表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
341/413

341 慢心は堕落の始まり




やがて電車は丸亀駅に到着し、一行は下車しようとドアへ向かった。

そして一番前で立った亜子起子は、ドアが開くのを待っていた。


「あら、開かないわね。車掌さーーん!ここ、壊れてるわよ~~!」


亜希子は大声で叫んだ。

すると隣のドアからは、スッスと客が降りているではないか。

しかも自分を見て、笑っているではないか。


「なに笑ってるのかしらね」

「ああ、おばさん、このドア手動じゃけに」


和子が慌てて説明した。


「ええっ!手動?」

「はい、取っ手を持って開けるんです」


すると亜希子は、「これね」と言って押した。


「おい、かあちゃん、早くしねぇと出発すんぞ!」


もたもたしている亜希子に、中川が焦った。


「あら、引くのかしら」


亜希子は手前に引いた。


「おばさん、横に引くんじゃけに」

「あら、そうなのね」


「電車は間もなく出発します。お降りの方はお急ぎください」


そこで車内放送が流れた。


「ほら、かあちゃん、早くしろって!」

「こ・・これ・・重いわ・・」

「僕が代わります!」


そう言って日置は慌ててドアを開けた。


「ほら、みんな急いで降りて」


すると彼女らは慌てて降りた。


「待って~~待って~~」


亜希子は取り残されまいと、階段から飛んだ。

すると駅員がドアの確認にやって来た。

そう、閉まっていないと出発できないからである。


「なんだ~慌てることなかったじゃないの」

「なに言ってんだよ!」

「それにしてもあれね~、まさか手動ドアとは、驚き桃の木だわ」

「私は大阪に来て、自動ドアにびっくりしました」


和子はニッコリと笑った。

そして一行は、駅を出てからバスに乗って体育館前で降りた。

その際、前方には愛豊島一行が歩いていた。

日置は気が付いたが、後で声をかけようと思っていた。


「愛豊島野郎め・・」


中川は、亜希子が重富と森上と和子と楽しそうに話しているのを確認して、そう呟いた。


「きみ、どうかしたの?」


日置は、中川が離席した際、何かあったのだと悟った。


「先生よ、あいつらとんでもねぇ集団だぜ」

「え・・」

「強ぇのかなんだか知らねぇが、礼儀ってもんを弁えてねぇのさね」


中川は森田から、愛豊島は絶対王者だと聞かさせれていた。


「なにかあったの?」


日置は中川の口から出た「礼儀」という言葉に、少し呆れつつもそう訊いた。


「滝本東に対して、バカにしたように言ったり、私の顔、じろじろ見て冷やかしたりよ」

「あんた、やっぱり大河くんとこ行ってたんや」


阿部は呆れていた。

ちなみに阿部も、日置が愛豊島出身で、監督を務めていたことは知らなかった。

そう、日誌には書かれてなかったのである。


「そうさね。大河くんに対して、彼女同行かと言いやがってよ」

「それで、きみ、どうしたの?」

「はあ?ってがん飛ばしてやったぜ」

「そうなんだ」

「でよ、人の顔、じろじろじろと見てんじゃねぇぞ、と言ってやったのさね」

「監督は、なにしてたの?」

「愛豊島のか?」

「うん」

「知らねぇ」


日置は思った。

自分が監督を務めていた時も、選手らは全国優勝を果たした結果、天狗になった。

おそらく今の子たちも、そうなんだろう、と。

これは一言、手塚に忠告する必要があるな、と。


そして桐花と愛豊島の距離が、徐々に近づいて行った。

そこで中川を「美人だ」と言った男子が、何気に振り向いた。

すると中川を見つけて「あっ!」と言った。


「なんだよ」


中川は、また睨んだ。


「こわっ。美人が台無しじゃん」

「うるせぇよ!」

「中川さん、やめなさい」


日置が制した。


「ひょ~監督もハンサムだねぇ」


男子は、わざと茶化すように言った。


「きみ、監督は?」


日置は語気を強めて訊いた。


「なんか用っすか」

「うん」

「別に、悪気があったわけじゃないっすよ」

「おい、先生よ。別にいいって」


中川は、日置の態度が意外だった。

いつもの日置なら、当然、無視するはずだからだ。


「先生、どうしはったんですか・・」


阿部も心配していた。


「どうもしないよ。ちょっと監督に注意しとかなくちゃね」

「いやいや、先生、いいって。もう私も相手しねぇし」

「きみ、監督を呼びなさい」


日置は男子に言った。


「おいおい、先生よ。もういいから。こんなクズ野郎、無視すっから」

「先生・・私も中川さんの言う通りやと思います」


中川と阿部は顔を見合わせて、複雑な表情を浮かべていた。

一方で男子は、日置を無視して仲間のところへ小走りで駆けて行った。

阿部と中川は、なんとか収まったことに安堵していた。


「チビ助・・」


中川は小声で呼んだ。


「なに・・」

「先生・・おかしくねぇか・・」

「うん・・おかしい・・」

「どうしたってんでぇ・・」

「私にもわからん・・」


すると日置は、二人の心配をよそに、ズカズカと愛豊島の集団に向かって進んだ。


「え・・」

「ちょ・・嘘やろ・・」

