338 似たもの親子
やがて乗船を終えた船は、小豆島に向けて出港した。
その間、中川と日置はずっと亜希子の様子を見ていた。
亜希子の傍についている増田は、見事な客捌きに面食らっていた。
「船長、すごいですね!」
「いやいや、きみ。海の男として当然だぞ」
もはや亜希子は、増田を「きみ」呼ばわりして胸を張った。
「船長、男と違いますやん」
「あはは、そうだったわね」
「せやけど、見事なもんですよ」
「私さ~、こういうの好きなのよ」
「そうなんですね」
「だって、お客様の笑顔見るのって、楽しいし嬉しいじゃない」
「はい、仰る通りです」
「いいかね、きみも精進したまえ」
「はっ」
増田はそう言って敬礼した。
かあちゃん・・
マジでなにやってんでぇ・・
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ・・」
「声、かけたほうがいいんじゃないの」
「かけるっつったってよ・・」
「ほら、そもそもこの船に、きみが乗ってるの、知ってらっしゃるでしょ」
「まあ・・そうだけどよ・・」
「だったら、そうした方がいいよ」
「・・・」
「それに、なぜ船長やってらっしゃるのか、理由も知りたいでしょ」
「まあ・・な・・」
「僕が、かけようか?」
「いや・・私が行く」
そして中川は亜希子に向かってズカズカと進んだ。
その後を日置も続いた。
「かあちゃんよ」
中川が呼ぶと亜希子は振り向いた。
「あっ!愛子~~!」
亜希子は嬉しそうに、中川を抱きしめた。
「船長、この子が娘さんですか」
増田が訊いた。
「そうなのよ!娘の愛子よ!」
「ひゃあ・・めっちゃ美人ですね」
「でしょ?」
「お母さん、どうも・・」
日置は戸惑いながら一礼した。
「あら~~先生!いつも娘がお世話になってます」
「いえ・・」
「この人、先生なんですか」
増田が訊いた。
「そうなのよ!日置先生よ!」
「ひゃあ・・これまた男前の・・」
「かあちゃんよ!」
中川が怒鳴った。
「なによ」
「ここでなにやってんでぇ!」
「なにって、船長よ」
「だから、船長ってなんだって訊いてんだよ!」
「あっ、そうだったわ!」
「なんでぇ!」
「私さ、あんたにお守り渡そうと思って、この船に乗ったのよ」
「はあ?」
「それでさ~慌てて降りようとしたんだけど、間に合わなくてね~」
「いやいや、ちげーだろ」
「なにが?」
「なんで船長なんかやってんだって訊いてんだよ!」
増田は、中川の言葉遣いに驚いていた。
「どう?これ、似合ってるでしょ」
「だーかーらー!」
「あはは、実はさ~――」
亜希子は事の経緯を詳しく説明した。
すると中川は呆れたように亜希子を見ていたが、実に母親らしいと思っていた。
そして日置は、まさにこの母にしてこの子ありだと思った。
「しっかしよー、間違えて乗ったにせよ、ふつー船長なんてやるか?」
「ってことで、私には任務があるので、操舵室に戻るのであるっ」
「操舵室って、丸いあれかよ」
中川は舵のことを言った。
「そうそう、面舵いっぱーいってやつね」
「にしてもよ、その服と靴。誰んだよ」
「船長のよ」
「よく貸してくれたっつーか、よく許可してくれたよな」
「どう?お母さん、上手だったでしょ」
「でさ、高松まで行くのかよ」
「あっ、それよそれ!もうさ、この際だから、試合に付いて行くわ」
「ええええ~~~!」
中川は嫌だった。
なぜなら、大河と話をすると、絶対に口を挟んでくるに違いないからだ。
「いいって。引き返せよ」
「なによ~!せっかく母君が応援してあげるってのに!」
「船長・・」
増田が呼んだ。
「なんだね」
「ご主人・・待っておられるんとちゃいますか」
「ああ、実は主人は出張中なのだよ」
「えっ」
「だってさ~、あの時、ああでも言わないと、テロリスト犯として警察に突き出されると思ったのよ」
「テロリストって、なんでぇ」
「私さ、シージャック犯だと思われたのよ」
「いやいや、思ってませんて。船長が勝手に勘違いしたんですよ」
増田は慌てて弁解した。
「船長って、どっちの船長だ」
「ああ、きみのお母さん」
「あの、お母さん」
日置が呼んだ。
「はい?」
