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サーよし!2  作者: たらふく
33/413

33 素人ではない素人




「きみ・・よう自分のこと素人て言うたな」


瀬戸は森上に打ち負かされ、機嫌を損ねていた。


「え・・」

「僕をからこうたんか」

「違いますぅ・・」

「素人やないくせに、そんなん言うんは、相手に失礼やで」

「ほんまにぃ・・素人なんですぅ」

「まだ言うか」

「まあまあ、瀬戸さん」


そこで中島が制した。


「森上さん、ほんまはだいぶやってたんやね」


中島が訊いた。


「いえ・・やってへんのですけどぉ・・」

「でも、今の打ち方、習ってなかったらでけへんと思うんよ」

「学校で習ってるんですけどぉ・・まだ、ほんまに始めたばかりなんですぅ」

「せやけど、弟の世話せんならんて、言うてたよね」

「はいぃ、せやからぁ、朝早くに登校してぇ、一時間くらい教えてもらってるんですぅ」

「ええ~朝に?」

「はいぃ・・朝練ですぅ」

「それ、いつからやってるん?」

「まだ半月ほどですぅ」

「は・・半月・・たった一時間・・」


中島も唖然としたが、瀬戸も秋川も、信じられないといった様子だ。


「ちょっと秋川さん」


中島が呼んだ。


「なんや」

「森上さん、上手いやん。だからここで練習して貰ろたらどないよ」

「うん・・まあなあ・・」

「ぼくのことは、私が見たげるし、柳田さんかていてるんやし」


柳田とは、もう一人の中年女性のことだ。


「きみ、そんだけ出来るんやったら、試合もやってるな」


瀬戸が森上に訊いた。


「試合はぁ、まだやったことありませぇん」

「それ、ほんまか?」

「あぁ・・中学の時にぃ、一回だけ出たことありますけどぉ、ボロ負けしましたぁ」

「ふーん・・」


瀬戸は、何と大人げないことに、森上と試合をして負かしてやろうと考えたのだ。


「1セットだけ、試合しよか」

「えぇ・・試合ですかぁ」

「11点先取でええで」


普通は21点先取だが、瀬戸は、その半分でいいと言った。

そして森上は、仕方なく応じることにした。

やがて3本練習が始まった。

審判は、秋川が務めることになった。


3本練習は、普通はフォア打ちのラリーをする。

したがって、この時点で瀬戸は、森上の威力のあるボールに打ち負けていた。

瀬戸は一瞬、試合を提案したことを後悔していた。

なぜなら、負けるかもしれないからだ。


「弟子」たちを前に、女子高生相手にコーチが負けるなど、恥をさらすようなものだ。

しかも相手は素人だと言っている。

始めてまだ、半月だと。


「ラブオール」


秋川が試合開始を告げた。

サーブはジャンケンに勝った瀬戸からだ。

互いに「お願いします」と頭を下げて、それぞれ構えに入った。

けれども、応用を全く知らない森上は、なんとフォア側に立って構えていた。

普通、ペンの選手であれば、レシーブはバックに立って構えるのが基本だ。


あれ・・この子、ほんまに試合やったことないんや・・


そこで瀬戸は、いくばくか安心した。

そして大人げない瀬戸は、バックから、バックのロングサーブを出した。

森上は、慌ててショートで返そうとしたが、既にボールは後ろへ転がっていた。


「よーし!」


瀬戸は左手でガッツポーズをした。

森上は何も言わずに構えに入った。

瀬戸は、バックからフォアの横回転サーブをバックに出した。

森上はすぐに動いてラケットにあてたが、回転がわかっていない森上は、激しくオーバーミスをした。


やっぱりこの子・・素人なんやな・・


こうなったら瀬戸は容赦なく、ミドル、フォアへと複雑な回転のサーブを出し、カウントは既に5-0で森上はリードされていた。

そして次は森上のサーブだ。

けれども森上は、まだサーブを習ってない。

出すといえば、普通のロングサーブだけだ。


しかも、ポコンポコンという、なんとも頼りないサーブだ。

そう、日置との練習で、サーブを出すのは常に日置だからだ。

それでも森上は、日置の出し方を見ただけで、既に覚えていたのだ。


森上のサーブを、瀬戸は強打した。

そう、決めてやると言わんばかりだ。

するとどうだ、森上は習ったばかりのフットワークを駆使して、それを倍の力で打ち返したのだ。


スパーン!


