313 二人を会わせる
―――ここは、小屋。
日置と彼女らは、改めて今回のことを話し合おうとしていた。
「きみたち、ほんとに色々と迷惑かけて申し訳なかった。この通りです」
日置は彼女らに頭を下げた。
「先生、やめてください。悪いんは全部私らです。私らこそ先生を巻き込んでしまって、すみませんでした」
阿部はそう言って頭を下げた。
「そうです。私らが後先も考えんと、先生にあんなことさせて、すみませんでした」
重富も頭を下げた。
「私もですぅ。もしぃ、先生が辞めはったらぁ、私は一生後悔しましたぁ。すみませんでしたぁ」
森上も頭を下げた。
「私は・・とにかく、先生が辞めりゃせんかと、そればかり気になって・・でも辞めんでよかったと、ほんとにホッとしています」
和子はそう言った。
「先生よ・・」
中川が呼んだ。
日置は中川に目を向けた。
「ほんとに大変な思いさせちまって、申し訳ない。でも、郡司も言ったように、辞めねぇでくれて、ありがとな」
日置は五人の顔を見つめていた。
「もういいの。僕を救ってくれたのはきみたちだよ」
「先生・・」
「本音を言えばね、僕は辞めたくなかった。だってね、きみたちを放って辞めるなんてできないよ」
「先生」
阿部が呼んだ。
「ん?」
「もうすぐ近畿大会です。土曜日から練習してませんし、その分、取り返さんとあきませんね」
「そうだね」
「近畿の次はインターハイです」
重富が言った。
「うん、そうだね」
「よーーし、わかった!おめーら、今日から気合入れ直して、全国の猛者どもをぶっ倒しに行こうぜ!」
中川がそう言うと「おうさね!」と彼女らは声を揃えて言った。
その際、日置だけは「そうで」と言いかけて、口を噤んだ。
「およ?先生、間違えたな」
中川はいたずらな笑みを見せた。
「いや・・別に」
「あはは、そうやん。先生の口癖は、そうでなくちゃ、やん」
「ほんまや~先生、言うて下さい」
「いや・・なんというか・・」
「ほらほら、先生よ。照れんじゃねぇって」
「タイミングを外したというか・・」
「ったくよー、しょうがねぇやな。じゃ、全員で声を揃えて、大きな声で言うぞ!あっ!」
そこで中川は、扉を指した。
日置は、なんだ、と振り返った。
その隙に中川は「しーっ」という仕草をした。
彼女らは、中川の意を汲み取って頷いた。
「中川さん、どうしたの?なにかいたの?」
「蚊が飛んでたんでぇ」
「へぇ」
「じゃ、みんなで声を揃えて、せーーの!」
中川がそう言うと「そうでなくちゃ!」と日置だけが言った。
すると日置は、唖然としていた。
そして彼女らは声を挙げて笑った。
「きみたち、からかったね」
「あははは」
「まったく、しょうがない子たちだな」
ガラガラ・・
そこで扉が開いた。
みんなは一斉に扉に目をやった。
すると浅野と蒲内が顔を覗かせた。
「おおお~~あたま先輩に蒲内先輩じゃねぇか!」
「先輩!この間はありがとうございました!」
「先輩~~入ってください~~」
「先輩ぃ~こんにちはぁ」
「先輩~~」
彼女らは、二人が来てくれたことに喜んでいたが、日置の心境は複雑だった。
なぜなら、おそらく小島のことで来たに違いないからだ。
「あはは、あたま先輩、定着してんねや」
浅野がそう言った。
「おうよ!」
「先生、お邪魔します」
「お邪魔します~」
二人は靴を脱いで中に入った。
「きみたち、どうしたの」
「そらもう、決まってますやん」
「なにが」
「近畿はもうじき。この子らの相手しに来たんですよ」
「そうなんだ・・」
「先輩、わざわざありがとうございます。今から始めますのでよろしくお願いします」
阿部が言った。
「え、練習、今からなん?」
「はい」
「なんでよ」
浅野も蒲内も、この時間から始めることを不可解に思っていた。
なぜなら、時間はもう午後五時半を回っているからだ。
「先輩よ。この二日間で色々とあってよ」
「えっ、それってもしかして、先生のことか?」
「そうさね」
「先生、やっぱり問題になってたんですか!」
「先生よ、自宅謹慎食らってたんだぜ」
「いええええええ~~~!」
浅野と蒲内は同時に叫んだ。
「じっ・・自宅謹慎て!それで、なんでここにいてはるんですか!」
「話せば長げぇのさね。でも先輩たちの会社のことだもんな。ちゃんと言っとかないと、だぜ。先生よ」
「うん、そうだね」
そして日置は、事の顛末を話した。
その際、学校での事情は中川らの方が詳しいため、途中から中川が代わりに話した。
すると浅野と蒲内は、驚愕していた。
「そ・・そんな・・辞める辞めんの話にまでなってたんか・・」
「いやあ~もう、胸が苦しいです~」
「でも、もう解決したから、きみたちも心配しなくていいよ」
「ああああ・・なんか眩暈がしそうや・・」
「ほんまやわぁ~」
「じゃ、今から練習するから」
「よし。ほなら、私らも参加します」
「うん、ありがとう。きみたち、先輩にどんどん相手してもらいなさい」
「はいっ!」
「おうよ!」
そして練習が始まった。
日置は思った。
この後、きっと二人は話を訊いてくるはずだ、と。
けれども何も言うまい、と。
近々引っ越すことも。
そして、小屋には彼女らの元気な声が響いていた。
やがて練習も終わり、阿部ら五人は先に帰った。
