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サーよし!2  作者: たらふく
302/413

302 騒動のあと




―――その頃、日置は。



傷心を抱えたまま、難波へ向かう近鉄電車に乗っていた。

日置は真っ暗な車窓に、自分の顔が映っているのを見ていた。


お前は・・なんてバカなんだ・・

彩ちゃんの心には・・もう僕はいないんだ・・

それを・・あんな下手な歌で・・なにがどうなるっていうんだ・・

とんだ恥を晒したけど・・

これでもう・・なにも思い残すことはない・・


それに・・西島くんって・・

良さそうな人だったし・・

僕よりも若いし、きっと彩ちゃんを幸せにしてくれるはずだ・・

うん・・そうだよ・・

別れよう・・


「あはは、嫌やわあ~、ケンちゃん」


通路を挟んだ席では、若いカップルが楽しそうに話していた。


「なんでやの」

「だって~、私はハワイがええって言うてんのに~」

「いや、一生に一度やで」

「わかってるけど~そんな、ヨーロッパやなんて、贅沢やん~」


この二人は新婚旅行の話をしていた。


「だから、贅沢すんねやん」

「あかんあかん、生活のことも考えんと~」

「いや、僕はきみをヨーロッパへ連れて行きたいんや」

「なんでやの~」

「き・み・を」


ケンちゃんは、彼女の顔を覗きこんでそう言った。


「あはは、ケンちゃん、近いし~」

「あきちゃん」

「なに?」

「僕のこと、好き?」

「ケンちゃん・・他にもお客さんいてるんよ・・」

「ええやん、なあ~好き?」

「うん、好き」

「あきちゃぁ~ん」


ケンちゃんはあきちゃんの肩に、頭をもたげた。

日置は二人の様子を見て目を細めていたが、自分の立場を思うと絶望的な孤独感に苛まれていた。



―――一方、旅館では。



中川ら三人は、後片付けに大わらわだった。


「阿部さんは?」


みっちゃんが訊いた。


「あの子、トイレ長いんですのよ」


中川が答えた。


「そうなんや。ほら森上さん、重富さん、そっちが終わったら、ここもな」

「はいっ!」


彼女らは、客が食い散らかした残飯を、バケツに放り込んでいた。


「もったいねぇな・・全部食えよ・・」


中川は思わずこぼした。


「こらっ、中川さん!その言葉遣いはなに」

「はっ、隊長、申し訳ございません!」


中川はそう言って、また敬礼した。


「あはは、あんたはおもろい子やな」

「さあ~~頑張りますか!」

「ここが終わったらな、もう部屋に戻ってもええよ」

「えっ、そうなんですね!」

「こんな時間まで、なんも食べんと、お腹空いたやろ」

「それゃあ~もう、腹の虫がグーグー鳴ってらぁな」

「え・・」

「ああっ、お腹の虫さまが、鳴いてらっしゃいますのよ」

「あはは、さっ、あと少しやで」


それにしても・・チビ助・・遅すぎんじゃねぇかよ・・

なにやってんでぇ・・


その実、阿部は日置を思いやると切な過ぎて、トイレで泣いていたのだ。

先生がかわいそうだ、と。

あまりの「結末」に、今回の作戦は、間違っていたのではないか、と。


そして大広間に小島らが訪れた。


「あら、お客さま、何かお忘れ物でしょうか」


別の仲居が訊いた。

そう、中川らは、他の部屋を片付けていたのだ。


「あ・・いえ・・あの、見習いの仲居さんたちは、どこですか」


小島が訊いた。


「ああ・・あの方たちでしたら・・どこでしょう、探して参りましょうか」

「いえ、こちらで探します」

「さようでございますか。またご用があれば、なんなりとお申し付けください」

「はい」


そして小島らは部屋を後にした。


「どこやろな」


浅野が言った。


「ここ、めっちゃ広いし~探すん大変やで~」

「お嬢ちゃんたち~」


そこへ大久保と安住がやって来た。


「あ、大久保さん、安住さん」


浅野が返事した。


「こんなとこで、なにやってるの~」

「中川さんら、探してるんです」

「いやあ~それにしても今回の大芝居、びっくりしたわ~」

「事の真相を確かめたくて、探してるんです。それと先生も」

「それにしても、小島ちゃん~」

「はい・・」

「慎吾ちゃんと、よっぽどのことがあったんやね」

「はい・・」

「なにがあったの~言うてみ~」

「はい・・実は――」


小島は浅野らに説明したのと同じ話をした。

すると大久保も安住も、なんとも気の毒そうな表情になった。


「小島ちゃん」

「はい・・」

「その女性ね、朱花ママっていう人よ」

「え・・あやか・・」

「そう。小島ちゃんと同じ名前よ。字は違うけどね」

「そうなんですか・・」

「ママは、安永ってクラブで働いててね、私が最初に慎吾ちゃんを連れて行ったんよ」

