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サーよし!2  作者: たらふく
287/413

287 朱花との再会




―――ここは、桂山の社員食堂。



あの後、西島は同僚の席へ行き、小島と浅野は二人で昼食を摂っていた。


「内匠頭・・」


小島は日置のことで不安なにり、余興どころではなかった。


「なによ・・」


浅野は小島の表情を見て、日置と何かあったのだと悟った。


「もう・・聞いてくれる?」

「あんた、また先生とケンカしたんか」

「ああ・・それもそうやけど、さっき、先生から電話があってな・・」

「え・・ちょ・・なにがあったんよ」

「それが、ようわからんのやけど、話がある、言うてさ・・」

「それって、ケンカのこととちゃうの」

「ちゃうねん。いや、私もそう思たから、その話しやったら嫌です、言うたんや」

「うん」

「ほなら、そのこことちゃう言うて」

「ほなら、なんなん」

「電話ではできない話や、言うてさ」

「うーん・・ようわからんなあ・・」

「私かて、わからんし。ほんでさ、先生の言い方が、まるで命令してるみたいでさ」

「なによ、それ」

「部屋に来るんだ・・とか言うてさ」

「えぇ・・」

「で、私は行きませんって言うたんや」

「うん」

「そしたら、僕の言うことが聞けないのか、絶対に来るんだって言うてさ」

「えぇ・・ちょっと・・いや、っていうか、先生らしないな・・」

「そやねん。だから私は行かへん」

「あんたさ、なんか心当たりないん?」

「あるかいな。だから変やと思てんのよ」

「あの先生が・・うーん、これって、よっぽどのことがあったんやで」


そして小島は「はあ・・」とため息をついた。


「あっ!」


浅野は突然、何かを思いついたように声を挙げた。


「なによ」

「近々、記念日とか、ないん?」

「え・・」

「ほら、二人だけの記念日やん」

「それやったら、なんやのよ」

「あれやん。先生、部屋に呼んで、彩華をびっくりさせようとしてるんちゃうか」

「え・・」

「それか、記念日やないとしても、ほら、ケンカしたやろ。それの仲直りってことで、わざと意味深なこと言うたんちゃう?」

「そうなんかなあ・・」

「だって、心当たりないんやろ」

「うん、まったく」

「ほなら、そうやって」

「うーん・・」

「だってな、わざわざ電話して来て、そんなん言う意味ないやん」

「そうなんやろか・・」

「先生、ほら、小学生やろ。仲直りする方法、一生懸命考えたんやて」

「いや、小学生ではない。おっさんやで」

「あはは、そうやって」


浅野は、さも言い当てたとばかりに、呑気に笑っていた。

小島も徐々に、浅野の言う通りかもしれないと思い始めていた。

なぜなら、本当に心当たりがないからである。

それに「らしくない」日置の言いぶり。

あれは演技だったのか、と。

なんだ、かわいいじゃないか、と。

小島は「健気」な日置を思いやり、夜になってマンションへ向かうのである。



―――そしてこの日の夜。



まさか小島が来るとは思わなかった日置は、練習を終えて学校を出た後、真っすぐ帰ってもどうせイライラするだけだと考え、『安永』に向かっていた。

『安永』とは、大久保の行きつけである梅田の高級クラブの店名だ。

日置は過去、大久保に連れられて一度だけ行ったことがあった。

そこには、朱花ママという、日置と同世代の女性が働いている。

日置は小島のことで悩んでいた時、朱花に相談して、励まされたことがあった。

そう、日置は朱花に話を聞いてもらおうと思ったのだ。


日置が店に入ると「いらっしゃいませ」と黒服のボーイが丁寧に出迎えた。


「お一人様でらっしゃいますか」

「はい・・」

「失礼ですが、ご予約の方でらっしゃいますか」

「いえ・・予約はしてません」

「左様でございますか。では、お席へご案内いたします」


ボーイはそう言って「こちらへどうぞ」と、ボックス席に案内した。

日置は腰を落とし、朱花の姿を探した。


「いらっしゃいませ」


そこへ二十代前半と思しき女性が、ヒラヒラとしたドレスを着て日置の席へ来た。


「あら・・お客さま、もしかして大久保さんのお連れ様では・・」


この女性は日置を覚えていたというより、ジャージに目が行っていた。

そう、ジャージで来店するのは、大久保たちだけだからである。


「ああ、そうです」

「そうでしたか。今日は、大久保さんは?」

「僕一人で来ました」

「そうですか。どうぞごゆっくりなさってくださいね」

「あの・・」


女性がお酒の用意をしようとすると、日置がそう言った。


「はい」

「朱花さんは・・」

「あら、朱花ママがお目当てでしたか」


女性は、わざと拗ねたように笑った。


「いえ、そんなんじゃありません」

「ちょっとお待ちくださいね。呼んでまいります」


女性は立ち上がり、朱花がいるであろうテーブルに向かった。

するとほどなくして「まあまあ、日置さん」と言いながら、和服姿の朱花が姿を現した。


「どうも、突然押しかけまして」


日置は立ち上がって一礼していた。