日置と浅野と蒲内は、校庭に立っていた。
「きみたち、今日は、わざわざありがとう。とてもいい練習になったよ」
「いえいえ、そんなんええんですよ」
「そうですよ~頑張ってもらわんとあきませんからね~」
「じゃ、僕は帰るね」
「あの、先生」
「なに?」
「なんか食べに行きましょうよ」
「そうそう~奢ってください~」
「え・・」
「ええやないですか。たまにはご馳走してくださいよ」
「それは構わないけど・・」
「よっしゃー、決まり」
浅野と蒲内の巧妙な策に、日置はまんまと乗せられた。
なぜなら「話がある」といえば、日置が断るのはわかっている。
そこで「奢ってくれ」と言われると、なかなか断れないとわかった上でそう言ったのだ。
そして三人は天王寺まで出て、駅前のレストランに入った。
席に着いた浅野と蒲内は「どうせ奢ってもらうんやったら、高いのにしよな」と話していた。
日置はニコニコと笑って、二人を見ていた。
やがて注文した料理も運ばれ、三人は美味しそうに口へ運んでいた。
「それにしても、先生、大変でしたね」
浅野が言った。
「そうだね」
「でも、解決したのが近畿前でよかったですよ」
「うん」
「あの子ら~三神に勝ったし~、優勝候補ですもんね~」
「そうだね」
「ところで先生」
浅野が呼んだ。
「なに?」
「彩華が言うてたんですけど、先生、ドアノブ換えはったんですよね」
「ああ・・うん」
「ドアノブって、あれなんですよ。年数が経つと、やっぱり劣化してくるっちゅうか。危ないですもんね」
「まあね・・」
「換えたのは正解ですよ。防犯はちゃんとせんとあきませんからね」
「うん」
「また、彩華に合鍵渡したってくださいね」
浅野は、さもなにも知らない風に話していた。
「うん・・」
「ああ、それと、蒲ちゃん、あれやん」
「ああ~そうやわ。先生」
「ん?」
「今度ね~彩華が、安永に行きたいって言うててね~」
「・・・」
「ほら、彩華、誤解してたでしょ~、それでママさんに謝りたいって~」
「そうなんだ・・」
「だから、連れて行ったってください~」
「私も行ってみたいな」
浅野が言った。
「それやったら~私も行きたい~」
「ダメダメ、きみたちはまだ未成年だよ」
「ブッブー」
蒲内が言った。
「なに」
「私~もう二十歳になりました~」
「え、そうだっんだ」
「私は八月ですから、もうすぐです~」
「そうなんだ」
「あっ!他の子も誘って、みんなでっていうん、どうです?」
「あのね、あそこは大人の店なの」
「私らかて、大人ですし」
「いや、そういう意味じゃなくね、わーわー騒ぐ店じゃないの」
「わーわーて。私らアホやないんですから、TPOは心得てますって」
「ダメダメ。きみたちにはまだ早い」
「ほなら、せめて彩華だけは連れたってくださいよ」
「そうですよ~、彩華、あれでも気にしぃやから、ちゃんと謝りたいって言うてるんです~」
「あのね・・きみたち」
「はい」
「もう、この際だから言うけど・・」
「なにをですか」
浅野は「来た」と思った。
「僕は、小島と別れることにしたんだ」
「えっ!」
浅野も蒲内も、わざと驚いて見せた。
「別れるて、どういうことですか・・」
「それはきみたちには関係ない。だから言わない」
「でも、誤解は解けたんですよね・・」
「うん・・」
「ほなら、なんでですか・・」
「・・・」
「あの・・彩華にはもう別れるて言うたんですか・・」
「うん」
「彩華・・それで納得したんですか・・」
「・・・」
「するはずがないですよね・・」
「この話は、もう終わり」
「そうですか・・」
浅野はどう攻めようかと考えた。
とにかく、二人を会わせないと何も始まらない。
うーん・・先生、意固地やし・・
なんて言えば・・会う気になるんや・・
それにしても先生・・
何に拘ってるんや・・
誤解は解けたはずなんやろ・・
「トイレ行って来るね」
日置はそう言って立ち上がり、トイレへ向かった。
「内匠頭・・どうすんの・・」
「蒲ちゃん」
「なに・・」
「今から、彩華、呼び出そか・・」
「え・・」
「あの子、今日は真っすぐ帰ってるはずや・・」
「うん・・練習ないしな・・」
「私が先生引き止めとくから、あんた今から電話して来て・・」
「うん・・わかった。でも・・どうやって引き止めるん・・」
「わからんけど・・なんかするわ・・」
「なんかて・・」
「はよ、先生戻ってくる前に、はよ」
「わかった・・」
そして蒲内は急いで店を出て行った。
ほどなくしてトイレから戻った日置は「あれ、蒲内さんは?」と訊いた。
「ああ、蒲ちゃん、用事を思い出して」
「用事?」
「いやっ、もう~先生、野暮ですね~」
「え・・なに・・」
「直樹くんですよ、直樹くん」
「あ・・ああ・・直樹くんね」
「電話かかって来るん、忘れてて、さっき思い出したんですよ。酷いと思いません?」
「あはは、そんなことないけど」
「ああ~、それにしても、私ね」
「うん」
「今・・めっちゃ悩んでるんです・・」
「え・・どうしたの」
「先生、聞いてくれます?」
「もちろん聞くよ」
「あのアホ・・」
「アホ・・」
「三宅のアホですよ」
と、このように浅野は、なんとか小島が来るまで話を延ばしに延ばした。
そして、小島は日置の元へ現れるのであった―――




