327 娘たちの快挙
―――この日の夜。
家に帰った森上は、優勝したことを両親に報告すると、慶三も恵子も大喜びしていた。
「ええ~お姉ちゃん、優勝したん~」
慶太郎が訊いた。
「そやでぇ」
そこで森上はバッグからメダルを取り出し、慶太郎にかけてやった。
「わあ~金メダルや~~すごいやん~!おめでとう~~」
「ありがとぉ」
森上はそう言って慶太郎の頭を撫でた。
「近畿って、近畿二府四県のことやろ?」
慶三が訊いた。
「あはは、そやでぇ」
「へぇーー!そこで優勝か。これはすごいわ」
「お祝いせなね」
恵子が言った。
「いやいやぁ、近畿で優勝は当たり前やからぁ、お祝いなんかええねぇん」
「ひゃ~~恵美子、すごい自信やな」
「私らの目標はぁ、あくまでもインターハイで優勝やからぁ」
「そうか・・うん。そうやんね」
「それにしても、やっぱり日置先生はすごいな」
「ほんまそれよ」
恵子は思い出していた。
昨年の「騒動」の際、日置と口論になった時のことを。
「娘さんは、必ず全国レベルの選手になります」
「全国?それ、なんですの」
「インターハイです」
「あの、先生」
「はい」
「インターハイかチューハイか知りませんけどね、そんな夢物語聞かされても、迷惑なんですわ」
「夢物語ではありません。彼女なら、きっと成し得ます」
そしてこんなこともあった。
「森上は、卓球をやったと言っても、まだ何も始まってません。あの子は、これからの選手なんです。今すぐにとは言いません。ですが、森上から卓球を断ち切ることだけは考え直して頂けませんか」
「無理です」
「お母さん!」
「もうええです。帰ってください!」
「お母さんにはわからないかも知れませんが、あの子は将来、日本を背負って立つような選手に育つ可能性を秘めてるんです!疫病神なんかじゃないんです!」
「恵美子が疫病神と言うてませんやん!卓球が疫病神て言うてますんや!」
「だから、森上にとって卓球は疫病神どころか、あの子にとって・・輝かしい将来をもたらすものなんです!」
私は・・疫病神やと酷いことを言うた・・
せやけど先生は・・必死になって恵美子の可能性を・・
諦めずに何度も何度も・・
そして・・ほんまに近畿で優勝させはった・・
恵子は思わず泣けてきた。
「お母さん、どうしたん~」
慶太郎が心配した。
「お姉ちゃんがな、優勝したやろ。だから嬉しいんや」
恵子はエプロンで涙を拭っていた。
そして「恵美子、よかったな、よかったな」と言った。
これは優勝を喜ぶ意味もあったが、先生が日置先生でよかったな、という意だった。
―――ここは阿部家。
「よーーし、ビールや、ビール!」
父親の信次は、祝杯だと言わんばかりに手を叩きながら冷蔵庫へ向かった。
「はいはい」
母親の礼子は、信次がビールを出す前に冷蔵庫を開けた。
「どや、お前も一杯いくか?」
信次は阿部に訊いた。
「お父さん!なに言うてるんよ」
礼子が叱った。
「あはは、冗談やがな、冗談」
「まったく・・」
礼子はそう言いつつも、嬉しそうにビールを取り出し、グラスも用意した。
「千賀子はジュースでええね」
「うん、それでええよ」
阿部はリビングからそう言った。
そしてリビングのテーブルには、ビールとおつまみが用意された。
信次と礼子はグラスを持ち、阿部はジュースの入ったコップを持った。
「えー、では、千賀子の優勝を祝して、乾杯!」
信次がそう言うと、礼子と阿部も「カンパーイ!」と言って、ゴクゴクと飲んだ。
「いやあ~~それにしても、優勝とはすごいな!」
「ありがとう」
「近畿でナンバーワンなんて、ほんますごいよ」
「うん、そうなんやけど、私らの目標は全国優勝やから」
「そやっ!お前ならできる!」
「ところで千賀子」
礼子が呼んだ。
「なに?」
「中川さん、どないしてるの?」
「あの子な、もう~開会式でまたやらかしよってな」
「おおお~~なになに?」
信次は興味津々だった。
そして阿部は「事件」の話をした。
「あははは、さすが中川さんやな!」
信次は腹を抱えて笑っていた。
「いやあ~・・それにしても、ほんまにあの子は人並み外れてるわ」
礼子は唖然としていた。
「また連れて来ぃや」
「うん、今度な」
「お父さんな、あの子の話、直接聞きたいねん」
「そうなん?」
「だって、めっちゃおもろいやん」
「ちょっと・・私らの身にもなってぇや」
「なんでやねん」
