286 行き違い
日置は店を出たものの、さっきの男性らが許せなくて、来た道を引き返した。
なんてふざけた連中だ・・
王様ゲームだと・・?
そんなくだらないゲームに、彩ちゃんを参加させるわけにはいかない・・
いや、旅行だってダメだ・・
そして日置は店に到着し、扉を開けて男性らが座っていた席に目を向けた。
「お客さん、お忘れ物ですか」
若い男性店員が訊いた。
「いえ・・あの、あそこにいた男性たち、帰ったんですか」
「はい、さっきお帰りになりましたけど」
そう、西島らは店を後にしていたのだ。
「そうですか、すみません」
日置はそう言って、扉を閉めた。
「またお越しくださいね!」
店員の声が、扉越しに聴こえた。
社員旅行って・・いつだ・・
何泊するんだ・・
いや・・何泊とか関係ない・・
絶対に行かせないぞ・・
日置は怒りが収まらないまま、マンションに向かった。
―――そして翌日。
中川は小島のことが気になっていた。
いわば、自分のせいで小島が叱られたからである。
もしかすると、ケンカになったかもしれない。
日置に訊いたところで、「きみには関係ないよ」と言うのはわかっている。
そこで中川は、小島に訊くことにしたのだ。
「トイレ行ってくらぁ」
昼休みになり、中川はすぐに教室を出て行こうとした。
「あ、私も行く」
重富が言った。
「え・・」
「え、て、なによ。トイレ行くんやろ」
「私が行くのはアメリカのトイレでぇ」
「あはは、なに言うてんのよ」
「あのよ、私は腹が痛てぇんだ」
「だから、なんなんよ」
「プープー聴こえてみやがれ」
「別にええやん」
「デリカシーのかけらもねぇやつだな。いいか、付いてくんなよ」
そう言って中川は、走って出て行った。
重富は振り向いて、阿部と森上を見た。
「今の、どう思う?」
「確かに、変やったな」
阿部が答えた。
「でもぉ、お腹が痛いて、言うとったやぁん」
「ほんまかな・・」
「女子同士でもぉ、音を聴かれるんは、嫌なもんやでぇ」
「まあ、確かにそうやけど・・」
「それよりぃ、お弁当食べよかぁ」
森上がそう言うと、阿部と森上は机を移動させた。
「ほな、私はほんまにトイレ行くわな」
重富はそう言って教室を出て行った。
一方で公衆電話に到着した中川は、電話帳を捲って桂山化学の番号を探していた。
何度も調べるっつーのも、面倒さね・・
これを機に・・先輩の番号、訊くか・・
そして中川は硬貨を入れて、ダイヤルを回した。
その際、日置が来やしないかと、周りを見ていた。
そう、ここは職員室にほど近い場所なのだ。
「桂山化学でございます」
受付けの女性が出た。
「わたくし、中川と申しますが、卓球部の小島さん、お願いできるかしら」
「卓球部の小島でございますね、少々お待ちください」
そこでオルゴールの曲が流れた。
中川はまた、周りを見ていた。
「お待たせしました。小島でございます」
「おお、先輩。私だ、中川だ」
「やっぱりあんたやったんか」
「仕事中、すまねぇな」
「いや、そんなんええけど、あんた、大丈夫なんか?」
「うん。色々と心配かけたけど、もうでぇじょうぶでぇ」
「あはは、そこは、大丈夫でええやろ」
「あのよ、先輩」
「ん?」
「私に喋っちまったことで、先生に叱られたんだろ」
「ああ・・まあな」
「で、先生とケンカになったのか」
「いやいや、ないない」
「そうか・・よかった」
「あんた、心配して電話くれたんか」
「そうさね。っんなよ、私のせいでケンカになりでもしたら、目も当てられねぇやな」
「心配せんでも、先生とはアツアツやから」
「かぁ~~言ってくれるぜ」
「あはは」
「でも、済まなかった」
「なにがよ」
「先輩に嫌な思いをさせちまってよ」
「なに言うてんのよ。っんなもん屁でもないで」
「そう言ってくれると助かるぜ」
小島は思った。
日置より、よっぽど中川の方が大人だと。
「小島さん、こっちも」
そこへ小島に他からも、電話がかかっていた。
その声は、中川にも届いていた。
「日置さんって人から」
「え・・」
そう、日置は職員室から小島に電話をかけていたのだ。
「ああ、先輩よ、これで切るから」
「うん、ごめんな。わざわざありがとうな」
「にしても先生よ、家まで我慢できねぇのかよ」
「あほなこと言うてんと。ほな、またな」
「おうよ!よろしくやってくんな」
そう言って、中川は受話器を置いた。
中川は、日置が電話をかけていたことで、二人の仲は順調すぎるくらい順調だと、完全に勘違いした。
そして、何事もなくて胸を撫でおろしていたのである。
―――職員室では。
「仕事中に、ごめん・・」
