332 所有物
―――「中川さん。これでインターハイに集中やで」
阿部らの元へ戻った中川に、阿部がそう言った。
日置ら一行は、ホールの入口にいた。
「くだらねぇオーディションだったぜ。吉住の会社もてぇしたことねぇな」
「中川さん、そんなこと言わないの」
日置はそう言いつつも、とても嬉しそうだった。
「まあいいやね。これも経験だ」
するとそこへ黒住がやってきた。
「よーう、黒住よ」
黒住は中川を睨んだ。
「おめー、もう終わったんだぜ。睨むこたぁねぇだろうがよ」
「あんた、私をバカにしたな」
「なんの話でぇ」
「卓球のことやん!」
「ああ~そんなこともあったっけか」
「そっちの子も、そうやん」
黒住は森上のことを言った。
言われた森上は唖然としていた。
「のこのこ舞台に上がって来てさ。あんたら、なんなん」
「あの・・」
そこで意外にも和子が口を開いた。
「なによ」
「この人ら・・昨日、近畿大会で優勝したんですけど・・」
「え・・」
「それで、来週はインターハイに出るんですけど・・」
黒住は絶句した。
近畿大会で優勝・・?
インターハイ出場・・?
嘘やろ・・
そんな強者やったんか・・
れ・・レベルが・・違い過ぎる・・
「まあ、そういうこった」
「ふ・・ふんっ・・」
「井の中の蛙、大海を知らずってことわざ知ってっか?」
「中川さん、もう止めなさい」
日置が制した。
そして黒住はソッポを向いて、この場を立ち去った。
「あいつよ、楽屋で私を嗤いやがったんでぇ」
「そうなんだ」
「見た目がどうだとか、なんだかんだ言いやがってさ。だからギャフンと言わせてやろうと思ったのさね」
「二十人の中で、先輩が一番きれいでしたよ!」
「郡司よ、ありがとな。でもよ、要はここ、大事なのはここさね」
中川は自分の胸を叩いた。
「はいっ!」
「ほな、先生、帰りましょか」
阿部が言った。
「あ、僕は吉住さんにご挨拶するから、きみたち先に帰りなさい」
「わかりました」
そして阿部ら五人は、この場を後にした。
無論、日置は挨拶ではなく、釘を刺すつもりでいた。
ほどなくしてホールから出てきた吉住に、日置は声をかけた。
「おお、日置くん」
「今日は、中川がお世話になりました」
日置は丁寧に頭を下げた。
「いやいや、そんな・・」
吉住はなんとなく居心地が悪かった。
「それでお話があるんですが」
「うん、わかってる」
そこで二人は、ビルの目の前にある川沿いへ行き、並んでベンチに座った。
「ここな、もうちょっと行ったら、中之島公園があんねや」
「そうなんですか」
「デートのメッカやで」
「そうですか」
「夜なんか行ってみ。カップルがいちゃついとるで」
「あの吉住さん」
日置は苛立ちを報せるように呼んだ。
「うん。わかってる」
「この際ですからはっきり言わせてもらいますけど、これ以上、中川を誘うことは止めて頂けませんか」
「わかってる」
「それと、今回のオーディションは、僕の与り知らないところで誘われましたよね」
「いやいや、偶然街で会うたんやがな」
「今後は、偶然でも止めてください」
「きみな・・中川さんかて選択の自由があるんやで」
「それは、あの子が引退してからにしてください」
「引退て、いつやねん」
「一年後です」
「はあ・・一年もあんのか」
「僕は吉住さんに大変お世話になり、とても感謝しています。吉住さんと出会えてよかったと心から思っています。でも、それと中川のことは別です」
「うん」
「あの子は舞台でも言ってましたが、今は卓球に命をかけてるんです。中川だけじゃありません。部員五人、みな同じです」
「うん」
「僕が言いたいのはそれだけです」
「うん、わかった」
「では、これで失礼します」
日置は立ち上がり、深々と一礼した。
「なあ、日置くん」
「なんですか」
「きみの気持ちは最もやし、ようわかる。わかるねんけどな」
「はい」
「生徒といえども、一人の人間や」
「はい」
「きみの所有物とちゃうで」
「はあ?」
日置は無礼な言葉に気分を害した。
そしてまたベンチに座った。
「どういう意味ですか」
「今日、きみも付いてきたことに、正直びっくりしたんや」
「・・・」
「あの子らは芸能界に興味がある年ごろやから、あの子らが来たんはかめへんねや」
