりでいいですからね」

「はいはい。先生は、優しいのぉ」

「いえ・・そんな・・」

「ほら、おかさんよ」


節江はトミに手を貸した―――



二人を観客席に連れて行った後、日置はまたロビーに座って表を見ていた。


「あっ、日置さん!」


そこへ植木が現れた。


「おお、植木くん」

「おはようございます!」

「おはよう」


日置はニッコリと笑った。

そして植木は日置の隣に座った。


「いやあ~~いよいよですね」

「うん、そうだね」

「桐花、どこですか?」

「これ」


日置は表を渡した。


「どうも」


そして植木は捲って見ていた。


「うちは第3シードだよ」

「へぇー、そうなんですね。あっ、ほんまや。一回戦は、長野の善光寺ぜんこうじ高校ですか」

「うん」

「聞いたことないし、大丈夫ですよ」

「あ、そうだ」


日置は何かを思い出した。


「なんですか?」

「植木くん、たくさん写真撮ってるよね」

「ああ・・はい」

「ちょっと訊きたいんだけど」

「はい」

「今まで、心霊写真の類とか、あった?」

「え・・」

「いや、僕はそんなもの信じてないんだけど、どうなのかなって」

「心霊写真と思しきものは、ようさんありますよ」

「そうなんだ」

「でも、どれも光の影響です」

「だよね」


日置はいたく納得していた。


「それが、どうかしたんですか?」

「うん、それがね――」


日置は写真のことを説明した。

そして阿部が怯えていることや、寺で供養してもらったと嘘をついたことも話した。


「近畿の写真ですよね。僕のにも映ってましたよ」


植木は鞄の中をゴソゴソと探り、簡易アルバムを取り出した。


「えーっと、あ、これなんか、まさしくそうですよ」


その写真は他チームのものだったが、まさしく阿部が映っている写真とアングルが同じで、坊主らしき者が映りこんでいた。


「あ、これと同じだよ」

「それね、太陽と照明の乱反射で、そんな風に撮れたんですよ」

「へぇ、そうなんだね」

「その意味で、僕はまだまだ素人なんですよ」


植木は苦笑した。


「阿部さんの写真、持ってはるんですか」

「いや・・それがさ――」


そこで日置は、写真が消えたことを話した。

すると植木は、「それは変ですね・・」と妙に深刻ぶった。


「坊主の幽霊ですか・・」


植木はポツリと呟いた―――

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