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サーよし!2  作者: たらふく
289/413

289 それぞれの事情




―――ここは小島家。



小島はタクシーで家に帰ったあと、自室のベッドで横になり、天井を見つめていた。

そして小島は、日置と女性が抱き合う姿を見た今でも、不思議と腹が立っていなかった。

というより、なぜ日置が自分以外の女性に溺れたのだろう、と考えていた。


あの女の人との関係は・・昨日今日のことやない・・

あれだけの言葉を口にするということは・・だいぶ前からやな・・

え・・

ちょっと待てよ・・

先生、電話してきたよな・・

しかも、切迫感があった・・

そうか・・

女性との関係を・・話すためやったんや・・

相手はどう見ても、水商売の人やった・・

もしかすると・・「ばらすぞ」とか・・言われたんとちゃうやろか・・

それで・・ばらされる前に先に言うとかな、と・・


もしそうやったとしても・・

結局、先生は・・あの人を選んだんや・・

だから電話して来たんや・・


小島は自分の勘が度々当たることに、そうだと確信していた。

そして小島はこう考えた。

今回のことは、誰にも話すまいと。

たとえそれが浅野であろうと、誰であろうと。

特に、浅野に話せば、激怒してまた日置を責めることは間違いない。

そうなると、もう去って行く日置に対して、惨めな思いをするのは自分だ。

そんな別れ方など、惨めすぎる。


そして以前のように、自分はとち狂いたくない。

ここは、自然消滅しかない、と。

けして取り乱してなるものか。

何事もなかったかのように、離れて行くのが一番だ、と。

精一杯の虚勢を張って、未練などこれっぽっちもないと思わせる。

おっさんなんてこりごりだ、くらい言って、潔く自分から去ってやる、と。



―――そして翌日。



日置は「頭・・痛い・・」と言いながら、今しがたベッドから起き上がった。


僕は、あれからどうやってここへ帰ったのかな・・


日置は何も憶えてなかった。


うっ・・ガンガンする・・

ああ・・もう七時だ・・

とりあえず・・お風呂に入ろう・・


日置はベッドから下りて浴室へ行こうとすると、台所のテーブルの上に皿が並んでいるのに気が付いた。


え・・


そして置手紙にも気が付いた。

日置はそれを手に取って読んだ。


嘘・・

彩ちゃん・・昨日来たんだ・・

ええ~~・・まさか来るなんて・・

あんなに嫌がってたのに・・

そっか・・来てくれたんだ・・


そして日置は「彩ちゃん、ありがとう」と言って手紙にキスをした。

日置は急いで風呂へ入ったあと、みそ汁も温め、ご飯を茶碗によそって、パクパクと美味しそうに食べていた。


「やっぱり彩ちゃんの料理は、美味しいな~」


日置は呑気にそんなことを言っていた。


ああ・・でもせっかく来てくれたのに・・

僕がいなくて、淋しかっただろうな・・

そうだ・・彩ちゃんが出勤する前に、電話しようっと・・


そして日置は食事を済ませたあと、七時四十五分の時点で受話器を手に取り、ボタンを押した。


「はい、小島でございます」


出たのは母親の誠子だった。


「お忙しい時間に申し訳ありません。ご無沙汰しております、日置です」

「あらあら、先生。おはようございます」

「おはようございます。あの、彩華さん、ご在宅でしょうか」

「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」


そして誠子は「彩華~~先生から電話やで~~」と二階に向かって叫んでいた。

すると小島は「はいはい」と言いながら、急いで降りてきた。

そして受話器を手にした。


「もしもし、私です」

「彩ちゃん、忙しい時間にごめんね」

「いいえ~」

「きみ、昨日来てくれたんだね」

「ああ、はい、行きました~」

「悪かった。僕が呼んでおきながら留守にしててごめんね」

「いいんですよ~」

「それで、ご飯まで作ってくれて、ほんとにありがとう」

「いいえ~」

「それでね、今日なんだけど、また来てほしいの」

「え~」

「昨日も言ったけど、話があるの」

