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サーよし!2  作者: たらふく
281/413

281 らしくない中川




一回戦を、あっという間に完勝した榎木のことを、市原はノートにメモしていた。


――三神の榎木は、勝ったのも当然というように、さして喜ぶでもない。とにかく冷静沈着で礼儀正しい。ベンチに着いていた宇都宮と共に、早々とコートを去る。


その横では、和子がコートに向かう準備をしていた。


「さて、郡司さん。頑張るで」


阿部がそう言うと、重富も森上も中川もベンチに着いた。


「はい」


和子は緊張している様子だ。


「ほらほら・・肩に力が入ってるで」


重富は和子の肩を揉んだ。

そして3コートの付近には、徐々に人が集まり始めていた。

なぜなら、三神を倒した四人がいるからである。


「あの人が、森上さんやで・・」

「重富さんもいてはる・・」

「阿部さん・・小さくてかわいいな・・」

「中川さん・・あんな顔やったっけ・・」


このような声が、あちこちから挙がっていた。

ギャラリーの中には、森上にサインを求めた女子も当然いた。


「郡司さぁん、ファイトやでぇ」


森上がそう言うと、その女子は「きゃ~・・」と小さく黄色い声を挙げていた。


「しっかりな!」

「1本ずつ取ったらええで」


阿部と重富も檄を飛ばした。


「郡司よ」


中川が呼んだ。


「はい」

「徹底的に叩きのめす気持ちを忘れんなよ」

「はい」


そして和子はコートに向かった。


阿部ら三人は思った。

いつもの中川なら、「あんな雑魚なんざ、とっとと片付けちまいな!」と、最低でもそう言うはずだ、と。

それがどうだ。

声に張りがなく、「当たり前」のことしか言わない。

けれども昨日の今日だ。

それも仕方のないことだ、と。


コートでは3本練習が始まっていた。

和子のフォームはとても美しく、ギャラリーたちも「へぇ~・・」という感想を漏らしていた。

そう、さすが桐花だと。

一方、神田はコートから離れた場所で見ていた。

神田に卓球のことなどわかるはずもなかったが、緊張しつつも堂々と打つ和子の顔は、教室での「それ」と違うことはわかっていた。


やがて試合が始まったが、手本のような和子のフォームから放たれるボールは狙った場所へ確実に入り、地味ながらも点を重ねて行った。

どの試合に於いても一回戦というのは、緊張もするし、あり得ないミスも少なくない。

彼女らのように一年生であれば、尚更だ。

そんな彼女らにとって最も嫌なのが、和子のような相手である。

派手にスマッシュを決めるわけでもないが、とりあえず返してくる。

スマッシュは、決まれば派手だし相手を威圧できるが、ミスのリスクも高くなる。

けれども和子は「冒険」をしない代わりに、ミスは少ない。

緊張の中、一球でも早くミスをしてほしい相手は、確実性が一番厄介というわけだ。


対戦相手の桑原も例外ではなかった。

そもそも桑原は、和子よりもレベルが下だった。

そんな桑原にとって、なかなかミスをしない和子はやりにくい相手だったのだ。


「郡司さん、そのまま押すで!」

「よーし!ナイスコースや!」

「もう1本やでぇ~!」


阿部ら三人は日置不在の中、なんとか一回戦を勝たせようと、責任を果たすべく必死に応援していた。

中川も「そのまま行け」と声を出してはいたが、いつもの「それ」ではなかった。


「郡司さんて・・上手いよな・・」

「派手やないけど・・ミスが少ないな・・」

「綺麗なフォームやなあ・・」


ギャラリーからは、このような感想が漏れていた。



―――本部席では。



「郡司くん・・成長しましたね」


皆藤がポツリと呟いた。

三善は、また桐花か、と苦笑した。


「手強いですか」


三善は、返答がわかりつつも、わざと訊いた。


「今は全く話になりません」

「そうですか」


三善は「今は」という言葉に、桐花に対する皆藤の本心を見た気がした。

三善も確かにそうだと思った。

いわば、桐花の嘘のような成長ぶりは、自分もこの目で見た。

ゆえに、郡司も例外ではない、と。


「それにしても中川くん・・」

「え・・?」

「いえ・・あの顔といい、いつもの中川くんらしさが全く見られませんね」

「ああ・・」

「なにかあったのでしょうか・・」

「日置監督もいませんね」

「あ、そういえばそうですね」


そこで皆藤は立ち上がり、3コートへ向かった。



―――コートでは。



「ラスト1本やで!」


和子は20-12で大きくリードしていた。


「はい」


和子の顔にも、ようやく緊張から解かれた表情が見られた。


「阿部くん」


