290 続く懸念
一方で、日置と大久保は居酒屋へ入り、二人席へ案内されて座っていた。
「慎吾ちゃんからのお誘いやなんて~驚いたわ~」
大久保は嬉しそうに、おしぼりで手を拭いていた。
「久しぶりに会いたくなってね」
日置も手を拭いていた。
「いやあ~それって愛の告白~?」
「あはは、なに言ってるの」
「照れんでもええのよ~」
「それより、宗介はどうしたの?」
日置は安住も来るものだと思っていた。
「いらんいらん~私たちの間に、邪魔はいらんのよ~」
「あはは、ほんと虎太郎って、おもしろいよね」
その実、安住は風邪で会社を休んでいたのだ。
「あいつ、アホのくせに、風邪ひいたんよ」
「え・・大丈夫なの」
「心配ご無用やわ~、アホやからすぐに治るんよ~」
「酷いな」
日置はそう言いながらも笑っていた。
ほどなくしてテーブルには、生ビールと鶏の唐揚げと冷奴が並んだ。
「じゃ、乾杯」
「かんぱーい!」
二人はジョッキをチンと鳴らし、ゴクゴクと流し込んだ。
「あ、ところでさ」
日置が言った。
「なに~」
「僕、この間、安永へ行ったんだよ」
「えっ、一人でか?」
「うん」
「いやあ~~なんで誘てくれへんかったんよ~」
「ごめん、ごめん」
「でもさ、なんで行ったんよ」
大久保も朱花と同様、不可解に思った。
なぜなら、日置のような人物が一人で行くはずがないからである。
「なんとなく、行きたくなっちゃって」
「あら~なんかあったんと違うの~」
「それでね、僕、すごく酔っちゃって、お金払ってないの」
「あらら、そうなんやね~」
「払うには、また行けばいいかな」
「私が立て替えてあげるわ~」
「え・・」
「また行くし~、その時、払っとくわ~」
「ありがとう。助かるよ」
「いいのよ~ん」
「金額、また報せてね」
「合点承知の助よ~」
「でさ、僕、どうやって帰ったのか全く憶えてないの」
「あらら、そうとう酔ったんやね~」
「うん」
「おそらくやけど~、朱花ママが送り届けてくれたんとちゃうかな~」
「そうなの?」
「朱花ママは、お客さんを大事にする人やからね~」
「でも・・住所とか・・どうしたんだろう」
「また、私が訊いとくわ~」
それから二人は唐揚げも冷奴も平らげ、ビールのおかわりをして、ほどよく酔い始めていた。
「虎太郎」
「なに~」
「今度、社員旅行があるんだよね」
「あるわよ~」
「それって、いつなの」
「えっと~、七月の二週目と三週目の土日よ~」
「え・・二週続けて行くの?」
「あはは、まさか~。班に分かれて行くのよ~」
「そうなんだ」
「桂山は工場といえども、大人数やからね~、それで分かれて行くのよ~」
「小島は、どっち」
「小島ちゃんらは~二週目の土日よ~」
「虎太郎は?」
「次の週よ~」
「そっか・・」
日置は大久保がいれば、小島のことを守ってもらおうと思っていたのだ。
あんな野獣のような連中の中に、小島を放つわけにはいかない、と。
「それが、どうかしたんか~」
「それで、どこへ行くの」
「伊勢よ~」
「伊勢・・」
「夫婦岩のあるところよ~」
「そうなんだ・・」
「慎吾ちゃん、行ったことないの?」
「うん」
「あら~~夫婦岩は日の出が有名で、早朝からみんな拝むのよ~」
「へぇ・・」
「泊まる旅館ってね、それはそれは大きくてね~」
「そうなんだ」
「大浴場はあるわ、ゲームコーナーも広いし~、大広間は何室も当たり前、他にレストランやラウンジもあってね~」
「ふーん・・」
「卓球台も、もちろんあるのよ~」
「それ、なんていう旅館?」
「伊勢清風旅館よ~」
「そっか・・」
「ちょっと慎吾ちゃん、えらい気にしてるけど、どうしたんや」
「いや・・あのさ」
「ん?」
「ほんとは小島を行かせたくないんだよ」
「え・・なんでなん」
「でも・・朱花さんに相談したら、束縛するなって言われちゃってさ・・」
大久保は思った。
日置に何があったのか知らないが、『安永』へ行ったのは、そういうことだったのか、と。
「行かせたくないて、なんでやの」
「だってさ、王様ゲームなんていう、下品なことを小島にさせるわけにはいかない」
「王様ゲーム?」
「虎太郎、知らないのか」
「いや・・知ってるけど・・」
「じゃ、下品だと思うだろう」
「ああ~、内容によっては確かにそうやけど、なんでそんなこと心配してるの?っていうか、なんで知ってるの~」
「僕、偶然、桂山の社員さんたちの話を聞いたんだよ」
「あらら、どこで?」
「難波の居酒屋」
「そうなんやね~、それで?」
「その男性たちは、小島のことを話してて、その時、王様ゲームで小島にキスをさせるって言ってたんだよ」
