319 桐花対紀伊南
その後、日置ら一行は一回戦の時を迎え、試合コートである15コートに向かっていた。
その際、遅れて到着していた植木も同行していた。
「ああ~、間に合わんとこやったですわ」
植木は日置にそう言った。
「ギリギリだね」
日置は苦笑した。
「よーう、あんちゃんよ」
中川が呼んだ。
「なに?」
「一回戦なんざ、ほんのご挨拶さね・・」
「え・・」
「口汚しっつーか、ご愛敬っつーかよ」
「・・・」
「ま、高みの見物、ぶっこいてな」
「ぶっこく・・」
日置は二人を見て苦笑していた。
「植木さん、お久しぶりです~」
市原がそう言った。
「きみも、なかなか熱心やな」
「はい。私は新聞部でも、クラブ活動を担当してるんです」
「そうなんや」
「中でも、卓球部は学校でも群を抜いてますし、そら、来んとあきませんからね」
「記者として、ええ心掛けやな」
「ありがとうございます~」
この二人は、以前もそうだったが、なんとなく気が合っていた。
やがて到着すると、コートの向こう側では既に紀伊南の選手は体を解していた。
「きみたちも、柔軟やって」
そして日置は、今試合の審判をしている地元の高校生のところへ移動し、オーダー用紙を受け取っていた。
ベンチに下がった日置は、ペンを手にしてオーダーを書いていた。
「きみたち」
日置が声をかけると彼女らは、柔軟を止めて日置の前に立った。
「オーダーを言うね。トップ、森上さん」
「はいぃ!」
「二番、中川さん」
「おうよ!」
「ダブルス、森上さん、阿部さん」
「はいっ」
「はいぃ!」
「四番、重富さん」
「はいっ」
「ラスト、阿部さん」
「はいっ」
「よし。これで勝ちに行くよ」
「はいっ!」
「合点承知の助ってんでぇ!」
「なあ、郡司さん」
市原が呼んだ。
「なに?」
「審判て、あの子らがすんの?」
市原は、コートの横に立っている二人の女子のことを訊いた。
「うん、ここは大きい試合じゃけに、元々から審判がついとんよ」
「へぇー!」
「そやけに、私は気にせんと、応援できるんじゃけに」
「なるほどなあ」
市原はそう言いながら、改めて館内を見回していた。
すると「めざせ!優勝!○○高校」といった横断幕が、あちこちに掲げられているではないか。
「大きい試合って、こんな感じなんやなあ」
市原はノートとペンを取り出し、早速メモしていた。
「じゃ、整列するよ」
日置がそう言うと、阿部ら四人も台に向かって歩いた。
そして紀伊南も整列した。
日置と小野は審判にオーダー用紙を提出した。
「それではただいまより、紀伊南高校対桐花学園の試合を行います。トップ、速水対森上」
速水は小柄な選手だった。
そして森上を見て、小さく手を挙げていた。
「二番、横溝対中川」
「おうよ!」
中川はすぐに右手を挙げた。
すると横溝は、「やらかしたあいつだ」と思っていた。
それは小野も、他の者も同じように感じていた。
「ダブルス、横溝、水内対森上、阿部」
四人は手を挙げて一礼した。
「四番、片山対重富」
二人は手を挙げて一礼した。
「ラスト、水内対阿部。お願いします」
主審がそう言うと「お願いします!」と双方も大きな声を発してそれぞれベンチに下がった。
桐花の補欠は和子だけだったが、紀伊南には、他に三年生が一人、二年生が五人と、観客席ではベンチに入れなかった一年生が見守っていた。
「さて、森上さん」
森上は日置の前に立っていた。
「はいぃ」
「速水さんは小柄だから、おそらく前陣速攻だ」
「はいぃ」
「ラバーは打てばわかる」
「はいぃ」
「遠慮することは一切ない。出だしからガンガン飛ばして行こう」
「はいぃ」
「よし、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は森上の肩をポンと叩いた。
「よーーし、森上よ。3-0で勝つぜ。わかってるよな」
「うん、わかってるぅ」
「恵美ちゃん、しっかりな!」
「森上さん、ファイトやで!」
「先輩、出だし1本ですよ!」
「わかったぁ」
そう言って森上はゆっくりとコートへ向かった。
―――一方、紀伊南ベンチでは。
「速水」
速水は小野の前に立っていた。
「はい」
「森上は、体がデカイぶん、動きは遅いはずや」
「はい」
「お前の速攻で掻き回してやれ」
「はいっ」
「お前の速攻は、県でトップや」
「はいっ」
「よーーし、行って来い!」
そして速水はチームメイトにも励まされ、小走りでコートに向かった。
「3本練習」
やがて台に着いた二人に審判はそう言って、速水にボールを渡した。
そしてフォア打ちが始まった。
裏やな・・
森上はすぐにラバーがわかった。
それは速水も同じだった。
裏か・・
大きいし・・
フォア打ちも力がある・・
おそらくドライブが武器やな・・
よし・・先生の言う通り・・
出だしから、速攻で行く・・
やがてジャンケンをして勝った速水は、「サーブでお願いします」と言った。
