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サーよし!2  作者: たらふく
29/413

29 どこへ行った




―――ここは桂山の体育館。



「ひぃ~・・遅なった~」


蒲内は、老女を梅田コマに送り届けた後、たったいま戻って来た。


「蒲ちゃん、どこまでケーキ、買いに行っとったんや」


杉裏が訊いた。

彼女らは車座になり、休憩をとっていた。


「ちゃうねん~直ぐに戻ろうと思たらな~知らんおばあさんが、梅田コマ行きたい言うてな~」

「へぇー」

「ほんで~、行き方を教えても無理やと思てな~、梅田コマまで連れて行ってん~」

「そやったんか。お疲れさん」

「蒲ちゃん、肝心のケーキは?」


為所が訊いた。

そう、蒲内は手ぶらだったのだ。


「うん~おばあさんにあげてん~」

「あはは、蒲ちゃんらしいな」

「あっ!」


蒲内は、いきなり叫んだ。


「どしたんよ」


井ノ下が訊いた。


「彩華は?」


蒲内が訊くと、みんなの顔が曇った。


「彩華・・なんでいてないの~」

「帰ったんや」


浅野が答えた。


「え・・なんで・・」

「さあ、用事でもあったんちゃうか」


浅野は、まだ怒っていた。


「蒲ちゃん・・」


外間が小声で呼んだ。


「なに・・?」


そこで外間は、蒲内を座らせた。


「いや・・多分やで」

「うん・・」

「彩華な、先生とこ行ったと思うねん」

「そうなんや・・」


蒲内も驚いた。

いくら日置に会いたいとはいえ、練習をサボって帰るなど、小島らしくない、と。

けれども、日置のことで思い悩んでいる小島の気持ちも、わかる気がしていた。


「今日、仕事場で彩華見た?」

「いや・・見てないけど・・」

「あの子さ、どぎつい化粧してな、服装も、なんやホステスみたいでな」

「えっ・・」

「わかる、わかるんやけどな、あんな彩華見たら、先生もびっくりして、そっちへ行ってしまうんちゃうかなと思てるんや」


「そっち」とは、二股だと誤解している加賀見のことだ。


「あああ、ちゃうねん、それちゃうねん!」

「なにが違うんよ」


井ノ下が訊いた。


「いや、実は私な――」


蒲内は、中尾らが不良に脅されていたところ、偶然出くわしたこと、その後、日置と加賀見が助けて解決したことなどを話した。


「え、それって、ほな勘違いってことやん」


浅野が言った。


「そやねん~、だから、はよ彩華に言わんとあかんと思てたら、おばあさんに道訊かれて~」

「これはえらいことやで」

「彩華・・あのまま先生に会うてたとしたら・・」

「ほんで、彩華のことやん。話する言うたかて、怒り出すと思うねや」

「先生にしたら・・全くの濡れ衣やがな・・」

「疑いをかけられたら・・先生、怒ると思うで・・」


彼女らは、二人がとんでもないことになっているのではと、不安になった。

そして、自分たちも、よく確かめもせず、日置が二股かけていることを、さも事実のように勝手に決めつけたことを反省していた。


「そうやん・・よう考えたらさ、朝に電話かけていてなかったんも、朝練とちゃうか?」


岩水が言った。


「ほんまや!」


他の者が声を揃えて言った。


「ちょっと・・どうする・・?」


外間が訊いた。


「どうするて、なあ・・」


井ノ下が答えた。


「いや・・私、責任感じてんねん・・」

「ああ・・」


井ノ下は、日置と加賀見を見て「出来た仲」だと思い込んだ外間の気持ちがわかった。

しかも、そのことを小島に話したのも外間だからだ。


「いや、そとちゃんが勘違いするんも、わかる」


井ノ下は、外間の負担を少しでも軽くしてやりたかった。


「もう、今さらそんなことはええ。誰が悪いとかちゃう。悪いんは私らみんなや」


浅野が言った。


「内匠頭、どうしたらええと思う?」


杉裏が訊いた。


「とりあえず、帰ったら彩華に電話してみるわ」

「そうか・・」

「彩華かて、勘違いやとわかったら、あほやないねんから、すぐに納得するはずや」

「そやな。しかも先生、生徒のために忙しかったんやからな」



―――その頃、日置は。



あらぬ疑いをかけられ、小島に対して「幼さ」を感じていた。

自分には、全く心当たりのないことで、ああまで人は変わるのか、と。

いや、女性は変わるのか、と。

そう考えると、今後が思いやられる気がしていた。


