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サーよし!2  作者: たらふく
285/413

285 言い争い その2

                



―――ここは桂山の社員食堂。



小島と浅野は、一緒に昼食を摂っていた。


「そうかあ・・中川さん、大変やったんやなあ」


小島はたった今、昨日の試合のことと、中川と公園で話したことを浅野に説明し終えたところだった。


「せやけど、最後には立ち直った感じやったし、よかったわ」

「せやけどさ、大河くんて、中川さんみたいな超美人のこと、なんとも思わんのやな」

「ああ・・そうみたいやなあ」

「普通、男子やったら、イチコロやで」

「まあ、人それぞれ好みとかあるやろしな」

「まあ、そうやけど」

「それでさ・・」


小島は小声になった。


「なによ・・」

「私、昨日、先生にそのこと話したんや・・」

「うん・・」

「ほなら先生、めっちゃ怒ってさ・・」

「え・・なんでやの」

「教師のプライベートなことを言うなって・・」

「ああ・・まあ先生やったら、そう思うやろな」

「ほんでさ、そこから言い争いになって、私、もうブチ切れてさ・・」

「えっ」

「文句言いまくって、出て行ったんよ・・」

「え・・なんて言うたんよ」


そこで小島は、部屋を後にする前、捲し立てて喋った内容を話した。


「ええ~~、それって大丈夫なんか」

「まあ・・言い過ぎたと反省はしてるんやけどな・・」

「先生、びっくりしたやろな」

「そやろけど、なんかさあ、別に知られたってええと思わん?」

「先生は、異常なくらいの秘密主義やからな」

「それやん。ほっんま、理解できんわ」

「まあまあ、彩華。先生は一回りも年上やけど、恋愛に関しては小学生やから、抑えて、抑えて」

「小学生て、なによ」

「あはは、だって小学生レベルやん」

「まあ・・確かにそうかも・・」

「小島さん」


そこへ、小島と同じ部署の男性が声をかけてきた。


「あ、西島(にしじま)さん」


西島は、小島より五歳年上で独身の先輩だ。

日頃から小島は、西島になにかと世話になっていた。

入社した際も、一から仕事を教わったのも西島だった。


「さっき決まったんやけど、今日、飲み会するねんけど、小島さん、どうする?」

「そうなんですか・・」

「練習があるから無理かな」

「そうですね・・すみません」

「いや、ええねん。僕、幹事やってるから、人数把握しとかなあかんからな」

「いつも西島さんばかりに任せてしまって、すみません」

「あはは。僕、こんなん好きやから」


そう言って西島はこの場を去った。


「西島さんて、ほんま世話好きやよな」


浅野が言った。


「うん。めっちゃええ人」


西島は部内でも人気者だった。

面倒な役回りをいつも買って出ては、何一つ嫌な顔をせずに熟すような人物だった。

それに、なかなかのイメケンでもあり、女性社員の中でも憧れる者も少なくなかった。


「それより先生のことやけど、やっぱり彩華が折れる方がええで」

「そうなんやろか・・」

「そうやって。先生って優しいけど、めっちゃ意固地やん」

「うん」

「あんたの方が大人にならなな」

「小学生・・か・・」


小島は疲れたように呟いた。



―――そして放課後。



「きみたち、昨日はお疲れさまでした」


練習前、日置は彼女らに向けて話をしていた。


「郡司さん、試合はどうだった?」

「はい、一回戦は淀川南高校の桑原さんに、13点と9点が勝ちましたが、二回戦は三神の榎木さんに4点と6点で負けました」

「三神とやって、どうだった?」

「はい、力の差を感じました。もっと練習をしないといけないと思いました」

「そうだね。榎木さんもそうだけど、一年生の子たちはいずれきみのライバルになるからね」

「はい」

「でも一回戦を勝ったことは大きいよ。それはわかるよね」

「はい」

「よし。じゃ、今日からは近畿とインターハイに向けて、より一層、厳しい練習をするから、みんな、そのつもりでね」

「はいっ!」

「おうよ!」

「基本をやった後、郡司さんは僕と特訓。重富さんはフォアとバックでラケットの反転の徹底。阿部さんはツッツキから回り込んでミート打ちの徹底。これもバッククロス、ミドル、フォアストレート三点に打ち分けること。森上さんはボールを出してもらって、後方からのドライブスマッシュ。これもコースを打ち分けて。中川さんはズボールを出したていでカットして、前に寄ってスマッシュ。これはバックハンドもね。これもコースを打ち分けること」