バウンドしたボールの音が、小屋に響いた。

森上は「サーよし」という言葉を、まだ知らなかった。

スマッシュが決まっても、森上は黙っていた。

いや、森上はスマッシュを打ったつもりはなかった。

そもそも、まだスマッシュは習っていないのだ。

単に返しただけなのだ。


それでも森上は思った。

自分のボールは緩い、と。

なぜなら、使用するラバーは「薄」なのだ。

自身のラケットであれば、極厚なので、もっとスピードが出ていたはずだ、と。


「どんまい!」


瀬戸は大きな声でそう言った。

そして森上は、またポコンポコンというサーブを出した。

すると瀬戸は、バッククロスへ思い切り強打した。

森上は、またフットワークを駆使して、ショートで返した。

これも確実に、バウンドしたと同時にボールをあて、瀬戸のバッククロスにスピードの乗った返球となった。


慌てた瀬戸は、ショートで対応するしかなかった。

森上は、ミドルに入ったボールを直ぐさま動いて、腕を大きく振りおろした。

するとどうだ。

恐ろしいほど回転のかかったドライブが、瀬戸のミドルに突き刺さった。


また森上は思った。

緩いドライブだ、と。


瀬戸は対処できずに、ミスをした。

後ろで観ている中島は、あのラケットは、果たして自分が使っているラケットと同じなのか、と驚愕していた。

使う者によって、こうも違うのか、と。


そして試合は森上が挽回し、10-10の同点となり、デュースに入った。

瀬戸は、何としてでも負けられないと焦り、また複雑な回転のサーブを出して、簡単に1点をリードした。

デュースの場合、サーブは1球交代となる。次のサーブは森上だ。


森上は相変わらず、ポコンポコンサーブだ、

瀬戸は決めてやると言わんばかりに、バックコースへ逃げるようなボールを打った。

森上はフォアに立ってサーブを出しているため、この返球は、さすがに返せなかった。

そして12-10で瀬戸が辛くも勝利した。


「ありがとうございましたぁ」


森上は、特に感情も出さずに頭を下げた。


瀬戸は思った。

この子の言う「素人」はほんとだった、と。

なぜなら構える位置、なんとも頼りないサーブ、そしてレシーブを一球も返せなかった。

けれども、朝練で習っている内容は、素人ではない、と。

そう、この子は、ほんとに始めたばかりで、単に練習時間が足りないだけなのだ、と。

そして森上の、恐ろしいくらいの「可能性」を感じ取っていた。


同時にこうも思った。

次に試合をした時、自分は完敗するであろう、と。


「さすがコーチやな!」


秋川は、瀬戸に気を使った。


「秋川さん」


瀬戸が呼んだ。


「なんでっか」

「この子のいう、素人は、ほんまや」

「え・・」

「嘘やない」

「そ・・そうでっか・・」

「あのぅ・・」


森上が瀬戸を呼んだ。


「なんや」

「瀬戸さんがぁ、出してはったサーブ、教えてくれませんかぁ」

「え・・」

「私ぃ、サーブ、まだ習ってないんですぅ」

「瀬戸さん!教えたって~」


中島が言った。


「うん、わかった。秋川さん、ええよな」

「あ・・ああ・・ええけど・・」

「この子は、育てたら大物になるで」

「へぇ・・」

「あのぅ・・私でよければぁ、ラリーくらいは出来ますんでぇ、相手させてもらいますぅ」

「う・・うん。わかった」


秋川も、やっと森上を練習に参加させることを認めた。


「よかったな~森上さん」


中島は嬉しそうだった。


「はいぃ、これからもよろしくお願いしますぅ」


慶太郎は、次第に中島になつき、「おばちゃん~」と中島の手を握っていた―――



次の日の朝、森上はいつもより早く登校した。

時間は、まだ午前七時だ。

そう、森上は、昨日教えてもらったサーブ練習をしようと思ったのだ。


森上は小屋の中へ入り、急いで着替えてボールの籠を抱えてコートに着いた。


サーブを出せん限りは・・試合では通用せぇへん・・

ほんで・・レシーブや・・

これも先生に、教えてもらわんとあかんな・・


森上はバックに立ち、フォアの横回転サーブを出していた。

けれども、教えてもらったのが瀬戸レベルでは、「横回転出します」と、みすみす相手に教えるような出来だった。

これではダメたとわからない森上は、次から次へと出し続けた。


ガラガラ・・


そこで小屋の扉が開き、「森上さん、早いね」と言いながら日置が入ってきた。


「先生ぇ、おはようございますぅ」


森上はボールを出すのを止めて、そう言った。


「なにしてたの?」


そこら中に転がっているボールを見て、日置はそう訊いた。


「サーブ練習ですぅ」

「え・・サーブ練習?」


日置は、当然、驚いていた。


「はいぃ」

「どんなサーブやってたの?」

「横回転ですぅ」

「え・・それほんと?」

「はいぃ」

「やってみて」


そして森上は、サーブを出した。


「ああ・・」


日置はそう言いながら、森上の横に立った。


「そのサーブもいいんだけど、それが通用するのは、一回戦や二回戦だけ」

「え・・そうなんですかぁ」

「まず、構えてる時点で、横回転を出しますよって、相手にわかるの」

「へぇ・・」

「それ、誰かに教えてもらったの?」

「はいぃ・・町内に卓球クラブがありましてぇ、そこへ行ったんですぅ」

「おお、そうなんだ」

「ほんでぇ、コーチがいてはってぇ、その人に教えてもらいましたぁ」

「弟さんは?」

「はいぃ、弟も連れて行ったんですぅ」

「なるほど、そういうことね」

「ほんでぇ、これからそこで練習することになりましたぁ」

「うん、一球でも多くボールを打つことは大事だから、とてもいいんだけどね」


日置は、どこかしら否定的な言いぶりだ。


「そこで打つのは、僕が教えたこと以外は習っちゃダメだよ」

「どうしてですかぁ」

「きみは初心者だけど、呑み込みが早い分、変なクセがつくと困るからね」

「そうですかぁ」

「応用が出来るようになると構わないんだけど、まだ基礎段階で初心者の間は僕が教えたことだけをやること」

「そうですかぁ。わかりましたぁ」

「僕、一度、ご挨拶に伺うよ」

「えぇ・・、そんなん、悪いですぅ」

「なに言ってるの。教え子がお世話になってるのに、知らんぷりなんて出来ないよ」

「そうですかぁ」

「さて、今日もフットワークね」


そしてこの日の練習が始まった―――

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