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サーよし!2  作者: たらふく
300/413

300 一発逆転の時




日置が姿を現したと同時に、森上は大久保と安住の肩に手を置いて、「声を挙げるんじゃねぇぜぇ・・」と耳元で囁いた。

そして阿部と重富も、浅野と蒲内の肩に手を置いて「静かにしろ・・声を挙げるんじゃねぇ・・」と囁いた。


すると大久保も安住も、浅野も蒲内も振り向いて唖然としていた。

なんなんや、と。


「大久保さん・・安住さん・・私ぃ、森上ですぅ」


大久保が叫びそうになると、森上は慌てて大久保の口を塞いだ。


「なにやってんねや・・」


安住はそう言うのが精一杯だった。


「すみませぇん・・これにはよんどころなきぃ、事情がありましてぇ」

「事情て・・」


そこで森上は大久保の口から手を離した。


「森上ちゃん・・どういうことなの・・」

「お願いしますぅ、ここは黙って見ててくださいぃ・・」

「うん、わかったわ。安住、あんたも黙っとき」

「はい・・」


そして浅野も、重富を唖然として見ていた。


「先輩・・私、重富です・・」

「えっ」

「しーっ・・ここは、声を挙げんといてください・・」

「ちょ・・これ・・なんなんよ・・」

「よんどころなき事情がありまして・・」

「よんどころなき・・て・・」

「お願いします・・ここは黙って見ててください・・」

「それに・・先生も・・なにやってんねや・・」

「あとで説明します・・」

「意味・・わからん・・」


狐につままれたような浅野だったが、ここは「事情」を察して重富に従った。


そして蒲内も阿部を見て絶句していた。


「先輩・・私、阿部です・・」

「えっ」

「お願いします・・よんどころなき事情がありまして・・ここは黙って見ててくれませんか・・」

「あ・・あ・・阿部さんなん・・」

「そうです・・」

「な・・なんで・・」

「あとで説明します・・」


そして浅野と蒲内は顔を見合わせて、重富と阿部を改めて見ていた。

ここで驚いたのが小島である。


先生・・

なにやってんや・・

っていうか・・これ・・なんなん・・


そして西島も驚いていた。

小島の彼氏じゃないか、と。

なぜ、ここにいるんだ、と。

新人歌手って、なんなんだ、と。


「えー、改めてご紹介します。新人歌手の、岩窟屁太郎さんです!」


中川が日置を紹介した。

けれども、この場の者は目が点になっていた。

なぜ、ジャージなんだ、と。

歌手ならせめて、スーツだろう、と。


「きゃ~~岩窟さん、かっこええわ~~」

「名前と正反対やん~~」

「素敵~~私、ファンになったわ~」


女性らからは、このような声が挙がっていた。


「ジャージって、なんやねん」


一人の男性がそう言った。


「あああ、お客さま、それはですね、衣装を忘れましてね」


中川は慌てて答えた。


「マネージャーは、どしたんや」

「岩窟さんはですね、新人なもので、まだマネージャーはついてないのでございますのよ」

「へぇ」

「ああっ、岩窟さん、ささっ、みなさまにご挨拶を」


すると日置は、戸惑いながら口を開いた。


「岩窟屁太郎です・・」

「ささっ、みなさま、大きな拍手をお願いします!」


そこで阿部ら三人は「よーーーっ岩窟さん!」と言って、拍手をしていた。

すると他の者も、つられて拍手をしていた。

とくに女性陣は、「きゃ~~岩窟さーーん」と叫んでいた。


「屁太郎ちゃ~~~ん、素敵よ~~~」


大久保は日置を後押しした。


「そやそや、岩窟さん!ジャージでもええですよ!」


安住もそう言った。


「ありがとうございます、ありがとうございます。岩窟でございます。岩窟、みなさまに最後のお願いにやって参りました!」


中川は、何の反応もしない日置に代わって、手を振って応えていた。


