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サーよし!2  作者: たらふく
305/413

305 日置の嘘




―――そして翌日。



日置はいつものように出勤した。

昨日、ドアノブを換えたことで、日置の心は幾分が整理できていた。

そして今日からは心を入れ替えて、近畿大会、インターハイに向けて卓球に打ち込もう、と。

教師として、生徒と向きう合おう、と。

無論、強がりではあったが、自分はやるべきことをやるだけだ、と。

一方で阿部ら四人は、小島が日置の部屋に寄って、問題は解決したであろうと勝手に思い込み、彼女らも近畿大会、インターハイ優勝を目指して気持ちを新たにしていた―――



「よーう、おめーら」


中川は今しがた教室に入った。


「おはようー」

「中川さん、おはよう~」

「おはよぉ~」


中川は阿部らの席へ走って行った。


「おめーら、聞いてくれるか」


中川は、ニコニコと笑い、やけに嬉しそうだ。


「なに?」

「どしたん」

「ふふ・・これさね、これ」


中川はそう言って、バッグを見せた。

そこにはキーホルダーが付けられてあった。


「これ、なによ」


阿部が訊いた。


「いいか!これは何を隠そう、大河くんとお揃いのキーホルダーなのであ~るっ」

「え・・」

「お揃いて、えっ、もしかして大河くんに貰ったん?」


中川が付けていたのは、大河にプレゼントしたのと同じキーホルダーだったのだ。

これは、「叩いて被ってジャンケンポン」で勝った時にもらったものだった。


「なんで大河くんがくれんだよ。いや、そりゃ欲しいぜ?」

「ほな、なによ」

「ゲームに勝っただろ。西島によ」

「ああ~」

「あの時のさね」

「へぇー、大河くんにあげたん、それと同じなん?」

「そうさね。ってことはだぜ、これゃぁ~運命ってもんさね。おめーら、くっつけよって、神様が言ってんだ」

「あはは、まあええんちゃう」

「中川さぁん、よかったなぁ~」

「おうよ、森上」

「ところでさ」


重富が言った。


「なんでぇ」

「給料・・びっくりしたわ・・」

「とみちゃん、それやん」

「私もぉ、びっくりしたぁ」

「あれだな、伊勢清風っつーのは、桁違いの太っ腹ってこった」


彼女らの報酬は、それぞれ一万円だったのだ。

労働時間は、丸一日にも満たない上、相手は高校生だ。

おまけに宿泊代も食事もタダである。

なんとも「ボロい」アルバイトだったのである。


「伊勢行ったら、絶対、あそこに泊まる」

「私も」

「私もぉ」

「そういや、みっちゃんに挨拶すんの忘れちまったな」

「あっ、一万円の中からさ、みっちゃんや、蓮川さんらに、大阪の土産買ったらええんちゃう?」

「阿部さん、それナイスアイデア」

「よーし、今度私らで行くか!」

「ほんまや~~インターハイ終わったら、みんなで行こ!」

「あはは、行こ行こぉ~」


と、このように彼女らは、無邪気に盛り上がっていた。



―――ここは、校長室。



一時間目の授業が始まってしばらくすると、校長は、とある人物から電話を受けていた。


「お待たせしました、工藤でございます」

「わたくし、桂山化学の久世(くぜ)と申します。突然のお電話で失礼いたします」


久世は、庶務課の課長である。


「はい」

「あのですね、おたくの日置先生のことなんですが」

「はい、日置ですね」


工藤は、卓球関係のことだと思った。


「実は、うちの社員旅行の宴席で新人歌手を装って入り込み、下手な歌を歌った挙句、そのせいで宴会はぶち壊しになったんですよ」

「え・・」

「おまけに、生徒に仲居までやらせて。おたくの教師は一体、どうなってるんですかね」

「生徒に仲居を・・?」

「そうです。女生徒を使って仲居をやらせていたんです」


工藤は俄かに信じられなかった。

間違っても日置がそんなことをするはずがない、と。


「あの・・失礼ですが、人違いではないでしょうか」

「まさか」


久世は、吐き捨てるように言った。


「でもですね・・うちの日置がまさかそんなことを・・」

「では実際、日置先生に訊かれたらよろしいんじゃないですかね」

「はい、そのようにしますが・・」

「ほんとは教員委員会へ報告するつもりだったんです」

「そうですか・・」

「いいですか、校長、武士の情けですよ」

「はい・・」

「二度と、こんな不祥事を起こさないよう、徹底させてください」

「わかりました」


工藤は半ば唖然としながら受話器を置いた。


日置くん・・今の話・・本当なのですか・・

いや・・きっと人違いです・・

日置くんに限って・・そんなこと・・



―――そして昼休み。



阿部ら四人は日置にお金を返すため、弁当も食べずに職員室に向かっていた。


「旅館のこと、ばれたらあかんから、私が呼んでくる」


阿部がそう言った。


「おうよ。じゃ、私らは校庭で待ってるからな」


そして阿部は職員室へ向かい、中川らは校庭に向かった。

