324 森上対本城
やがてコートに着いた二人は3本練習を始めた。
二人の打ち合いは、試合が始まるとまさにパワー勝負になることを想像させるような激しいラリーだったが、本城は肩に力の入った「それ」だ。
一方で森上は、さして力が入っているわけでもなく、極めて冷静に打っていた。
そしてジャンケンをして勝った本城はサーブを選択した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
二人は互いに「お願いします」と一礼した。
「森上ーーーー!ガンガン行けーーー!」
「恵美ちゃん、出だし1本な!」
「さあ~~~頑張れ~~~!」
「先輩、1本ですよ!」
彼女らは、まさに決勝戦という興奮も手伝って声援にも一層力が入っており、その横では市原がペンとノートを手にしていた。
観客席に座るスカウトマンらも、森上に目を向けていた。
本城は「1本!」と声を発し、サーブを出す構えに入った。
森上は前傾姿勢になり、本城のラケットを凝視していた。
本城はバックコースから、バックの下回転サーブをネット前に出した。
そう、ドライブを封印するためだ。
バックに入ったボールを森上は、バッククロスに長いツッツキで返した。
本城はすぐさま回り込み、先にドライブを打って出た。
よし・・
打って来た・・
バッククロスに入ったボールに、森上は後ろへ下がらず抜群のカウンターでフォアストレートに返した。
えっ・・
森上の対応の早さに慌てた本城は、ラケットを出すのが精一杯だった。
「チャンスボール」が返ってきた森上は、渾身の力を込めてバッククロスへスマッシュを打ち込んだ。
スパーン!
コートに突き刺さるかのような激しい音と共に、ボールは本城が手を出す前に後ろへ転がっていた。
「サーよし!」
森上は小さくガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスボール!」
日置は手を叩いていた。
「よーし、森上ーーー!もう一発食らわせてやんな!」
「ナイスボール!」
「ええぞ~~~森上さん~~!」
「先輩~~もう1本です!」
「うわあ~~・・」
市原は、森上のスマッシュに今さらながら驚愕していた。
―――観客席では。
「あれをカウンターで返すんだよね」
丹波は感心したように言った。
「よく回り込みますよね・・」
白洲は森上のフットワークの良さを言った。
相手の本城は、京都で優勝した蝶花のエースだ。
この大会でも決勝に勝ち進んだ強豪校であり、言うまでもなくドライブも一級品だ。
白洲の言ったのは、今しがたのカウンターは一か八かの「賭け」であり、それを1球目からやってのける森上の積極性と、ずば抜けた身体能力の高さの意味が込められていた。
「それなんだよね。普通は間に合わないよね」
丹波も白洲の意を読み取っていた。
「ショートで返す方が確実ですよね」
「けど、森上さんは回り込んだ。ショートで返すこともありだけど、それだとチャンスを与えかねないよね」
「本城さんに付け入る隙を与えないってことですか・・」
「そうだね」
白洲は思った。
たとえ森上といえども、たかが女子高生だ。
この試合は決勝戦であり、誰しもが確実な1点を取りたいはずだ。
いや、取りに行くはずだ、と。
けれども森上は確実な1点より、ミスのリスクを冒しながらも「賭け」を選んだ。
この子は・・それほどまでに自信があるのか・・
近畿大会は大きな試合だぞ・・
しかも決勝戦だぞ・・
もしかすると・・僕が思っているより・・
遙かに優れた選手なのかもしれないな・・
本城は、まだ始まったばかりの試合に、今しがたの攻撃で恐怖すら覚えていた。
けれども自分は蝶花のエースだ。
引いてはならないと、二球目のサーブを出す構えに入った。
そして本城は、バックコースからフォアの斜め回転サーブをバッククロスへ送った。
森上はすぐさま回り込み、右腕を大きく下げてそのまま思い切り振り上げた。
ビュッ!
