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サーよし!2  作者: たらふく
30/413

30 解けた誤解




―――その頃、小島は。



はあ・・

もう、先生に嫌われてしもたな・・


日置のマンションを出た後、行く当てもなく「ミナミ」の街をうろつき、そこから天王寺へ移動して、今は茶臼山公園のベンチに一人で座っていた。

六月といえども、夜は冷える。

肌を露出した小島の体は、冷たくなっていた。

腕時計を見ると、時間は十時半になっていた。


そろそろ帰らな・・お母さん、心配するしな・・


そして小島が立ち上がろうとした時だった。


「お嬢さん、ここでなにしてるん?」


スーツを着た、上品そうな中年の男性が小島に声をかけた。

小島は、少し戸惑ったが「いえ・・別に」と答えた。


「僕、ここ帰り道で、偶然通りかかったんやけどね」

「そうですか」

「こんな遅い時間に、若い子が一人やなんて、危ないよ」

「もう帰りますから」

「なんか、悩みでもあるんやったら、聞いたげるよ」

「いえ、結構です」


そして小島は立ち上がり、公園の出入り口に向かおうとした。


「ちょっと、待ちぃな」


男性は小島の腕を掴んだ。


「なにするんですか!」


小島は手を振り払おうとしたが、男性の力には適わなかった。


「そう言わんと。僕がええとこ連れて行ったるよ」

「や・・止めてください!」

「えらい色気のある服着て。実は、ここで「客」を待っとったんとちゃうの」

「なっ・・離して!」

「ええやん。払うもんは払うって」


そこで小島は、靴で男性の足を蹴った。


「痛っ!なにすんねや」

「このスケベジジイ!」


小島は、もう一発蹴った。

ヒールで足を二度も蹴られた男性は、「ふんっ、尻軽女!」と捨て台詞を吐いて去って行った。


小島は、あまりにも惨めだった。

自分は一体、なにをやってるんだ、と。

こんな服を着て、派手な化粧もして、挙句には売春婦と間違われた。

日置のためと思ってやったことが、なんなんだ、これは、と。


そして今では、その日置にさえ嫌われる始末だ。

日置は、自分から離れて別の彼女の元へ行き、捨てられた私は何者なんだ、と。


そこで小島は、座り込んで泣いた。


もう・・明日から・・どうやって生きていけばええんや・・

ああ・・そう言えば・・森上さんのバイト・・私がせなあかんねやった・・

そんなん・・無理やん・・

卓球かて・・もう・・

ううっ・・うううう・・

先生・・


「先生、ここに来てると思います?」


遠くから浅野の声が聴こえた。


「おそらく。小島さんと一度来たことがあるんだよ」


そして日置の声も聴こえた。


「ほな、手分けして探しましょか」

「でも、もう遅いし、きみ一人だと危険だから、一緒に探そう」

「わかりました」


え・・先生と、内匠頭・・

私を探してここに・・


けれども小島は、自分の惨めな姿を見せたくなかった。

そして木の陰に身を隠した。


「彩華~~!いてたら返事して!」

「小島!小島!」


けれども辺りはシンと静まり返っている。


「彩華~~~!」

「小島~~!」


やがて二人は、小島の近くまで来た。


「返事がないですね・・」

「僕の見当違いだったのかも・・」

「先生、どうします?」

「行くところか・・学校はどうかな」

「ああ、確かに。彩華やったらそうかもしれません」

「じゃ、学校へ行こう」


そして二人は、出入り口に向かって走り出した。


学校へ・・

今から・・

ちゃう・・学校にはいてない・・


「内匠頭!」


そこで小島は木陰から出て、浅野だけを呼んだ。


「えっ」


日置と浅野は立ち止まって振り返った。


「彩華!」

「小島!」


二人は慌てて引き返し、小島の元へ行った。


「彩華!あんた、こんなとこでなにやってるんよ!」

「小島!」


日置は思わず、小島の頬を叩いた。

小島の目は、マスカラが剥がれて、真っ黒になっていた。

浅野は日置が叩いたことで驚いてはいたが、日置の気持ちは十分わかった。


「きみは、一体、なにをやってるんだ!」

「・・・」

「彩華、今回のことな、全くの誤解やねんで」

「え・・」


小島は力のない目で、浅野を見た。


