291 真実を明かす
―――ここは桂山の体育館。
この日の練習後、大久保は小島を呼び寄せた。
「大久保さん、なんですか」
小島はタオルで汗を拭いていた。
「あのね、昨日、慎吾ちゃんと飲んだんやけどね」
「そうなんですか」
小島は、一切感情を出さなかった。
「小島ちゃん、慎吾ちゃんと、なんかあったんと違う?」
「なんかとは?」
「ケンカ、したんやろ・・」
「ああ・・まあ」
小島は大したことない、といった風にニッコリと笑った。
「でね、慎吾ちゃん、社員旅行のこと、すごく気にしててね」
「社員旅行?」
小島は意味がわからなかった。
「なんかね~、王様ゲームをすごく嫌ってて、それを小島ちゃんがさせられると、すごく心配してるのよ~」
「それ、なんなんですか」
そこで大久保は、王様ゲームの説明をした。
小島はゲームの内容を理解したが、なぜそんな話になっているのかが、全く不可解だった。
「そのゲームを私がさせられるって、どういうことですか」
「なんかさ~偶然らしいねんけどね、慎吾ちゃん、居酒屋でうちの社員を見たんやて」
「へぇー」
「で、その時、あんたの話が出てたらしくて、王様ゲームで小島ちゃんにキスさせるって、言うてたんやて」
「なんなんですか、それ」
小島は呆れて笑っていた。
「ま、とにかく、慎吾ちゃんの心配が尋常やなかったのよ」
「そうなんですね」
「今夜にでも、電話して安心させてあげてね~」
「はい、お気遣い、ありがとうございます」
「うん~そういうことよ~」
そして大久保は更衣室へ入って行った。
小島は大久保にああ言ったものの、その実、そんなことなどどうでもよかったのだ。
なぜなら、日置と女性が抱き合って、「帰らないで、僕は絶対にきみを離さない、誰にも渡さない」と言ったのは事実。
その事実の前では、日置が心配していたことなど、何も響かなかったのだ。
むしろ、さも心配してるように見せかけるのは、自分を引き止めて「保険」にしたいんじゃないのか、と。
つまり、女性に捨ててられた後の「保険」として、或いは「二号さん」として置いておくためだ、と。
こう考えた小島は、ますます日置への想いを封印しようと決めた。
バカにするな、と。
私だって、プライドがあるんだ、と。
誰が「保険」になんか、なってやるか、と。
―――ここは、学校の小屋。
彼女らは練習を終えて、それぞれ順番に着替えていた。
中川は順番を待っている間、ずっと考えていた。
昼間の日置は、どう考えてもおかしかった、と。
けれども日置と小島のことは、誰にも相談のしようがない。
どうしたものか、どうすればいいのか、と。
あれだよな・・
チビ助らに話しても・・もういいんじゃねぇのか・・
あいつらなら、ぜってー喋らねぇはずだ・・
私一人に・・なにができるってんでぇ・・
いつもの中川なら、リーダーシップを発揮し、それこそ止められても動くところだ。
けれども恋愛ど素人の中川にとって、こればっかりはどうしようもなかったのである。
「中川さん、恵美ちゃん、どうぞ」
部室から重富と阿部が出てきた。
「おい、チビ助、重富・・」
中川は小声で呼んだ。
「なによ・・」
「森上も、来な・・」
部室に入ろうとした森上も引き止めた。
「なんなぁん」
「郡司が帰ったあと、話があるからな・・」
中川は、さすがに和子に報せるのは躊躇した。
そして中川と森上は部室に入った。
ほどなくして着替えを済ませた中川と森上も含めた四人は、中川を取り囲んでいた。
「話して、なによ」
阿部が訊いた。
「おめーら、今から話すこと、ぜってー口が裂けても言うんじゃねぇぜ」
「ちょ・・また隠し事?」
重富が言った。
「おうよ・・」
「ちょっと、マジでなんなんよ」
阿部は深刻な表情に変わっていた。
いや、阿部だけではない。
重富も森上も同じだった。
