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サーよし!2  作者: たらふく
284/413

284 それぞれの胸の内




―――そして翌日。



「よーう、おめーら」


中川はいつも通りに教室に入った。


「中川さん!」


阿部ら三人は、すぐに中川に駆け寄った。


「昨日は、すまなかった」


中川はそう言って頭を下げた。


「中川さん・・もう大丈夫なんか・・」


阿部が訊いた。


「おうよ!この通りだぜ」

「小島先輩と、どんな話したん?」


重富が訊いた。


「先輩よ、私の心配してくれて、あの手この手で説得してくれたのさね」

「あの手この手て?」


彼女らは、昨日の中川をどうやって小島が立ち直らせたのかに、当然関心があった。


「野暮なこたぁ訊くんじゃねぇぜ」

「え・・」

「大人の話よ・・大人のな・・」

「大人の話て、なんなんよ」


阿部が訊いた。


「まあ、小島先輩の苦労話ってことさね」

「へぇ・・」

「あの人は・・強ぇ人間だ」

「まあ、そうやろな」

「ってことでよ、私は今後も大河くんを想い続ける!」

「えっ!そうなん?」

「またフラれたら・・どないすんのよ」

「中川さぁん」


森上が呼んだ。


「なんでぇ」

「大河くんを想い続けるんはええと思うんよぉ」

「おう」

「でもなぁ、なにかある度にぃ、昨日みたいなことになったらぁ、あかんと思うねぇん」

「おうよ、森上。おめーの言いてぇことはわかってるぜ」

「そうなぁん」

「私は決めたんでぇ。もう細けぇことに振り回されねぇ、とな」

「うん~」

「女は強くなきゃいけねぇやな。まさに!愛お嬢さんがそうだったようにな・・」

「そうやで!今こそ、愛お嬢さんにならんと!」

「あの強さは、半端ないもんな」


中川は帰宅した後、自室で小島の思いやりを痛感していた。

同時に、小島の強さを見習うべきだと。

耐えに耐え抜いた二年間は、並大抵じゃない、と。

そのおかげで、日置の心を掴んだ。

それに比べれば、自分はまだまだ甘い。

まだ何も耐えたことなどない。

ただ感情に任せて、周りに迷惑をかけてばかりだった、と。

こう考えた中川は、少し大人になったのである。



―――ここは一年五組。



「市原さん、昨日はありがとうな」


和子は教室へ入り、すぐに市原の席へ行った。


「郡司さん、おはよ~!」

「うん、おはよう」

「いやあ~それにしてもさ、三神て、めっちゃ強いな」

「そうなんよ」

「先輩らは、そこに勝ったんやもんなあ。想像でけへんわ」

「先輩らが対戦した相手は、榎木さんよりもっと強いんじゃけに」

「えええええ~~そうなんや!」

「うん」


和子は嬉しそうに笑った。


「次は、近畿大会やんな」

「うん」

「私、やっぱり行くわ」

「ええ~そうなん?」

「だってさ~ほんまはインターハイ行きたいけど、香川やろ~遠いしな~」

「ああ・・そうじゃの」

「近畿大会、どこであるんか、日置先生に訊いといてな」

「うん、わかった」


そこへ神田が教室に入って来た。

神田は相変わらず誰とも挨拶を交わすことなく、まっすぐ席に向かっていた。


「そういえばさ・・」


市原が小声で言った。


「ん?」

「昨日・・神田さん、来ぇへんかったんやな・・」

「ああ・・そうみたいじゃな・・」

「やっぱり興味なんかなかったんやて・・」

「うん・・」


そこで和子は神田に目を向けると、神田も和子を見た。

和子は、少々顔を引きつらせながら、ニコッと笑った。

するとどうだ。

神田もニコッと微笑んだではないか。


なんじゃろ・・

今までの神田さんとは違う気がするんじゃけど・・


そこで和子は話しかけてみようと思った。

和子が神田の席へ向かうと「え・・郡司さん・・」と市原は驚いて後に続いた。


「神田さん・・おはよう」

「おはよう」

「あの・・昨日じゃけど・・来んかったんかの・・」

「ああ・・いや・・」

「え・・」

「郡司さんの試合・・観てたよ」

「えっ!来たんか!来たんかの!」

「うん」

「そげな・・なんで声をかけてくれなんだん」

「郡司さん、強いんやね」

「そげな!強いことやこ、ありゃせんのよ」

「これからも、頑張ってな」

「いやっ・・あの、神田さん」

「なに?」

「卓球に興味があるんじゃないんか・・」

「・・・」

「もし、よかったら卓球部に入らん?」

「まさか・・」

「だって、どこにも所属しとらんのやろ?」

「まあ・・」

「入りゃええが。一年は私だけじゃけに、少ないんよ」

「ちょっと・・郡司さん・・」


市原は、急に話が進み過ぎていることを懸念した。

そして和子を引っ張って、神田から離した。


「なに・・」

「いきなり過ぎひん・・」

「なんでなら・・」

「神田さんが入りたいて言うんやったらまだしも・・あんたから誘うのは・・ちょっとな・・」

