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サーよし!2  作者: たらふく
28/413

28 好きなのは、きみじゃない




小島は練習に集中しようと頑張ってはいたが、やはり「いつもの」小島ではなかった。

その様子を彼女らは、まるで「落ちぶれた女」を見る思いがした。

なぜなら、汗のせいで化粧は崩れ、マスカラも剥がれ落ちて、まるでパンダのようだからだ。


「彩華」


浅野が声をかけた。


「なに?」

「あんた、化粧、ぐちゃぐちゃやで」

「えっ・・」


小島は一瞬、自分の顔を触った。


「顔、洗ろておいで」

「う・・うん、わかった」


そして小島はタオルを持ち、手洗いへ行った。

中へ入った小島は、鏡に映る自分の姿に愕然としたが、すぐに顔を洗った。

化粧というのは、水で洗顔しただけでは落ちない。

ファンデーションも、口紅もアイシャドーも、まだらに残ったままだ。

小島は仕方なく、タオルで強く拭いた。

すると何とか落ちたが、タオルには、混合した色がベッタリとついていた。


はあ・・帰りに直さなあかんな・・


小島は練習後、日置のマンションへ行くつもりにしていた。


スッピンやと・・子供みたいや・・

こんなん・・なんの魅力もないやん・・

そうや・・せめて料理だけでも・・

それって・・大人の女性やんな・・


そこで小島は、練習を切り上げて帰ることにした。

小島はトイレから出て、そのまま更衣室へ向かった。


唖然としたのは、彼女らである。

また帰るのか・・と。

大久保も、小島の様子を見ていた。


ほどなくして更衣室から出てきた小島は、「ごめん、今日は帰るわ」と彼女らに言った。

小島の私服は上がピンクのブラウスで、胸元も谷間が見えている。

紺色のスカートには、後ろの部分にスリットが入っていた。

しかも、かなり際どいスリットだ。

靴もヒールの高い、黒のパンプスを履いていた。


これまでの私服と全く違う小島を見て、彼女らは言葉もなかった。


「彩華、帰るて、どこ行くつもりや」


浅野は少し怒っていた。


「家に帰るんや」

「練習サボッてか」

「明日、今日の分までやる」

「信じられへん・・」

「ごめん」


そう言って小島は体育館から出て行こうとした。


「小島ちゃん」


そこで大久保が低い声で引き止めた。


「なんですか」

「あんたな、何のためにここへ入ったんや」

「え・・」

「あんたはもう、高校生やないで。社会人なんや」

「・・・」

「しかも、引き抜かれて入ったんや。その意味、わかってるか」

「・・・」

「卓球、やる気がないんやったら、桂山にいてる意味がないで」

「ちょっと・・大久保さん、言い過ぎですよ」


安住が制した。


「なにがあったんか知らんけどな、公私混同するようでは、社会人として失格。チームのみんなにも心配かけて、あんた、どしたんや」

「・・・」

「化粧といい、その服装といい、大体察しはつくけどな、練習に支障をきたすようでは、他の子らの邪魔にもなるんよ」


小島はそれでも大久保の意見を無視して、「帰ります」と言って、体育館を出て行った。


「大久保さん・・あそこまで言わんでええでしょ・・」


安住が言った。


「いや、大久保の言う通りやぞ」


主将の遠藤が口を開いた。


「特に引き抜かれて入った者は、会社の名を負う責任がある。僕も小島さんのことはようわからんけどな、社会人になるいうことは、責任を負うってことや。ま、せやけど、こないだまで高校生やったんや。大久保、あまり言うたるな」

「キャプ~、それくらいわかってます~」

「なにがや」

「言う時は言う。励ます時は励ます。でも、あの小島ちゃんよ~、あんなことくらいで辞めることはないわ~」

「まあ、そやな」

「いろいろ経験するんよ~、ほんで強くなっていくんよ~」

「ほな、練習するぞ」


遠藤がそう言うと、全員が台に着いた。


小島は、大久保に叱咤されたが、日置への想いには勝てなかった。

そして一目散に、日置のマンションへ向かった。

途中、スーパーで食材も購入し、やがて小島は合鍵で部屋の中へ入った。


まず小島が探したのは写真立てだ。

けれども、どこにも見当たらない。

さすがの小島も、あらゆる引き出しを開けて探すことは憚られた。


先生・・飾ってもくれてへんのや・・

いや・・負けへん・・

私かて・・大人の女性として・・頑張るんや・・


そこで小島は化粧道具を取り出し、鏡の前で「塗りたくり」、また別人のようになった。

そしていつ日置が帰ってきてもいいように、食事の支度を始めた。

小島は、泣きそうになったが、泣いてしまうと化粧が崩れる。

だから、必死で我慢をした。


やがて食事の準備も整い、小島は茫然と、カウチソファに座っていた。


もし・・女の人と部屋に入って来たら・・どうしょう・・

もうそこで・・全ては終わり・・?

