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サーよし!2  作者: たらふく
32/413

32 コートに突き刺さるようなボール




それから季節は六月も中旬に差し掛かり、日置と森上、日置と阿部のマンツーマン練習は、ますます熱を帯びていた―――



森上は、フォア打ち、ショート、ツッツキ、ドライブと、最低限の基本は身に着けていた。

それでも応用には全く手をつけておらず、試合で勝たせるためには、応用は絶対である。

ドライブの次は、フットワーク、サーブ、サーブレシーブ、スマッシュの連打、等々、やることは山積していた。

朝の一時間練習では到底足りない。

いくら呑み込みの早い森上とはいえ、時間のなさに日置は頭を痛めていた。


「じゃ、今日からフットワークやるからね」


練習前に日置が言った。


「はいぃ、よろしくお願いしますぅ」


そこで日置は、台に着く森上の隣に立った。


「まず、構えて」

「はいぃ」


森上はフォア側に構えた。


「うん、それで、次はここ」


日置はバック側に森上を移動させた。


「その時にね、反復横飛びの要領で、フォアとバックに動くんだよ」

「わかりましたぁ」

「じゃ、やってみて」


そして森上は、フォア、バックと反復横飛びを繰り返した。


「そうそう。もう少し早く動いてみて」


すると森上はスピードを上げて動いた。

森上の身体能力は、やはり抜群だった。

見た目は動きが遅いと思われるような大柄な森上だが、森上の歩幅は普通の女子よりも大きく、それゆえ動く範囲も広がる。

加えてスピードもある。


「よし、じゃ、ボールをフォアとバック、一球ずつ交互に送るからね」


日置はそう言いながら台に着いた。


「返球は、全て僕のここね」


日置は、自分のコートのフォアを指した。


「わかりましたぁ」


そして日置はサーブを出し、森上は返球した。

そして直ぐにバックへ動いた。

打つと同時にフォアへ移動した。

これを何往復も続けた。


「そうそう、いいね」


次第に森上の息は上がりつつあったが、森上は動きを止めなかった。


「まだいけそう?」


日置は打ちながら訊いた。


「いけますぅ、ハアハア・・」

「よーし」


この子は、ほんとにすごい・・

特に、フォアからバックへ回り込むときの、足の動きが大きいし、スピードもある・・

その上、ミスをしないで、確実に僕のところへ返す・・

こんな子・・見たことないよ・・


「先生ぇ・・」


森上は打ちながら呼んだ。


「なに?」

「もっとスピード上げてもええですぅ」

「え・・」


日置は唖然とした。


ほんとか・・と。


「じゃ、速くなるよ」

「はいぃ」


そして日置は、返球のスピードを上げた。

すると森上は、打つ際に「うっ」と言いながらも、懸命に返し続けた。

そしてフットワークは、途中でミスもあったが二十分も続いたのだ。

並の選手なら、とっくにへばっているレベルだ。


「ハアハア・・」


森上は、腰に手を当てて、激しく肩で息をしていた。


「大丈夫?」

「はいぃ・・ハアハア・・」

「五分、休憩しようか」

「いえぇ・・一分でええですぅ」

「え・・」

「時間がもったいないですからぁ」

「無理しちゃダメ。この後、授業もあるんだからね」

「いえぇ・・私が練習できるんはぁ・・朝だけですからぁ・・ハアハア・・」

「森上さん・・」

「もう、休めましたぁ・・お願いしますぅ」


そう言って森上は構えた。


「ほんとに大丈夫?」

「私ぃ、早く覚えたいんですぅ。だからお願いしますぅ」

「わかった。じゃ、出すよ」


そしてまた、フットワークは二十分も続いたのだ。

森上は、今日から始めたばかりの「新しい練習」を、しかも誰もが体力の限界に苦しむフットワークを、まるでずっとやって来たような動きとスピードで、やりこなしたのだ。


「じゃ、今日はここまでね」

「はいぃ・・ハアハア・・ありがとうございましたぁ」

「授業、大丈夫かな」

「平気ですぅ・・ハアハア・・」

「じゃ、着替えて教室へ行くようにね」

「先生ぇ・・」

「なに?」

「私にぃ、遠慮せんといてくださいぃ」

「え・・?」

「もっと厳しくしてくれてもぉ、ええですからぁ」

「そんなこと、わかってるよ」


日置はニッコリと微笑んだ。


「え・・」

「きみが上達すればするほど、僕は厳しくなるから」

「そうですかぁ」

「覚悟しておいてね」


日置がそう言って笑うと、森上もニコッと笑った。

タレ目の森上の笑顔は、なんとも愛くるしく、日置の心を癒すようだった―――



この日、学校を終えて帰宅した森上は、慶太郎を連れて、『よちよち卓球クラブ』の前に立っていた。


「お姉ちゃん~また行くの~」


慶太郎が森上を見上げた。


「お姉ちゃんなぁ、なかなか練習できひんからなぁ、ここで練習しよと思てんねぇん」

「でもさ~前にあかんて言われてたやん~」

「だからぁ、また頼んでみるねぇん」

「ふーん」


慶太郎は、全く興味がなさそうだ。

そして森上は、扉を開けた。


「すみませぇん」


中にいたのは、小屋の主、秋川と、中年女性の中島だけだった。

二人は椅子に座って休憩をとっていた。


「あら~森上さんやないの」


中島がそう言った。

この中島は、比較的森上に好意的だった。

以前、森上が訪れた時も「打っていく?」と声をかけていた。

秋川は、また来たのかといった風に、森上と慶太郎を見ていた。


「あのぉ・・ここで練習させていただくことはぁ、無理ですかぁ」