「あはは、選挙か!」

「川中さん、やっぱりおもろいわ!」

「さて、岩窟さん、今宵、歌っていただけるのは、なんという曲でございますか」

「同じ道・・です」

「あらまあ!なんて素敵なタイトルじゃございませんか。それでは準備いたしますので、お待ちくださいませ」


小島は思っていた。


先生・・

歌て・・なんなん・・

最も苦手な分野やん・・

しかもこんな大勢の前で・・

信じられへん・・

ほんま・・どういうことやねん・・


「蒲ちゃん・・」


浅野が呼んだ。


「なに・・」

「やっぱりあの人・・中川さんやったやん・・」

「ほんまやな・・」


中川は、カラオケセットにカセットテープを挿し込み、日置にマイクを渡した。

テープには、中川のピアノ演奏が録音されているのだ。


「それでは、岩窟屁太郎、渾身のデビュー曲であります、同じ道。みなさま、どうぞお聴きくださいまし」


そして中川は再生ボタンを押した。

すると、とても優しい音色の前奏が流れた。

日置の顔は引きつっていたが、もう後へは引けない。

そして日置は小島に目を向けた。


「ねぇ彩ちゃん・・僕を見つめたまま・・大切なことを・・聞いてほしいんだ・・」


日置の歌は、まさに棒読みだ。

小島らは、日置の下手さを知っていたが、他の者はあまりの歌唱力に唖然としていた。

どこが歌手なんだ、と。


「それはなに?」


この部分は、中川が歌った。


「慌てなくていいよ・・きみと僕との・・愛の物語さ・・」


大久保と安住は、ある程度の事情を知っているため、日置の心情を想うと胸が張りさけそうになっていた。

一方で浅野と蒲内は、理解不能だった。

この歌詞は、明らかに小島に向けてのものだ。

それをわざわざ、なんで、と。

しかも岩窟屁太郎などという、怪しげな新人歌手を装ってまで、と。


「あの日のきみは・・小さな肩を震わせて・・僕の胸に顔を埋めていた・・」


小島は思わず日置から目を逸らした。

なにをしらじらしく歌ってるんだ、と。

女性と二人でここに泊まっているくせに、なんなんだ、と。


「やっとお互い・・素直になれたこと・・憶えているかい?」


すると小島は立ち上がって、部屋から出て行った。

日置は小島を目で追いながら、呆然としていた。

曲はまだ続いているのだ。

けれども日置は次の歌詞を歌えなかった。

そして浅野と蒲内は、慌てて小島を追いかけた。


「岩窟さん・・岩窟さん・・」


中川が呼んだ。

日置は中川に目を向けた。


「続き・・いやっ、もういい」


中川は小島がいないと無意味だと判断し、停止ボタンを押した。


「おいおい、どしたんや!」

「それで終わりか!」

「へったやのう~~」

「そんなん言わんといてくださいよ、岩窟さん、素敵ですやん!」

「そうやそうや。歌唱力なんて、ええですやん!」


男女の間で言い争いが始まっていた。


「みなさま、みなさま、お静かになさいませ!」


中川が叫んだ。


「ちょっと、川中さん、なんやねんこれ」

「申し訳ございません。岩窟、緊張しておりまして」

「しょーもないのう!」

「ほんまや。王様ゲーム、やろうぜ!」

「そやそや、割り箸、割り箸や!」


おのれ・・野獣どもめ・・

まだ言いやがるか・・


「おめーら、いい加減にしやがれってんだ!」


中川は突然叫んだ。

するとこの場の者は、唖然として中川を見ていた。


「さっきから聞いてりゃ、王様ゲームを連呼しやがってよ!っんな、くっだらねぇクソゲームなんざ、てめーら男どもでやりやがれってんだ!」

「きみ、なんや、その無礼な態度は!」

「けっ。無礼もへちまもあるかよ!女性は嫌がってんだ!このスケベ野獣どもめ!なんなら、私が相手になってやんぞ!」

「中川さん、もう止めなさい」


日置が止めた。


「みなさん、お騒がせして申し訳ありませんでした」


