306 職員会議
―――校長室で、話は続いていた。
「それで、きみは卒業生の小島さんとお付き合いをしている、と」
「はい」
「二人の関係がギクシャクして、きみは小島さんを、その、王様ゲームとやらに参加させるのが嫌だった、と」
「はい」
「それを止めるためと、その・・お相手の西島さんから取り返すために、今回のことを仕組んだ。こういうわけですか」
「はい」
「なんてことだ・・」
工藤は、あまりにくだらない、しかも私的なことで生徒を巻き込んだことに、言葉も出なかった。
「きみ・・どうかしてますよ」
「はい、一言もありません」
「これは、問題ですよ」
「はい、わかっています」
「きみは生徒からも、親御さんからも信頼が厚く、教師としての仕事も全うしている。無論、卓球部監督としても優秀なのは論を俟たない。そのきみが・・恋人との不仲で・・ここまでになりますか・・」
「申し訳ありません」
「本来なら・・いえ、私の本音を言えば、今回のことは私の胸にしまっておきたいところですが、そうもいきません」
「はい」
「職員会議で諮って、きみの処分を決めます」
「どんな処分でも、全面的に受け入れます」
「それで放課後、部員たちを連れて来なさい」
「いえ、あの子たちは関係ありません。これは僕の問題です」
日置は、彼女らがこの話を黙って受け入れるはずないと、十分すぎるほどわかっていた。
そして、仕組んだのは自分たちだ、と白状するだろう。
そうなると、あの子たちにも処分が及ぶ。
日置は、それは絶対に避けたかった。
処分となると、近畿大会もインターハイも出場停止になり、なにより、自分のせいであの子たちの心が傷ついてしまう。
ともすれば、将来に影響を及ぼし兼ねない。
「いえ、部員の子たちにも話を聞かなければなりません」
「お願いです、僕は解雇されてもいいですから、あの子たちを巻き込まないでください」
日置はテーブルに頭を擦りつけた。
「お願いです。あの子たちは大事な試合が控えているんです。ここは、黙って私を解雇してください。いえ、僕から辞めます」
「日置くん・・」
「お願いします。どうかお願いします」
「きみから辞するというのは、処分にあたりませんから、今のは聞かなかったことにします」
「・・・」
「わかりました。部員の子たちには、後日訊くことにしましょう。とりあえず放課後、会議をします」
―――ここは桂山化学。
小島と浅野と蒲内は、三人で昼食を摂っていた。
「で、彩華。昨日、どうやったん?」
浅野が訊いた。
「それが・・先生な・・ドアノブ換えててん・・」
「えっ」
「彩華~・・それどういうことなん・・」
「私、合鍵持ってるやろ・・来るなってことや・・」
「ええ~~・・」
「先生と会われへんかったんか?」
「うん・・」
「嘘やろ・・ドアノブ換えるて・・マジか・・」
「電話は~?」
「通じへん・・」
「嘘やん~・・」
浅野と蒲内は、日置の頑なさに唖然としていた。
「でもさ、連絡さえ取れれば、問題は解決するやんか」
「あっ、あの子らがいてるやん~」
蒲内は、阿部らのことを言った。
「あああ、そやっ!あの子らが先生に話すはずや。だから、先生から連絡来るって!」
「そうなんかな・・」
「そうやって。今晩にでもかかって来るって」
「そうやと、ええんやけど・・」
「だってさ、誤解ってわかったら、問題解決やん」
「うん・・そうなんやけど・・」
小島は、漠然とだが、とても嫌な予感がしていた。
それが何かはわからないが、言いようのない不安に襲われていた。
「小島さん」
そこへ西島がやって来た。
「あ、西島さん」
「ここ、座ってもええ?」
西島は浅野に訊いた。
「はい、どうぞ」
そして西島は浅野の隣に座った。
「どうかしたんですか?」
小島が訊いた。
「それがな・・課長、学校に電話したらしいんや・・」
「え・・課長て、うちのですか?」
「うん」
「ちょ・・学校に電話って、一昨日のことですか」
浅野が訊いた。
「そやねん・・」
彼女らは、唖然としたまま顔を見合わせていた。
なぜ、報せたんだ、と。
「きみら、あの時、部屋から出て行ったから知らんやろけど、日置さんな、我々に向かって土下座したんやで」
「えっ!」
彼女らは愕然とした。
日置は土下座までしていたのか、と。
「懇親会を台無しにして申し訳ない、言うて・・。ほんで、課長が学校に報告する言うたんや。そしたら大久保さんが止めたんやけど、課長は、見過ごされへん言うてな」
「・・・」
「それで日置さんは、自分で報告する言うたんやけど、今朝になって課長が、信用でけん、言うてな」
「・・・」
「僕もまさか、ほんまに電話すると思てなかったから、小島さんにも言うてなかったんやけど、でも、したらしいねん」
「そう・・ですか・・」
「僕も、日置さんって、そんな変な人には思えんかったし、そこまでする必要ないと思てたんやけどな・・」
「先生は、変な人なんかじゃありません!」
小島は思わず大声を挙げて、そのまま庶務課へ向かった。
「えっ・・」
西島は唖然としていた。
浅野と蒲内は、学校で大変なことになってるのでは、と気が気じゃなかった。
―――ここは庶務課。
小島は慌てて課長の席へ行った。
