表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
339/413

339 戸惑う中川




―――そして翌朝。



「お客様にお報せいたします。当船は、間もなく高松港に到着いたしますので、どなたさまもお忘れ物なきよう、お願い申し上げます。この度は、当船をご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご来船を心よりお待ち申し上げております」


入港十五分前に、船内放送が流された。

すると日置も彼女らも目を覚まして、まだ眠い目をこすりながら降りる準備を始めた。


「きみたち、よく眠れた?」


日置が訊いた。


「寝れんと思てたんですけど、結構寝れました」


阿部が答えた。


「私もです。一回も起きませんでした」


重富もそう言った。


「私はぁ、何度か目が覚めたんですがぁ、またすぐに寝れましたぁ」


森上が言った。


「私は船に慣れとるけに、横になったらすぐに寝れました」


和子もそう言った。


「そっか。それじゃ寝不足の心配はないね」


そこで中川は、まだ寝ている亜希子の肩をゆすった。


「おい、起きろよ」


すると驚いたのが彼女らだ。

なんで知らないおばさんを起こしてるんだ、と。


「中川さん・・なにしてんの・・」


阿部が小声で訊いた。


「おい、もう着くぞ。起きろって」


彼女らは、呆気に取られて中川を見ていた。

けれども何も言わない日置のことも、変に思っていた。

なにを笑ってるんだ、と。


「え・・」


亜希子はやっと目を覚ました。


「え・・えっ!ここ、どこっ?」


亜希子は起き上がって、室内を見渡していた。


「ったくよー、憶えてねぇのかよ」

「おはようございます」


日置はニッコリと微笑んでそう言った。


「え・・ああっ!そうだったわ」


亜希子はやっと気が付いたようで、彼女らを見ていた。


「あら~~あなたたちがチームメイトなのね!」


言われた彼女らは、唖然としていた。

誰だ、おばちゃんは誰なんだと。


「中川さん・・」


阿部は中川の肩を、チョンチョンとつついた。


「これ、私のかあちゃん」

「えええええ~~~!」


阿部らは一斉に叫んだ。

すると他の客は何事かと、彼女らを見ていた。


「ちょっと、愛子。これってなによ、これって」

「あのさ、わけはあとで話すけどよ、かあちゃんも一緒に行くから、よろしく頼むぜ」


中川は亜希子を無視してそう言った。


「一緒にて・・試合に・・?」


また阿部が訊いた。


「そうなんでぇ。ったくよ・・」

「あの、初めまして。私、阿部と申します」

「初めまして、重富です」

「初めましてぇ、森上ですぅ」

「初めまして、郡司です」

「うんうん、みんなの名前、知ってる!まあまあ、あなたたちがそうなのね~!」

「かあちゃん、うるせぇよ」

「私、精一杯応援するから、みんな、頑張ってね!」

「お母さん、もう降りますよ」


日置が言った。


「ああっ、そうなのね。嫌だわ、私ったら、ギリギリまで寝てたのね」


亜希子は手櫛で髪を整えていた。


「きみたちも、行くよ」

「はい」


そして一行は、乗降口のデッキへ向かった。

靴を履く際、阿部らはつっかけに驚いていた。

そしてなぜ、中川の母親がここにいるのかが、理解不能だった。

乗降口では船長を初め、船員たちが客を見送っていた。


「船長!」


増田がニッコリと笑って亜希子を呼んだ。


「おう、増田くん。早起きだね」


この会話を聞いた彼女らは、ますます混乱した。

なぜ中川の母親が船長なんだ、と。


「よく眠れましたか?」

「そうなのよ~、もう起こされるまで寝てたのよ」

「あはは。それはよかったですね」

「中川さん」


船長の亀井が呼んだ。


「はい~」

「またのご利用、お待ち申し上げております」

「もちろんよ!四国へ旅する時は、関西汽船以外考えられないわ!」

「ありがとうございます」


亀井はとても嬉しそうに微笑んだ。


「では、みなさん、お気を付けて」


亀井は帽子のつばを掴んで、少し頭を下げた。

日置と彼女らは、一礼してタラップを降りた。


「とても楽しかったわ。ありがとう~~!」


亜希子は桟橋から手を振っていた。

そして一行は、高松駅へ向かった。

道順は日置も和子も知っているため、迷うことはなかった。


「まだ街は眠っているみたいね~」


亜希子が言った。

今はまだ六時にもならない早朝だ。

車の往来もなく、歩いている殆どが、同じ船に乗っていた者たちだった。