スーパードライブが本城のバッククロスを襲った。
本城はショートで対応し、フォアストレートに送った。
森上は後ろへ下がらずに、フォアクロスへ大砲のようなスマッシュを打ち込んだ。
ボールは本城がラケットを出す前に、後ろへ転がっていた。
「サーよし!」
森上は小さくガッツポーズをした。
「ナイスボール!」
日置はパンパンと拍手をした。
「よっしゃーーー!そのまま行けーーー!」
「ナイスボールやーーー!」
「ええぞ~~~!」
「先輩、すごい~~~!」
彼女らもやんやの声援を送った。
なんで・・
あんなに速く動けるんや・・
回り込んでドライブかけて・・
私・・厳しいコースに送ったで・・
本城は、成す術がないと思っていた。
「本城!1本やぞ!」
高杉が檄を飛ばした。
「挽回するよ!」
「平気、平気!」
「次、1本よ!」
チームメイトらも懸命に本城を励ましていたが、同時に森上の圧倒的な力に気持ちは押されていた。
そして結局、4-1でサーブチェンジとなった。
本城が取った1点は、自身のネットインによるものだった。
そして森上は、サーブを出す構えに入り「1本!」と声を発した。
なんとか挽回しようと本城も「1本!」と返した。
ここは・・最初から必殺サーブを出す・・
こう考えた森上は、バックコースから複雑にラケットを動かし、サーブを出した。
すると全く回転が読めなかった本城は、当然のようにミスをした。
い・・今の・・なんなん・・
本城は思わず自分のラケットを見ていた。
「どんまい、どんまいや!」
高杉が叫んだ。
「ボール、よく見て!」
「取れる、取れるよ!」
ベンチから声が挙がり、本城は思わず振り向いた。
すると情けない表情を見た高杉は「タイムや!」といい、本城はタイムを取ってベンチに下がった。
「ここは、踏ん張り時やぞ!」
高杉は檄を飛ばすしかなかった。
そう、策などなかったのだ。
「あのサーブ・・どうやって取ればええんですか・・」
「回転を見るしかない」
「見るしかない・・て・・そんなん無理です」
「とにかく、なんでもええ。返せばええ」
「そんな・・」
「コートに入れんことには、話にならん」
「・・・」
「入れさえすれば、回転が残ったまま返る。そしたらミスも出る」
「はい・・」
「ええな、とにかく入れることや」
「わかりました・・」
そして本城は、「入れればええ」という、策とも言えないアドバイスだったが、それしかないと思っていた。
そう、実際、そうするしかないのだ。
―――桐花ベンチでは。
「ここまでは、完璧な出来だよ」
森上は日置の前に立っていた。
「はいぃ」
「でもまだ、5-1。試合はこれからだから、気を引き締めてね」
「はいぃ」
「よし。じゃ、行っておいで」
日置は森上の肩をポンと叩いた。
「よーし、森上よ。ガレージサーブを嫌というほどお見舞いしてやんな!」
「恵美ちゃん、ガンガン行くで!」
「森上さん、しっかりな!」
「先輩、すごいです~~!」
彼女らも森上を励ました。
「いやあ~それにしても、森上先輩、すご過ぎます!」
市原が言った。
すると森上は照れたようにニッコリと笑ってコートに向かった。
ほどなくして試合は再開されたが、本城は森上のサーブに翻弄されていた。
そう、どうしても返せないのだ。
そして1点、また1点と点数が加算され、カウントは8-1になっていた。
あかん・・
どうしても返せん・・
せやけど・・
このままやと・・
次のサーブの時も・・1本も取れんと終わる・・
自分がサーブになっても・・ラリーさえ続かん・・
どうしたらええねや・・どうしたら・・
とてつもなく焦っていた本城だったが、ここは一か八かで打って出ようと決めた。
そして森上はサーブを出す構えに入った。
森上はバックコースから、フォアのサーブをバックへ送った。
けれども回転は逆であり、おまけに下回転も入っていた。
本城はすぐさま回り込み、打ちに出た。
するとボールはバッククロスへ入った。
よし!
入った!
こう思った本城だったが、なんと森上は、すぐさま回り込み、またカウンターで打ち返したのだ。
スパーン!
矢のようなボールはフォアストレートを襲い、本城は呆然としたまま見送るしか出来なかった。
「サーよし!」
森上は小さくガッツポーズをした。
「よしよし!ナイスボール!」
日置は拍手をした。
「ひゃっは~~~!森上、すげーーーぜ!」
「恵美ちゃん、ナイス~~~!」
「あんた、ほんますごいわ!」
「きゃ~~先輩!すごい~~~!」
彼女らも興奮しきりだ。
本城は、もう本当に成す術がないと落胆した。
この子は・・別格や・・
別格過ぎる・・
こんな強い子・・見たことない・・
そして森上は、1セット目を21-3、2セット目を21-4で完勝したのだった。
「よーーし、森上、ご苦労だった!」
ベンチに下がった森上の肩を、中川がパンパンと叩いた。
「恵美ちゃん、絶好調やな!」
阿部が言った。
「先輩、さすがです!」
和子も嬉しそうだった。
「よし・・やったるで・・」
二番に出る重富は、ラケットを手にして日置の前に立った。
「さて、重富さん」
「はいっ」
「駒田さんは裏の前陣速攻だよ」
「はいっ」
「おそらく早めに攻撃を仕掛けて来ると思うけど、そこは我慢だよ」
「はいっ」
「しっかりコースを狙って、動かしてやればいい」
「はいっ」
「そして、ここぞって時に裏で対応ね」
「はいっ」
「よし、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は重富の肩をポンと叩いた。
「よーーし、重富よ。おめーが負けても私が控えてっから、気楽にやんな」
中川は重富の肩に手を置いた。
「いや、あんたまで回さへんし」
「おめーよ、私も決勝戦に出たいっつーの」
「とみちゃん、中川さんまで回したらあかんで」
「チビ助、おめーはダブルスに出られるからいいけどよ、この中川さまがだな、決勝戦に出ないで終わるっつーのは、ドラマの最終回を見逃すようなもんだぜ」
「とみちゃぁん、3-0で勝つよぉ」
「なっ!森上まで、なに言ってやがんでぇ」
「先輩!3-0で完全優勝ですよ!」
「郡司まで!かぁ~~まあいいやね。高みの見物、ぶっこいてやっから、コテンパに叩きのめしな!」
「おうさね!」
重富はそう答えて、ゆっくりとコートに向かった。