「課長!」
「おう、小島さん。どしたんや」
久世は愛妻弁当を食べていた。
「どうしたもこうしたも・・」
「え・・なんかあったんか?」
「課長!なんであのこと学校に報告したんですか!」
「あのことて?」
「宴会のことですよ!」
「きみ、なに怒ってんねや」
「なんでなんですか!」
「だってやな、あの教師、おかしいやろ」
「・・・」
「生徒に仲居をさせて、自分は歌手て。なにが岩窟屁太郎や」
「それは違うんです!誤解なんです!」
「なにが」
「もう~~ええです!」
そう言って小島は部屋を出て行った。
先生・・
きっと・・学校では問題になってるはずや・・
いや・・課長が言わんかっても・・
先生が「報告する」言うたんやったら・・
事態は同じや・・
いずれにせよ・・問題になってることは間違いない・・
そうか・・
嫌な予感したんは・・
このことやったんや・・
―――そして放課後。
「阿部さん」
日置は小屋へ向かうであろう阿部に声をかけた。
ちなみに、中川らは掃除当番だった。
「はい」
「あのね、今から職員会議があるの」
「そうなんですね」
「だから、僕は遅れるから、きみ、頼んだよ」
「はい、わかりました」
阿部は、今から行われる会議の議題を想像すらしていなかった。
そしてニコッと笑って小屋に向かったのである。
日置は向きを変えて、そのまま職員室に戻った。
―――「では、今から会議を始めます」
職員全員を前にして、工藤の顔は強張っていた。
「本日の議題ですが、とある問題が発生しましてね」
工藤がそう言うと、職員らは何事だ、という表情に変わっていた。
「一昨日、日置先生は卓球部員を連れて伊勢へ行かれました」
そこで日置の隣に座る堤は、それがどうしたのだ、と言った風に工藤を見ていた。
単なる合宿だろう、と。
「ところが、日置先生は部員を仲居として働かせ、先生自らは歌手に扮して桂山化学の宴席に入り、場を台無しにしたそうです」
「えええ~~!」
職員から一斉に声が挙がった。
堤は当然、耳を疑った。
まさか、そんなことあるはずかない、と。
そして日置を見ていた。
「なぜそんなことをしたのか、その理由ですが、日置先生は恋仲の方と不仲になっており、まあ、内容は詳しく申しませんが、その方を取り返すために、伊勢へ行ったとのことです」
「相手は桂山の社員ということですか」
一人の職員が訊いた。
「そうです。今朝、桂山から連絡がありまして、お叱りを受けました」
「俄かに信じられへんな・・」
「日置先生が・・まさかそんなこと・・」
「あり得ない・・」
このような声が、あちこちから挙がっていた。
「日置くん・・ほんまなんか・・」
堤は小声で訊いた。
「はい」
「嘘やろ・・」
堤は愕然としていた。
「それで、先方は教育委員会へ報告するつもりだったと仰ってましたが、武士の情けということで、ここへ連絡くださったのです」
「日置先生、今の話、本当なんですか」
加賀見が立ち上がって訊いた。
そこで日置も立ち上がった。
「校長が仰ったことは事実です。僕は生徒を連れて伊勢へ行き、仲居として働かせました。そして僕は歌手に扮しました。それもこれも、彼女を取り返すために仕組んだことです」
「嘘・・」
「あかん・・悪夢を見てるみたいや・・」
「まさか・・日置先生が・・」
職員らは、日置自身の口から出た言葉を信じざるを得なかった。
それだもまだ、何かの間違いではないのかと、頭が混乱していた。
「日置くん、きみ、なんか隠してないか」
堤が言った。
「なにも隠してません。今の話が全てです」
「ほな、部員を呼ぶべきや」
「うん、そうですよ。あの子らに訊けばわかることですよ」
「それがええ。そうしよ」
「小屋にいてるんやな」
堤が訊いた。
「堤先生」
工藤が呼んだ。
「はい」
「部員の子たちには、後日、私から訊きます」
「どうしてですか。今、呼んで訊けばええやないですか」
「いえ、こんな大勢の前で、あの子たちに話させるわけにはいきません」
「・・・」
「混乱するだけです」
「そうですか・・」
堤も確かにそうだと思った。
一旦は、個々で聞き取りをして、改めて会議で諮るべきだ、と。
「それでですね、処分が決定するまで、日置先生は自宅謹慎とします。無論、クラブ活動も中止です」
「あのっ!」
日置が口を開いた。
「なんですか」
「僕はそれで構いませんが、部は続けさせてくれませんか」
「あの子たちですか」
「はい。月末には近畿大会、来月にはインターハイがあります。あの子たちだけでも練習させてやってください」
「そうですか・・わかりました」
「ありがとうございます!」
日置は深々と頭を下げた。
そして会議は終わり、日置はそのまま学校を後にした。
一方、工藤は小屋に向かっていた。
ガラガラ・・
扉が開くと、彼女らはボールを打つ手を止めて工藤を見た。
「校長先生、どうしはったんですか」
阿部が訊いた。
「きみたちに報告があります」
「おいおい、先生よ、なに深刻ぶってんだよ」
「会議、終わったんですか?」
重富が訊いた。
「今日から、日置先生は自宅謹慎となりましたので、そのつもりで」
工藤は強張った表情で、そう言った―――