「はいっ!」

「おうよ!」


そして日置と彼女らは、それぞれ分かれてコートに着いた。

日置もそうだが、彼女らは大阪で優勝したという責任を果たすため、まずは近畿での優勝を目指していた。

問題の中川も、なんとか立ち直り、小屋には元気な声が響き渡っていた。



―――そしてこの日の夜。



小島は就寝前、日置に電話をかけることにした。

浅野の言うように、自分が大人にならなければ、と思ったのだ。

そして受話器を手にしてボタンを押した。


「もしもし、日置ですが」

「あ、先生、私です」

「彩ちゃん・・」


日置は少し戸惑った。

なぜなら、あんなに怒って出て行った小島が、まさか昨日の今日で連絡してくるとは思わなかったのだ。


「昨日は、言い過ぎました。すみませんでした」

「いや、僕の方こそ言い過ぎた。ごめんね」

「それで・・今日は、どうでしたか・・」

「どうって?」


小島は一瞬、イラッとした。

そう、中川のことに決まってるだろう、と。


「中川さんのことです」

「ああ・・」

「彼女、練習に参加しました?」

「うん。いつも通りに元気だったよ」

「そうですか・・よかった」

「僕さ、中川に訊いたんだよ」

「え・・」

「大河くんとのこと」


小島は正直、唖然とした。

なにも言うなと釘を刺したはずだぞと。


「それで・・中川さんはなんて・・?」

「もう大丈夫だって。それと二度と振り回されないって」

「そうですか・・」

「それでね、僕ときみのことも話したんだよ」

「え・・」

「やっぱり言っておかないと、万が一ってこともあるからね」

「釘を刺したということですか・・」

「そんな大袈裟なもんじゃないけど、小島から聞いた話は忘れてくれって言ったんだよ」


嘘やろ・・先生・・

大河くんのことはまだしも・・

そこは触れたらあかんやろ・・

釘を刺すってことは・・中川さんを信じてないって言うてるようなもんやんか・・

あり得へん・・


「そしたらさ、私が誰かに喋ると思ってるのかって、言われちゃったよ」

「あの・・先生」

「なに?」

「私、言いましたよね」

「え・・」

「なにも言うなって、言いませんでしたっけ」

「いや・・言ったけど・・」

「だったら、なんでそんなこと言うたんですか」

「だってさ、ちゃんと聞いておかないとダメでしょ」

「なにがあかんのですか」

「僕だってね、中川を傷つけないようにって、これでも気を使ったつもりだけど」

「気を使うんやったら、触れん方がええってことまで気を回してくださいよ」

「なんだよ、その言い方」

「あの、先生。言うときますけど、一つ間違えば、へそを曲げて喋り倒されることかてあるんですよ」

「・・・」

「私、言いましたよね。あの子は誰にも喋らへんって」

「・・・」

「中川さんやからよかったものの、普通の子やったら傷ついてますよ。いや、中川さんかて傷ついてますよ」

「僕の何が間違ってるんだよ」

「先生・・」

「そもそも、きみがペラペラと喋ったことが発端じゃないか」

「・・・」

「きみが話さなかったら、僕だって中川を傷つけることなんかなかったよ」


ほんまにもう・・

まさに小学生や・・

ほなら・・あのまま中川さんを放っといてよかったんか!

それで一番困るんは、先生やろ・・

ああ・・わかってない・・

なんもわかってない・・


そもそもやな・・

彼女がおるってわかって、生徒に冷やかされようがなんやろうが・・かまへんやろ!

