326 精一杯の告白
やがて男子の試合も終わり、見事に滝本東が優勝を果たした。
閉会式では阿部が優勝旗を、森上が盾を、重富が表彰状を手にし、彼女ら五人にはそれぞれメダルがかけられた。
その後、男女チームが一同に会し写真撮影が行われた。
もちろん、その中にはカメラを手にした植木と市原もいた。
こうして近畿大会の団体戦が終了したのである―――
「僕は皆藤さんのところへ行くけど、きみたちはどうする?」
日置が訊いた。
そう、応援してくれたお礼を言いに行くためだ。
「私も行きます」
「私もそうします」
「私もぉ行きますぅ」
阿部ら三人はそう言ったが、中川は返事をしなかった。
「中川さん、どうするの?」
「ああ、私はちょっと行きたいところがあってよ」
「どこ?」
「私さ東京だろ。だから奈良は初めてだし、大仏見たいと思ってよ」
「いやいや、もう閉まってるよ」
時間は既に午後六時を回っていた。
「先生よ」
「なに」
「奈良の街を観光したいんだっての」
「今から?」
「おうよ」
「もう夜になるし、危ないよ」
「なに言ってんでぇ。んじゃ、私はそういうことで。クラブ探しジジィによろしく言ってくんな」
中川はそう言ってロビーに向かった。
そう、今から大河と「デート」するためだ。
「観光って・・」
日置は中川の後姿を見ながら呟いた。
阿部と重富は「事情」を知っているが、まさかデートなどと言えるはずもなかった。
「一人で大丈夫なのかな・・」
日置は心配していた。
「大丈夫なんちゃいますかね・・」
阿部は小声でそう言った。
「あの子・・観光に興味があったとは・・」
日置はまだ心配していた。
「ほら、あれですやん。家族旅行で高野山行った言うてましたし」
重富が言った。
「まあね。じゃ、行くよ」
日置がそう言うと、一行は皆藤の元へ向かった。
―――一方、中川は。
大河を見つけて駆け寄っていた。
「大河くん!」
呼ばれた大河は「ああ」と中川を見た。
大河はチームメイトらと、体育館を出ようとしていた。
「優勝、おめでとう!」
「うん、きみらもおめでとう」
「ありがとう!」
そこで大河は森田に「先に行っといて」といい、中川と二人ですぐ傍にある公園へ向かった。
歩きながら中川は、夢心地に浸っていた。
大河くんとデートよ・・
こんな日が来るなんて・・
しかもダブル優勝よ・・
きっと私の人生の中でも・・今日が最高の日よ・・
「中川さん」
大河が呼んだ。
「あらっ」
そう、中川は大河が歩く方と逆に進もうとしていたのだ。
「あはは、どしたん」
「嫌だわ私ったら」
中川は慌てて大河の横へ行き、やがて二人はベンチに腰を下ろした。
無論、距離は少し離れていた。
すると中川は、急に心臓の鼓動が速くなった。
手を握られたりしたら・・どうすればいいのかしら・・
ああ・・ダメよ・・
そんなこと・・いけなくてよ・・
私たちは高校生よ・・
「中川さん」
大河が呼んだ。
「ぎゃ~~~ダメよ、ダメよ」
中川は、思わずバッグを抱えた。
「えっ」
大河は唖然としていた。
「あっ・・ああっ・・あの、そのっ・・」
「なにがダメなん」
「いえっ・・なんでもないの・・」
そこで中川はバッグを元の位置に置いた。
「そういえばきみさ」
「なに?」
「大阪の子とちゃうよな」
「あっ・・ああ、私は東京から来たの」
「へぇーそうなんや」
「去年の二学期に転校してきたの」
「そうやったんやな」
「お父様が左遷されてしまって・・」
「そうなんや」
「そういえば、私たち、お互いのことなにも知らないわよね」
「そやな」
二人は顔を見合わせて、ニッコリと笑った。
そして二人は他愛もない子供の頃のエピソードを話し始めた。
「へぇ・・中川さんピアノ習ってたんや」
「でも続かなくてね。で、エレクトーンを習ったの」
「なんか意外やなあ」
「そうかしら」
「中川さんは、ずっと体育会系やと思てた」
「大河くんは、柔道やってたのよね」
「そやねん」
「どうして辞めたの?」
「色々あってな」
