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サーよし!2  作者: たらふく
326/413

326 精一杯の告白




やがて男子の試合も終わり、見事に滝本東が優勝を果たした。

閉会式では阿部が優勝旗を、森上が盾を、重富が表彰状を手にし、彼女ら五人にはそれぞれメダルがかけられた。

その後、男女チームが一同に会し写真撮影が行われた。

もちろん、その中にはカメラを手にした植木と市原もいた。

こうして近畿大会の団体戦が終了したのである―――



「僕は皆藤さんのところへ行くけど、きみたちはどうする?」


日置が訊いた。

そう、応援してくれたお礼を言いに行くためだ。


「私も行きます」

「私もそうします」

「私もぉ行きますぅ」


阿部ら三人はそう言ったが、中川は返事をしなかった。


「中川さん、どうするの?」

「ああ、私はちょっと行きたいところがあってよ」

「どこ?」

「私さ東京だろ。だから奈良は初めてだし、大仏見たいと思ってよ」

「いやいや、もう閉まってるよ」


時間は既に午後六時を回っていた。


「先生よ」

「なに」

「奈良の街を観光したいんだっての」

「今から?」

「おうよ」

「もう夜になるし、危ないよ」

「なに言ってんでぇ。んじゃ、私はそういうことで。クラブ探しジジィによろしく言ってくんな」


中川はそう言ってロビーに向かった。

そう、今から大河と「デート」するためだ。


「観光って・・」


日置は中川の後姿を見ながら呟いた。

阿部と重富は「事情」を知っているが、まさかデートなどと言えるはずもなかった。


「一人で大丈夫なのかな・・」


日置は心配していた。


「大丈夫なんちゃいますかね・・」


阿部は小声でそう言った。


「あの子・・観光に興味があったとは・・」


日置はまだ心配していた。


「ほら、あれですやん。家族旅行で高野山行った言うてましたし」


重富が言った。


「まあね。じゃ、行くよ」


日置がそう言うと、一行は皆藤の元へ向かった。



―――一方、中川は。



大河を見つけて駆け寄っていた。


「大河くん!」


呼ばれた大河は「ああ」と中川を見た。

大河はチームメイトらと、体育館を出ようとしていた。


「優勝、おめでとう!」

「うん、きみらもおめでとう」

「ありがとう!」


そこで大河は森田に「先に行っといて」といい、中川と二人ですぐ傍にある公園へ向かった。

歩きながら中川は、夢心地に浸っていた。


大河くんとデートよ・・

こんな日が来るなんて・・

しかもダブル優勝よ・・

きっと私の人生の中でも・・今日が最高の日よ・・


「中川さん」


大河が呼んだ。


「あらっ」


そう、中川は大河が歩く方と逆に進もうとしていたのだ。


「あはは、どしたん」

「嫌だわ私ったら」


中川は慌てて大河の横へ行き、やがて二人はベンチに腰を下ろした。

無論、距離は少し離れていた。

すると中川は、急に心臓の鼓動が速くなった。


手を握られたりしたら・・どうすればいいのかしら・・

ああ・・ダメよ・・

そんなこと・・いけなくてよ・・

私たちは高校生よ・・


「中川さん」


大河が呼んだ。


「ぎゃ~~~ダメよ、ダメよ」


中川は、思わずバッグを抱えた。


「えっ」


大河は唖然としていた。


「あっ・・ああっ・・あの、そのっ・・」

「なにがダメなん」

「いえっ・・なんでもないの・・」


そこで中川はバッグを元の位置に置いた。


「そういえばきみさ」

「なに?」

「大阪の子とちゃうよな」

「あっ・・ああ、私は東京から来たの」

「へぇーそうなんや」

「去年の二学期に転校してきたの」

「そうやったんやな」

「お父様が左遷されてしまって・・」

「そうなんや」

「そういえば、私たち、お互いのことなにも知らないわよね」

「そやな」


二人は顔を見合わせて、ニッコリと笑った。

そして二人は他愛もない子供の頃のエピソードを話し始めた。


「へぇ・・中川さんピアノ習ってたんや」

「でも続かなくてね。で、エレクトーンを習ったの」

「なんか意外やなあ」

「そうかしら」

「中川さんは、ずっと体育会系やと思てた」

「大河くんは、柔道やってたのよね」

「そやねん」

「どうして辞めたの?」