「誤解か何かしらないけど、そうだとしても、なんだ、きみの行動は!」

「・・・」

「浅野さんや、みんなにこれだけ心配かけて、恥ずかしいと思わないのか!」

「先生、彩華に話をします」


浅野は日置を制するように言った。

そして日置は、一旦、口を閉じた。


「あのな、彩華」

「・・・」

「あんたが心配してたこと、全部誤解やねん」

「・・・」

「あんたがな、先生の家におった時、女の人から電話がかかってきたやろ?あれな、加賀見先生や」

「え・・」

「ほんでな、あんたが先生に電話した時も、加賀見先生と話してはったんや。それに、朝もな、あれは朝練やったんや」

「う・・そ・・」

「写真立ての礼は、先生、学校で問題抱えてはって、失念しただけでな。その問題いうんが、えらいことで、桐花の子らが他校の男子に脅されて、それを解決するために出向いたんや。その時に、そとちゃんが先生と、加賀見先生を見たってわけや」

「そ・・そんな・・でも・・なんで加賀見先生が一緒に・・」

「脅されてた子の、担任やからやん」

「・・・」

「だから、単に連絡の行き違いいうんか、それだけのことやったんやで」

「そ・・そんな・・」


小島は、日置の顔を見ることができなかった。


「きみさ」


日置が口を開いた。

小島は下を向いたままだ。


「今後も、自分勝手に誤解したり、その挙句は、こんなことするの」


日置の話しぶりは、とても冷たかった。


「どうなんだよ」

「まあまあ・・先生」


浅野は少し冗談めいた言いぶりをした。


「今の彩華は、答えることはできません」

「だってさ・・」

「無理ですって。一旦、頭を冷まして、それからです」

「まったく・・なにを考えてるんだ」

「先生、彩華も無事、見つかりましたし、私が彩華を送って行きますんで、先生は安心して帰ってください」

「わかった。浅野さん、頼むね」


日置はそう言って、この場を去った。


「内匠頭・・」

「もうええやん。これで解決」

「そやけど・・私・・とんでもないことを・・」

「もうやったもんはしゃあない。それより今後やん」

「そやけど・・」

「さて、帰ろか」

「でも私・・これでほんまに嫌われたかも・・」

「あはは、ないない」

「なんでやの・・」

「先生な、彩華を探し回ってる時、もう死にそうな顔してたんやで」

「え・・」

「どこ行ったんだ・・どこなんだ・・言うてな」

「・・・」

「だから嫌われてない。でもな、今後は、気ぃつけんと、ほんまにそうなってしまうで」

「・・・」

「見た目の大人より、気持ちが大人にならなな」

「ううっ・・ううう」


また小島は泣き出した。


「あんた、上野動物園行った方がええで」

「ううっ・・なんでよ・・」

「パンダやん」

「もう・・内匠頭は・・」


そこで浅野はポケットからハンカチを取り出した。


「ほら」


そして小島に渡した。


「ありがとう・・」


小島はそれで涙を拭った。


「あははは」

「なんやの・・」

「目だけやなくて、顔が真っ黒やで」

「え・・ほんま?」

「どうやって、電車乗るんよ」

「うわ・・どうしょう・・」

「ま、ええやん。ほな帰ろか」


小島は思った。

日置に、誠心誠意、詫びよう、と。

そして二度と、勝手に決めつけたりしない、と。

なにかあれば、必ず話をしよう、と。


そして小島は、次の日から化粧も服装も元に戻した。

小島を見た彼女らも、胸をなでおろしていた。


「みんな、ごめんな」


練習前、小島は彼女らに詫びた。


「いや、こっちこそ、一旦は、けしかけるようなことして、ごめんやで」

「ほんまや。今度先生に会うたら、謝らなあかん」

「彩華~よかったな~」

「これでまた、練習、頑張れるな」


彼女らは口々にそう言っていた。

そして小島は、大久保の元へ行った。


「大久保さん」

「なにかしら~」

「昨日は、すみませんでした」

「ううん~もうええのよ~」

「練習、頑張りますので、よろしくお願いします」

「はいはい~こちらこそよ~」


そして小島は、遠藤や、他の部員たちにも詫びた。

もちろん、安住や高岡にも詫びた。


こうしてすっかり誤解は解けたが、日置と話すことが、まだ残されていた。

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