いや・・ちゃう・・

終わりやない・・


それから三十分が過ぎた頃、玄関のドアが開いた。


「あれ・・」


日置は、鍵が開いていることを不思議に思ったが、すぐに小島が来ているのだとわかった。

けれども、靴を見てみると、とても小島の物とは思えなかった。


誰だ・・

合鍵は、彩ちゃんにしか渡してないぞ・・


日置は不審に思いながらも、奥へ進んだ。


「おかえりなさい」


小島は、ニッコリと笑って日置を迎えた。


「え・・」


日置は小島を見て愕然とした。

きみは誰なんだ、と。

その「なり」はなんなんだ、と。


「先生、私、食事を作ったの」


そこで小島はソファから立ち上がり、ダイニングのテーブルへ移動した。

自分の前を通り過ぎる小島を、日置は夢でも見てるのかと思った。


「とても美味しいのよ。どれも先生の好物なの」

「・・・」

「なぜ、黙ってるのかしら。食べないの?」

「彩ちゃん・・きみ・・なにしてるの・・」

「なにって、食事を作って待ってたのよ」

「これ・・なんかの芝居なの・・」

「あはは、先生、酷いわね」

「もしかして・・誰か隠れてる?」


日置は、ドッキリだと思ったのだ。


「誰も隠れてないわ。私だけよ」

「いや・・ちょっと待って」

「なにかしら」

「きみ・・どうしてそんな話し方・・」

「変かしら」

「それに・・その化粧と服・・」

「あら、似合ってないかしら」

「意味がわからない・・」

「ああ、それと先生、写真立て、どうなさったの」

「あっ!それだ。ごめん、連絡しようと思ってたんだけど、色々と立て込んじゃって」


そこで日置は引き出しから写真立てを出した。


「これ、とても嬉しかったよ。ありがとう」

「立て込んだって・・どういうことかしら」

「それが学校で色々とあってね」

「あら・・学校。それは大変ですわね」

「ねぇ彩ちゃん、いつまでその芝居を続けるの」


日置は少々、辟易としていた。


「芝居?なんのことかしら」

「きみ、何の意図があって、そんなことやってるの」


小島は、話をはぐらかそうとする日置に、次第に腹が立ってきた。


「先生の仕事って、夜遅くまで誰かと電話したり、するのかしらね」

「へ・・?」

「そりゃ、誰かの家に泊まれば忙しいわよね」

「なに言ってるの」


日置はキョトンとしていた。


「そりゃ、先生はモテモテだもの、仕方ないわね」

「は・・?」

「私以外に彼女がおっても、しゃあないて、言うてるんです!」

「え・・」

「さっきから、へ、とか、は、とか、え、とか。先生こそ、話を逸らそうとしてるやないですか」


日置は、わけがわからず、一呼吸置いた。


「ちょっと落ち着こうか」

「落ち着いてます!」

「あのね、わかりやすく話してくれないかな」

「先生!私のこと子供やと思て、バカにしてるんでしょ!」

「はあ・・」


日置は、取り付く島がないといった風に、ため息をついた。


「私は・・そらこないだまで高校生でした。せやけど、先生は、その私を選んでくれましたよね」

「・・・」

「私は先生を信じてました。せやけど・・そらしゃあないです。先生はモテるし・・。でもっ、やっぱり他に好きな人がいてるんは、嫌です」

「・・・」

「だから、私、大人の女性として、頑張るつもりです!」

「もう帰りなさい」

「え・・」

「そんなきみ、見たくないよ」

「・・・」

「僕が好きな彩ちゃんは、きみじゃない」

「先生・・そんな・・」

「いいから、帰りなさい」

「もっと化粧も上手になります。服も、もっと派手にします。先生の言う通りにしますから・・」

「見たくもない、帰ってくれ」


日置はそこで小島から目を逸らした。


「先生・・もう私が嫌いですか・・」

「今のきみは嫌いだね」

「そ・・そうですか・・」


そして小島はバッグを持ち、肩を落として玄関へ向かった。

靴を履く際、履きなれない高いヒールに、小島は足をくじいた。


「痛っ・・」


けれども日置は、小島に背を向けたまま動こうとしなかった。


「お邪魔しました・・」


小島は立ち上がって、ドアを開けて出て行った。

日置は、小島の言動の意味が、全くわからずにいた。

ただ、他に彼女がいると勘違いしていることだけは、理解していた。

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