「色々あってな」


大河はクラスメイトにけがをさせたことを、あまり話したくなかった。

中川も大河の意を察し、それ以上は訊かなかった。


「でも大河くん。とてもお強いわ」

「柔道?」

「ええ」


中川は大河に助けられた日のことを思い出していた。


あの日がきっかけで・・

私は大河くんを好きになったのよ・・

あれは運命だったのよ・・


「大河くんの誕生日って、いつなの?」

「五月二十七日」

「あら・・もう過ぎてしまったわね」

「きみは?」

「ふふっ・・」


中川は、まるで何かを期待するかのように微笑んだ。


「なんなん・・」

「私、来月の二十二日なの」

「え・・」


大河は驚いた。

なぜなら、その日に中国へ出立するからである。


「そうなんや・・」

「嫌だわ、大河くんったら」

「え?」

「私、催促なんてしないわ」


中川は優しく微笑んだ。


「いや・・うん・・」

「ほんとよ?だから気にしないでね」

「うん・・」


大河は思わず目を逸らした。


そうか・・

二十二日なんや・・

えらいプレゼントになってしもたな・・

最悪やん・・


「私の誕生日って夏休みでしょ。だから友達からプレゼントって貰えないのよ」


中川はそう言って苦笑した。


「あのさ・・中川さん」

「なにかしら?」

「インターハイが終わってからなんやけどな・・」


中川は、今度こそデートの誘いだと直感した。

そう、誕生日に合わせてどこかへ連れて行ってくれるのだ、と。

そして胸がときめいた。


中川の輝くような笑顔を見て、大河の胸は痛んだ。

今ここで、まさか本当のことは言えない。

そこで大河は考えた。


中川さんが喜ぶことて・・

やっぱり卓球やんな・・

あんだけ勝負しよて言うてた時もあった・・

僕はまだズボール受けたことないし・・

うん・・そうや・・


「インターハイ終わっても、練習はあるんやろ」

「ええ。休みは無いって先生、言ってたわ」

「ほならな、練習後でええから、センターへ行かへん?」

「センターって、あの卓球センターのこと?」

「うん」


大河は梅田の方が好都合だったが、中国行は店員も知っているため、万が一を考えたのだ。


「それって、練習するってこと?」

「うん」

「まあ~~素敵!」


中川は、少女のように両手を胸の前で組んだ。

すると大河の胸は、またチクリと痛んだ。


「そうよ、私たちは卓球が一番よね」

「そやな」

「あの・・大河くん・・」


中川は、大河の本心が訊きたくなった。

なぜなら、迷惑じゃないと言われたことや、今日も「話をしよう」と誘ってくれたのは大河だからである。

もしかすると、という思いが中川の心に芽生えていたのだ。


「なに」

「あの・・その・・」

「・・・」

「いやっ・・いいの・・」

「なんなん」


訊いても・・

嫌いって言われたら・・立ち直れそうにないし・・

いや・・小島先輩だって・・先生に酷い言葉を言われたのよ・・

それでも小島先輩は耐えたのよ・・

よし・・


「あっ・・あのっ!」

「ん?」

「たっ・・大河くんは・・その・・わっ・・わっ・・」

「あはは」


大河は、しどろもどろになっている中川をかわいいと思った。


笑われたわ・・

どうしよう・・

訊くべき・・?

それとも・・


「中川さん」

「なっ・・なにかしら・・」

「インターハイ、頑張ろな」

「そっ・・ええ、もちろんよ」


そこで大河は、バックを膝に乗せた。

そしてペンギンのキーホルダーを見せた。


「これ」

「あ・・ええ・・うん・・」

「これ、お揃いやな」

「ええ・・そうね」

「僕、ずっと大切にするし」


これは大河の、精一杯の告白だった。

そして、本当に言いたかったのは「中国へ行っても」ということだったのだ。


「え・・」


中川は呆然としていた。


今のは・・どういう意味なの・・

大切にする・・と言ったわ・・

これって・・これって・・


「あっ・・あのっ」

「そろそろ帰ろか」


そう言って大河は立ち上がった。


「えっ」

「夏やいうても、暗らなるし」

「うん・・そうね」


そして中川も立ち上がり、二人は駅に向かって歩き出した。

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