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サーよし!2  作者: たらふく
293/413

293 逃げるな




―――ここは、日置のマンション。



日置は帰宅した後、ソファに寝そべって、ぼんやりと天井を見ていた。


なにがどうなって・・

こんなことになったんだろう・・

どこでボタンを掛け違えたのかな・・


彩ちゃん・・

きみはいつから・・西島を好きになったんだ・・

僕の感覚が・・自惚れていなければ・・

きみは・・僕を好きでたまらなかったように思ってた・・

いつも・・先生、先生って言って・・


日置は気持ちの置き場を見失っていた。

日置の恋愛といえば、常に「受け身」だった。

かつての恋人であった吉岡早苗や、見合いをした柿沼貴理子がそうだ。

特に、吉岡早苗は日置に夢中だった。

それゆえ、日置が相手のことで悩み苦しんだことなどなかった。


それに日置は、これまで数え切れないほど女性から告白された。

つまり、自分から積極的に働きかけたことなど一度もなかったのだ。

それは小島に対してもそうであった。

日置を好きになったのは小島だったし、日置は教師という立場もあり、きつく突き放した。

けれどもその後、お互いの気持ちが同じだと知り、付き合いに至った。


そしてこれまで、二人の間に問題が発生したのも全て小島の、好きが高じてのことだった。

つまり、今回のような「逆の立場」など経験したことがなかったのだ。

それだけに日置の不安は、計り知れないものだった。

自分はどうすればいいのか。

ここは潔く去るのがいいのか。

それしかないのでは、と。


けれどもそれは、頭ではわかっていても、というやつだ。

当然、小島を奪われたくないし、今すぐにでも抱きしめたい。

西島を殴ってでも、自分の元へ引き戻したい。

頼むから、どこへも行かないでくれ、と。

「先生」と言って、僕の腕の中に飛び込んできてくれ、と。

これが日置の、偽らざる気持ちであった。



―――そして翌日。



日置はなんとか気持ちを整理して、出勤していた。


「おはようございます」


職員室に入った日置は、既に出勤していた職員らに挨拶をした。

そして日置は自分の席へ行った。


「日置くん、おはよう」


隣りの席に座る堤がそう言った。


「おはようございます」


日置は椅子を引いて、腰を下ろした。


「日置くん」


堤は、なにやら意味深な表情を見せて呼んだ。


「はい」


日置は、なんだろう、と不思議に思った。


「僕な、昨日、見たんや・・」


堤は小声になった。


「なにをですか・・」

「きみんとこの、小島な」

「え・・」

「えらい男前の男性と、駅付近で抱き合うとったんや・・」


堤は、日置と小島の関係は知らなかった。

いや、堤だけではない。

職員の誰も知らないのだ。


「いや、最初は小島とはわからんかったんや。僕な、信号待ちしとったんやけど、まあ、公衆の面前で臆面もなく、と呆れて見とったんや」


ちなみに堤は、自家用車で通勤している。


「ほなら、女の子の顔が見えたんやけど、なんと小島やったんや」


堤は教材の準備をしながら、一方的に喋っていた。

日置も、無意識に手を動かしながら聞いていた。


「あれは、彼氏やな」

「・・・」

「ほんで二人は、どうしたと思う?」

「・・・」

「駅の向こう側にあるやろ・・そっちへ向かって歩いて行ったんや・・」


駅の向こう側、というのはホテル街のことである。

それは日置も知っていた。

その実、小島と西島はホテルなど行ってなかった。

そう、行くはずもないのだ。

小島はあの後、泣き過ぎたため、吐きそうになっていたのだ。

西島は、人目につかない場所まで小島を連れて行っただけなのだ。


堤の話を聞いた日置は、また血が逆流する感覚に襲われた。


「きみ、小島に言うといた方がええで」

「・・・」

「誰に見られてるかわからんのやから、場所を弁えろって」

「・・・」

「いやあ~近ごろの若い子は、変な度胸があり過ぎるやろ」


堤はそう言って立ち上がり、日置の肩を軽く叩いて職員室を出て行った。



―――そして昼休み。



日置は二年六組に向かった。

そう、彼女らに相談するためだ。

というより、もう別れを決めたと話すためだった。


「きみたち」


日置は廊下から顔を覗かせて、阿部ら四人を呼んだ。

彼女らは弁当を食べていたが、箸が止まって日置を見ていた。

どうしたんだ・・その悲壮な顔は、と。

そして彼女らは箸を置いて、急いで廊下に出た。


「先生・・どうしはったんですか・・」


阿部は戸惑いながらそう言った。


「おいおい・・先生よ・・どうしたってんでぇ」

「ちょっと、話があるの」


元気を失った日置を見て、四人は顔を見合わせていた。

そして日置らは、校庭に出た。


「小島のことで、きみたちに色々と心配かけたけど、もう別れることにしたから」


彼女らは絶句した。

なにを言ってるんだ、と。

昨日の今日じゃないか、と。


「おい、先生よ。なにがあったんでぇ」

「なにがって・・」

「なにかあったから、別れるなんて言ってんだよな」

