303 先輩と後輩
―――その頃、小島らは。
結局、中川らを探すのを無理だと判断して、フロントへ向かっていた。
「すみません」
小島が男性に声をかけた。
「はい」
「あの・・日置慎吾という人が、泊まってると思うんですけど、部屋を教えて頂けませんか」
「日置慎吾さまでしたら、もうお帰りになられましたが」
「え・・」
小島は唖然としたまま、浅野と蒲内を見た。
「帰ったって・・どういうことですか」
浅野が訊いた。
「ええ・・なんでも急用ができたとかで」
「急用・・」
彼女らは、すぐに嘘だとわかった。
先生・・帰ったんや・・
きっと・・傷ついて・・
いたたまれんようになって・・
ああ・・どうしたらええねや・・
私のせいや・・
「あの」
浅野が呼んだ。
「はい」
「ここで見習いしてた高校生の子、いますよね」
「はい」
「その子らの部屋、教えて頂けませんか」
「大変失礼かと存じますが、見習いとはいえ、お客様のお部屋をお教えするわけにはまいりません」
「いや・・私ら知り合い、いや、あの子ら後輩なんです」
「後輩、ですか」
「はい。卓球部の後輩なんです」
「さようでございますか・・」
「お願いします。それこそ急用なんです」
「そう申されましても・・」
「あっ、そしたら、その子らの部屋に電話してもらえませんか」
「ああ・・はい、それでしたら承ります。お名前を頂戴できますか」
「浅野です」
「はい、お待ちください」
そして男性は、部屋に電話をかけた。
プルルル・・
「おい、電話だぜ」
「みっちゃんかな」
「よーし、明日の仕事のことだな」
そう言って中川が受話器を取った。
「隊長!明日、出陣ですか!」
「え・・」
「隊長~~!お疲れのご様子で。声が男になってますぜ!」
「いや、あのね」
「はいっ!」
「僕は、受け付けの者やけど」
「なにっ!これは失礼つかまつりました!」
「きみたちの先輩で、浅野さまがフロントへ来られてます」
「おおっ!そうですか!」
「そちらへ行って頂くけど、ええね」
「イエッサー!」
そして男性は部屋名を告げて、彼女らはそこへ向かった。
「あたま先輩、来るらしいぜ」
「おおっ、ほなら小島先輩も来るかな」
「当然だろうよ。こっちも訊きてぇことが山ほどあるってもんよ」
「っていうかさぁ・・もうカツラ、とらへぇん」
「あはは、それさね、森上よ」
そして彼女らはカツラを外した。
すると髪の毛は汗でぐっしょりになっていた。
「うわあ~~おめーら、海苔みてぇになってんぞ」
「中川さんかて、そうやで」
「明日も、これ被るんかあ・・」
「チビ助。もう面が割れてもいいんでぇ。だから化粧もしなくていいのさね」
「あっ、そうやった」
そして彼女らは、声を挙げて笑った。
「お邪魔します」
そこへ小島らがやって来た。
「おお、入ってくんな」
中川は立ち上がって襖を開けた。
すると小島、浅野、蒲内が姿を現した。
そして部屋に入るなり「先生、帰ったって知ってる?」と小島が訊いた。
「知ってらぁな」
「引き止めてくれたらよかったのに・・」
「まあまあ、座んなって」
そして小島らは、座卓の前に並んで座った。
「ご飯の途中やったんやな~ごめんな~」
「蒲内先輩、いいってことよ」
「遠慮せんと~食べてな~」
「中川さん」
小島が呼んだ。
「なんでぇ」
「なんで・・引き止めてくれへんかったん・・」
「ああ・・それだがよ。おい、チビ助、見せてやんな」
そこで阿部は手紙を小島に渡した。
浅野と蒲内も、なんの手紙かと覗き込んだ。
そして三人は、目を通した。
――阿部さん、森上さん、重富さん、中川さんへ。申し訳ないけど、僕は帰ります。封筒の中に宿泊代と交通費をいれておきますので、これで支払ってください。僕のために仲居までやってくれて、ほんとうに申し訳なかった。せっかくきみたちが考えてくれたことだったけど、失敗に終わりました。だからもう、僕のことは気にしなくていいから、仲居の仕事も終わりにして明日、帰りなさい。本当にごめんね。でもきみたちの気持ちは、とても嬉しかった。ありがとう。日置より。
手紙を読んだ小島らは、愕然とした。
日置は完全に傷ついている、と。
そして今回のことは、中川らが考えてやったことなんだ、と。
それでも俄かには信じられなかった。
なぜなら、日置はそんな「策」に乗るような人間ではないからだ。
しかも、近畿大会が目前のこの時期に、ある意味、練習をサボってのことだ。
「中川さん・・」
小島が呼んだ。
「なんでぇ」
「なんで・・こんなことになったん・・」
「なんでってよ、先生、めちゃくちゃ落ち込んでてよ。それより、こっちも訊きたいことがあるんでぇ」
「なに・・」
「先輩って、西島が好きなのかよ」
「は・・はあ?」
「聞くところによると、腕組んでたらしいじゃねぇか」
「・・・」
「一体、どういうことでぇ」
「話せば長くなるんやけど・・」
