3 バレー部に入部
―――ここは一年三組。
「おい、森上」
同じクラスの、中尾律子が、森上の席へ行き、偉そうに呼んだ。
他にも木元由美、石川典子も一緒にいた。
この三人は同じ中学から来た友人だ。
そしてクラスでは、早くも「はば」を効かせる存在になっていた。
「なにぃ」
森上には、まだ友達がいなかった。
森上は、席に座って本を読んでいた。
「なんやねん、そのダサイ喋り方」
「・・・」
「あんたさ、パン買うて来てや」
次の授業が終わると、昼休みだ。
「えぇ・・」
「私らな、弁当持って来てないねん。だから昼休みになったら売店行って買うて来ぃや」
「そんなん・・自分で行ったらええやん・・」
「うるさいねん、言うこと聞かんと、えらい目にあわせるで」
この三人は、入学当初から森上に目をつけていた。
いわゆる「パシリ」にさせようと、決めていたのだ。
森上は、小学生から、それほど酷くはないにせよ、いじめを受けてきた。
無視される、といったようなことはなかったが、その見た目をからかわれ続けたのだ。
「森上、わかったんか」
「うん・・」
「よし、それでええねや」
三人のリーダーは中尾だった。
この中尾は気が強く、小学生の時からいじめをやっていた。
そんな中尾は、日置がお気に入りだった。
一目見た時から、熱をあげたのだ。
森上は思った。
日置が自分を卓球部に誘ったことを中尾が知ると、もっと酷いことをさせられるのではないか、と。
ある程度、入部に傾きかけた森上の心は、今しがたの「事件」をきっかけに、止めておこうと考えたのだ。
森上にすれば、特に卓球に拘っているわけではないし、入部を諦めるのも、何でもないことだった。
―――そして昼休み。
森上は、三人分のお金を持って、食堂の売店にいた。
「あ、森上さん」
日置が声をかけた。
「あぁ・・先生ぇ」
「きみも、パンなんだね」
「あぁ・・はいぃ・・」
「僕も、いつもここで買うんだよ」
そう、日置は菓子パンばかり食べている。
「日置先生~~」
「きゃ~~日置先生やわあ~」
このように、他の女生徒からも黄色い声が挙がっていた。
特に新入生はそうだ。
在校生は、いくらアタックを仕掛けても、全く意に介さない日置を知っている。
今しがた黄色い声を挙げたのは、一年生だった。
「あんたら、日置先生は、ひおきんっていうあだ名があるねん」
二年生の一人が言った。
「ええ~そうなんですね~ひおきん~~」
「きゃ~笑ってはるわ~ひおきん~」
その間、森上は三人分のパンを買っていた。
「森上さん、それ全部食べるの?」
「あぁ・・はいぃ」
「たくさんだね」
「はいぃ・・」
「それより、考えてくれた?」
日置は入部のことを訊いた。
「あぁ・・私ぃ、やっぱり止めときますぅ」
「え・・そうなの?」
「私ぃ・・家の手伝いせなあかんのですぅ」
「そうなんだ・・残念だなあ」
「すみませぇん」
そう言って森上は、この場を去った。
そっか・・お家の事情なら・・仕方がないな・・
日置は残念に思ったが、諦めることにした。
ところがである。
この二日後、森上はバレー部に入部したのだ。
森上の意思を聞いた堤は、「やったぞ!」と言って、大喜びしていた。
そして日置にも「聞いてくれるか!三組の森上な、うちに入ったんや!」と話していた。
日置は、おかしいな、と思った。
なぜなら、バレー部も遅くまで練習する。
家の手伝いというのは、嘘だったのか、と。
というより、卓球には興味がなかったんだと悟った。
森上がバレー部に入部した理由はこうだ。
森上は、他の文化部もあたったが、部員たちはいずれも歓迎してくれなかった。
けれどもバレー部であれば、もろ手を挙げて堤はもちろんのこと、部員も森上の入部を歓迎したのだ。
「うちのエースアタッカーだ」と。
そう、森上は自分の居場所を求めたのだ。
そして理由はもう一つあった。
同じクラスに佐田温子という、バレー部員がいたからだ。
これでクラスでも孤立しなくて済むし、なにより中尾らの嫌がらせを受けないで済むというわけだ。
実際、森上がバレー部に入って以後、中尾らからの嫌がらせはなくなるのである。
―――この日の放課後。
「今日から本格的に練習に参加する、森上や。未経験やけど、磨けば絶対にうちのエースになる。みんな、よろしく頼むで」
堤は練習前に、部員に向けてそう言った。
堤は体育教師でもある。
そんな堤は、森上の身体能力を早くも見抜いてたのだ。
「はいっ!」
「森上、挨拶せぇ」
「森上ですぅ。素人ですけどぉ、よろしくお願いしますぅ」
そこで拍手が起こった。
森上は、自分を必要としてくれる人がいることに、嬉しさを感じていた。
そう、こんな経験は初めてだ、と。
そんな森上も、最初は順調だった。
教えられたことは、直ぐに呑み込み、堤の想像をはるかに上回る成長ぶりだった。
けれども森上は、レシーブが苦手だった。
というより、飛んでくるボールが怖いのだ。
サーブやトス、アタックの練習は新入部員の誰よりも抜きんでていたが、レシーブとなるとボールから逃げるのである。
「森上!逃げとったらお前ばっかり狙われるぞ!」
堤は、試合のことを言った。
「はぁいぃ」
「怖いのは最初だけや!すぐに慣れるから、逃げたらあかん!それ、行くぞ!」
堤は台の上からネット越しに、ボールを叩き落とした。
それでも森上は、逃げた。
「森上さん!逃げたらあかん!」
「怖ないよ!」
「向かって行かな!」
上級生から檄が飛んだ。
それでも森上には無理だった。
「うーん、どうしたもんかな・・」
堤は困惑していた。
「先生」
キャプテンの岡島が堤を呼んだ。
「ネットからのアタックは、きついと思いますんで、私が相手します」
「ああ・・確かにそうや」
そう、堤は先走りしていたのだ。
一日も早く森上をエースに育てるため、しかも森上の目を見張るような上達ぶりの前で、本来ならば対面で打つべきを割愛していたのだ。
「森上、おいで」
岡島が呼んだ。
「はいぃ」
そして二人は分かれて対面になった。
「私が打つから、逃げたらあかんよ」
「はいぃ」
そして森上はレシーブの構えをした。
森上・・その構えだけ見たら、とっくに経験者やのに・・
岡島は、比較的緩いボールを打った。
バシーン!
また森上は逃げた。
「今のは、きつないよ」
「はいぃ」
岡島は、何度もボールを打ち続けたが、森上がレシーブすることはなかった。
そして来る日も来る日も、森上への特訓は続いたが、事態が好転することはなかった。
森上は、レシーブどころか、練習そのものに意欲をなくしていった。
そう、楽しくないのだ。
「森上」
堤が呼んだ。
「お前、ちょっと休め」
「え・・」
「このまま続けても、無理や。そんな時は休むんが一番や」
「すみませぇん」
「でも、辞めることは許さんからな。将来、お前が桐花バレー部を引っ張って行くんや」
そしてこの日を境に、森上は部を休んだ。
当初、森上が友達だと思っていた佐田は、「ボールから逃げる弱虫」という森上を励ますどころか、口も利かなくなっていた。
そして再び森上は、中尾らの標的になったのである。