「あらら、そうやったんやね」
「まったく、どうしようもない連中だよ」
日置は憤慨していた。
「まあまあ、慎吾ちゃん。落ち着いて」
「・・・」
「誰がいうてたんか知らんけど~、小島ちゃんがそんなことするはずないわ~」
「だってさ、命令って言ってたんだよ」
「あはは、慎吾ちゃん、なに言うてんのよ~」
「なんだよ」
「あくまでもゲームよ、ゲーム」
「だってさ・・」
「先遣隊には、浅野ちゃんと蒲内ちゃんも行くから大丈夫よ~」
「そうなんだ」
「庶務課の小島ちゃん、総務課の浅野ちゃん、人事課の蒲内ちゃん。この三部署で行くのよ~」
「そっか・・浅野さんや蒲内さんも一緒なんだね」
「慎吾ちゃん」
大久保は日置を覗きこむように見た。
「なに・・」
「小島ちゃんと、ケンカでもしたんか~」
「いや・・別に・・」
「なにもないんやったら、小島ちゃんに訊くはずよ~」
「あの子は忙しくて、連絡が取れないの」
「そうなんやね~」
大久保は納得したようにそう言ったが、おそらくケンカしたのだと悟った。
「まあまあ、心配せんでも大丈夫よ。お兄さ~~ん!」
大久保は店員を呼んだ。
「はい」
「ビールおかわりね~」
大久保はジョッキを手にしてそう言った。
―――そして翌日。
中川は、休み時間に職員室へ訪れていた。
「よーう、先生」
そして日置の席へ行った。
「あ、中川さん。どうしたの?」
「ちょっくら、話があるんでぇ」
「なに?」
「いいから、来てくんな」
そして中川は先に歩き、日置は立ち上がって後に続いた。
やがて校庭に出た二人は、向き合って立った。
「話しってなに?」
「いやさ、昨日のことなんだけどよ」
「うん」
「私、小島先輩に余計な詮索しちまってよ」
「え・・」
「実はさ・・昨日の帰り、天王寺で小島先輩を見たんでぇ」
「うん」
「で、その時、知らねぇ男と一緒に喫茶店に入って行ったから、私、心配になってよ」
「・・・」
「でも、その男ってのは、西島って野郎で、会社の先輩でよ」
日置は西島という苗字に、あの男か、と顔が浮かんだ。
「で、どうやら旅行の相談してたらしくてよ」
「・・・」
「仕事だったんでぇ」
日置は中川の話しが耳に入ってなかった。
「おい、先生よ」
「・・・」
「先生ってば!」
「え・・ああ、なに?」
「ったくよー、聞いてねぇのかよ」
「いや、聞いてる。それで?」
「で、先輩と西島は旅行の相談してて、仕事だったんでぇ」
「そうなんだ・・」
「それで、先生から先輩に謝っといてくんねぇかなと思ってよ」
「ああ・・」
「西島の野郎にも言われたんでぇ」
「なにを・・」
「僕らは先輩と後輩って」
「僕ら・・」
「うん、僕ら」
「なんだよ・・僕らって・・」
「え・・」
「そこは、僕と小島さんは、じゃないのか」
「えっ・・」
「きみ、そう思わないか」
日置はなぜか中川を睨んだ。
「お・・おいおい・・どうしたってんでぇ・・」
「あ・・ああ・・ごめん」
「先生、おかしいぜ・・」
「おかしくなんかない」
「まあ・・いいさね・・で、先輩に謝っといてくんな」
中川は、ここは早く立ち去る方がいいと判断して、歩こうとした。
「きみ」
すると日置は強い口調で引き止めた。
「な・・なんでぇ・・」
「小島はどんな感じだった」
「どんなって・・」
「どんな風に話してたの」
「そ・・そりゃおめー・・会社の仲間だしよ・・」
「なに」
「いがみ合うってのもおかしいやな・・」
「なに」
「ふ・・あっ・・そう、普通に話してたんでぇ・・」
「普通ってなに」
おいおい・・いつものニコニコスマイルはどうしたってんでぇ・・
なに怒ってんだよ・・
少なくとも・・楽しそうに笑ってたなんて、言えた雰囲気じゃねぇな・・
「なっ・・なんかよ・・深刻そうだったぜ・・」
「え・・」
「二人とも伏し目がちで・・なっ・・なんか・・悩んでるというか・・」
「そうなんだ・・」
「ま・・まあ・・それでもよ・・しっ・・仕事の話で・・悩んでたんだろうよ・・」
「旅行のことって言ったよね」
「あ・・ああ・・」
「やっぱりだ・・」
「え・・」
「いや、なんでもない」
日置はそう言い残して、職員室に戻って行った。
小島先輩・・アツアツだって言ってたじゃねぇか・・
あれは嘘だったのか・・
するってぇと・・あのことが原因で・・ケンカ中ってことかよ・・
それって・・私のせいじゃねぇか・・
今の先生は・・かなり深刻だったぜ・・
それに・・旅行のことを気にしてやがったな・・
なんだってんでぇ・・
いずれにせよ・・穏やかじゃねぇことは確かだ・・
中川は、どうすればいいのかと考えたが、策など浮かぶはずもなかったのである―――