「おいチビ助・・駅弁・・変なもん入ってなかったよな・・」

「なに言うてんのよ・・っていうか・・止めんといかんのとちゃう・・」

「それさね・・」


そして二人は慌てて日置を追った。


「先生よ!なにするつもりでぇ!」

「先生、落ち着いてください!」


二人がそう言うと、愛豊島の男子らはなにごとかと二人に目を向けた。

そして見知らぬ日置のことも見た。

そこで先頭を歩く手塚が振り向いた。


「あああああ~~~!」

「手塚、久しぶりだね」

「はっ!ご無沙汰しております!」


手塚は直立不動で、そのまま深く頭を下げた。

この様子を見て驚いたのが阿部と中川であり、愛豊島の男子らだった。


「チビ助・・これ、どういうこった」

「知らん・・私にもわからん・・」


二人は呆然と日置を見ていた。


「手塚。後で話があるんだけど」

「はいっ!」

「じゃ」


日置はこの場を離れようとした。


「監督!」

「なに」

「今年は、参加しておられるんですね!」

「うん」


手塚は不思議に思った。

なぜなら日置に笑顔がないからだ。

まさかこの後、忠告を受けるとは夢にも思わなかったのである。


「いやあ~僕、嬉しいっす!」

「うん」

「あ・・あのっ、試合、頑張ってください」

「うん、手塚もね」


そして日置は、この場を離れた。

その後を、阿部と中川も続いた。


「おい・・先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「監督とか・・手塚とか・・一体、なんだってんでぇ」

「僕ね、愛豊島出身なの」

「え・・」

「それで、桐花に来る前、監督もやってたの。手塚はその時の教え子なんだよ」

「ええええええ~~~~!」


阿部と中川は同時に叫んだ。


「おい、それマジかよ!」

「うん」

「そうやったんですか・・」


そもそも日置は、どれだけ強かろうが、全国チャンピオンであろうが、いや、むしろ強ければ強いほど謙虚になるべきとの考えの持ち主だ。

それだけに母校である愛豊島の彼が、あんな態度を取ったことが許せなかった。

その点、中川は無礼な態度を取っても、強いからといって少なくとも慢心することはない。


そこへ手塚が慌てて引き返してきた。

そう、日置の様子がどうにも変だったからである。


「監督!」

「僕は監督じゃないよ」

「いえっ、あの、お話とはなんでしょうか!」

「今は試合前だからいいよ」

「いえっ、気になりますので仰ってください!」


この様子を見た重富らも、何事かと慌てて駆け寄って来た。


「阿部さん・・どしたん・・」


重富は、ただならぬ空気に小声で訊いた。


「うん・・それがな・・」


阿部は日置と手塚が気になり、説明どころではなかった。


「あのね、手塚」

「はいっ」

「きみ、あの子たちの指導、うまくいってるの?」

「え・・」

「強ければ強いほど、謙虚になれと僕はずっと言い聞かせてたよね」

「はい・・」

「勝つことは大事。それと同時に日頃の姿勢はもっと大事」

「あの・・うちの者がなにか失礼なとこをしたんでしょうか」

「どうやら、そうみたいだね」

「そうですか・・大変申し訳ありませんでした!」

「いや、僕にそんなことしなくていい。それより、慢心は堕落の始まりだよ」

「はいっ」

「うん、それだけ」

「肝に銘じます!」


そして手塚は「失礼します!」といって彼らの元へ戻った。

一方で愛豊島の彼らは、監督がペコペコと頭を下げていたことに驚いていた。

一体、あれは誰なんだ、と。


「話がある」


手塚は彼らを前にしてそう言った。


「何があったのかは、詳しくわからないけど、きみらの中で無礼な態度を取った者がいるよね」


彼らの中には、心当たりのある者がいた。

荷物を落とした者もそうだし、中川や日置をからかった者もそうだ。


「監督」


主将が呼んだ。


「なに」

「あの人、誰なんすか」


主将は日置のことを訊いた。


「あの人は、かつて監督をされてた、日置慎吾さんだよ」


すると彼ら全員が、仰天していた。

中でも、日置をからかった者は、身の縮まる思いがした。

あれが、伝説の日置監督なのか、と。


「いいか。今後は誰に対しても無礼な態度は許さない。慢心など以ての外だ」


そこへ、日置ら一行が横を通り過ぎた。

すると彼らは、日置をまじまじと見ていた。


「あの・・」


日置をからかった男子が声をかけた。


「なに?」

「先ほどは、申し訳ありませんでした・・」


男子は小さくなって頭を下げた。


「うん」

「ま・・まさか・・日置さんとは知らずに・・」

「問題はそこじゃないよ」

「・・・」

「相手が誰とか、関係ないんだよ」

「は・・はい・・」

「試合、頑張りなさい」


そして日置らは先に体育館へ向かった。

彼女らは、改めて日置は何者なんだ、と驚愕していた。

けれども中川は思い出した。

そう、元全日本チャンピオンだっとことを。


「先生~!なんだか知らないけど、さすが先生だわっ。見事な大岡裁きだったわね!」


それこそ、日置の過去など知らない亜希子は、呑気にそう言ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