「いやいや、そんなんせんといてください。どうぞお掛けになって」

「はい・・」


そして日置は再び座った。


「ようお越しくださいました。ありがとうございます」


朱花は日置の隣に座り、両手を膝の上に置いて頭を下げた。


「いえ、こちらこそ」

「水割りでよろしいですか」

「はい」


そして朱花は手慣れた仕草で、水割りを作り始めた。


「それにしても、お久しぶりですね」


朱花はトングで氷を掴みながら、そう言った。

氷はカランカランという音を鳴らして、グラスの中に入っていた。


「そうですね」

「あっ、そうそう!」


朱花は手を止めて、日置を見た。

日置は、何事かと驚いて朱花を見返した。


「吉住さんからお聞きしました。生徒さんたち、インターハイへ行かれるんですってね」

「はい、そうなんです」

「よかったですね。私もとても嬉しいです」

「ありがとうございます」

「お祝いせんと、あきませんね」

「え・・」

「日置さん、よく頑張らはったんですもの、お祝いさせていただきます」

「いえいえ、そんな、とんでもないです」

「あはは、気になさらなくてもいいんですよ。(りょう)ちゃん」


朱花は若いボーイを呼びよせると、耳元で何やら話していた。

そしてボーイは頷いて、奥へ入って行った。


「それで、インターハイはいつですか」


朱花は再び手を動かした。


「八月です」

「そうですか。どうぞ」


朱花はそう言って、グラスを日置の前に置いた。


「ありがとうございます」


日置はグラスを手にして、一口含んだ。


「日置さん、すっかり元気にならはって、ほんと嬉しいです」


昨年、日置が落ち込んでいた時、吉住を紹介してくれたのは朱花だった。


「あの時は、ご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ、なに言うてはりますの。吉住さんも日置さんと知り合えてよかったと仰ってますよ」

「そうですか。ありがたいお言葉です」


そこへボーイが、様々なチーズを乗せた皿を運んできた。


「お待たせいたしました」


ボーイは皿を日置の前に置いた。


「遼ちゃん、ありがとうね」

「いえ」


そしてボーイは一礼して下がった。


「日置さん、チーズはお好きですか」

「はい」

「よかったです。どうぞ召し上がってくださいね」

「すみません。では頂きます」


朱花は日置が口を動かす様子を、優しく微笑んで見ていた。


「あ・・朱花さんも、どうぞ」

「いえいえ、私はお腹一杯です」

「そうなんですか?」

「はい」

「じゃあ・・水割り、飲んでください」

「ありがとうございます」

「僕一人で飲むっていうのも、なんか窮屈ですし」

「では、頂戴いたします」


そして朱花は自分の水割りも作った。

その後、他愛もない話が続き、何杯も水割りをおかわりして日置はほどよく酔っていた。


「それでね、その中川って子は、ほんと問題児でね」

「あらあら、それは大変」

「予選の時、ほんと、何度もヒヤヒヤされられてね」

「ヒヤヒヤとは?」

「それがね、ラケットにあてたらミスになるのに、わざとボールを追いかけてね」

「あらまあ」

「僕、落とせ!ラケット落とせ!って叫んだの」

「まあまあ、それでどうなりました?」

「寸でのところでボールはあたらなくて、もう、どれだけ肝を冷やしたか」

「危機一髪ですか」

「そうなの。もしあたってたら、インターハイも泡となって消えてたの」

「あら!今お聞きしても、肝が冷えますわ」

「でしょ?」

「まあまあ、試合に勝つのは、並大抵やないんですね」

「そうなの。それで森上って子はね――」


日置は彼女らの話を、次から次へと口にした。

朱花は、卓球のことなどチンプンカンプンだったが、どこまでも「うんうん」と頷いて話を聞いてやった。

それは商売抜きの、朱花の思いやりだった。

なぜなら、日置のような真面目な人物が、慣れないこの店に一人で来るはずがないからだ。

何かを言いたくて、聞いてほしくて来たに違いない、と。



―――その頃、日置のマンションでは。



小島は合鍵を使って訪れたものの、日置は一向に帰って来ない。

もう、かれこれ一時間が過ぎた。

時計を見ると、午後十時を回っている。

小島はソファに座ったまま、棚に飾られてある日置とのツーショット写真を見ていた。


先生・・

なにやってんねや・・

部屋に来いと言うたんは・・先生やろ・・


小島は手持無沙汰になり、立ち上がって台所へ行き、冷蔵庫を開けた。


しゃあないな・・

なんか作っとくか・・


そして小島は、食材を手にして流し台へ移動した。


えっと・・みそ汁やろ・・

それと・・子芋の煮っ転がし・・

オクラとゴマを和えて・・

あ・・ご飯も炊いとくか・・

ほなら、明日、食いよるやろ・・


ぷっ・・食いよるて・・

私も、酷いもんやな・・


小島は、まさか日置が高級クラブで酒を呑んでいるとは思いもせずに、包丁を動かしていたのである―――

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