「今度ばかりは、マジだからな」
「だから、なんなんよ」
「もう・・これ以上、問題とか・・あかんで」
「中川さぁん、どうしたぁん」
「あのよ・・実はだな、先生のことなんでぇ」
「先生て、日置先生のこと?」
阿部が訊いた。
「おうよ・・」
「で、先生がなんなんよ」
「先生には彼女がいるんでぇ・・」
「へぇー」
阿部らは特に驚きもしなかった。
日置なら、むしろ当然だろう、と。
「その彼女ってのがよ・・小島先輩なんでぇ・・」
「えええええええ~~~~!」
さすがの三人も、相手が小島だと知り、大声で叫んだ。
「へぇーそうなんや!」
「これは意外やったなあ~~!」
「小島先輩なんやぁ~」
「でよ・・先生は、このことを生徒に知られるのが嫌なんでぇ」
「へぇー」
「私も、きつく口止めされててよ・・」
「っていうか、あんた、なんで知ってんのよ」
重富が訊いた。
「あれはいつだったか・・」
中川は、またあさっての方を向いた。
「去年の文化祭でよ・・」
「いつだったかって、それ文化祭ってわかってるやん」
「重富よ、細けぇことはいいんでぇ」
「ほんで?」
「おうよ・・で、私は偶然知ったのさね・・」
「へぇ」
「ほんで、なんで今頃言う気になったんよ」
阿部が訊いた。
「チビ助、それさね!」
そこで中川は、一年生大会の際、小島が過去の話をしてくれて励ましてくれたこと、そのことがきっかけで二人がケンカになったことなど、経緯を説明した。
「なるほど・・あんたが言うてた大人の話っていうんは、そういうことやったんやな」
「それにしても、先生って、よっぽど知られたくないんやな」
「おうさね。それでケンカの原因が私だってことで、どうすりゃいいもんかと・・な・・」
「そんなん、私らにかて、わからんなあ」
「でよ、桂山の社員で西島って野郎がいるんでぇ」
「へぇ」
「どうやら先生は、西島の野郎が気にいらねぇらしいんでぇ」
「あんた、なんでも知ってんねんな」
「昨日、見たのさね」
「どこでよ」
「天王寺でぇ」
「あっ、もしかしてぇ、中川さぁん、おらんようになったんはぁ、そういうことやったぁん」
「察しの通りでぇ・・」
そこで森上は、阿部と重富に事情を説明した。
「で、私は確かめてやろうと喫茶店に入ったんだけどよ、先輩と西島は社員旅行のプランを練ってただけなんでぇ」
「それやったら、別にええんとちゃうの」
「ところがどっこい。先生にそのこと話したら、見る見るうちに顔色が変わってよ、めちゃくちゃ怒ってんだよ」
「そうなんや・・」
「小島はどんなだったとか、どんな風に話してたんだとか、しつこく訊かれてよ」
「へぇ・・」
「私は困っちまってよ・・はあ・・」
「あれかな・・その西島さんって人に、小島先輩の気持ちが傾いてるんとちゃう」
阿部が言った。
「ああ・・阿部さんの言う通りかも」
「だから先生は、怒ってはったんちゃう」
「どうなんだろうな・・小島先輩は、至って普通だったぜ」
「そうなんや・・」
「私はさ、なんとしてでも二人を仲直りさせてぇんだ」
「うん、わかるけど」
「で、おめーら、二人のことはぜってー誰にも喋んじゃねぇぞ」
「うん、言わへんし」
「私も」
「私もぉ」
こうして事実を打ち明けた結果、中川ら四人は、阿部と重富と森上も二人の関係を知っているこというこを、日置に話すことにしたのだ。
なぜなら秘密にしていると、碌なことがないからである。
三神の偵察の件で、四人は懲りていたのだ。
―――そして翌日。
彼女ら四人は、昼食を終えて職員室に向かった。
「先生、怒るかな」
歩きながら阿部が言った。
「黙ってるよりはええで」
重富が答えた。
「いや、おめーらが叱られることはねぇ。叱られるとしたら私だ」
「そらそうやろけど・・」
「どうなるんやろな・・」
