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サーよし!2  作者: たらふく
328/413

328 気分転換




―――そして翌日。



彼女たちは朝から小屋に来ていた。

いよいよ「本番」を一週間後に控え、気持ちも高ぶっていた。


「あのさ、私は午前だけ練習すっから」


中川が言った。


「え、なんでなんよ」


阿部が訊いた。


「ちょっと用事があってよ」

「あんた、昨日もそんなこと言うてたけど、まさか・・」


そう、阿部は大河と会うのだと直感していた。


「まさかって、なんでぇ」

「いや、というかさ、昨日、大河くんとどこ行ったんよ」


「事情」は、森上も和子も知っていた。


「っんなこたぁ、ペラペラと喋るもんじゃねぇんだよ」

「ええか。来週はインターハイ。それをよう考えなあかんで」

「けっ。おめーに言われなくたって、こちとら嫌というほど自覚してらぁな」

「で、どこ行ったんよ」


重富が訊いた。


「だーかーらー、言わねぇっつってんだろ」


中川はそう言いつつも、訊いてほしくて仕方がなかった。


「まあ、別にええけど。とにかく考えるんは、インターハイのことのみやで!」


およ・・

重富よ・・

訊けよ・・


「ほな、体操始めるで」


阿部が言った。


むっ・・

チビ助も訊かねぇのかよ・・


「あっ・・あのよ」

「なに」

「聞きたいなら・・言ってやってもいいぜ・・」

「あんた、喋らんって言うたやん」

「ま、そうだけどよ」

「中川さぁん」


森上が呼んだ。


「なんでぇ」

「私はぁ、聞きたいでぇ」

「先輩、私も聞きたいです!」

「まあ、おめーらがそこまで言うなら、仕方ねぇやな」


そして中川は嬉しそうに「実はよ・・」と話を続けた。

すると彼女らは、驚いていた。

それは、告白じゃないか、と。


「それって、大河くんもあんたのこと好きやってことやん!」


阿部が言った。


「だろ?だよな」

「中川さぁん、よかったなぁ」

「きゃ~先輩、やりましたね!」

「長い道のりやったな・・」


重富はしみじみとそう言った。


「でもよ、先生に言うとうるせぇから、黙ってろよ」

「ああ~まあそうやなあ」

「ってことで、私は午後は帰るからよ」

「大河くんと会うんか?」


阿部が訊いた。


「ちげーって」

「嘘はアカンで」

「嘘じゃねぇって」

「ほな、どこ行くんよ」

「ったくよ、仕方ねぇやな・・」


そこで中川は、ジャージのズボンのポケットから紙を取り出して見せた。


「え・・これなんなん」


紙を受け取った阿部は唖然としていた。

そして重富も森上も和子も驚いていた。


「女優・・」

「オーディション?」

「先輩、まさかこれ受けに行くんですか?」

「単なる気分転換。冷やかしさね」

「これって、吉住さんの会社やんな」


重富が訊いた。


「ほら、吉住にはバンド演奏の時、世話になっただろ。それの返礼さね」

「あんたやったら、受かるんとちゃうか」

「そうですよ、先輩やったら、絶対に合格しますよ」

「受かったらぁ、どうするぅん」

「まさか、卓球辞めへんよな」


阿部は、半ば睨みながら強い口調で言った。


「だーかーらー、冷やかしだっつってんだろ」

「これがきっかけで辞めるなんてことになったら、私は一生あんたを許さへんからな」

「チビ助、おめー、怖ぇよ」

「辞めへんと、約束して」

「するする。するって」

「ほんまやな」

「ほんとだって。で、先生には内緒だぜ」

「まったく・・」


それでも阿部は不満げだった。

なぜなら、中川の美貌なら必ず合格すると確信していたからだ。

しかも吉住は中川を気に入っているので、尚更であった。


ガラガラ・・


そこで扉が開き、日置が入って来た。


「おはようございます!」


彼女らは元気よく挨拶をした。

そして中川は慌てて紙をポケットにしまった。


「おはよう」


日置はニッコリと微笑んだ。


「昨日は、お疲れさま」


日置は靴を履き替えてそう言った。


「お疲れさまでした!」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「奈良観光はどうだったの?」

「そりゃもう、おめーよ。シカがたくさんいてよ~」


中川は出まかせを言った。


「奈良公園に行ったんだ」