「そのことをよ、先生、めちゃくちゃ気にしててよ。でも私は言ったんでぇ。先輩は先生が好きなはずだ。腕を組んだのは、ケンカしたからだって。妬いてくれって言ってんだって」
「・・・」
「そうだよな」
「先輩」
阿部が呼んだ。
「なに・・」
「先生が歌ってきるとき、なんで出て行ったんですか」
「なんでって・・」
「あの曲、中川さんが寝ずに作ったんです。それを先生は練習して・・練習して・・」
「そうなんや・・」
「なんで最後まで聴かんかったんですか」
「チビ助、そのこたぁいいやな。で、先輩は、先生と西島、どっちを選ぶつもりだ」
「先生に決まってるやろ!」
「おっ・・」
「なんで私が西島さんのこと、好きってことになってるんや!」
「おいおい・・落ち着けって・・」
「うん、彩華、ここは落ち着こか」
浅野は小島の肩をポンと叩いた。
「あのな~これには、すごい誤解があってな~」
蒲内が口を開いた。
「誤解ってなんでぇ」
「彩華、言うた方がええで」
小島は「うん」と頷いて、事の始まりから詳しく説明した。
すると中川らは、その内容に絶句していた。
女子高生には、刺激が強すぎるぞ、と。
「で・・あれか。先生は、小島先輩が誤解したままってこと、知らねぇってわけだな」
「そやねん・・」
「っんなこたぁよ、誤解でしたって言えばいいじゃねぇか」
「うん・・わかってるんやけど・・私・・酷いことしたなと思てな・・」
「それは仕方ねぇじゃねぇか。このまま黙っとく方が、よっぽどいけねぇやな」
「うん・・」
「あっ、おめー、今から電話しな」
「電話って・・先生に?」
「たりめーさね」
「そやで、彩華。もう家に帰ってる時間やで」
「そうそう~彩華~それがええわ~」
「先輩、善は急げですよ!」
「そうそうぉ~話しするんがぁ一番ですぅ」
「ほらほら、先輩」
小島は彼女らに後押しされ、電話が置いてある場所へ移動した。
「ほ・・ほな・・かけるで・・」
「おうよ!」
「あんたら、あんまり聞かんといてや」
「なに言ってんでぇ、最後まで見届けるのが男ってもんよ」
「なに言うてんの・・」
「いいから、かけなって」
そして小島は日置の番号を押した。
プルルル・・
プルルル・・
その頃、日置は部屋でビールを飲んでいた。
けれども日置は無視していた。
そう、今は誰とも話したくなかったのだ。
けれども電話は鳴り続けていた。
そこで日置は電話のコンセントを抜いた。
ブル・・
「あれ・・切れた・・」
小島は受話器を見ていた。
「出なかったのかよ」
「途中で音が消えた・・」
「もっかいかけてみな」
「うん」
そして小島は再びボタンを押したが、今度は呼び出し音さえ鳴らなかった。
「あかん・・通じへん・・」
「さっきは、呼び出したんやろ?」
浅野が訊いた。
「うん・・でも途中で切れた・・」
「ということは・・部屋にはおるってことやん・・」
「嘘だろ・・コンセント抜いたってのか・・」
「やっぱり・・先生・・めっちゃ傷ついてはるんや・・」
小島はうな垂れた。
「彩華・・大丈夫やって」
浅野は小島の肩を抱いた。
「彩華~・・元気出して~・・」
蒲内は、小島の背中を擦ってやった。
「ったくよー、先生、なにやってんでぇ!電話くれぇ出ろってんだ」
「彩華」
浅野が呼んだ。
「なに・・」
「明日、帰る途中で、先生の部屋へ行ったらええやん」
「おうさね!その手があったぜ」
「私もそう思います。明日も練習は休みですし、先生、いてはりますよ!」
「先輩、そうですよ!」
「私もぉ、そう思いますぅ」
「うん・・そうしてみる・・」
「よーーし、決まったぜ!」
「中川さん」
阿部が呼んだ。
「なんでぇ」
「あんた、付いて行ったらあかんで」
「かぁ~~おめーよ、こちとら野暮なこたぁ一番きれぇなんでぇ」
「いや、あんたはわからん」
「うるせぇよ」
「あんたら・・」
小島が呟いた。
彼女らは黙ったまま、小島を見た。
「先生と私のために・・色々と考えてくれて・・仲居までやってくれて・・ほんまに、ありがとうな・・」
小島は泣いていた。
「先輩・・」
「あんたら・・ほんまにええ後輩や・・私は、めっちゃ幸せもんや・・」
「なに言ってんでぇ!兄弟分の間で、水臭せぇこと言いっこなしだぜ」
「兄弟分て」
浅野が笑った。
「私は、先輩に救われたんでぇ。今回の仕事は、むしろ当たり前のことさね」
「仕事て」
また浅野がそう言った。
「中川さんて~ほんまにヤクザみたいやなあ~」
蒲内がそう言うと、みんなは声を挙げて笑った。
「中川さん」
小島が呼んだ。
「なんでぇ」
「曲って・・どんなんなん・・?」
「先輩よ」
「なに・・」
「それは、先生に耳元で歌ってもらいな」
中川はいたずらな笑みを見せた。
「っんもう~~あんたは!」
「あははは、照れんじゃねぇって」
このように彼女らは、憩いのひと時を過ごしていたが、明日、小島が日置の部屋へ向かうと、また問題が発生する。
そのことは、まだ誰も知る由がなかったのである―――




