299 岩窟屁太郎
そして前方に移動した中川は、桂山の者らに一礼した。
「みなさま、今宵はお楽しみいただいているようで、わたしくどもも大変嬉しゅうございます」
中川は、また甘い声でそう言った。
「お姉さん、年、なんぼや!」
男性が訊いた。
「八十六でございます」
中川がそう言うと「ええええええ~~~~!八十六!」と驚きの声が挙がった。
「おほほ・・それを二で割ってください」
「そらそや!いくらなんでも八十六て!」
「な、このお姉さん、おもろいんや」
先ほどの男性がそう言った。
「仲居さん」
西島が呼んだ。
「はい」
「ゲームはご存知ですか」
「ええ・・もちろんですわ」
「では、お名前をどうぞ」
なぬっ・・名前だと・・
そこまでは考えてなかったぜ・・
そうだな・・えっと・・
「川中でございます」
中川は、自分の苗字を逆に言った。
「川中さんですね。では、相手は――」
西島は、誰をあてようかと見回していた。
「あの」
中川が西島を呼んだ。
「はい」
「わたくし、お客さまがよろしいですわ」
「え・・僕ですか」
「ええ」
「僕は、進行係なので、参加はしてないんですよ」
「そう仰らずに。だってお客さま、素敵なんですもの」
「おう、そやそやーー西島、行けーー!」
「お前は、ほんまにモテるのう!憎たらしいやっちゃで!」
「ここで行かんかったら、男とちゃうでーー!」
「西島ちゃ~~ん、ファイトよ~~」
大久保も叫んでいた。
西島はみんなからそう言われ「ほな、僕、行きます」と答えた。
小島は気の毒そうに見ていたが、ここは従うことにした。
そして中川と西島は、向かい合って座布団の上に座った。
互いの前には、ヘルメットとピコピコハンマーが置かれていた。
「わたくし、勝負事には真剣ですの。お客さまであろうと容赦いたしませんわよ」
「おおっ・・すごいな」
「西島さま・・お覚悟を」
中川は西島を睨みつけた。
「えっ・・」
「よーーう、川中さん、ええぞ~~」
「いてもうたれ~~」
「では、始めてください」
小島が号令をかけた。
すると、「叩いて被ってジャンケンポン!」と言う声が一斉に挙がった。
中川がグーで、西島はチョキだ。
中川はすぐにハンマーを手にして、西島がヘルメットに手を伸ばしたところで「おらあ~~~!」といって、ぶっ叩いた。
先生よ・・
先生の分まで・・ぶっ叩いてやったぜ・・
この後も、叩きのめしてやっからな・・
「うわあ~~~!」
「なんか・・すごいぞ・・川中さん・・」
「鬼気迫ってる感じやぞ・・」
西島は「つっよ~~」と言いながら頭を擦っていた。
「申し訳ございません。大丈夫ですか」
中川が訊いた。
「うん、平気」
「では・・二回戦と参りましょうか」
そして中川は、次も、その次もジャンケンに勝っては、「おらあ~~~!」と言って叩きのめしていた。
そもそも卓球は、反射神経がよくないとできない。
加えて俊敏な動きも不可欠だ。
そんな中川は、これまで培ってきたそれらを遺憾なく発揮していた。
「なあなあ・・蒲ちゃん」
浅野が呼んだ。
「なに~」
「あの仲居さん・・中川さんとちゃうか・・」
「え・・」
「おらあ~って言う声・・中川さんやったで」
「まさかあ~だって、おばさんやん~」
「うーん・・そうなんかなあ・・」
「そんなん~中川さんが来てるはずないやん~」
「うん、そうなんやけどさ」
「もし~中川さんやとしても~なんで仲居なんかやってるんよ~」
「まあ・・そやな」
このように浅野は、仲居が中川ではないかと一瞬疑っていたが、まさかと思って疑いも消えた。
「西島さん対川中さん、5-0で川中さんの勝ちです」
小島がそう言った。
「西島さま・・大変ご無礼致しました」
中川は丁寧に頭を下げた。
「いえ、全然かまわないですよ」
「それでは勝った川中さんには、こちらを差し上げます」
小島はそう言って、小さな紙袋を中川に渡した。
「あらら・・わたくし頂けませんわ」
「いえ、勝負は勝負ですから」
「さようでございますか・・では、遠慮なく・・」
そう言って中川は袋を受け取った。
その後もゲームは続き、この場は最高潮に盛り上がっていた。
「それでは、次のゲームが最後になります」
小島がそう言った。
すると「ちょっと待って!」と一人の男性が手を挙げた。
「はい、なんですか」
「これや、これ」
その男性は、十本ほどの割り箸を手にしていた。
「おおお~~王様ゲームや!」
「待ってました~~!」
「えええ~~、それ嫌やわ~」
「ほんまや~嫌やわ~」
彼ら彼女らからは、賛否の声が挙がっていた。
「王様ゲームは、予定に入ってません」
西島が答えた。
「そんなん言わんとやな。無礼講やろ」
「そやで。やろうや!」
「これがないと、盛り上がれへんっちゅうねん~!」
「いいえ、ラストのゲームとして、他を用意してますので」
「そんなん言いなや~~」
おいでなすったぜ・・
っんな、クソゲームさせるかってんだ!