「だから、前にも言うたけど、ここは老人クラブなんや」


秋川は、突き放すように言った。


「ちょっと、秋川さん。別にええやないの。で、私は老人ちゃうし」

「学校に、クラブないんか」

「はあ~これやから、老人はあかんのよ。この子、前に言うてたやんか。弟の世話せんならんて」

「そうやったかいな」

「今は二人だけやし、ええんと違う?」

「きみ、卓球歴は、なんぼほどやねん」


秋川が森上に訊いた。


「まだぁ、始めたばかりでぇ素人なんですぅ」

「なんや、素人かいな」


秋川は、後藤には手も足も出ないが、卓球の実力は上の方だと自負していた。

実際、秋川は、よちよちでは二番手だった。


「素人はなぁ、かなんねや」

「もう、秋川さん。若い子にそんなん言うたったらかわいそうやんか」

「せやけどな、わしら、ピンポンやっとるんとちゃうで。卓球や、卓球」

「そらそうやけど」

「ラリーでけんことには、練習にならんのや。今度、試合もあるしな」


秋川らは、七月の初旬に『ランラン・ベテラン卓球大会』を控えていた。

市内からのクラブチームが集まり、その殆どが老人クラブだが、特に年齢規定は定めておらず、中には稀に中年や若者もいた。

けれども、その中年や若者も、みな初心者レベルだ。

なぜなら、経験者はそもそも、老人の大会になど興味もないし、出場することがないからだ。


「今回は優勝やで」

「ああ、後藤さんが入ってくれたからな」

「そうや。やっと念願の優勝や」

「こんにちは」


そこに、一人の中年男性が現れた。


「おう!待ってたで。コーチ」


その男性は、森上を横目で見ながら中へ入って行った。


「いやあ~いらっしゃーい」


中島は、この男性がお気に入りだ。

自身や、よちよちの老人よりずっと若く、なによりコーチを頼むほどの実力者だからである。


瀬戸せとさん、こないだの試合、どうやったん?」


中島が訊いた。

この瀬戸は、中高を卓球部で汗を流した。

さほど強いチームではなかったが、老人相手にコーチする程度の実力は備えていた。


「まあ、軽く優勝ですわ」

「やっぱり~!さすがやねえ」


瀬戸が出た試合は、町内の小さな大会だった。

殆どが素人の中、当然のように瀬戸は優勝した。


「ほな、きみな、悪いけど帰ってくれるか」


秋川が森上に言った。


「この子、誰ですか」


瀬戸が訊いた。


「なんや、練習させてくれ言うてな」

「へぇーいいんとちゃいますか」

「ねぇー瀬戸さんもそう思うやろ~」

「せやかて、素人なんでっせ」


秋川は、いかにも邪魔だと言いたげだ。


「きみ、素人なん?」


瀬戸が森上に訊いた。


「はいぃ、素人なんですぅ」

「でも、練習したいということは、興味はあるんやな」

「ありますぅ」

「僕と打ってみる?」

「ちょっと、瀬戸さん、あかんて」


秋川が止めた。


「まあ、ええやないですか。後でちゃんとコーチしますから」

「しゃあないなあ・・」


それでも秋川は不満げだった。


「森上さん、おいで、おいで」


中島が入るように手招きした。


「なんか、すみませぇん」


そして森上は、慶太郎を連れて中へ入った。


「ぼく、こっちおいで」


中島が慶太郎を呼んだ。

慶太郎は、森上の後ろに隠れて動かない。


「慶太郎ぉ、今からお姉ちゃん、練習するからぁ、おばちゃんとこ行っといてぇ」

「そやそや、ぼく、ええもんあげよ。ほら」


中島は、ポケットの中から飴玉を出した。

すると慶太郎は、森上を見上げた。


「うん、もらったらええよぉ」


すると慶太郎は嬉しそうに中島のところへ行き、隣に座った。


「ほな、きみ、打とか」


瀬戸はバッグを椅子に置き、中からラケットを出した。


「あのぉ」


そこで森上は、中島を呼んだ。


「ん?」

「ラケット・・貸してもらえますかぁ」

「ああ、はいはい、どうぞ」


中島のラケットはペンの裏だ。

けれどもラバーは「薄」を使っていた。

そう、スポンジの厚さが森上と違うのだ。


「ボールの打ち方――」


瀬戸がそう言いかけると、瀬戸は森上の構えを見て唖然としていた。

なんだ、この玄人はだしの構えは、と。

背の高い森上は、腰をかがめ、前傾姿勢を保ち、今にも襲い掛かって来そうではないか。


「サーブ・・出すけど」

「はいぃ」

「打てる・・?」

「多分・・」


そして瀬戸は、普通のロングサーブを出した。

これも打ち返せないだろうと思って出したのだ。

そう、構えくらい素人でもできるだろう、と。


するとどうだ。

森上のボールは、スパーン!と音を放ち、瀬戸のフォアコースへ刺さるようにバウンドした。

驚いた瀬戸は、思わず見送ってしまった。


「きみ・・素人ちゃうやんか・・」


瀬戸は、呆然としながら呟いた。

後ろで見ていた秋川も中島も、言葉を失っていた。


「ほな、サーブ出すで」


瀬戸は気を取り直して言った。


「はいぃ」


瀬戸がサーブを出すと、森上はさっきと同様刺さるようなボールを打ち返した。

瀬戸もなんとか打ち返した。

そして森上も打ち返し、何球かラリーが続いた。


森上は、正直、遅いボールやなぁ、と思っていた。

そこで瀬戸は、ミスをしない森上に業を煮やしたのか、倍以上のスピードで返球した。

すると森上は、いとも簡単に打ち返し、瀬戸はオーバーミスをした。

よちよちの小屋では、時間が止まったかのように、秋川ら三人は仰天していた。

そんな中、慶太郎だけが、飴玉を美味しそうに食べていたのだった。

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