「もう~いつもヒヤヒヤもんやで」
「あはは、そらそやな」
―――ここは重富家。
「ようやった、ようやったで!」
ここでも優勝の喜びに沸き上がっていた。
「ほんま、よう頑張ったね。おめでとう」
母親の素子が言った。
「ありがとう」
「それにしても、ほんまに優勝するとはなあ」
父親の昌朗が言った。
「私な、決勝戦の二番に出て、4点と6点で勝ってん」
「ええええええ~~~決勝で4点と6点てか!」
「そやで」
重富は、どうだと言わんばかりに笑った。
「しかも、全試合、3-0で勝ったんやで」
「へぇーーー!」
「桐花は、ほんま強いんやねぇ」
「そやねん。ダントツやったで」
「インターハイは一週間後やね」
素子はカレンダーを見た。
「うん」
素子に合わせて重富もカレンダーを見た。
「船で行くんやね」
「うん。弁天ふ頭から関西汽船で」
「香川かあ。行きたいけど、ちょっと遠いね」
「そんなん来んでもええって」
「見送りには行くわね」
「よっしゃ!全国優勝したら、ボーナスやる!」
昌朗がそう言うと、素子は呆れていた。
「お父さん、またお金で釣って」
「えっ、なんぼくれるん?」
「これ、文子」
「そやな~一万円や!」
「えええええ~~ほんま?」
「ほんまや!」
「よっしゃ~~約束やで!」
「おう!」
素子は呆れつつも、二人の様子を目を細めて見ていた。
―――ここは中川家。
「えええええ~~ゆ・・優勝?」
母親の亜希子は驚愕していた。
「そうさね」
「ひゃ~~桐花ってそんなに強かったの?」
「たりめーさね。この中川さまがいる限り、優勝以外は許されないのさね」
「大阪でも優勝。近畿でも優勝。これってすごいんじゃない?」
「チッチ・・」
中川は顔の前で指を動かした。
「なによ」
「全国優勝してこそ、真の王者さね・・」
「まあ、そりゃそうだろうけど、なかなか難しいんじゃないの」
「それが、そうじゃねぇんだな」
中川はそう言って「フッ」と笑った。
「なによ」
「私はよ、全国優勝に向けて、最高のエネルギーを注入してもらったのさね」
中川は事実上、大河に告白されたことを言った。
「エネルギーってなによ」
「ふふっ・・それを訊くのは野暮ってもんさね」
「まあいいわ。あっ、それよりさ」
亜希子はそう言って立ち上がり、ダイニングのテーブルへ移動した。
「あんた、これなんなのよ」
亜希子は一枚の紙を渡した。
「ああ、こんなのあったな」
それはかつて吉住から渡された、新人女優オーディションの用紙だった。
「掃除してたらさ、ベッドの下から出て来たのよ」
中川は紙を見ながら「明日か・・」と呟いた。
「あんた、それ行くの?」
「まさか。女優なんてガラじゃねぇし、興味もねぇよ」
中川はそう言いつつも、気分転換にもなるか、と思っていた。
なぜなら一週間後には、全国の猛者たちを倒さなければならない。
中には三神より上の学校もあるかもしれない。
こんな時だからこそ、あえて気分転換を図るべきだ、と。
そして中川は紙をポケットにしまった。
―――ここは郡司家。
「ええええ~~優勝!」
ここでも優勝を果たしたことに、節江は驚きの声を挙げた。
「そうなんじゃけに。ほなけんど私はずっとベンチ」
和子はそう言って笑った。
「いやいや、ベンチでも大したもんじゃが。そうか、そうか、優勝したんか」
「そらもう、先輩たち、すごかったんじゃけに。ダントツよ、ダントツ!」
「それにしてもまあ、あんたもメダルを貰ろうたんじゃな」
節江はメダルを手にしていた。
「うん」
和子は嬉しそうに笑った。
「まあまあ・・」
節江はメダルを見入っていた。
「ほなけに、インターハイも絶対に優勝じゃけに」
「そうじゃの」
「桐花が全国で一位。ああ~~私、やっぱり桐花に入ってよかった」
「ばあちゃんも、楽しみにしとるんよ」
「うん!インターハイは、私も試合に出るけに、ええとこ見せんとな!」
「ええええ~~和子も出るんか」
「そうなんじゃけに」
「ひゃ~~これは大変じゃが」
「なにが?」
「カメラも持って行かにゃあいけんが」
「でも私は勝てんと思う」
「そんなことやこ、ええが。先輩が勝ってくれるが」
「うん。ほなけに、伸び伸びやろうと思うとるんよ」
このように、どの家庭でも全国優勝も夢じゃないと本気で思っていた。
けれども試合当日、とんでもない強豪チームが現れることなど、誰も知る由がなかったのである。