「お・・おうよ」

「よかったね」


日置が疑いもなくニコニコにと微笑む様子を見て、阿部らは複雑な心境になっていた。


「それで、今日からインターハイの前日まで、基本の後はゲームを中心にやるからね」

「はいっ」

「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「先に言っとくが、私は午後には帰るからな」

「え・・そうなの?」

「おうよ」

「用事でもあるの?」

「気分転換ってやつさね」

「え・・」

「ほら、こんな時だからこそ、別世界の空気を吸ってだな、インターハイへの力にするんでぇ」

「遊びに行くの・・」


日置は少し不機嫌になった。


「まさか。あり得ねぇよ」

「じゃ、どこ行くんだよ」

「行き先までいちいち言わなきゃいけねぇのかよ」

「当たり前だ。インターハイは目の前。きみ、わかってるの?」

「ったくよ、仕方がねぇやな」


中川は日置のしつこさにうんざりしながらも、ポケットから紙を出した。


「これさね」


そう言って日置に紙を渡した。

受け取った日置は、内容を見て愕然としていた。


「これ・・なんなの」

「前によ、吉住と街で偶然会ってさ。そん時に貰ったんでぇ」

「これ・・今日じゃないか」

「そうさね」

「きみ、行くって約束したの」

「いや、そうじゃねぇけど、気が向いたら来いって言ってたからよ」

「ダメだ。僕は許可しない」

「はあ?」

「きみさ、こんなことしてる暇はないってこと、わかってるよね」

「おい、ちょっと待てよ」

「なんだよ」

「気分転換だっつってんだろ」

「それならきみは、昨日そうしたじゃないか」

「え・・」

「観光したんだよね」

「そうだけどよ・・」

「まだ足りないってわけ?」

「なんだよ、その言い方」


阿部らは二人のやり取りをハラハラしながら見ていた。

ここでまた問題を起こすと、試合に悪影響を及ぼすことは自明だ。


「あっ・・あのっ」


阿部が口を開いた。


「なに」


日置はなぜか、阿部を睨んだ。


「中川さん」


阿部が呼んだ。


「なんでぇ」

「明日は、一日練習するんやんな・・」

「たりめーさね」

「うん、うん・・あの・・先生」

「だから、なに」

「中川さん・・決めたことは・・その、曲げへんやろし・・行ってもええんとちゃいますかね・・」

「きみまでなに言ってるの」

「いやっ・・その、もめ事はよくないと・・思うんです・・」

「揉めてないよ。ダメなものはダメと言ってるだけ」


日置は意地になっていた。

以前、吉住と飲んだ際、頑として断ったにもかかわらず、自分の知らないうちに、中川を誘っていたからだ。

そして日置も阿部らと同様、中川なら合格するという確信めいたものがあったのだ。

となると、中川は部を辞めるかもしれない。

絶対にそうはさせないぞ、と。


「チビ助。もういいさね」


中川は辟易としていた。

単なる気分転換なのに、なにをそこまで、と。

なにより、中川は女優になる気など、一ミリもなかったからである。


「せやかて・・」

「にしても先生よ」

「なんだよ」

「私って人間を、全く信用してねぇんだな」

「どういう意味だ」

「っんなよ、半日くれぇの遅れなんざ、明日きっちりと取り返すっつってんだよ」

「こんなくだらない理由で、半日を無駄にするのか」


日置は苛立つように、紙をパタパタさせた。

「くだらない」という言葉に、中川はカチンと来た。


「おい、何様のつもりでぇ」

「なんだと」


「あの!」


今度は重富が声を挙げた。


「なんだよ」

「先生は、中川さんが合格するんやないかと心配してるんですよね」

「・・・」

「ほんで、卓球を辞めるんやないかと・・」

「・・・」

「そうならんように、私が付いて行きます!」

「え・・」

「そっ・・それやったら、私も行きます!」


阿部もそう言った。


「それなら僕も行く」


日置がそう言うと、彼女らは仰天していた。

そう、日置は吉住に、一言ものを申さねば気が済まなくなっていたのだ。


「先生よ、行くって、マジかよ」

「うん」

「なにしに行くんだよ」

「吉住さんに失礼があっちゃいけないからね」


そして森上と和子も行くことになり、一行は午後になってオーディション会場へ向かうのであった。

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