日置はみんなに向かって深々と頭を下げた。


「どういうことやねん!」

「これ、なんなんや!」

「岩窟さんを責めんといてよ!」

「川中さんの言う通りですよ!王様ゲームなんか嫌です!」


また男女の間で言い争いが始まった。

そこで大久保が立ち上がった。


「あんたら!醜い言い争いはそこまでにしぃや!」


大久保がそう言うと、この場は静まった。


「私らは天下の桂山の社員やで!恥ずかしないんか!」

「虎太郎・・」


日置が呼んだ。

大久保はそのまま日置に目を向けた。


「僕の責任だ。申し訳ない」

「なに言うてるんよ」

「みなさん、せっかくの懇親会を台無しにしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。私は日置慎吾と申しまして、教師をやっております」

「なに~~~!教師!」

「教師たるものが、なんちゅう所業や!」

「なにが岩窟屁太郎やねん!」

「言い訳は致しません。心よりお詫びいたします」


日置はそう言って、この場で土下座をした。


「おいおい、先生よ、やめてくんな!全ては私の責任だ」

「先生~~!」


阿部も重富も森上も、日置の元へ駆け寄った。


「慎吾ちゃん、そんなんやめて!」

「日置さん!」


大久保と安住も日置に駆け寄った。

日置の土下座には、さすがに誰も口を開けなかった。


「先生よ、頼むから止めてくれ・・」


中川は日置を立たせようと必死だ。

そして阿部らも手を貸した。


「慎吾ちゃん・・お願い・・やめて・・」

「日置さん・・顔を上げてください・・」

「ちょっと、あんたら!」


大久保が他の者に向けて叫んだ。


「もうええんと違う?文句あるやつは前に出て」

「いや・・文句なんか・・」

「うん・・別に・・」

「土下座なんて・・なあ・・」

「日置さん、でしたか」


庶務課の課長が口を開いた。


「はい・・」


日置はまだ頭を下げたままだ。


「もう結構ですから、立ってください」


すると日置は、ゆっくりと立ち上がった。


「なにがあってこんなこと仕組んだんか知りませんけど、あなた、教師ならやっていいことと悪いことの分別はつきますよね」

「はい・・」

「学校はどちらですか」

「桐花学園です・・」

「桐花・・うちから近いな・・」


誰かがそう呟いた。


「このことは校長に報告しますので、そのつもりで」

「はい・・」

「ちょっと待ってよ、課長~」


大久保が口を開いた。


「なんやねん」

「そらね、私らかて、びっくりしたわよ。せやけど、大した問題でもないやないの」

「いや、大した問題やろ」

「慎吾ちゃんの人柄は、私が一番よく知ってるの。ここは、目を瞑ってほしいわ~」

「きみ、どうやら知り合いみたいやけど、これは見過ごすわけにはいかん」

「課長・・」


そこで、西島が口を開いた。


「なんや」

「もう、ええやないですか」

「きみまでなに言うてんねや」

「別に犯罪を犯したわけやないですし、生徒のこの子らも仲居にまでなって・・」


西島は小島と日置の「不仲」を知っている。

おそらく日置は小島に未練があり、今回のことを仕組んだに違いない、と。

けれども中川を初め、彼女らの行動は、日置に命令されてやったとは思えない。

これには、なにか特別な事情があるのだろう、と。


「お気遣いには及びません」


日置がそう言った。


「僕、自ら校長に報告します」

「慎吾ちゃん・・」

「先生・・」

「本当に申し訳ありませんでした」


日置はそう言って部屋を出て行った。


一方で小島は、トイレで泣いていた。


「彩華、なにがあったんよ」

「これって・・なんなん~」


浅野と蒲内は、小島の横で謎だらけの「事件」に困惑していたのである―――

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