日置の小島に対する印象は、年の割には大人びた性格で、自分は我慢してでも人のことばかり考える子だと。

それは小島が自分に対する想いをずっと抑えてきたことや、貴理子への気遣いを見てもわかっていた。

なにより小島は、自分の知らないところで、自分の心配ばかりしていた。

そんな小島が愛おしく、自分もいつしか惹かれた。


彩ちゃんは・・まだ十八だ・・

未成年なんだ・・

恋を知らなかった子が・・

卒業してすぐに・・僕と付き合い始めた・・

仕方のないことも・・あるよ・・


日置はそう思いながらも、一方では納得しかねていた。

そう、心当たりがあることならまだしも、見当すらつかないことで、いつまた、今回のようなことになるかもしれないのだ。

そうなると、自分には無理だ、と。

対処のしようがない、と。


そして一方では、なにか疑念を持ったとしても、どうして僕を信じてくれないんだ、と。

なぜ、ちゃんと話をしないんだ、と。


そんなこんなが頭をよぎり、日置の心は沈んでいった。



―――浅野家では。



浅野は練習から帰宅し、すぐに小島に電話をかけた。


「もしもし、小島です」


出たのは母親の誠子だった。


「あ、おばさん、こんばんは。浅野です」

「ああ~浅野さん。久しぶりやね~」

「はい、ご無沙汰してます」

「なあ、浅野さん」

「はい」

「ちょっと彩華の様子がおかしいんやけど、なんか聞いてる?」

「ああ・・」

「あの子さ、お化けみたいな化粧して、あの服、知ってる?」

「はい、知ってます」

「あんな彩華、初めてやのよ。もしかして先生となんかあったんちゃうかと、心配してるんよ」

「いえ、大丈夫です」

「そうなん?」

「はい」

「浅野さん、今、家から?」

「そうですけど」

「練習から帰ったん?」

「ああ・・はい」

「え・・彩華、まだ帰ってないんやけど」

「え・・」


浅野はとても嫌な予感がした。

そう、今も日置と揉めているのではないか、と。


「ああ、なんか、帰りにチームの子らと、パフェ食べに行くて言うてましたんで、もうすぐ帰って来ると思います」

「あら、そうなんや。浅野さんは行かんかったの?」

「はい、用事がありまして。ほんでもう帰ってるかなと思て、電話させてもらいました」

「そうなんやね。せっかくかけてくれたのに、悪かったね」

「いえ、大した用事やなかったんで。では、失礼します」


そして浅野は電話を切った。


これは、えらいことになってるかもしれん・・

ケンカ中やったら・・

電話するんも悪いしな・・

いや・・ケンカ中やからこそ、電話せな・・

誤解を解かな・・


そして浅野は、日置の家へ電話をかけた。


「もしもし、日置です」

「あっ、先生」

「ああ、浅野さん。どうしたの?」

「今・・ええですか・・」

「うん、いいよ」


あれ・・彩華、いてないんかな・・


「あの・・彩華は・・」

「来てたけど、帰ったよ」

「え・・」

「それがどうかしたの?」

「帰ったて・・何時ごろですか」

「んーと、僕が帰宅したのは、六時半くらいだったかな。だから小島さんが帰ったのは、七時くらいだと思うよ」

「え・・」


そこで浅野は壁掛け時計を見た。

すると時間は、十時を回っていた。


「嘘やん・・」


浅野は思わず呟いた。


「どうしたの」

「いや・・彩華、まだ家に帰ってないんです」

「え・・」

「先生、彩華とケンカになりました?」

「ああ・・ケンカというか・・浅野さん、どうしてそう思うの」

「いや・・今は話してる時間がありません。先生、彩華の行きそうな場所、知りませんか?」

「行きそうな場所・・っていうか、僕、今から探すよ」

「私も探します。どこへ行けばええですか」

「そうだな・・とりあえず天王寺に出てみる」

「わかりました。ほな改札で待ってます」


そして浅野は受話器を置いた。


彩華・・あんた、なにしてんねん・・

ほっんま、あほやねんから!


浅野は急いで家を飛び出した。

その際、母親には「心配せんでええ、直ぐに帰る」と言った。


一方で日置も、直ぐに家を出た。


彩ちゃん・・きみは一体、なにをやってるんだ・・

家にも帰らず・・

どれだけ僕を心配させたら気が済むんだ・・


そして日置と浅野は、天王寺駅に向かったのである。

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