314 同じ道
蒲内から連絡を受けた小島は、取るものも取り敢えず家を出た。
内匠頭・・蒲内・・ありがとう・・
あんたらのおかげで・・話ができる・・
ほんま・・ありがとう・・
やがて天王寺に到着した小島は、蒲内を探した。
「彩華~~!ここ!ここ!」
蒲内は小島を見つけ、手を振った。
小島は「蒲内!」と言いながら、急いで駆け寄った。
「先生、どこなん!」
「レストラン。内匠頭が引き止めてるねん!」
「そうなんや」
「行くで!」
そして二人は、走ってレストランに向かった。
ほどなくして到着した二人は、中へ入った。
「内匠頭~連れてきたで~」
蒲内がそう言うと、日置は驚愕していた。
なぜきみがここにいるんだ、と。
そして日置は浅野に目を向けた。
「浅野さん」
日置は語気を強めた。
「ああっ、先生、ご馳走様でした。ほな、帰りますよって」
浅野は慌てて立ち、小島とすれ違う際、肩をポンと叩いて出て行った。
小島はテーブルの横で立ったままだ。
日置は小島を見ようともしない。
「先生・・」
「どうして来たの」
「先生・・別れるなら、それでもええです・・せやけど・・理由が知りたいんです・・」
「・・・」
「理由もわからんままなんて・・納得できません・・」
「出よう」
日置はそう言ってて立ち上がり、お金を払って店を出た。
その後を小島も続いた。
二人は黙ったまま歩き続けていた。
「先生・・」
「・・・」
「あの・・先生・・」
「あそこへ行こう」
日置は茶臼山公園へ向かった。
ここはかつて、小島は日置に女性がいると疑い、日置の心を留めておくため派手な身なりをして「嫌いだ」と言われた際に、小島が一人で泣いていた公園だ。
ほどなくして公園内に入った二人は、ベンチに腰を下ろした。
「先生・・」
小島は日置を見ていたが、日置は前を向いたままだ。
「別れる理由だよね・・」
「はい・・」
「きみ、僕にそれを言わせたいの・・」
「言うてくれんと、納得できません・・」
「きみに誤解させたことは、ほんとに悪かったと思ってる」
「はい・・」
「むしろ、誤解して当然だよ」
「はい・・」
「でもきみさ・・」
「・・・」
「いや・・もういい。言いたくない」
「そんな・・言うてくれんと、私、なにもわからないまま別れなあかんのですか・・」
「だってきみさ」
日置はそこで小島を見た。
けれどもすぐに目を逸らして前を向いた。
「僕は・・聞いたんだよ」
「なにをですか・・」
「きみ・・駅前で・・西島くんと抱き合ってたんだよね」
「え・・」
これは堤が目撃していたのだ。
小島はすぐには思い出せなかった。
西島さんと・・抱き合ってた・・?
それ・・なんや・・
私・・そんなことしてないで・・
ちょっと待てよ・・
あ・・
ああっ!
そういや・・私は先生のことで号泣して・・
そや・・
確かに・・
私は西島さんの胸で泣いた・・
でも・・抱き合ってなんか・・
「あの・・」
「・・・」
「確かに・・私は西島さんの胸で泣きました・・」
「やっぱり・・」
「でもそれは、西島さんに先生のことで話を聞いてもらって・・思わず泣いてしもたんです・・」
「・・・」
「私、誤解してたでしょ・・それで、辛くて辛くて・・」
「で、そのあと、どうしたの」
「そのあと・・?」
「もういい。聞きたくない」
そこで日置は立ち上がった。
「これ以上、自分を惨めにさせたくない。だから、別れよう」
「待ってください!そのあとて、なんのことですか!」
小島も立ち上がり、日置の腕を掴んだ。
「それはきみが一番よく知ってるはずだ」
日置は小島の腕を振り払った。
けれども小島はもう一度腕を掴んだ。
「知りません!なんのことですか!」
「だってさ、きみ、西島くんとそういう関係になったんだよね」
「そういう関係?」
「男女の関係だよ」
「え・・」
「手を離してくれない」
「いやっ・・あの、なに言うてはるんですか」
「もういい。手を離して」
「先生!」
「なんだよ」
「誰に何を聞いたんか知りませんけど、私はそんなことしてません!」
「だって、ホテルに向かって歩いてたの、見た人がいるんだよ!」
日置の拘りとは、まさにこのことであった。
小島が誤解したのは無理もないし、それは問題ではなかった。
あの時は、自分はまだ小島が誤解していたことを知らなかった。
けれども誤解したからといって、すぐにそんなことをするのか、と。
西島のことが好きならまだいい。
でも違うじゃないか、と。
きみは、そんな軽はずみな女だったのか、と。
「ホテルなんか行ってません!あの時、私は泣き過ぎて、吐きそうになって、西島さんが人目につかんとこへ連れて行ってくれただけです!」
「・・・」
「あの日は、空きっ腹でラーメンを食べて、しかもめっちゃすぐに平らげて、それで号泣して胸やけがして吐いたんです!」
「・・・」
「ほんまです!誓って嘘やないです!」
「見た人の誤解だっていうの」
「そうです!誤解です!というか先生、誰から聞いたんか知りませんけど、その人と私の言うこと、どっちを信じるんですか!」
「・・・」
「私は先生以外の人と、そんなことしたことありません!これからもしません!」
「・・・」
「先生!私をそんなふしだらな女やと思てたということですか」
「別に・・」
「酷い!先生がそんな風に思てたやなんて、酷い!」
「だって、きみだってさ、僕の前で西島くんの腕に手を回したのは確かじゃないか!」