「そうですか・・」

「ママの話はほんとよ。それは私が保証する」

「・・・」

「せやから~慎吾ちゃんと仲直りして~」

「でも・・先生にあんなことさせて・・私もう・・どうしたらええんか・・」

「大丈夫よ~慎吾ちゃんなら、わかってくれるわ~」

「・・・」

「それに、今度のことは、小島ちゃんが誤解するのも無理ないわ~」

「・・・」

「だから~見てたってことを話せば、きっとわかってくれるわ~」

「はい・・」

「おちおちしてたら、私が奪うわよ~」

「それは地球がひっくり返っても無理やと思います」


安住はまた余計なことを言った。


「安住っ、あんたうるさいねん!」


大久保は安住の頭をパーンと叩いた。


「もう~~また!」

「自業自得よ~」

「それで、僕らどこで寝るんですか!」

「あんたは外よ~」

「なんでですか!」

「あの、ほなら私ら行きますね」


浅野は、また始まったと思った。


「わかったわ~」


そして彼女らは、この場を後にした。



―――一方、中川らは。



片付けも終わり、阿部を探していた。


「ったく、チビ助、どこ行ったんでぇ」

「広いからぁ迷ってるんかなぁ」

「いや、あいつは宴会の途中、先生を迎えに部屋へ行ってんだ。だから迷うのはおかしいぜ」

「そやな・・どこ行ったんや・・」


するとそこへ、阿部がシュンとしながら、姿を現した。


「ああっ、いたっ!」

「千賀ちゃぁん!」

「阿部さん、どこ行っとったんや!」


三人は阿部に駆け寄った。


「おめー、どこ行ってやがったんでぇ」

「千賀ちゃぁん、どしたぁん」

「阿部さん・・?」

「ううっ・・ううう・・」


阿部は彼女らの姿を見て、また泣き出した。


「おいおい・・チビ助、どうしたってんでぇ」

「あっ・・あのな・・先生・・ううっ・・」

「先生がぁ、どうしたぁん」

「阿部さん、泣かんと」

「先生・・帰ってしもたんや・・ううっ・・」

「えっ!帰ったって、それほんとなのかよ!」

「うん・・」

「おめー、なぜ引き止めなかったんでぇ」

「もう・・おらんかってん・・」


そこで阿部は、手紙と封筒を見せた。


「これ、なんでぇ」

「置手紙・・」

「なにっ!」


そして中川は手紙を受け取り、重富も森上も一緒に読んだ。


「なんだよ、これ・・」

「先生・・辛かったんやと思う・・」


重富が言った。


「先生ぇ・・なんて悲しい手紙なぁん・・」

「もう・・帰っちまったもんは仕方ねぇやな・・」

「私ら・・どうしたらええんや・・」

「重富よ」

「なに・・」

「私らはここで働くと約束したんだ。明日もそうするぜ」

「ええ・・ほんまに?」

「ああ・・桐花の名を汚すわけにはいかねぇ」

「でも・・校名は知られてないと思うけど・・」


日置が校名を口にした時は、桂山の者たちしかいなかった。


「っんな、万が一ってこともあらぁな」

「そやな。確かにそうや」

「私もぉ賛成ぇ」

「チビ助、おめーもだぜ」

「うん・・」

「みっちゃんがよ、部屋に食事の用意がしてあるって言ってたぜ」

「ほな、部屋に行こか」


そして彼女らは部屋へ向かった。

ほどなくして部屋に到着して中へ入ると、客に出すのと同じ料理が用意されてあった。


「うわあ~~すげーじゃねぇかよ!」

「ほんまや!刺身の船盛もあるやん!」

「天ぷらもあるぅ~」


彼女ら三人は、すぐに座卓の前へ移動した。


「おい、チビ助、なにやってんでぇ」

「千賀ちゃぁん、座ろぅ」

「阿部さん、ほら、ここおいで」

「うん・・」


そして彼女らは、中川と森上、阿部と重富がそれぞれ横に並んで座った。


「チビ助、おめー、元気出せよ」

「なあ・・」


阿部が口を開いた。


「なんでぇ」

「小島先輩さ・・」

「うん」

「先生の歌、聴かんと・・なんで途中で出て行ったんやろ・・」

「ああ・・それさね・・」

「なんかさ、酷くない?」


阿部は語気を強めた。


「私の思い違いだったのかねぇ・・」


中川がそう言った。


「それ、私も思た。先輩、西島さんのことが好きなんちゃうかな」


重富が言った。


「かもしんねぇけどよ・・私はまだ信じられねぇんだ」

「なにが」

「先輩は、ぜってー先生が好きなはずなんだ。あの話しぶりは、ぜってーそうだった」


中川は、公園でのことを言った。


「っんなよ、西島如きを好きになるはずがねぇんだ」

「なんか・・わけがあるんかなあ・・」

「ま、考えてもしょうがねぇやな。食おうぜ」

「そやな。もうお腹ペコペコやし」


そして彼女らは「いただきます」と言って箸を手にした。

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