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サーよし!2  作者: たらふく
295/413

295 役者が揃う




―――そして旅行前日。



大久保は練習を終えて、安住と共に『安永』に訪れていた。


「あんた、アホのくせに、長引いたな」


大久保は風邪のことを言った。


「アホて、なんですか」

「まあまあ、それでも来週に間に合うて、よかったやん」


来週は「後続隊」が出発するのだ。


「また大久保さんと一緒やし・・」

「あんたな!私がおらんとなんもでけへんくせに」


大久保が安住の頭をユラユラさせていると「まあまあ・・あはは」と笑いながら朱花が席に来た。


「朱花ママ~いらっしゃい」

「はい、お邪魔します」


朱花は大久保の冗談に乗って、そう言いながら腰を落とした。


「ママ、お久しぶりです」

「ほんまにそうですよ。淋しかったですよ、安住さん」

「このアホな、風邪ひいててね~」

「あらあら・・大丈夫なんですか」

「はい、もうすっかり」

「そうですか。それはよかったです。お二人とも水割りでよろしいですか」

「それでいいのよ~ん」

「はい、お願いします」


朱花は大久保の言いぶりに、いつも笑っていた。


「承知しました」


朱花はニコニコと笑いながら、水割りを作っていた。


「あ、そうそう、ママ」

「はい」


朱花は手を動かしながら返事をした。


「この間、慎吾ちゃん来たでしょ」

「ああ~、はいはい、来られましたよ」

「えらい酔ってたらしいね~」

「ええ・・気持ちよく酔うてはりましたよ。どうぞ」


朱花は大久保と安住の前にグラスを置いた。


「ママが送って行ったんよね」

「はい、お送りさせていただきました」

「ママも、飲んでね~」

「ありがとうございます。では、いただきます」


そして朱花は自分の水割りも作った。


「大久保さん。日置さんて、一人でここへ来たんですか」

「そうよ~」

「へぇー、珍しいな」

「で、ママ」

「はい」

「慎吾ちゃんの様子、どうやったの~」

「お客さまのプライベートを話すのはご法度ですが、大久保さんと安住さんなら、ええですわね」

「そうよ~、で、どんな感じやったの~」

「恋仲の方のことで、えらい悩んではりましてね」

「あ、それ小島ちゃんのことよ」

「そうですか、小島さんと仰るんですね」

「それで?」

「なんでも・・社員旅行に行かせたくないと仰って」

「そうなんよ。慎吾ちゃん、私にもそう言うてたのよ」

「まあ、私は日置さんの気持ちもわかりましたけど、差し出がましくも意見させていただいたんですよ」

「王様ゲームのこと、言うてなかった?」

「はい、仰ってました。それが嫌だということも」

「そうなんよ~、もう心配しぃでね~」

「へぇ・・そんなことがあったんや・・」


安住は風邪のせいで、何も知らなかった。


「それで結局、酔い潰れられまして、私がお送りさせていただいたんです」

「そうやったの~。でも、よう住所、わかったわね」

「ええ・・免許証で確認させていただきました」

「さすが、ママやわ~、ありがとうね」

「いいえ、当然のことです」

「ほんで、ママが部屋まで連れて行ったの?」

「ええ・・それはもう・・途中で躓かれて起こすのに大変でした」


朱花は苦笑した。


「あらら~、ママ、細いのに、えらいめしたわね~」

「日置さんね、私を彩華さんと間違われて」

「え?」

「帰らないでくれって、すごく切なそうに仰ったんですよ」

「いやあ~~慎吾ちゃん、私にも言うて~」

「大久保さん、なに言うてるんですか」

「安住っ、おだまりっ!」


大久保は安住の頭をパーンと叩いた。


「痛っ、また、もう~~」

「あはは、お二人は、ほんま仲がよろしいですね」

「とんでもないですよ、こんなおっさん」

「安住っ!あんた、ついに禁句を言うたな」

「えっ・・」

「まあええわ。罪名はあとで言い渡すわ。それで、ママ。続きを」

「あはは、ええ、それでですね、きみを離さない、誰にも渡さないと仰ってね。私はもう胸が張りさけそうになりました」

「いやあ~~小島ちゃんが羨ましい~~」

「日置さん・・そんなこと言いはるんや・・」

「あんたの口からは、一生出て来ん言葉やな」

「なっ・・僕かて、それくらいは言いますって」

「ほな、私に言うてみぃさ」

「げっ・・百万やるいうても、言いませんよ」

「私かて、あんたに言われたら、耳が腐るわ~」


朱花は漫才のような二人のやり取りに、涙を流して笑っていた。


「日置さんと彩華さんには、仲良くされることを願うばかりです」

「ほんまよね~、大体、慎吾ちゃん、真面目すぎんのよ」

「そこが日置さんのええとこやないですか」

「うるさいっ!あんたに言われんでもわかってるちゅうねん」


大久保がまた安住を叩こうとすると、「まあまあ、大久保さん。おかわりされます?」と訊いた。


「はい~お願いするわね~」


大久保は寸でのところで手を止めた。


「それにしてもさ~慎吾ちゃんが王様ゲームの心配をするんは、わかるんよね~」

「ええ・・私もよくわかります。大事なお嬢さんですものね。嫌に決まってます」

「よーし、決めたわ!」

「え・・なんなんですか」


安住は何事かと、大久保を見た。


「旅行や、旅行」

