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サーよし!2  作者: たらふく
34/413

34 年寄りの嫉妬




―――そして昼休み。



「恵美ちゃんも、今日はパンなんやな」


阿部が訊いた。

ここは食堂の売店だ。

森上と阿部は、順番を待っていた。


「そうやねぇん。今日の朝、いつもより早く家を出たからなぁ。お弁当が間に合わんかったんよぉ」

「何時に着いたん?」

「七時ぃ」

「ひゃ~めっちゃ早いやん!」

「そうやねぇん。サーブ練習しよと思てなぁ」

「ああ~昨日、教えて貰ろたて、いうサーブやな」

「でもなぁ、先生ぇ、あかん言うてはったわぁ」

「なんでやの?」

「横回転ていうサーブやねんけどなぁ。相手に見破られるてぇ」

「へぇーそうなんや。私はな、今日から違う練習するみたいやで」


阿部のフォア打ちは、もう定着していた。


「そうなんやぁ、よかったなぁ」

「はよ、恵美ちゃんに追いつかなな」

「せやけどぉ、同じ卓球部やのにぃ、一緒に練習できひんのもぉ、変な話やなぁ」


森上がそう言うと、阿部は「あはは」と声を挙げて笑っていた。

そして森上もつられて笑っていた。


「森上さん、阿部さん」


そこに日置が来た。


「きゃ~~ひおきん~~」

「ひおきん~なにパンがええですか~買ってあげます~」


列に並んでいる生徒から、すぐに声が挙がった。


「ありがとう。でも僕も並ぶからいいよ」

「きゃ~~笑ろてはるわ~~」

「めっちゃかっこええ~~」


森上と阿部は、苦笑していた。


「森上さん」


日置が呼んだ。


「はいぃ」

「今日も、卓球クラブへ行くの?」

「はいぃ、そのつもりですぅ」

「じゃ、僕は阿部さんの練習を終えてから行くね」

「そうですかぁ、なんか、すみませぇん」

「クラブは何時までやってるのかな?」

「うーん、わかりませんけどぉ、昨日はぁ、晩ご飯の前までいてましたんでぇ、六時まではやってると思いますぅ」

「そっか。わかった」

「先生」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「今日は、はよ切り上げてもええですよ」

「じゃ、五時半までにしようか」


それでも、二時間弱は練習できるのだ。


「はい、わかりました」

「阿部さんは、今日からショートをやるからね」

「はいっ、頑張ります!」



―――そして練習後。



日置は森上の住む近隣の商店街へ向かった。

そこで日置は途中、商店街の中を歩いていると、パン屋を見つけた。

そう、森上がバイトしているパン屋だ。

そうとは知らない菓子パンが大好きな日置は、思わず中を覗いてみた。


うわあ~・・美味しそうだなあ・・


この店に並んでいる菓子パンは、学校の売店で売っているものと、全くレベルの違うパンだった。

日置はたまらず店の中へ入った。


「いらっしゃいませ~」


アルバイトの中年女性が、日置を迎え入れた。


「こんばんは」

「好きなパンを、お取りくださいね」

「え・・」


日置は買い方を知らなかった。


「これと、これを持ってお選びください」


女性は、トレーとトングを日置に渡した。


「ああ・・そうなんですね。ありがとうございます」


そして日置は、並ぶパンを見て回った。


へぇー・・パンに焼きそばが挟んである・・

こっちのは・・ウインナーが挟んであるぞ・・

これは・・え・・中に卵とハムが入ってるのか・・

これはすごいぞ!