そして四人は職員室に到着し、「私が呼んでくる」と言って中川だけが入った。
ほどなくして日置と中川が職員室から出てきた。
「きみたち、どうしたの?」
日置は、阿部ら三人もいることに驚いていた。
「先生よ、さっきも言ったけど、話があるんでぇ」
「そうなんだ・・」
そして五人は校庭に出て、日置を囲んだ。
「話ってなに?」
「先生と先輩のこと、私はこいつらに打ち明けたぜ」
「え・・」
日置は愕然としていた。
なぜ、話したんだ、と。
中川は、誰にも話さないと信じていたのに、と。
「先に言っとくが、興味本位で話したんじゃねぇぜ」
「きみ、なに言ってるの」
「おっと、怒るのは後にしてくんな」
「先生」
阿部が呼んだ。
日置は黙ったまま阿部に目を向けた。
「私ら、絶対に誰にも言いません」
「私もです」
「私もですぅ」
「言いませんって・・」
日置は唖然としていた。
「でだ。私がなぜこいつらに話したか、わけを言うぜ」
そこで中川は、事情を説明した。
すると日置は、なんとも居心地が悪そうな表情を見せた。
「先輩とケンカしたのは、私が原因だよな」
「別に・・ケンカなんか・・」
「もういいって。こっちは何もかもお見通しなんでぇ」
「・・・」
「でよ、私は先生と先輩に、仲良くやってほしいんだ」
「・・・」
「先生よ、おめー旅行のこと気にしてやがったが、あれか、西島って野郎と一緒だからか」
「そんなこと、きみには関係ないよ」
「だから、意地張んなって」
「・・・」
「旅行って言やあ~、少なくとも一泊はするだろうぜ」
「・・・」
「それを心配してんだろ」
「別にそうじゃないけど・・」
「じゃ、なんなんでぇ」
「王様ゲームだよ」
「王様ゲーム?それ、なんだよ」
「それ・・知ってる・・」
阿部は、遠慮気味に口を開いた。
「チビ助、教えてくんな」
「なんでも・・――」
そこで阿部が説明をすると、中川も重富も森上も驚愕していた。
なんだ、その下品なゲームは、と。
「チビ助、おめー、なんで知ってんだよ」
「お父さんに聞いた・・」
「なるほどさね。で、先生よ、そのゲームがどうしたってんでぇ」
「小島が、ゲームに参加させられそうなんだよ」
「げっ・・マジかよ」
「僕は、絶対にそんなことさせたくない」
「そりゃそうさね」
中川の言葉に、阿部らも頷いていた。
「で、旅行はいつなんでぇ」
「七月の二週目の土日」
「なにっ、もうすぐじゃねぇか」
「うん」
「これゃあ~いけねぇやな」
「引き止めたら、ダメなんですか」
重富が訊いた。
「僕も引き止めたいんだけど、小島も一人前の社会人だしね・・」
「そうなんですか・・」
「くそっ・・西島の野郎・・許せねぇな・・」
「気にしてくれるのはありがたいけど、きみたちには関係ないから、もういいよ」
「おいおい、先生よ」
「なに」
「水臭せぇこと、言いっこなしだぜ」
「え・・」
「私はよ、先輩に救われたんでぇ。その先輩が西島に奪われようとしてんだ。黙って見てられるかってんだ」
中川は、もはや西島が恋敵だと決めつけていた。
日置も中川の言葉で、さらに不安が募っていた。
そう、奪われるかもしれない、と。
なぜなら「西島と小島さんをキスさせる」と、実際、彼らから聞いたからである。
それは、絶対に耐えられない。
そのことがきっかけで、小島の気持ちがどうなるかもわからないのだ。
一方で、日置は彼女らに知られたことを、最初は驚いたが意外にもホッとしていた。
なぜなら彼女らの態度に、からかう様子など全く見られなかったからである。
それどころか、自分を心配してくれている。
曲がりなりにも「相談相手」ができたことと、彼女らは小島と年が近いことで、気持ちもわかるだろうと思ったのだ。
そしてこの先、中川は「妙案」を思いつき、また「事件」が起こるのであった―――