職員室に入った阿部は、すぐに日置の席へ行った。


「先生」

「あ、阿部さん」

「あの、ちょっと来てください」

「どうしたの」

「ええから、来てください」


そして阿部と日置は校庭に向かい、ほどなくして中川らが待つ場所まで行った。


「よーう、先生よ」

「きみたち、昨日はどうだったの」

「午前中に仕事を終えてよ、まあ~いい経験させてもらったぜ」

「そうなんだね」

「私ら、給料も貰ったんです」


重富が言った。


「そうだったんだ、よかったね」

「それで先生、これお返しします」


阿部はポケットから封筒を取り出した。


「え・・これ払わなかったの?」

「宿泊代もタダにしてくれたんだよ」


中川はニッコリと笑った。


「そうなんだ・・なんだか、清風さんに申し訳ないね」

「いいんでぇ。また、何度も行けばいいのさね」

「うん、そうだね」


そして日置は封筒を受け取った。


「でよ、先生」

「ん?」

「小島先輩と・・ふふっ・・」

「なに・・」

「あの後、どうなったんでぇ」

「もうきみたちは、なにも心配することないよ」


日置はそう言って、いつものニコニコスマイルを見せた。

その表情で、彼女らは安堵していた。


「先生、よかったな」

「安心しました」

「結局、なんやかんやあったけど、作戦は成功ですね!」

「よかったですぅ」

「うん、きみたちのおかげだよ。色々とありがとう」


日置はそう言って頭を下げた。


「いいって、いいって。んじゃ、私ら弁当食うから」

「うん」

「放課後な~」


中川らは手を振って教室に戻って行った。


きみたち・・

ありがとう・・

でも僕は・・別れることにしたんだ・・

だから・・もう心配しなくていいよ・・


日置は思っていた。

彼女らに、これ以上心配をかけるわけにはいかない、と。

大事なあの子たちを、巻き込んではいけない、と。

ここは何も言わずに、時が過ぎるのを待てばいいんだ、と。


ここで中川らが「誤解は解けたのか」と訊いてさえいれば、問題はすぐに解決へ向かっただろう。

けれども一方で、誤解だとわかったとしても、日置は、ある拘りを抱えていたのだった。



―――ここは職員室。



「日置くん」


職員室に戻った日置を、工藤が呼んだ。


「はい」


日置は呼ばれて立ち上がった。


「ちょっと、来てください」


工藤は手招きをして、校長室へ入った。

日置も、ちょうどいいと思った。

なぜなら、旅館でのことを報告するつもりだったからである。

そして日置は校長室に入った。


「そこへ座ってください」

「はい、失礼します」


そして日置はソファに腰を落とした。

工藤は日置の正面に座った。


「訊きたいことがあるんですがね」

「僕もです。報告しなければならないことがあるんです」

「それは、なんですか」

「大変、お恥ずかしいことなんですが、実は、土日にかけて僕は生徒と一緒に伊勢へ行きまして」

「・・・」

「その際――」


日置がそこまで言うと「待ってください」と工藤が制した。


「私が訊きたいというのは、そのことなんですよ」

「え・・」

「実は、今朝、桂山化学の久世さんと仰る方から電話がありましてね」

「はい」

「きみが生徒に仲居をやらせた挙句、きみは歌手に扮して宴席をぶち壊したと。それは事実ですか」

「はい、事実です」


工藤は愕然とした。

本当だったのか、と。

なぜなんだ、なぜきみがそんなことを、と。


「きみ、どうしてそんなことを・・」

「全ては僕の責任です。お詫びのしようもございません」

「いえ・・なにかわけがあるはず。なにがあったのですか」

「僕の勝手な事情で生徒を巻き込んでしまいました」

「その生徒とは、誰ですか」

「生徒は関係ありません。悪いのは僕です」

「いやいや・・きみ、何を言ってるんですか」

「・・・」

「生徒の名を明かしなさい」

「生徒を処分しないとお約束してくださるなら、明かします」

「日置くん、冷静になりなさい」

「え・・」

「先方はですね、教育委員会に報告するつもりだったのですよ」

「・・・」

「そうなればですよ、きみの処分は免れません。生徒も事と次第によっては、処分もあり得るのですよ」

「はい・・」

「だから、言いなさい」

「校長」

「なんですか」

「僕はどんな罰でも受けます。でもあの子たちには、どうか及ばないようにしてくださいませんか」

「あの子たち・・と言いましたね」

「・・・」

「そうですか。卓球部員ですね」

「・・・」

「どうなんですか。はっきりと答えない」


日置はそう訊かれ、静かに頷いた。


「それで、なぜ部員を連れて伊勢へ行き、きみは歌手、生徒に仲居をやらせたのか、理由を答えなさい」

「はい、申します」


そして日置は、事の顛末を全て明かした。

けれどもその際、自分が考案し、生徒に手伝わせたと話したのである―――

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