「寒くないですか?」


阿部は、夏といえども早朝は冷えるので、Tシャツだけの亜希子を気遣った。


「ありがとう~。でも平気よ」


そこで中川はジャージの上着を脱いで、亜希子に渡した。


「愛子~お母さんはいいのよ」

「風邪なんざ引かれちゃ、たまったもんじゃねぇからな」

「あら~そうなの。じゃ」


そう言って亜希子はジャージを着た。


「あはは、私が試合に出ようかしら」

「なに言ってんでぇ」

「あんたが勝ったの、天地だっけ?イカゲルゲだっけ?」

「アンドレだよ」

「ああ、そうだったわ。じゃ、私は天地と対戦ってことで」

「だからー、今日は、天地らは出てねぇっつってんだろ」


二人の様子を見ている彼女らは、日置と同様、この親にしてこの子ありだと思った。

そしてクスクスと笑っていた。

ほどなくして駅のコンコースに到着した一行は、ベンチにバッグを置いた。


「あそこの水道で、顔を洗おうか」


日置はそう言って、バッグの中から歯ブラシと歯磨き粉とタオルを出した。

彼女らも日置に倣い、それらを出していた。


「あら、私、なにも持ってないわ」

「あの、よかったら、これ使ってください」


重富が歯ブラシを亜希子に差し出した。


「いえいえ、私はいいのよ」

「これ、使い捨てのなんです。何本も持ってますので」


重富は自分の歯ブラシを見せた。


「あら~なんて用意のいい子なの。愛子、あんたも見習いなさい」

「うるせぇよ」

「じゃ、遠慮なく使わせてもらうわね」


そして一行は水道へ行った。

日置らから遅れること、十分。

そこへ滝本東の一行が現れたのだ。

当然のように、中川は大河を見つけた。

けれども声をかけたくてもかけられない。

なぜなら亜希子がいるからである。


「小川さん、おはようございます」


日置はベンチから立ち上がって、丁寧に頭を下げた。


「おお、桐花さん。おはようございます」

「同じ船だったんですかね」

「僕らは加藤汽船やけど、きみらも?」

「いえ、僕たちは関西汽船です」


弁天ふ頭から出る船は、二社あった。

その一つが加藤汽船である。

そこで大河も中川を見つけた。

二人は互いに顔を見合わせ、大河はニッコリと笑った。

けれども中川の顔が強張っているではないか。


ぐぬぬ・・

今すぐにでも駆け寄って・・

おはようと言いたい・・

それにしても大河くん・・早朝から、なんて素敵なの・・


不思議に思った大河は、中川の傍へ行った。


ああっ・・

来ないで・・

来てはダメよ・・


「中川さん、おはよう」

「え・・」

「どしたん。具合でも悪いんか?」

「いえ・・」


そこで大河を見た亜希子は、また娘に言い寄る男だと勘違いした。


「ちょっと、あなた」


亜希子が大河を呼んだ。

大河は黙ったまま亜希子を見た。


「この子は大事な試合があるのよ。余計なことしないでほしいんだけど」

「え・・」

「娘に言い寄らないで」

「おい、かあちゃん!なに言ってんでぇ!」


大河は驚いた。

母親が付いてきたのか、と。

しかもなぜ、つっかけを履いているんだ、と。


「すみませんでした」


大河はそう言って、チームメイトの元へ戻った。


あああ・・

大河くん・・違うのよ・・

どうしよう・・

おのれ・・クソババア・・

余計なこと言いやがって・・


この様子を見ていた日置も彼女らも、中川がどうするのかと心配していた。


「おい、かあちゃん!」

「なによ」

「ずっと、何度も何度も言い寄ったのは、私だ!」

「はあ?」

「私が大河くんを好きになって、何度もしつこく、言い寄ったんでぇ!」

「え・・なに、その名前」


亜希子は、当然のように苗字に反応した。


「大河くん!大きいにさんずいの河!」

「あんたさ、名前にほだされたんでしょ」

「ちげーって!ったくよ、だから嫌だったんだよ!」

「なにがよ」

「ったくよ、一生、船長やってろってんだ!」


そして中川は慌てて大河の元へ行った。


「先生、これ、どういうことなんでしょう」


亜希子が訊いた。


「ああ・・それはですね・・」

「あの、おばさん」


阿部が呼んだ。

亜希子は黙ったまま、阿部に目を向けた。


「中川さん、大河くんのこと、ずっと好きやって。ほんで中川さんが言うてたんがほんまです」

「あらら・・そうだったの・・」


一方で中川は、「母がごめんなさい」とひたすら頭を下げて謝っていたのである―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