そこで皆藤は、ベンチの後方から声をかけた。


「あ、おはようございます」


阿部は振り向いて一礼した。


「郡司くん、頑張ってますね」


皆藤は優しく微笑んだ。


「はい」

「ところで日置くんはどうしたのですか」

「先生は、友達の結婚式に出席してはりまして、今日はいてないんです」

「そうでしたか」


そこで皆藤は中川に目を向けた。

中川は前を向いたまま、コートを見ていた。


「中川くん」


皆藤が呼んだ。

すると中川は振り向き、「よう、じいさん」と力なく答えた。


「きみ、いつもの元気はどうしたのですか」


皆藤は顔のことには触れなかった。


「ああ、えっと、この子、体調が悪いんです」


阿部がすぐに答えた。


「おやおや、風邪ですか」

「そうなんです、風邪ひいてるんです」

「それにしては、Tシャツ一枚とは、不用心ですよ」

「ああっ、そやった!」


阿部は急いでジャージの上着を脱いで、中川の肩にかけてやった。


「無理してはいけませんよ」


皆藤はそう言って、この場を去った。


「チビ助、すまねぇ」

「いや・・ええねんけど・・」

「よーーし!取った、取った!」


重富が手を叩いて喜んでいた。

すると阿部と中川もコートを見て、和子が1セットを取ったことを確認した。


「よしよし!郡司さん、ようやった!」

「よう頑張ったでぇ~!」


和子はベンチに下がり、彼女らに称えられていた。


「次のセットも、今の調子でな」


阿部が言った。


「はい」

「郡司さぁん」


森上が呼んだ。


「はい」

「ミスが少ないんは、ええねんけどなぁ、やっぱりスマッシュ打たんとあかんよぉ」

「はい」

「攻撃は最大の防御っていうやろぉ。打ってミスしてもぉ、相手はラッキーでしかないねぇん。次は打たれまいと甘いボールは返せへんようになるねんなぁ。そのぶん、ミスも増えるってことやねぇん」

「はい」

「だからぁ積極的に行かんとぉ、強い相手には勝たれへんよぉ」

「はい」

「あんたが倒すべき相手はぁ、榎木さんやでぇ」

「はいっ」


そこで市原は、森上の言葉をメモしていた。

その実、市原は、今のでよかったと思っていた。

けれども森上の言うように、勝ち方にも内容が大事なんだ、と。

果たして郡司は、次のセットを森上のアドバイス通りに戦えるのか、と。


「そやな。森上さんの言う通りや。次は打って出よか」


重富が言った。


「はい」


そこで和子は中川を見た。


「おう。森上の言う通りにやんな」

「はい」


そして和子はコートに向かった。

阿部は、和子のことより中川を心配していた。

なんなら、本当に風邪で具合が悪くあってくれ、とさえ思っていた。


中川さん・・

これまで何度も大河くんにフラれたけど・・

今回は・・なんか違う気がする・・

いや・・昨日の今日やし・・

私の思い過ごしかもしれん・・


そう、阿部は、今度こそ中川は卓球を辞めるのではないかとの、直感が働いていた。

そして、どうか外れてくれ、と願っていたのである。



―――その頃、体育館の外では。



小島が今しがた到着していた。

今日は日置が不在ということで、和子や彼女たちが気になって来たのだ。


ちょっと遅れてしもたけど・・

まだ負けてへんよな・・


そして小島は足早にロビーに入った。


えっと・・桐花・・桐花・・郡司・・どこや・・


小島はロビーに貼り出されてある、トーナメント表を見ていた。


「あっ、3コートか。ええっ、第二試合て・・」


小島は時計を見て、慌ててフロアへ足を踏み入れた。

そして3コートを見ると、まさに和子が試合をしているではないか。


「えらいこっちゃ」


小島はそのまま3コート後方まで走った。


「阿部さん」


小島が声をかけると、阿部は振り向いた。


「先輩!来てくださったんですね」

「おっ、郡司さん、1セット取ったんやな」


小島はカウントボードを確認した。


「小島先輩、おはようございます」

「おはようございますぅ」


重富も森上も一礼した。


「よう、先輩」


中川の顔を見た小島は、仰天していた。


「あんた・・その顔、どしたんよ」

「まあ・・色々とあってさ・・」

「え・・」

「いや、こっちのことだ」


勘のいい小島は、大河と何かあったのだと悟った。

なぜなら、見た目がボロボロになる原因は、大概が男性関係だからである。

何を隠そう、かつて自分もそうだった、と。

日置を疑い、挙句には身なりを派手に変えて破局寸前にまでなった。


小島の心配をよそに、コートでは和子が「サーよし」と声を挙げていた―――

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