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サーよし!2  作者: たらふく
31/413

31 手のぬくもり




―――そして翌日の夜。



小島は練習を終えて、その足で日置のマンションへ行った。

日置と阿部の練習はマンツーマンであり、阿部はまだ初心者で、やっとフォア打ちが出来るレベルだ。

日置は、基本の一つ一つを確実に覚えさせるため、まずはフォア打ちを徹底して行っていた。


同じ練習の繰り返しは、阿部にとって集中力が続かない。

よって、それほど長い練習時間をとっておらず、約四時から始めて六時半には終えていた。

それでも休憩を挟むとはいえ、二時間半も続けているのだ。

そのため、日置の帰宅時間は、概ね午後七時ごろであった。


ピンポーン


小島は呼び鈴を押した。

小島の服装は、桂山のジャージに運動靴だ。


「はい」


そう言って日置はドアを開けた。


「こんばんは」


小島は、精一杯笑って見せた。

日置は何と答えていいかわからず、黙って小島を見ていた。


「先生、昨日はご迷惑をおかけしました。反省してます」


小島は頭を下げた。


「そう・・」


日置の返事は冷たいものだった。


「あの、先生。ちゃんと謝りたくて、そして話がしたくて来ました」

「そうなんだ・・」

「上がらせてもらってもいいですか」

「別に構わないけど」


そして日置は、小島に入るよう促した。

小島は、まだ日置は怒っているとわかったが、とにかく謝ろうと部屋に入った。


「そこに座って」


日置は小島に、ソファに座るよう言った。

小島は窮屈そうに、座った。

そして日置は、小島の正面に座った。


「先生、今回のことは、全部私の勝手な誤解でした。本当にすみませんでした」

「・・・」

「先生に、あらぬ疑いをかけて、挙句に心配させてしまったこと、心から反省しています。許してください」


それでも日置は黙っていた。


「あ・・あの、今すぐ、許してくれとは言いません。先生の気持ちが収まるまで、私はもう、ここにも来ませんし、連絡もしません」

「・・・」

「えっと・・私・・待っててもいいんですよね・・」

「あのね」


日置は口を開いた。


「はい・・」

「きみは、僕に疑いを持った。その時、僕を信じようとは思わなかったの」

「正直に言います。思えませんでした。不安ばかりが先走って、信じる余裕がなかったんです」

「僕ね、こういうの一番嫌いなの」

「はい、わかります。逆の立場やったら、私かて嫌やと思います」

「次も同じようなことがあったら、多分、僕は無理だと思ってる」

「はい、仰る通りです。私かてそうします」

「きみの気持ちも、わかるんだよ。だけど、こういう行き違いって不毛でしょ」

「はい、仰る通りです」

「ほんとに反省してる?」

「そら、もう、死ぬほど反省しました」

「じゃ、それならもういいよ」


そして日置は、優しく微笑んだ。


「ありがとうございます!」


小島は頭を下げた時、テーブルにゴツンとおでこをぶつけた。


「ひぃ~、痛っ」


小島は手でおでこを擦った。


「あはは、なにやってるの」

「痛たたた・・」

「なんか飲む?」


そこで日置は立ち上がった。


「ああ、もう私、帰ります」

「え、来たばっかりだよ」

「いえ、今日は、謝罪と話だけしに来ましたから」


そこで日置は、再び座った。


「じゃ、僕の話も聞いてくれる?」

「聞きます、聞きますっ!」

「きみが、化粧や服を派手にしたり、言葉遣いを変えたのって、なんだったの?」

「それは、先生の彼女、いえ、誤解でしたけど、彼女はきっと大人の女性なんやろと思て、私も少しでもそうなりたくて・・」

「言葉遣いは?」

「東京弁の方が、女性らしいかな、と」

「あはは、そんなの聞いたことないよ」