「ああ・・それなんですけど、私も言うとかんとあかんことがありまして」

「なに?」

「なんか、会社が忙しくてね、残業した後、練習でしょ。それでもうクタクタなんですよ~」

「そうなんだ・・」

「せやから、しばらくは会えないと思うんですよ~」

「そっか。あまり無理しないでね」

「はい、ありがとうございます~」

「でもね、これだけは言っておきたいの」


小島は、女性の話など聞きたくもないと思った。


「ああっ、もう時間ですわ~、ほな、私、出勤しますので」

「ああ・・うん。気を付けてね」

「はい~では~」


そして小島は受話器を置いた。


「先生、なんやったん?」


誠子がキッチンから訊いた。


「なんか来てほしいらしいねんけど、会社がめっちゃ忙しくてな」

「あらら、先生、フラれたわけや」

「そーそー、振ってやったんですわ」

「まあ~この子は、罰当たりやな」

「あはは」


これでええんや・・

私は、絶対に取り乱さへん・・

取り乱してなるものか・・


そして小島は何事もなかったかのように、身支度を整え始めた―――



その後、「何事もなく」三日間が過ぎた。

日置は社員旅行がいつなのか、気になって仕方がなかったが、小島とはすれ違いで連絡を取れずにいた。

浅野に訊いたところで、なぜ彩華に訊かないのか、と変な詮索をされかねない。

なぜなら、小島はきっとケンカしたことを浅野には話しているはずだからである。

そこで日置は大久保に訊いてみようと思った。


そして昼休み、日置は大久保に電話をした。


「桂山化学でございます」


受付けの女性が出た。


「恐れ入ります、わたくし桐花学園の日置と申しますが、卓球部の大久保さんをお願いしたいのですが」

「卓球部の大久保ですね、少々お待ちください」


そしてオルゴールの曲が流れた。

日置は意味もなく、教頭の机に置いてある筆箱が横になっているのを縦にした。


「もしもし~慎吾ちゃん~」

「あ、虎太郎。仕事中にごめんね」

「いいのよ~ん。もうお昼やからね~」

「そうなんだ」

「で、どうしたんや~」

「あのさ、久しぶりに飲みに行きたいなと思ってね」

「いやあ~~!行く行く、行くわよ~~」

「あはは」

「で、いつ行くの~~」

「うん、今夜にでもって思ってるんだけど」

「合点承知の助よ~!」

「じゃ、九時に天王寺でどうかな」

「わかったわ~~!」

「それじゃ」


そして日置は受話器を置いた。



―――ここは、天王寺駅。



練習を終えた阿部ら四人は、帰宅するため駅のコンコースに到着していた。


「ほな、またな」

「お疲れ~」

「んじゃな」

「千賀ちゃぁん、とみちゃぁん、また明日なぁ」


阿部と重富は、地下鉄に続く通路へ向かい、森上と中川は環状線の改札口に向かって歩いていた。


「げっ・・おいおい、あの集団、なんだってんでぇ」


中川はある集団を見つけた。


「うわあ~ほんまやなあ」


森上も驚いていた。

そう、その集団は、実業団バレー部の女子選手たちだった。

大勢の乗客でごった返しているコンコースに、ひときわ背の高い一団がいたというわけだ。


「森上よ、おめーが小さく見えるぜ」

「ほんまやなあ。バレーやってる人なんかなあ」

「ちょっと、行ってみねぇか」

「えぇ~なにすんのぉ」

「背の高さを比べてぇんだ」

「えぇ・・」


そして森上と中川は、その集団に向かって歩いた。

すると女性らは、ジャージを身に着け、なにやら談笑している様子だ。

そこで中川は、一行のすぐ横に立った。


「どうでぇ」


中川は森上に背丈の差を訊いた。

森上は中川から少し離れて見ていた。


「中川さぁん、小学生みたいやでぇ」

「あはは、そうだろうよ」

「あんた、なにしてんの」


女性の一人が中川に訊いた。


「よーう、姉さんがたよ」

「え・・」


女性らは、中川の美貌とその話し方に驚いていた。


「背、たっけぇな」

「あんた、誰なん」

「これは失敬。私は桐花学園卓球部の中川ってんでぇ。お見知りおきを」

「あはは、この子、なんなん」

「任侠映画の観すぎちゃうか」

「森上も、来いよ」


中川が手招きした。

森上は仕方なく、一行の傍へ行った。