「やっぱり小島は、西島くんのことが好きみたいでね」

「くん付けなんて、すんじゃねぇよ。野郎でいいんでぇ、野郎で」


そこで日置は少しだけ笑った。


「先生・・なにがあったんですか・・」


阿部が訊いた。


「私らでよかったら、話してください」


重富もそう言った。


「先生ぇ、今まで私らを何度も助けてくれはってぇ。せやからぁ、今度は私らが助けますぅ」


森上がそう言った。

すると日置は、なんとも切ない表情で微笑んだ。


「で、なにがあったんでぇ」


そこで日置は、昨夜の工場前でのことを話した。

けれども今朝がたの、堤の話は口にしなかった。


「むむっ・・西島の野郎・・先輩をたぶらかしてやがるな・・」

「そんな風には見えなかったけど・・」

「だってよ、小島先輩は、先生のことが好きなんだぜ?」

「それは、最近までの話だよ」

「いやいや、ちげーって。先生、よく聞きな。私は先輩と話したからわかるんでぇ。先輩は先生とのことを、時には辛そうに、時には嬉しそうに話してくれたんでぇ」

「・・・」

「特に、自分がなぜ先生を好きになったのかという話ではよ、ほんとに嬉しそうでよ。それで付き合うことが叶った話に至ってはよ、先輩、泣いてたんだぜ」

「え・・」

「どれだけ嬉しかったかって。もう死んでもいいと思ったって。そんな先輩の苦労話が本当だから私は力を貰ったんでぇ。耐えることの意味を知ったんでぇ」

「・・・」

「だからな、小島先輩が西島の野郎を、そんな簡単に好きになるはずがねぇぜ」

「そうかな・・」

「そうだって!っんなよ、腕を組んで歩くくれぇ、なんだってんでぇ」

「・・・」

「先生とケンカしたからよ、わざとそうしたに違いねぇ。妬いてくれっつってんだよ」

「・・・」

「先生、私も中川さんの言う通りやと思います」


阿部が言った。


「私もそう思います。単なる、気持ちの行き違いです」


重富が言った。


「私はぁ、ようわかりませんけどぉ、小島先輩ってぇ、予選にも来てくれはってぇ、一年生大会にも来てくれましたぁ。それってぇ先生が結婚式で来られへんからぁ、先生の代わりに来てくれはったんやと思いますぅ」

「うん・・そうだね・・」


日置は思った。

やっぱりこの子たちは、女性の気持ちを理解している、と。

女子高生で未熟だが、少なくとも僕よりは理解している、と。


「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに」

「別れるなんざ、許さねぇぜ」

「え・・」

「逃げんなよ」

「・・・」

「耐えろよ」

「・・・」

「おめー、まだボロボロになってねぇぜ」

「・・・」

「別れを選ぶってのは、逃げるってことだぜ」

「そうなのかな・・」

「誠さんのように・・愛お嬢さんのように・・泥にまみれろよ」

「きみ・・それ漫画だよ」

「ちげーって。私は大河くんのことでボロボロになった。けどよ、逃げねぇって決めたんでぇ」

「そっか・・」


日置は思った。

恋だの愛だのは、卓球の邪魔だと小島に言った。

すると小島は「ロボットですか」と答えた。

今の自分はどうだ。

その愛だの恋だのに、振り回されているじゃないか、と。

身がよじれるほど、苦しんでいるじゃないか、と。

それは中川も同じだったのだ、と。

中川の気持ちもわかろうとしなかった自分。

その中川は苦しみを乗り越えて「逃げないと決めた」と言った。


そうだよね・・

別れるなんて軽々しく言うもんじゃない・・

やることやって・・ボロボロになって・・

それでも彩ちゃんが西島くんを選ぶなら、それは仕方がない・・


「それより、社員旅行はもうすぐだぜ」

「うん・・」

「おちおちしてっと、マジで先輩を取られるぜ」

「どうすればいいの・・」

「泊まる旅館、知ってんのか」

「うん」

「どこだ」

「伊勢清風旅館・・」

「よし、わかった」

「ちょっと・・中川さん」


阿部が呼んだ。


「なんでぇ」

「あんた・・まさか行くつもりなん・・」

「あたぼうよ」

「嘘やろ!」

「嘘なもんか。よーし、西島の野郎、覚えてやがれ・・」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「きみ、行って何するつもりなの」

「先輩を毒牙から守るに決まってんだろ」

「どうやって」

「ふんっ。こんな仕事は私に任せな」

「きみを一人で行かせるわけにはいかない。僕も行く」

「たりめーだ!おめーが行かずして、どうすんでぇ」

「ええ~・・私らはどうすればええん」


重富が訊いた。


「おめーらも、付いて来な」

「嘘やろ・・」

「今まで先生に世話になったんだ。ここは一肌脱ぐのが男ってもんよ」

「いや・・男とちゃうし」

「わかったぁ!私ぃ、先生を助けるぅ」


意外にも森上はそう言った。

なぜなら、ある意味、一番世話になったのは森上だからである。


「よーし、さすが森上さね」

「ほなら、私も行く!」

「私かて、先生を助ける!」


阿部も重富もそう言った。

こうして日置らは、来る社員旅行に合わせて伊勢へ向かうことが決まったのである―――

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