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サーよし!2  作者: たらふく
296/413

296 作戦遂行のための策




―――そして翌日。



桂山化学「先遣隊」は、西島と小島が立てたスケジュール通り観光地を回って、たった今旅館に到着したところだった。

玄関では仲居数人が「いらっしゃいませ」と丁重に出迎え、一行はロビーに足を踏み入れた。


「どうも、お疲れさまでした。幹事さまはどなたですか」


仲居が訊いた。

そこで小島は「私です」と西島が言う前に口を開いた。


「小島さん、ええよ」


西島が気を使った。


「いえいえ」


小島はそう言いながら、仲居と一緒にフロントへ向かった。


「今日は、混んでおりましてね」


歩きながら仲居が言った。


「そうみたいですね」


ロビーには、それこそ社員旅行と思しき団体や、家族連れ、老人会、友人同士やカップルといった宿泊客で賑わっていた。

ここは八階建ての巨大旅館で天井も高くてロビーも広く、ソファセットが何組も置かれ、朱色と紫色が混ざった波模様で描かれた絨毯が敷かれていた。


「精一杯、お世話させていただきますので、なんなりとお申し付けくださいね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


やがてフロントに到着した二人は、「桂山化学のご一行様です」と仲居が受け付けの男性従業員に報せた。


「いらっしゃいませ」


男性は深々と頭を下げた。

小島も軽く一礼した。


「それでは早速ですが、館内のご説明を致します」


男性は館内図をカウンターの上に置き、説明をし始めた。


「それで、こちらが大広間でございます。お食事は十八時となっておりますので、ご承知おきください。そしてこちらが大浴場です。露天風呂もございますので、お楽しみいただけるかと存じます。そしてこちらが――」