そんなん一時のことや・・

それくらいのこと・・受け流せっちゅうねん・・


小島はこれらの思いが喉まで出かかっていたが、さすがに口にはしなかった。


「わかりました」

「なにがだよ」

「私が悪かったです」

「悪いと思ってないのに、謝ることないよ」

「え・・」

「僕が悪かったんだ。生徒の気持ちもわからないダメ教師だから、こんなことになったんだよ」

「先生、いい加減にしてくれませんか」

「きみこそ、変なお節介してさ、僕の気持ちなんてなにもわかってないじゃないか」

「・・・」

「僕は、愛だの恋だの、好きだの嫌いだので、余計な気を使いたくない。それは部員のあの子たちもそうだ。中川みたいにフラフラとなられちゃ困るんだよ」

「あの子ら、卓球をするロボットですか」

「え・・」

「強くて勝てるだけでええんやったら、ロボット造ったらええんとちゃいますか」

「なに言ってるんだ」

「もうええです。話は平行線です」

「僕こそ、ウンザリだよ」

「そうですか。わかりました」

「なんだよ」

「ガチャン」


いきなり電話は切れた。

日置は憤慨しながら「なんだよ、一方的に」と言って受話器を乱暴に置いた。


一方で小島は、ほとほと呆れ返っていた。

生徒の気持ちが理解できないなら、なぜ私の言うことを聞かなかったんだ、と。

中川は他言する子ではないと、先生も知ってるだろう、と。

挙句には、捻くれてダメ教師だのなんだのと。


小島は、まさか別れる気などさらさらなかったが、ここは互いに頭を冷やすためにも、少し距離を置こうと考えた。

時間が経てば、いくら日置とはいえ大人だ。

少しは考えるだろうし、その時が来れば、また元通りになるはずだ、と。


一方で日置は気分転換を図るため、部屋を出て一人で飲みに行くことにした。

難波まで出る際、歩きながら日置は今しがたの言い争いが頭を駆け巡っていた。

自分の何が間違ってるのか、中川に対してどう接すれば正解だったのか、と。

あれこれ考えを巡らせたが、すぐに答えなど出るはずもなかった。


ほどなくして居酒屋に到着した日置は、扉を開けて中へ入った。

時間はもう十一時を過ぎているというのに、店はとても繁盛しており、日置は二人席に案内されて座った。

そしてチューハイと揚げ出し豆腐を注文して、周りを見渡していた。


「いやいや、僕はやっぱり小島さんやな」


日置の席から少し離れたところに、おそらく二次会かと思われるサラリーマン四人が楽しそうに話していた。


「小島さんはあかんで」

「なんでやねん」

「彼氏がいてんねや」

「えっ、そうなんか!」

「あはは、お前知らんかったんか」

「僕、名前も好きやのになあ」

「彩華ちゃんな」


日置は思わず彼らを見た。


この人たち・・桂山の社員なのか・・


「小島さんはしっかり者で、ええ子やもんなあ」

「西島」

「ん?」

「お前はどうやねん」

「どうって?」

「小島さんやん」

「ええ子やと思うで」

「可能性があるとしたら、西島やな」

「なにがやねん」


西島はそう言いつつも、やけに楽しそうだ。


可能性とか・・なに言ってるんだよ・・


日置は彼らから目が離せなかった。


「せやけど十九で彼氏いてんのかあ」

「西島、お前、奪えよ」

「あほか」


さすがに西島も呆れていた。

無論「奪え」と言った男性も、冗談を口にしただけだ。


「あの子は単なる後輩。ましてや彼氏がいてんねんから、あかんに決まってるやろ」

「せやけど、お前、男前やし」

「あほか」

「そうか。ほなら野口さんはどうや」

「僕さ、そんな目で女子社員見てないし」

「お前、もう二十四やろ。彼女もいてんと、結婚どうすんねや」

「お前かて同期やん」

「俺は彼女、いてます~」

「俺は、奥さんいてます~」

「ほなら、僕と西島だけか」


この四人は同期入社で、既婚者と彼女がいるのと、あとの二人は「フリー」だった。

そのうちの一人が西島である。


「それより、今度さ、社員旅行あるやん」

「うん」

「また西島に任せっきりになるな」

「僕は、むしろ好きやし、余興とか考えるん、楽しいんや」

「知ってるか?最近な、王様ゲームっていうんが流行ってるんや」

「それ、なんやねん」

「王様の命令には絶対に従わなあかんってゲームや」

「へぇー」

「割り箸に1本だけ王様と書いて、それを引いた人は王様ってことで、家臣に命令できるんや」

「命令って?」

「なんでもええねん。例えばやで・・誰かと誰かをキスさせるとか・・」

「えええええ~~~!」

「俺が王様になったとするやろ。ほんで、西島と小島さんにキスを命じる、とかな」

「ヒューヒューええぞ~~」


既婚者が冷やかした。


「あかんあかん。そんな下品なゲーム却下や」


西島はすぐに否定した。

この会話を聞いて、愕然としたのが日置である。

こんな野獣のような連中と、旅行などさせられるか、と。

日置はとっくにテーブルに置かれたチューハイと揚げ出し豆腐にも手を付けず、気分を害して店を後にしたのである。

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