「よければ、二等室ですけど、来られませんか」
「えっ、いいんですの?」
「もう中川に会えましたし、任務は終了でいいんじゃないですかね」
「増田くん」
亜希子が呼んだ。
「はい」
「というわけなのだが、きみ、どう思うかね」
「まあ・・ええんとちゃいますかね」
「よし。では着替えるとしよう」
そして亜希子と増田は操舵室へ向かった。
「はあ・・ったくよ・・こんなバカみてぇなこと、あるか?」
「あるある」
日置は、どの口がそう言ってるんだ、とおかしくて仕方がなかった。
「あるあるって、なんでぇ」
「いや、別に」
それでも日置は笑っていた。
「かあちゃんにも、困ったもんだぜ」
日置は、その言葉、のしを付けて返すよと言いたかったが、口にはしなかった。
「きみ、お母さんに似たんだね」
「え?」
「リーダーシップを発揮できるところ」
「なに言ってんでぇ」
「でもさ、お母さんに試合を観てもらえるいい機会じゃない」
「かあ~~やめてくんな」
「どうして?」
「うるさくて仕方ねぇやな」
「あははは」
日置はまた笑った。
「なに笑ってんだよ!」
「あはは、ごめん、ごめん」
「ったくよー」
「でも、きみにお守りを届けるため来てくれたんだよね」
「まあな・・」
「いいお母さんじゃないか」
「うん・・」
―――ここは操舵室。
「ってことで、船長さん。名残惜しいけど、私は娘のところへ行くわね」
亜希子は着替えも済ませて、亀井にそう言った。
「はい、ご苦労様でした」
「お金は下船した時に払うからね」
「いや、いいですよ」
「え・・」
「短時間でしたけど、船長としての報酬と相殺します」
「いえいえ、そんなわけにはいかないわ」
「いいんですよ」
亀井はニッコリと笑った。
「あら・・なんだか申し訳ないわ・・」
「娘さんと会えて、よかったですね」
「そうなの!どうやって探そうかと思ってたんだけど、向こうから来てくれたの!」
「そうですか」
「じゃ、船長さん、副船長さん、増田さん。お世話になりました」
亜希子は丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ」
亀井と増田も一礼し、副船長は振り向いて「お疲れさま」と言った。
そして亜希子はこの場を後にした。
「船長」
増田が呼んだ。
「なに」
「中川さん、仕事、よう出来る人でしたよ」
「うん、知ってる」
「え・・」
「僕も見てたんや」
「ああ・・そうだったんですか」
「あれやな・・女性の船員いうんも、ええかもな」
「そうですね」
「それにしても、おもろい人やったな」
「はい」
そして二人はそれぞれ持ち場に着いた。
―――デッキでは。
「愛子~~お待たせ~~」
走って来る亜希子の「なり」を見た中川は、なんじゃそれ、と驚いていた。
「おいおい、かあちゃんよ」
「なによ」
「なんでぇ、その服は」
「だってさ、すぐに帰るつもりだったんだもん」
「それで高松、行くのかよ」
中川は、つっかけのことを言った。
「そうよ。いいじゃない」
「ったくよー、近所のババアかよ」
「いいのいいの。先生、お待たせしてすみません」
「いいえ」
そして三人は二等室へ向かった。
「いいな、かあちゃん。みんな寝てんだから、静かにしろよ」
「わかってるわよ」
「にしてもよ~、コブつきで試合かよ」
「なによ~、あんたそれ、子供のことを言うのよ」
「わかってらぁな」
「まったく・・あっ!」
亜希子は何かを思い出したようだ。
「なんだよ」
「これよ、これ~」
亜希子は鞄からお守りを出した。
「肝心なこれを渡さないとね。はい」
「ああ・・ありがとな」
受け取った中川は、仰天していた。
「おいおい、かあちゃん!」
「なっ・・なによ・・」
亜希子は意味がわかっていた。
「安産祈願ってなんでぇ!」
そう、亜希子は間違えて買っていたのだ。
「安産祈願?」
日置も驚いていた。
「間違えて買ったんだけど、考えようによっては、いいかもよ」
「なにがいいってんでぇ!」
「勝利を産む。いや、産み出すのよ!」
「かあ~~まったく、かあちゃんには、開いた口が塞がんねぇって!」
日置は二人を見て、ニッコリと笑っていた。
そして、いい親子だな、と思った。