「それがなんなんですか」

「私は、明日の先遣隊に参加するわ~」

「ええええ~~!明日ですよ、明日」

「だからなんやのよ」

「もう泊まる人数も、スケジュールも決まってますよ」

「私一人増えたところで、どうってことないわ~」

「食事かて、大久保さんの、ありませんよ」

「誰かのを奪うわ~」

「げぇ~~」

「大久保さん」


朱花が呼んだ。


「なに~」

「社員旅行って、どちらへ行かれるんですか」

「伊勢よ~伊勢」

「あらら・・そうでしたか」

「ママ、どしたん?」

「いえ、私も明日、伊勢へ行くんですよ」

「ほんまかいな!」

「ご宿泊先は、どちらですか」

「伊勢清風旅館よ~」

「ええっ、私もそこへ行きますのよ」

「ええええ~~、ほんまに?」

「ええ、お客様のご招待で、御呼ばれしておりますの」

「あはは、すごい偶然やわ~~」

「ほんとですね」

「よーし、これで何も迷うことはなくなったわ~」

「なんでそうなるんですか」


安住は呆れていた。


「安住っ!あんたも行くんやでっ」

「えええ~~泊まる部屋、ないんですよ!」

「あんたは、外で寝たらええ」

「なに言うてるんですか!」

「まあまあ、これは楽しい旅になりそうですね」


こうして、大久保と安住も、伊勢に向かうこととなった。

そして朱花も同じ旅館に訪れるという偶然が、果たして明日、どんなことが起こるのか、まだ誰も知る由がなかったのである。



―――ここは桐花の小屋。



「じゃ、明日と明後日は、練習を休みにします」


日置は彼女らに向けて話をしていた。


「はいっ」

「おうよ!」


阿部ら四人は、その意味がわかっていたが、和子だけは不思議に思った。

なぜなら近畿大会前の、大事な時期だからである。


「あの・・」


和子が口を開いた。


「なに?」

「なんで、休みなんですか」

「うん・・それなんだけどね・・」

「はい・・」

「なんていうか・・」

「おい、郡司よ」


中川が呼んだ。


「はい」

「ここは、休みを取って英気を養うのさね・・」

「英気・・」

「おうよ。バカみてぇに続けるより、休んで心の臓の洗濯をするんでぇ」

「心の臓・・」

「郡司さん、心の洗濯な」


阿部が言った。


「ああ・・はい」

「だからおめーは、休みを利用して、母ちゃんの手伝いをしな」

「そうですか・・」

「肩でも揉んでやったら、母ちゃん、泣いて喜ぶぞ」

「はい、わかりました」


和子は納得した様子だ。


「郡司さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「月曜から、また特訓するから、そのつもりでね」

「はいっ」

「じゃ、解散」


日置はそう言って、阿部に目配せした。

そう、後で集まるようにとのサインだ。

阿部はコクッと頷いた。

そして日置は小屋を出て行き、彼女らは交代で着替え始めた。

阿部は、和子に先に帰るよう促し、彼女ら四人は日置が待つ職員室へ向かった。

ほどなくして職員室へ入った彼女らは、日置の席へ行った。

ここには、他の職員は誰もいなかった。


「あ、きみたち」


日置は立ち上がって、彼女らを迎えた。


「明日だけど、授業が終わったらすぐに駅に向かうからね」

「はい」

「おうよ」

「難波の近鉄電車のホームね」

「はい」

「おうよ」

「ほんとに、僕のために、きみたちに迷惑かけて、申し訳ない」


日置はそう言って頭を下げた。


「なに言ってんでぇ、事の発端は私だ。てめぇのケツはてめぇで拭かねぇとな」

「ケツ・・」

「おうよ」

「でも、僕ね」

「なんでぇ」

「きみたちに嘘までつかせて・・お家の方にも申し訳なくてね・・」


今回の旅行は、合宿という建前で、各家庭にそう言い渡していた。

家の者は、全幅の信頼を置く日置にすべて任せていた。

そして、近畿大会とインターハイ前であることが、合宿という計画をいとも簡単に納得させていたのだ。


「おいおい、先生よ」

「ん?」

「よーく聞きな!」

「なに」

「小島先輩のことが解決しねぇ限り、近畿もインターハイもあったもんじゃねぇぜ」

「え・・」

「っんなよ、先生がドロリンと落ち込んでみやがれ。私らはどうすりゃいいんでぇ」

「・・・」

「それをなんていうか、知ってっか」

「なに・・」

「本末転倒ってんだよ」

「・・・」

「だから、気にするこたぁねぇんだ。嘘も方便、三味線ベンベンっとくらぁ!」

「あははは、あんた、なに言うてんのよ」


阿部は爆笑した。

それにつられて、重富も森上も笑っていた。


「先生」


阿部が呼んだ。


「ん?」

「中川さんの言う通りです。先生に頑張ってもらわんと、私ら困ります」

「そうですよ。先輩のことを解決して、近畿とインターハイ、優勝です!」

「私もそう思いますぅ。だからぁ、嘘とかそんなんちゃうと思いますぅ」

「ほらよ、こいつらもこう言ってんでぇ。だから、先生よ。気にすんなって」

「うん、わかった。きみたち、ほんとにありがとう」

「礼はまだ早ぇぜ」

「え・・」

「小島先輩を西島の野郎からひっぺがした後だ」

「うん、そうだね」


そして明日、日置ら一行も、伊勢に向かうのであった―――

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