「初めましてぇ・・」

「あんた、ちょっとええ体してるやん」

「えぇ・・」

「あはは、やっぱり森上も小せぇやな」


そして森上は、自分も卓球部だということと、八月にはインターハイへ出ることなどを話していた。


「へぇー全国、行くんや」

「大したもんやん」


森上は思った。

女性相手に見上げて話をするのは初めてだ、と。

そして、それが心地よくもあった。


「あれ・・」


そこで中川は誰かを見つけた。


小島先輩じゃねぇか・・

でも・・横にいるのは誰でぇ・・


そう、小島は西島と歩いていたのだ。

しかも、割と仲良さそうに。


ちょっと待てよ・・

この時間だと・・練習の帰りだな・・

あたま先輩や・・他の人はどうしたってんでぇ・・


あたま先輩とは、浅野のことである。

その実、小島は日置とのことがあって以降、なるべく考えないようにするため、余興の企画を自ら手伝うと買って出た。

小島は浅野らと帰るつもりだったが、工場の出入り口で西島とバッタリ会った。

そこで二人は、余興のプランを詰めるため、お茶でも飲みながら話をすることになったのだ。

小島が企画を手伝うことは、浅野も他の者も知っており、二人で話をすることにも何ら違和感を持っていなかった。

なにより、西島の人柄を、彼女らも知っていた。


そうとは知らない中川は、やけに楽しそうな小島を見て、少し不安になった。

そして小島と西島は、コンコース内の喫茶店に入って行った。


先輩・・なにやってんでぇ・・


中川は、森上を置いて喫茶店に向かった。

その森上といえば、女性たちとバレーや卓球の話に花が咲いており、中川がいなくなったことに気付いてなかったのだ。


そして中川は躊躇なく店に入った。


「よーう、先輩よ」


中川は二人が座る席に行った。


「えっ、中川さんやん」


小島は驚いていた。

西島も、なんだ、この、綺麗だがヤクザみたいな子は、と驚いた。


「あんた、どしたんよ」

「先輩よ、こんなとこでなにやってんでぇ」

「なにて、仕事の話やけど」

「え・・仕事?」

「この方、私の先輩で西島さん」

「お・・おう、そうか」

「西島です」

「おう・・私は中川でぇ」

「で、あんた、妙なこと考えたんとちゃうやろな」


勘のいい小島は、すぐに言い当てた。


「いやっ・・別にそんなことは・・」

「今度な、社員旅行があって、余興やら観光コースなんかのプランを練ってるとこやねん」

「おお・・そうだったのか・・」

「小島さん」


西島が呼んだ。


「はい」

「後輩?」

「そうなんです。卓球部の後輩なんですよ」

「中川さんやったかな。いらん心配せんでも、小島さんには彼氏がいてること知ってるよ」

「お・・おうよ・・」

「僕らは先輩と後輩」

「そ・・そうか・・これゃぁ済まなかった」

「あんたも参加するか?」


小島はからかってそう言った。


「え・・」

「あんたやったら、おもろいこと考えつきそうやし」

「いやいや、森上が待ってんでぇ」

「そうか」

「邪魔して悪かった。じゃな」


そして中川は店を出て、森上の元へ急いだ。


「なんか、めっちゃ個性のきつい子やな」


西島が言った。


「そうなんです。でも、あんなんですけど、根はすごくいい子で、やる気も半端ないし、私は大好きなんです」

「そうなんやな」

「えっと、それで、やっぱり伊勢神宮は外せませんよね」

「でもな、神宮って、小学校の修学旅行で行ったしな」

「私も行きましたけど、大人になって行くのもええんとちゃいますかね」

「そやな。ほな、神宮もコースに入れて・・っと」


西島はノートにメモしていた。

小島は思っていた。

こうして、一時ではあるが、日置のことを忘れられる時間が唯一の救いだ、と。

それに西島は、年の割にはとても落ち着いていて、話をしててもなんら苦にならない。

自分には弟がいるが、お兄さんとは西島のよう人なんだろうな、と。


一方で中川は、「あんたぁ、どこ行っとったぁん」と森上に叱られていた。

女性たちはとっくにこの場を去っており、森上は置き去りにされていたのだった―――

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