「それは腹立ってたからです!だって、先生、他に好きな人がいてるくせに、電話してきたり、工場で待ってたり、私にしたら、なんやねんと思いますよ。私は「保険か」と思ってましたよ!」
「保険・・」
「そうです!女性にフラれた時の保険です!」
そこで二人は黙ったまま、互いを見ていた。
日置らの横を通り過ぎるカップル何組かは、痴話喧嘩だと嗤っていた。
けれどもそんなことは、二人にはどうでもよかった。
「先生が別れる理由て、それやったんですか」
「そうだよ」
「まさか・・そんな誤解があったやなんて・・」
「・・・」
「私を信じられへんのやったら、それでいいです。私もそんな女やと思われてまで、付き合う気はありませんから」
日置は思った。
自分は小島に誤解をさせた。
しかも小島の場合は、現場を見たのだ。
それは小島にとっては、誤解というより「事実」だ。
逆の立場なら、どうだろう。
小島と西島の「現場」を見たとしたら、自分はどうなっていたか。
とはいえ、自分の場合は、何も言わずに別れただろう。
けれども小島は女性だ。
女性の気持ちなんて自分はわからない。
だとしたら、自分の目の前で西島の腕に手を回したのも、嫉妬させるためにそうしたのか、と。
そういえば、中川が言っていた。
「妬いてくれと言ってるんだ」と。
誤解・・
もしそうだとしたら・・
誤解って・・ほんとにあるんだ・・
彩ちゃんも・・誤解していた・・
だとしたら・・僕もそうだったのか・・
よく考えたら・・
彩ちゃんがそんなことするはずがないんだ・・
それは・・僕が一番わかってたはずじゃないか・・
あの時の僕は・・冷静じゃなかった・・
王様ゲームのことで・・彩ちゃんが心配で心配で・・
だから・・中川の作戦にも乗って・・
「彩ちゃん・・」
「なんですか」
「僕の誤解だったの・・」
「そうです!なんべんも言わせんといてくださいよ!」
「そうなんだ・・」
「・・・」
「うん、わかった。ごめん」
「ほんまにわかってくれたんですか」
「うん・・」
「そ・・それなら・・ええですけど・・」
「彩ちゃん」
日置はそう言って小島を抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね」
「・・・」
「僕は・・とんでもない過ちを犯そうとしていた・・」
「え・・」
「僕・・もう学校も辞めて・・東京へ帰ろうと思ってたんだ・・」
「えっ!」
そこで小島は日置から離れた。
「それ・・なんなんですか・・」
「うん・・色々あってね・・」
「ああっ!もしかして、うちのバカ課長のことですね!」
「バカ課長って」
「あのアホ、学校に電話して、私、文句言うたったんですよ!」
「うん・・」
「それで、どうなったんですか!」
「それが大変だったの」
そこで日置は、事の経緯を話してやった。
すると小島も浅野と蒲内と同様、愕然としていた。
「そっ・・そんなことに・・」
「うん」
「でも・・あの子らが・・そこまでして先生を助けてくれたんですね・・」
「そうなんだよ」
「中川さん・・なんちゅう無鉄砲なことを・・」
「あの子は、頭で考える前に体が動いてるからね」
「でも・・中川さんの放送、聞きたかったな・・」
「すごかったらしいよ。工藤の野郎とか言っちゃって」
「うわ~~めっちゃ聞きたかった~~。でも校長先生、かわいそう」
「そうだよね」
そこで二人は、やっとニッコリと笑った。
「先生!」
小島は日置の首に腕を回した。
日置は小島をきつく抱きしめた。
「先生、好きです、好きでーーす」
「僕も大好きだよ」
「あっ!先生!」
そこで小島は腕を離した。
「なに?」
「中川さんが作ってくれた曲、聴きたいな~」
「ええっ」
「聴かせてくださいよ~」
「今、ここで?」
「はい~」
「うん、いいよ」
日置は優しく微笑んだ。
そして二人はベンチに座り、日置はバッグから歌詞を取り出して、小島に見せた。
「これなの」
「へぇ・・」
歌詞を読んだ小島の目には、涙があふれていた。
「これ・・中川さんが・・ようこんな・・」
「そうなんだよ。僕の気持ちそのままで、あの子は、ほんとにすごいよ」
「はい・・ほんまに・・なんてええ歌詞なんや・・」
「それでね、ここの「それはなに」と「きっとそうね」は、きみが歌うんだよ」
「でも、メロディ知りませんし・・」
「そんなのいいの。語ってくれればいいから」
「そう・・ですか・・」
「じゃ、歌ってあげるね」
『同じ道』
ねぇ彩ちゃん 僕を見つめたまま
大切なことを 聞いてほしいんだ
「それはなに?」 慌てなくていいよ
きみと僕との 愛の物語さ
あの日のきみは 小さな肩を震わせて
僕の胸に顔を埋めていた
やっとお互い 素直になれたこと 憶えているかい?
どうしたの 泣かなくていいよ
僕はきみを 離さないよ
だからもう 俯かないで
顔を上げて 笑って見せて
ねぇ彩ちゃん きみがいなければ
僕の未来は 違ったのかな
「きっとそうね」 そんなはずないよ
きみと僕との 道は同じだから
会いたいと思う 気持ちを抑えながら
きみを諦めたこともあった
だけど気づいたんだ かけがえのないもの それはきみだよ
さあ行こう ここから先は
僕はきみを 離さないよ
だからもう 迷わないで
手を繋いで 歩いて行こう
きみと僕との 道は同じだから