「そうですか・・」

「彩ちゃんって、結構単純なんだね」

「すみません・・」

「僕は、大阪弁、大好きだよ」

「そっ・・そうですか!」

「それでも彩ちゃんは、僕のためだと思ってそうしたんだよね」

「はい・・」

「ありがとう」


日置は優しく微笑んだ。

小島の胸は、キュッと締め付けられた。


「でも僕は、今の彩ちゃん、そのままの彩ちゃんが好きなんだよ」

「はいっ!」

「今度、一緒に写真撮ろうね」

「撮ります!撮ります!」

「それを、きみがくれた写真立てに入れて飾るね」

「ありがとうございます!」

「ねぇ、彩ちゃん」

「はいっ」

「叩いたりして、ごめんね。痛かったでしょ」


そこで日置はテーブルに手をつき、小島の頬を撫でた。


「そ・・そんな・・」


小島はそこで、泣きそうになった。

叩かれたことなど、なんとも思ってなかった小島は、日置の手のぬくもりが、たまらなく嬉しかった。


「これで仲直りだね」

「先生・・ううっ・・」


日置は立ち上がって、小島の横へ移動した。


「彩ちゃん、泣かないで」


日置は小島を優しく抱きしめた―――



ほどなくして小島は日置の部屋を後にした。

日置は、小島の勝手な誤解を、最初は怒っていたが、自分に気に入られようと、背伸びして容姿や言葉を変えた小島の心情を思いやった。


彩ちゃん・・かわいいな・・


こんな風に思う日置であった。


ルルルル・・


そこで電話が鳴った。

日置はすぐに受話器を取った。


「もしもし、日置ですが」

「あっ!」


日置はそれだけで相手が誰かわかった。

そして、うんざりした。


「慎吾!」

「なんだよ」

「あんたね、おばあちゃんから聞いたけど、生徒さんと付き合ってるらしいじゃないの!」


そう、相手は日置の母親、佳代子かよこだった。


「生徒じゃない。もう三月に卒業したの」

「っんまあ~私に何も言わないで、なにやってんのよ!」

「なにって、なんだよ」

「それで、その子は、どういう子なの!」

「あのさ、いちいち怒鳴らないでくれる?」

「どういう子なの!」

「小島っていう子」

「名前を聞いてるんじゃないの!あんたまさか、たぶらかしたんじゃないわよね」

「失礼だな。よく息子にそんなことが言えるよね」

「相手のご両親は、納得してるの!?」

「してるよ。ちゃんと挨拶も行ったし」

「そうなんだ」

「小島のご両親とは、小島が一年の時から知ってるの」

「ええええ~~!なにぃ~~~!」


日置は思わず受話器を離した。


「うるさいよ・・」

「あ・・あんたっ!まさかっ、一年の時から付き合ってたの!?」

「あのさ・・そんなわけないだろ」

「だったら、どうして知ってんのよ!」

「小島は卓球部だったの」

「あ・・なるほど、そういうことね」

「なるほどじゃないよ、まったく・・」

「それで?その小島さんとは結婚するの?」

「まだわからなないよ。小島は十八だし」

「よくもまあ~~、あんた今年で三十でしょ!」

「だからなんだよ」

「とにかく、一度連れてきなさい」

「え・・そっちに?」

「当然でしょ!まあ~よくもそんな若いお嬢さんを!」

「わかった、わかったから、ちょっと落ち着いてくれない?」

「いいわね、必ず連れて来るのよ!ガチャン」


電話は突然切れた。


はあ・・なんなんだ・・

まさに台風だな・・

東京弁で話す女性の・・どこがいいんだよ・・


そこで日置は、プッと笑った。

けれども日置は、佳代子の気持ちが半分嬉しくもあった。

なぜなら、西藤もそうだが、佳代子も、相手に申し訳ないという気持ちを持っているからだ。

これが逆であれば、厄介な話になる。

日置は、あんな母親だが、西藤ゆずりの人の好さを感じていた。

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