男性の説明を小島は「はい、はい」と頷きながら聞いていた。


「それと、日置さまはお二人やったね」


カウンターの中にいる女性従業員は、別の従業員に宿泊客の確認をしていた。

小島は一瞬、その女性を見た。


いま・・日置て言うたよな・・

でも・・同じ苗字の可能性かてあるし・・


「あ、そうそう。日置慎吾さまね」


えっ・・

嘘やろ・・

先生・・なんでここに・・

しかも・・二人て・・


「勘」のいい小島は、あの女性だと確信した。


「お客さま、あの・・お客さま・・」


説明をしている男性は、小島が呆然として話を聞いてないことがわかった。


「え・・ああ、すみません」

「それでですね、明日の日の出は――」


男性は夫婦岩での日の出の時間を報せた。


「日の出・・」

「はい・・左様でございます」

「それ・・なんですか・・」


小島は意味を理解していたが、なぜかそう口にした。


「ええ、ここは夫婦岩の日の出へお出でになる方が大勢いらっしゃいまして、お客さまにはあらかじめご案内差し上げております」

「そうなんですか・・」

「では・・みなさまをお部屋にご案内いたしますので・・」


男性は、小島の様子が変だと思った。


「お客さま・・」


仲居が声をかけた。


「はい・・」

「どうぞ、こちらへ」


仲居が促すと、小島は呆然としたまま付いて歩いた。


「あ、違うわ。日置さまは五名で、二部屋やん」


さっきの女性従業員がそう言った。


「あ・・ほんまや。二部屋やね」


そう、女性は二部屋を二名と間違えていたのだ。

けれども小島は既にフロントから離れ、間違いだとは知らないままだ。

そして一行の元へ戻った小島は、気を取り直して今後のスケジュールを説明した。

ほどなくして一行は、それぞれ部屋に案内され、一息ついていた。


「彩華、お疲れさんやな」


小島と浅野と蒲内は、同じ部屋だった。


「彩華~色々とありがとうな~」

「いや・・うん」


小島は意を悟られまいと、意味もなく座椅子の位置を少し変えたり、広縁の窓を開けたりしていた。


「せやけど、ここって、めっちゃ広いな」


浅野は座椅子に座り、お茶を淹れていた。


「なあなあ~後で探検しような~」


蒲内は浅野の正面に座った。


「あはは、蒲ちゃん、小学生か」

「だってな~ロビーだけであんだけ広いねんで~」

「そやな。ウロウロしてみるか」

「やった~」

「彩華」


浅野は広縁に立って外を眺めている小島を呼んだ。


「なに?」


小島は振り向いて答えた。


「お茶、入ったで」

「うん、ありがとう」


そして小島は蒲内の隣に座った。


「なあなあ~彩華~」


蒲内が呼んだ。


「ん?」

「余興って、なにすんの~」

「それは、秘密」


余興の内容は、始まるまで明かさないと、西島とそう決めていた。


「ええ~ちょっとだけ教えてぇなあ~」

「あかんあかん。例外は認められん」

「二人羽織は、取り入れたん?」


浅野が訊いた。


「それも秘密です」


小島は意味深に笑った。


「あっ、後で直樹くんにお土産買おっと~」

「直樹くん、元気にしてるん?」


浅野が訊いた。


「うん~元気やで~」

「今も電話ばっかりなん?」

「そうやけど~今度、会いに行くねん~」

「へぇー、いつなん」

「八月に入ってから~」

「よかったな」

「でな~、直樹くんのご両親と会うねん~」

「いええええええーーー!そっ・・そうなん?」

「蒲内・・あんたもはやそんな関係なんか」

「そんな関係ってなによ~」

「いや・・結婚とか」

「別にそんなんちゃうけど~海老沢じいさんがな~そうしぃって~」


蒲内は、未だに海老沢弥市のことを「海老沢じいさん」と呼んでいた。

ちなみに海老沢弥市とは、桂山化学の社長であり、直樹は孫にあたる。


「社長・・あんたと直樹くんを結婚させたいんちゃうか」

「あはは~まさか~」

「まあ、社長は、あんたのことがお気に入りやしな」

「なあなあ~探検しに行こうな~」


蒲内は、両手で小島の体をゆすった。


「そやな、行こか」


そして三人は、お茶を飲み干して部屋を出た。



―――一方で日置ら一行は。



今しがた旅館に到着し、中川はフロントで説明を受けるところだった。

阿部ら三人はトイレへ行き、日置はロビーのソファに一人で座っていた。


「館内のご説明を致します」


この女性は、さっき「二人」と言い間違えた者だ。


「はい、よろしくお願いします」


中川の話しぶりは「作戦」を遂行するためのものだった。


「こちらがですね、大浴場でございます。それで、こちらが――」


女性は次から次へと説明し、中川は「はい、はい」と耳を傾けていた。


「以上でございます。それではお部屋へご案内いたしますね」

「あの・・ちょっとご相談がございますの」

「はい、なんなりとお申し付けください」

「実はですね、わたくしたち高校生なんですの」

「ええ・・そのようにお見受けいたしております」

「それでですね、来年は就職や進学が控えておりましてね」

「はい」

「わたくしたちは、就職の道を選んでおりますの」

「さようでございますか」

「卒業して社会人になるわけですが、即戦力として働くためには、事前の社会勉強が必須と考えておりますの」

「それはとてもよいお心がけかと存じます」

「そこでですね、わたくしたち四人は、お手伝いをしたいと考えておりますの」

「お手伝いとは・・?」

「仲居さんの見習いですの」

「えっ・・」

「実は、そうしたくてこちらを選んだのでございますのよ」

「いえいえ・・それはお引き受けでき兼ねます」

「そう仰らずに。無論、報酬などいりません。ただで働きます」

「ええ・・」

「お願いします。この由緒正しい伊勢清風さまを見込んでの、最後のお願いにまいりました」


中川は選挙演説のように言った。

すると女性は少しだけ笑った。


「ちょっと・・お待ちいただけますか・・」


女性はそう言って、奥へ入って行った。


ここをクリアしねぇと・・作戦は水の泡でぇ・・

頼むから・・受け入れてくれよ・・

こちとら・・手荒な真似はしたくねぇんだ・・


手荒な真似とは、仲居を脅して制服である着物を奪うことだ。

ほどなくして、おそらく責任者と思しき男性と一緒に女性が戻って来た。


「こちらのお客さまです」

「どうも、蓮川(はすかわ)と申します。お話を聞きましたが、仲居としてお働きになりたいというのは、本当ですか」

「もちろんでございます」

「そうですか・・」


蓮川は、中川の美貌に着目していた。

するとそこへ、阿部ら三人もやって来た。


「この子たちも、お願いします」


中川が言うと、阿部らは「お願いします」と丁寧に頭を下げた。

そして蓮川は、よく働きそうな森上の体格にも着目した。


今日は・・格別忙しいし・・

下働きくらいやったら・・できそうやし・・

この子らの様子からすると・・

遊び半分ではなさそうやしな・・


蓮川はこう考えた。


「お願いします」


彼女らは、また深々と頭を下げた。


「そうですか・・はい、わかりました」

「えっ!働かせていただけるのですね。ありがとうございます」

「その代わり、甘えは許されませんよ。そこは承知していますか」

「もちろんです!」


そこで蓮川は、仲居の一人を呼び寄せ、事情を説明した。

仲居は、戸惑っていたものの、猫の手も借りたいほど忙しい日とあって、なにかの足しにはなるだろうと受け入れた。

そして中川は日置の元へ行った。


「先生よ」

「あ、手続き、終わったの」

「おう。それでよ、電車でも話したが、仲居として働く了承を得たぜ」

「そうなんだ・・」

「先生は、部屋に行って練習してな」


中川は「一発逆転」のことを言った。


「ああ・・うん」

「心配すんなって。へまはしねぇよ」

「くれぐれも・・ご迷惑をかけないようにね・・」

「わかってらぁな」

「やっぱり僕も、ご挨拶しとこうかな」

「いやいや、先生が出て行くと、学校に連絡が行くかもしんねぇし、面倒になるってもんよ」

「うん・・そうなんだけど・・」

「桐花って校名は伏せておく。いいな」

「わかった」


そして中川は日置が泊まる部屋名を告げて、阿部らの元へ戻って行った。

日置は立ち上がって部屋へ行こうとした。


「あら・・日置さん」


そこへ和服姿の朱花が声をかけてきた。


「あっ、朱花さん。どうしたんですか」

「日置さんこそ、どうされたのですか」

「ああ・・僕は・・その・・」

「あっ、わかりましたわ」


朱花はニコッと笑った。


「え・・」

「彩華さんをご心配なさって、ですね」

「ああ・・まあ・・」

「それで、彩華さんとはお会いになりましたの?」

「いえ・・」

「あらあら・・お探しになられてはどうですか」

「探すと言っても・・こんなに広いし・・」

「あらあら・・」

「それに・・見つけても・・きっと逃げられます・・」

「まあまあ、そんなこと仰らないでください」


そこへ小島がロビーに下りてきた。

すると、日置とあの日の女性が二人でいるではないか。


先生・・

やっぱりそうなんや・・

別にかまへんやん・・

わかってたことやん・・

それにしても、別の旅館にせぇよ・・

なんでここやねん・・


「彩華~」


遅れて浅野と蒲内が下りてきた。


「ああ、向こうへ行こか」


小島はそう言って、日置らとは逆の方向へ歩き出したのである。

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