日置は、他の職員に聴こえないように、小声で囁いた。
「いえ・・ええですけど、どうしたんですか」
「きみに話があるの・・」
「いや、もうあのことやったら、またケンカになりますので、私は嫌です」
「違う」
「え・・」
「あのことじゃない・・」
「ほなら、なんですか」
「今は話せないから、僕の部屋に来て・・」
「え・・」
「聴こえなかったの」
「いや・・聴こえてますけど・・」
「来るよね・・」
「ちょっと、なんなんですか」
小島は、小声ながらも日置の言いぶりは、どこか変だと悟った。
そう、まるで命令するかのようだ、と。
「部屋には行きません」
「え・・」
「私から電話します」
「ダメ。電話で話せることじゃない・・」
「だから、なんなんですか」
「きみ、僕の言うことが聞けないの・・」
「え・・」
「絶対に来るんだ・・」
「嫌です、行きません!」
小島はそう言って電話を切った。
なんなんや・・先生・・
なんかおかしいで・・
なにがあったんや・・
今回は・・中川さんとは関係ない・・
「小島さん」
そこで西島が声をかけてきた。
「ああ、はい」
小島は振り向いて答えた。
「どしたん?」
「いえ・・別に・・」
「なんか、険悪な感じやったけど、彼氏?」
「はい・・」
「ケンカでもしたん?」
「ああ・・いえ・・」
「もう、みんな社食へ行ってるで」
「あ、そうですね・・」
室内を見ると、西島以外、誰もいなかった。
「ほな、行こか」
「はい」
小島は立ち上がって、西島と一緒に社食へ向かった。
「今度の社員旅行なんやけどな」
歩きながら西島が言った。
「はい」
「僕な、色々と余興を考えてるんやけど、なんかええ案があったら言うてな」
「余興ですか・・」
「ハンカチ落としなんか、もう古いしなあ」
「二人羽織はどうですか」
「二人羽織か。それ面白そうやな」
「高校生の時、部員の子らや先生や大久保さんらと、やったことがあるんです」
「大久保さんて、卓球部の?」
「はい」
「あの人、おもろいよなあ」
「そうなんですよ。もうめっちゃ盛り上がりました」
「他に、なんかある?」
「そうですねぇ、漫才もやりました。あっ、それと形態模写とか」
「あはは、漫才て、さすが大阪の女子やな」
「そうなんですよ。ネタは最悪やったんですけど、盛り上がりました」
「彩華~~」
そこへ浅野がやって来た。
「おう、内匠頭」
「よっ」
西島は軽く手を挙げた。
「西島さん、どうも」
「今な、社員旅行の余興の話してたんよ」
小島が言った。
「おお~余興ですか」
「浅野さんも、ええ案があったら言うてな」
「そうですねぇ・・あっ、二人羽織なんか、どうです?」
「あはは、それ、今、小島さんから聞いたとこ」
「そうなんですか。ほなら~漫才とか」
「あはは、それも聞いた」
このように三人は、和やかなムードたったが、小島の内心は穏やかではなかった。
当然、日置のことで、心が暗くなっていた。
―――一方、日置は。
受話器を置いたあと、職員室を出て行った。
そして校庭のベンチに座り、小島のことを考えていた。
あの子は、自分の身に危険が迫っていることを知らない・・
それなのに・・僕の言うことを聞こうともしないで・・
ほんとに、危なっかしい・・
それにあの態度はなんだよ・・
嫌ですって・・なんなんだよ・・
「よーう、先生」
そこへ中川がやって来た。
「あ、中川さん・・」
「先生よ~昼間っから、なにやってんでぇ」
「なにって・・座ってるだけだよ」
「あはは、いやあ~もう、女子高生には刺激が強すぎるってもんよ」
「はあ?」
「まあ、昼休みだから許してやんよ」
「きみ、なに言ってるの」
「小島先輩に、電話してただろ」
「えっ」
「まあまあ、野暮なこたぁ訊かねぇって。じゃな」
中川はそう言ってこの場を去ろうとした。
「ちょっと、中川さん」
そこで日置は立ち上がった。
「なんでぇ」
「きみ、どこで聞いてたの」
「実はな、私も小島先輩に電話してたのさね」
「え・・」
「公衆電話」
「・・・」
「私さ、先生が先輩を叱ったってわかってよ、ケンカになってんじゃねぇかと気になってさ」
「・・・」
「でも、安心したぜ」
「え・・」
「小島先輩、アツアツだって言ってたぜ。あっ、また余計なこと言っちまった・・」
中川は両手で口を押えた。
「・・・」
「怒んねぇでくれ。私は嬉しかったぜ。これからも仲良くやってくんな」
そして中川はこの場を後にした。
仲良くなんて・・
それどころか・・
彩ちゃんの身に・・危険が迫ってるんだよ・・
そして日置の頭には、西島の顔が浮かんでいたのだった―――