「なに仰ってるんですか」
「きみな、もっと中川さんを信じたれよ」
「え・・」
「合格したところで、あの子が受けるはずがないやろ」
「・・・」
「それこそ卓球に命をかけてるんやったら、受けるはずがないで」
「でっ・・でもっ、僕は吉住さんに忠告しなければならないと思いました。だからこそ来たんです」
「きみな、そこはやな、あっそ、行っておいでと余裕をかますくらいやないとな」
「あの子は!ほんとに危なっかしいんです。放っておけないほど危なっかしい子なんですよ!」
日置の胸には大河のこともあった。
二人が今後、どうなるかわからないことも不安に思っていた。
「きみな」
「なんですか」
「いや・・もうええわ」
「仰ってくださいよ」
「もし、中川さんが卓球部員やなかったら、今回、引き止めたか?」
「はあ?」
「一般の生徒やったら、止めたか?」
日置は思った。
そう、止めるはずがないぞ、と。
中川は部員だ。
ある意味、特別な生徒だ。
中川だけではない。
他の子たちも特別な生徒だ、と。
それのなにがいけないんだ、と。
「いや、わかってんねんで」
「・・・」
「インターハイ出るんは、並大抵やないやろし、ある意味、所有物的扱いになるんもな」
「所有物って、あまりにも言葉が過ぎやしませんか」
「例えや、例え。まあ、管理やな。管理せんとあかんのやろけど、僕の目から見てきみは過保護過ぎると思うで」
「過保護でも構いません。僕はあの子たちを預かった責任があるんです」
「うん、もうええ」
「・・・」
「インターハイ、健闘祈ってるで」
吉住はそう言って立ち上がった。
それに合わせて日置も立ち上がった。
「ほなな」
吉住はニッコリと笑って、この場を去った。
その実、吉住は日置や彼女らの「邪魔」をするつもりは毛頭なかった。
けれども真面目すぎる日置に、気持ちの「遊び」の部分を持ってほしかった。
いや、「遊び」というより余裕だ。
もっと中川を信じろ、と。
なんなら中川は、きみ以上に真面目な子だぞ、と。
一方で日置はベンチに座り、所有物と言われたことを改めて考えていた。
僕は過保護なのか・・?
所有物・・?
そんなこと一度も思ったことない・・
僕はあの子たちのためだと・・
ただそれだけだよ・・
ある意味管理ではある・・
でもそうしないと、全国制覇なんて到底無理なんだよ・・
女優だか何だか知らないけど・・
そんなことに現を抜かしている暇なんて、ないんだよ・・
吉住さんは、全く理解してない・・
僕の気持ちなんて・・わかるはずもないんだ・・
―――それから三日後。
写真屋へ寄った市原は、帰宅してすぐに写真を見ていた。
うんうん・・
よう撮れてる・・
あっ・・大河さんや・・
よしよし・・
これは中川先輩にあげる・・と。
そやなあ~・・
新聞に載せるんは、どれがええかな・・
かあ~~・・それにしても中川先輩・・やっぱり美人やなあ・・
喋らんかったらええのにな・・
市原は、思わず「ぷっ」と笑った。
ほんで・・
どれどれ~~・・
市原は、次から次へと見ていた。
すると一枚の写真が目に留まった。
え・・
ええ・・
これ・・なんなん・・
市原はその写真を凝視した。
「えええええええ~~~~!」
そして思わず叫んだ。
「きゃあ~~~~!」
放り投げた写真は、机の傍にヒラヒラと落ちた。
「嘘やん・・嘘やん・・」
その写真には、阿部が映っていた。
けれども阿部の背後に、この世の者とは思えない「物」が映っていたのだ。
そう、いわゆる心霊写真というやつである。
市原は、見間違いではないかと投げた写真を拾った。
そして恐る恐る見た。
「うわあああああ~~~やっぱりそうやん!」
その写真は、阿部が日置にアドバイスを受けているものだった。
阿部の背後には、坊主らしき白い影が覆いかぶさっていた。
まるで阿部におぶさっているかのように。
「服は・・着てない・・なんやこれ・・透明・・?」
これは・・あかんやつや・・
阿部先輩・・なんかに憑りつかれてるんちゃうか・・
そこで市原は他の写真もつぶさに確かめた。
けれども心霊写真はその一枚だけだった。
「そや・・増江高校のこともあるし・・これは報せんといかんな・・」
そして市原は、慌てて学校へ向かったのである。