「おい、チビ助」
「なに・・」
阿部も、王様ゲームに不安を感じていた。
「おめー、先生呼んできな」
「え・・今なん?」
「おうよ」
「だって・・ゲームが終わってからとちゃうの」
「いや、王様ゲームをやらせるわけにはいかねぇ。すぐ呼んできな」
「うん、わかった」
そして阿部は日置を呼びに行った。
この間、彼らは「やる、やらない」で押し問答を繰り返していた―――
ほどなくして日置の部屋に到着した阿部は「先生!」と言って中へ入った。
「えっ!」
阿部を見た日置は、驚愕していた。
きみは、どこの誰なんだ、と。
なんだ、そのへんちくりんな「なり」は、と。
「先生、今すぐ来てください」
「きみ・・阿部さんなの?」
「ああ、そうです」
阿部は指摘されて、自分の風貌に気が付いた。
「その格好・・どうしたの・・」
「そんなんええです。今から宴会場に行きますから」
「そ・・そうなんだ・・それで、小島はどうなってるの」
「今のところ無事です」
「そうなんだ・・よかった・・」
「でも、今から王様ゲームが始まりそうなんです!」
「ええっ!」
「だから、はよ!」
「うん、わかった」
そして二人は急いで部屋を後にした。
―――宴会場では。
「みなさま、みなさま、落ち着いてくださいましな」
中川が間に入って制していた。
「ほらほら・・今からは、こんなものは必要なくってよ」
中川はそう言って割り箸を取り上げた。
「ちょっと、なにすんねや」
中川は男性を無視して、前方中央へ向かった。
「みなさま!ここからは、わたくしどもがサービスとして企画いたしましたリサイタルを始めさせていただきます」
「リサイタル?」
西島が訊いた。
「ええ・・そうです。岩窟屁太郎という、新人歌手が全国行脚しておりましてね」
中川がそう言うと、「なんやその名前!」とみんなは爆笑していた。
「それで今宵は、わたくしどもの旅館で、リサイタルを執り行うこととなっておりまして」
「へぇー!知らんかったなあ」
「どんなおっさんが来るんやろな」
「そら、岩みたいな男やろ」
「それでですね、西島さま、小島さま」
中川が呼んだ。
「はい」
「お二方も、ここは席へお戻りになって、屁太郎のリサイタルをお楽しみください」
「ぷっ」
小島は思わず笑った。
「屁太郎て・・」
西島もそう言って笑った。
「では、準備に取り掛かりますのでお待ちください」
そこで中川は、カラオケセットを前に運び出し、マイクも用意した。
重富は、浅野の後ろで立ち、森上は、大久保と安住の後ろで立っていた。
そう、中川が指示した「配置」である。
「ちょっと、外を見て参りますので、お待ちくださいませね」
中川はそう言って、部屋の外に出た。
おいおい・・まだかよ・・
なにやってんでぇ・・
すると前方から日置と阿部が走って来た。
「おお、来た来た。こっちこっち!」
中川は手招きした。
そして二人は中川の前まで来た。
「チビ助、すぐ配置につけよ」
「あ、ほな今からなんやな」
「そうさね」
「わかった」
そして阿部は、配置である蒲内の後ろへ向かった。
「王様ゲームはどうなったの」
「心配すんな。阻止したぜ」
「そうなんだ・・よかった」
「で、先生よ。覚悟はいいな」
「うん・・」
「っんだよ、しっかりしな!」
中川は日置の肩を叩いた。
「ここは大一番だぜ」
「うん」
「で、先生の名前は、岩窟屁太郎だからな」
「え・・」
「岩窟屁太郎」
「そうなんだ・・すごく堅い名前だね」
「っんなこたぁいいんでぇ。じゃ、私が先に入るから、どうぞ!って聞こえたら、入って来な」
「うん、わかった」
そして中川は襖を開けて中へ戻った。
「さあさあ、みなさま、大変お待たせいたしました。ただいまより、岩窟屁太郎のリサイタルを始めますので、どうぞ大きな拍手で以ってお迎えくださいませ」
するとみんなは、襖に目を向けた。
「では、岩窟屁太郎さん、どうぞ!」
中川がそう言うと、襖が開いて日置が姿を現したのである―――