日置はそれらをトレーに乗せて、レジまで持って行った。

レジの女性は、手際よくパンの一つ一つを小さなナイロン袋に入れ、最後に店名の入った紙袋にまとめて入れた。


「ありがとうございます。合計で二百六十円です」


日置はお金を払って、袋を受け取った。


「ここのパン屋さん、どれも美味しそうですね」

「はい、当店オリジナルの商品です」

「そうですか。食べるのが楽しみです」

「ありがとうございます」

「あの、ここの近くに卓球場があると思うんですけど、どこかわかりますか」

「ああ、秋川さんとこですね。ここを真っすぐ行って、通りを抜けた所にありますよ」

「そうですか、ありがとうございます」


そして日置は店を後にした。

しばらく歩くと商店街を抜けた。


ええっと・・卓球場・・卓球場っと・・


すると『よちよち卓球クラブ』という看板を見つけた。


ここだな・・


そして日置は中を覗いてみた。

すると森上はおらず、老人の男性が二人で打っていた。

椅子には女性二人が座っていた。


「こんばんは」


日置は扉を開けて、そう言った。

台で打っていた秋川と水沢、座っている中島と柳田は、誰なんだ、という風に一斉に日置を見た。


「どなたですか」


秋川が訊いた。


「初めまして。わたくし、ここでお世話になっている森上の教師をやっております、日置と申します」


中島と柳田は、丁寧に挨拶をする日置を見て、心の中で「かっこええええ」と叫んでいた。

コーチの瀬戸よりもずっと若く、おまけに背が高くてハンサムだ。

いつもしわくちゃなジジイばかり見ている二人にとって、まるで俳優でも見たような気がしていた。


「ああ、森上さんの先生ですか」


秋川が答えた。


「はい、生徒がお世話なにり、それでご挨拶をと思って参りました」

「ああああ~~っんもう~先生!そんなとこ立っとらんと、中へ入って、入って」

「そうですよ~、まあ~なんて若くて素敵な先生なんやろ~」


中島と柳田は、日置を出迎えに行った。


「ああ・・どうも」


日置は困惑したが、二人に腕を引っ張られ、中へ入った。


「森上は、もう帰宅しましたか?」


日置が秋川に訊いた。


「ああ、さっきな、晩御飯や言うて、帰ったで」

「そうでしたか」

「先生、若いけど、いくつなんや」


水沢が訊いた。


「ああ・・二十九です」


日置は、年齢まで言わないといけないのか、と少し戸惑った。


「いやあ~二十九て、私の息子より若いわあ~!」

「うちの娘とは同い年やわあ~」


日置は、正直、うるさいな・・と思った。


「ほんで、あんたが卓球のコーチか」


秋川が訊いた。


「はい、卓球部監督も務めております」

「へぇー、ほんなら、強いんか」

「僕はもう現役ではありませんので」


日置は、「打とう」と言われる前に、制するように答えた。


「それでは、今後も森上をよろしくお願いします」


日置はそう言って頭を下げた。


「なあなあ~先生、せっかくやから打って行きません~?」


中島が言った。


「そうそう、見せてほしいわ~」


柳田もそう言った。


「いえ、僕はこれで失礼します」

「いやあ~そんなこと言わんと~」


中島がそう言うと、秋川と水沢は、ボソボソと話をしていた。


「もうちょっとしたら・・後藤はん来るで・・」


秋川が言った。


「なんや・・わしらでは、かなん気がするしな・・」


水沢は日置をチラリと見た。


「ここは・・後藤はんで・・いっちょ、いわせたろか」

「そやな・・」


秋川と水沢は、日置に対抗意識が丸出しだった。

相手が森上という女子高生ならまだしも、若くてハンサムな男性であれば、年を取っているといえども、自らの実力など顧みずに嫉妬はするのだ。

秋川にすれば、「道場破り」とも思えたのだ。


日置にすれば、迷惑な話以外、何物でもない。

単に挨拶に来ただけで、対抗意識を燃やされても、という話だ。


「なあ、先生」


秋川が呼んだ。


「はい」

「もうすぐしたらな、うちのエースが来るんやけど、相手させて貰ろたらどないや」

「え・・」

「試合、やって貰ろたらええで」

「そや。エースとは、なかなか打って貰われへんのやで」


日置は、なぜこうなるんだ、とうんざりした。


「いえ、僕は遠慮します」

「あれま、そうかいな」


秋川はいかにも、逃げるのか、といった表情を見せた。

それでも日置は「はい、帰ります」と答えた。


「秋川さん、いくらなんでも、それは失礼やと思うわ」


中島が言った。


「なんでや」

「そんなん・・うちのエースて・・」


そう、中島も後藤の方が強いと決めつけていたのだ。


「いや、先生。うちのエースてね、ラリーもすごくうまいし、なによりサーブが凄いんよ。あれは誰もとられへんのよ」


中島が言った。


「そうですか」

「そうそう。年の割には体力もあって、へばることなんて、ないんよ」


柳田もそう言った。


「いえ、僕は帰らせていただきますので。練習の邪魔をして、申し訳ありませんでした」


日置がそう言って頭を下げた時だった。


「まいど~」


そこに後藤が入ってきた。


「来たで!待ってました。うちのエースや」


秋川は、どうだと言わんばかりだ。


「またそれを言う。もうええて」


後藤は日置にまだ気がついてなかった。

なぜなら日置は背を向けていたからだ。


「後藤はん、来て早速で悪いんやけどな、この人と試合したってくれへんか」


秋川が言った。


「え・・」


後藤は日置を見た。

そこで日置は振り返った。


「あ・・ああああああ~~!兄ちゃんやがな!」

「あっ、後藤さん!」


日置も後藤のことは憶えていた。


「いやあ~~兄ちゃん、ひっさしぶりやなあああ~~」

「後藤さんもお元気そうで、なによりです」


他の者は二人の様子を見て、口をポッカーンと開けていた。


「後藤はん・・この人、知り合いか・・」


秋川が探るように訊いた。


「知り合いも何も、わしはこの兄ちゃんと試合したんやで!」

「ええええええ~~~!」


四人は一斉に叫んだ。


「いうても、ボロ負けしたけどな」


そして後藤は「あっはは」と大声で笑った。

その後、後藤は日置のすごさを、これでもか、というくらい話し続けた。

伝家の宝刀の投げ上げサーブも、一切通用しなかったことも。


そして後藤が「兄ちゃん、わしで悪いんやけど相手してくれるか」というと、日置は快諾して少しだけラリーをした。

日置の打つ姿を見た四人は、言葉を失っていた。

ほどなくして日置は、また丁寧に頭を下げて、この場を後にした。

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