「でも・・神田さん、観に来たんよ」

「まあ・・そやけど・・」

「観に来たいうことは、興味があるいうことじゃが」

「うん・・まあなあ・・」


そこで神田は和子らの元へやって来た。


「市原さん」


神田が呼んだ。


「なによ」

「心配せんでも、私は入らへん」

「え・・」


神田はそれだけ言うと、また席に戻った。


「ちょっと、市原さん・・」


和子が呼んだ。


「なに・・」

「ほんまは、入りたいんと違うんかの・・」

「そ・・そうなんかな・・」

「私らが、コソコソいうとるけに・・気分を悪ぅしたんじゃが・・」

「そんなん言うてもやなあ・・」

「私、また声をかけてみるけに」


和子は、神田は卓球に関心があると確信していた。



―――ここは体育館。



「じゃ、ボール片付けてね」


二時間目の体育が終わりに近づいて、日置が二年六組の生徒らにそう言った。


「はーい!」

「次回の授業では、対抗戦をやるからね」


今の授業はバスケットボールだ。


「対抗戦~~!ほなら森上さんをゲットせなな」

「いやいや、森上さんはうちらやで」

「こっち、こっち~」

「森上さんは、オフェンスもディフェンスもできるもんなあ~」


このように森上はバスケでも群を抜いていた。


「おめーら、誰かを忘れちゃあいませんかってんだ!」

「中川さんかあ~、まあ補欠やな」

「なにーーーっ、この中川さまを補欠だとっ」

「ほらほら、きみたち。ボール片付けて」

「はーい!」


そして生徒らはせっせとボールを片付けていた。


「おのれ~~、この私を舐めやがって」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「昼休み、話があるから小屋に来て」

「え・・」

「きみもボールを片付けなさい」


日置はそう言ってこの場を離れ、生徒らに交じって片付けをしていた。



―――そして昼休み。



中川は弁当も食べずに小屋へ向かった。


話って・・なんでぇ・・

えらく深刻な顔してやがったしよ・・


小屋に到着すると、扉に鍵はかかってなかった。


もう来てんだな・・


中川が扉を開けると、既に日置が待っていた。


「あ、お昼食べずに来たんだ。ごめんね」

「いや、それは構わねぇが」


そして中川は靴を脱いで中に入った。


「で、話ってなんでぇ」

「昨日のことなんだけどね」

「え・・」

「大河くんのこと、小島から聞いたんだよ」

「ああ・・先輩な」

「それで、どうなの?」

「なにがだよ」

「もう大丈夫なの」

「おうよ。みんなにも心配かけちまってよ。悪かったと反省してる」

「そうなんだ」

「で、話ってそれだけかよ」

「いや・・」

「なんだよ」

「小島から色々と聞いたと思うけどね」

「うん」

「僕は生徒にプライベートなことを知られるのは、すごく嫌なんだよ」

「はあ?」

「だから、小島から聞いた話は忘れてほしいの」

「ちょっと待ってくんな。それって、私が誰かに喋るっつってんのかよ」

「そうじゃないけど」

「じゃ、なんだよ」


日置は、なんとも言いにくそうな表情を見せた。

そう、どう言えば中川を傷つけなくて済むのかと、言葉を選んでいたのだ。


「きみは、いや、きみも今はとても大事な時だ。近畿は来月、インターハイはその翌月すぐだ」

「おうよ」

「だから・・余計なことは考えないで、頑張らないとね」

「余計なこと?」

「うん・・だからその・・」

「言っとくがな、私は先生と小島先輩のことなんざ、気にしてねぇよ」

「・・・」

「ただな、小島先輩が過去のことを話してくれたおかげで、私は先輩の強さを学んだんでぇ」

「そう・・なんだ・・」

「おい、先生よ」

「なに」

「まさか、小島先輩を叱りつけたんじゃねぇだろうな」

「別に・・そんなこと・・」


日置の言いぶりで、叱ったんだと中川は悟った。


「叱るなんざ、お門違いも甚だしいぜ」

「・・・」

「それに、私を見くびってもらっちゃあ困るってもんよ」

「・・・」

「へっ、誰が言うかよ。くっだらねぇ」

「うん・・悪かった」

「話はそれだけか」

「うん・・まあ」

「私はもう二度と、何物にも振り回されねぇから、安心しな」


中川はそう言って、小屋を後にした。


日置は思った。

昨日、「あの子は私以上に頑張れる子」と、小島が言っていたが、ほんとにそうだな、と。

とはいえ、まだまだわからない。

それは今後を見るしかないが、少なくとも今の中川は立ち直ったように見える。

中川は中川なりに、何かを乗り越えたのだ、と。

とりもなおさず、それは小島のおかげだ、と。


日置は女子高生の複雑な胸の内を、今さらながら思い知ると同時に、難しいな、と痛感するのであった。

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