すると森上は「こっちでぇ」と、自分が立っているコートを指した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
森上と速水は「お願いします」と一礼した。
そして速水はボールを手にしてサーブを出す構えに入った。
「1本!」
速水から大きな声が挙がった。
「1本!」
森上も負けじと声を挙げた。
そして速水は、バックコースからフォアの横回転サーブを出した。
そう、三球目攻撃をするためである。
バッククロスに入ったボールに、森上はショートでフォアストレートに送った。
速水は狙い通りのボールが来たといわんばかりに、すぐさまフォアへ移動し、抜群のミート打ちでフォアクロスへスマッシュを打ち込んだ。
この時点で、紀伊南ベンチは誰もが決まったと思った。
中には声を挙げんがため、手を口元へ持って行く者すらいた。
けれども桐花ベンチは違った。
「あれが抜けるはずがない」と。
桐花ベンチの思惑通り、森上はそのボールを抜群のカウンターで打ち返した。
唖然とした速水は、フォアクロスへ抜けるボールを立ち尽くしたまま見送っていた。
「サーよし!」
森上は左手でガッツポーズをした。
「ナイスボール!」
日置はパーンと一拍手した。
「よっしゃあ~~~!森上~~~もう一発、食らわしてやんな!」
「ナイスボール~~~!」
「ええぞ~~~」
「先輩~~!ナイスです~~!」
ベンチからはやんやの声が挙がった。
「ひぃ~~!森上先輩、相変わらずすごい~~」
市原も驚いていた。
「さすが、森上さんや!」
植木も興奮していた。
「ナイスボールですよ」
「もう1本ですよ」
コートに近い観客席からは、三神の彼女らが応援していた。
森上の試合を初めて観る一年生らは、言葉を失っていた。
なんだ、あの矢のようなカウンターは、と。
「今日も、絶好調ですね」
皆藤はニッコリと微笑んでいた。
―――一方、紀伊南ベンチでは。
「なんやねん・・あれ・・」
小野はポツリと呟いた。
彼女らも、今しがたのカウンターに、度肝を抜かれていた。
なぜなら速水の攻撃は、予選の際、武器として通用するだけでなく、ここ一番では何度もチームの危機を救っていたからである。
そして速水の速攻をカウンターで返されたことなど、一度もなかったのだ。
「あんな返し方・・見たことない・・」
「森上さん・・すぐにフォアへ移動したけど・・」
「フットワーク・・めっちゃええやん・・」
「それに・・あのパワーやん・・」
「これ・・危ないんとちゃうか・・」
まだ一回戦の第一試合の第一球であるにもかかわらず、小野も彼女らも、森上のプレーで桐花の強さを思い知るようだった。
「どんまい!どんまいやぞ!」
小野が声を挙げた。
速水は振り向いて「はい・・」と小さな声で答えた。
「そうそう、どんまい。次1本よ!」
「まだ始まったばかり!」
「今から、今から!」
「サーブ、考えるよ!」
彼女らも何とか声を発し、速水を励ました。
そして速水はサーブを出す構えに入った。
「1本!」
速水は何とか声を振り絞った。
「1本!」
森上も声を挙げた。
ここは・・下回転の短いやつで行こ・・
こう思った速水は、バックコースから、バックの下回転サーブを出した。
そう、森上にツッツかせて、その後、コースを打ち分けての速攻を狙った。
森上は、ツッツかずにストップをかけた。
バックのネット際に入ったボールを、速水もストップでバックへ返した。
すると森上はすぐさま回り込み、台上のボールを思い切り叩きに行った。
速水は反射的に一歩後ろへ下がった。
すると森上は、速水をあざ笑うかのように、寸でのところでストップをかけた。
慌てた速水は懸命に体を戻し、なんとかボールを拾った。
けれども単に入れただけのボールは、ミドルの中途半端なところでバウンドした。
すると森上は再びスマッシュを打ちに出た。
速水は成す術がないとばかりに、後方に下がってボールを待った。
すると森上は、また速水をあざ笑うかのように、なんとも緩いボールをバッククロスへ流し打ちをした。
速水は呆然としたまま、ボールの行方を目で追うしかなかった。
「サーよし!」
森上は、決まったのは当然だと言わんばかりに、小さくガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスコース!」
日置は手を叩いていた。
「ひゃっはーーー!森上よーーー!酷なことしやがるぜ!」
「ナイスボール!」
「ええぞ~~森上さんーーー!」
「ひゃあ~~先輩、落ち着いてはる~~!」
そう、和子が言うように、森上はとても冷静だった。
なんでもかんでもパワーで押し切るのではなく、「小技」を見せることで、こっちは極めて冷静だぞ、という精神的プレッシャーを与えられることに加えて、相手の送るコースが厳しくならざるを得ないと追い詰める。
つまり、厳しいコースを狙うことは、ミスというリスクが伴うのだ。
この時点でカウントは2-0と森上がリードしていたものの、小野や速水は、大差がついたような錯覚に陥っていたのである。