大河はクラスメイトにけがをさせたことを、あまり話したくなかった。
中川も大河の意を察し、それ以上は訊かなかった。
「でも大河くん。とてもお強いわ」
「柔道?」
「ええ」
中川は大河に助けられた日のことを思い出していた。
あの日がきっかけで・・
私は大河くんを好きになったのよ・・
あれは運命だったのよ・・
「大河くんの誕生日って、いつなの?」
「五月二十七日」
「あら・・もう過ぎてしまったわね」
「きみは?」
「ふふっ・・」
中川は、まるで何かを期待するかのように微笑んだ。
「なんなん・・」
「私、来月の二十二日なの」
「え・・」
大河は驚いた。
なぜなら、その日に中国へ出立するからである。
「そうなんや・・」
「嫌だわ、大河くんったら」
「え?」
「私、催促なんてしないわ」
中川は優しく微笑んだ。
「いや・・うん・・」
「ほんとよ?だから気にしないでね」
「うん・・」
大河は思わず目を逸らした。
そうか・・
二十二日なんや・・
えらいプレゼントになってしもたな・・
最悪やん・・
「私の誕生日って夏休みでしょ。だから友達からプレゼントって貰えないのよ」
中川はそう言って苦笑した。
「あのさ・・中川さん」
「なにかしら?」
「インターハイが終わってからなんやけどな・・」
中川は、今度こそデートの誘いだと直感した。
そう、誕生日に合わせてどこかへ連れて行ってくれるのだ、と。
そして胸がときめいた。
中川の輝くような笑顔を見て、大河の胸は痛んだ。
今ここで、まさか本当のことは言えない。
そこで大河は考えた。
中川さんが喜ぶことて・・
やっぱり卓球やんな・・
あんだけ勝負しよて言うてた時もあった・・
僕はまだズボール受けたことないし・・
うん・・そうや・・
「インターハイ終わっても、練習はあるんやろ」
「ええ。休みは無いって先生、言ってたわ」
「ほならな、練習後でええから、センターへ行かへん?」
「センターって、あの卓球センターのこと?」
「うん」
大河は梅田の方が好都合だったが、中国行は店員も知っているため、万が一を考えたのだ。
「それって、練習するってこと?」
「うん」
「まあ~~素敵!」
中川は、少女のように両手を胸の前で組んだ。
すると大河の胸は、またチクリと痛んだ。
「そうよ、私たちは卓球が一番よね」
「そやな」
「あの・・大河くん・・」
中川は、大河の本心が訊きたくなった。
なぜなら、迷惑じゃないと言われたことや、今日も「話をしよう」と誘ってくれたのは大河だからである。
もしかすると、という思いが中川の心に芽生えていたのだ。
「なに」
「あの・・その・・」
「・・・」
「いやっ・・いいの・・」
「なんなん」
訊いても・・
嫌いって言われたら・・立ち直れそうにないし・・
いや・・小島先輩だって・・先生に酷い言葉を言われたのよ・・
それでも小島先輩は耐えたのよ・・
よし・・
「あっ・・あのっ!」
「ん?」
「たっ・・大河くんは・・その・・わっ・・わっ・・」
「あはは」
大河は、しどろもどろになっている中川をかわいいと思った。
笑われたわ・・
どうしよう・・
訊くべき・・?
それとも・・
「中川さん」
「なっ・・なにかしら・・」
「インターハイ、頑張ろな」
「そっ・・ええ、もちろんよ」
そこで大河は、バックを膝に乗せた。
そしてペンギンのキーホルダーを見せた。
「これ」
「あ・・ええ・・うん・・」
「これ、お揃いやな」
「ええ・・そうね」
「僕、ずっと大切にするし」
これは大河の、精一杯の告白だった。
そして、本当に言いたかったのは「中国へ行っても」ということだったのだ。
「え・・」
中川は呆然としていた。
今のは・・どういう意味なの・・
大切にする・・と言ったわ・・
これって・・これって・・
「あっ・・あのっ」
「そろそろ帰ろか」
そう言って大河は立ち上がった。
「えっ」
「夏やいうても、暗らなるし」
「うん・・そうね」
そして中川も立ち上がり、二人は駅に向かって歩き出した。




